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「いやぁ、白熱してたねぇ」
「……え?犀果先輩……?」
1年生が犇めく体育館。
その中に、丁度良く誰も近寄らない一角があるので、何食わぬ顔でそこに座った。
隣には、未来の義姉にして王妃である女の子がいる。
顔色は、非常に悪い。
「……本当に、あの弟とは他人になりたいです……」
「それなら大丈夫。あと数日……下手したら、今日中には他人だぞ?」
「はい?」
首をかしげて、何を言われているのか理解していない様子の樹里ちゃん。
昨日、王子に婚約申し込まれた時も、なんとなく理解が追いついていない感じがしていたけれど、その混乱からまだ復帰していないのかもしれない。
まあ、それに関しては、その内実体験として理解できるだろう。
噂によると、今日の放課後から王妃教育が急ピッチで始められるらしいので……。
ぶっちゃけ、桜花祭にかまけている暇なんて無いんだ。
「あのぉ……どうしてここにいるんですか?」
「スパイしに来た」
「えぇ……?でも、私は何も情報持ってませんよ?誰も話しかけて来ませんし……」
「大丈夫大丈夫。暇つぶしみたいなもんだから」
「はぁ……?」
納得がいかないと言った表情だけれど、実際俺の中の懸案事項の一つはたった今解消されたから、そこまでスパイする必要も無いんだよなぁ。
あの7主人公さえいなくなるなら、俺にとって1年生たちが奮闘するかしないかはあまり関係が無いし。
そして、あの少人数じゃ、7主人公に出来る事なんて限られているし……。
「あ、そうだ。さらさらッと……。樹里ちゃん、このメモ、こっそりあの大将の女の子に渡しておいてくれる?」
「大将……水野さんの事ですか?」
「名前は知らん」
「人の名前をあまり覚えないって噂本当なんですね……」
そんな噂があるのか?
……そういやさっき、その大将ちゃんも俺の事を「人間災害」とか言っていたような……。
酷くない?
「渡しておけばいいんですね?わかりました……と言っても、私なんかから受け取って頂けるかわかりませんが……」
「どういう意味?」
「あれだけバカな事をいう双子の弟がいるんですよ?普通は、警戒すると思います……」
「うーん……まあそうかもなぁ……。でも、多分大丈夫だと思うぞ」
「どうしてですか?」
「だって彼女、今俺たちが話しているのに気が付いてるし」
「……あぁ、終わりました……。裏切り者認定されましたねきっと……」
「多分ね。だからこそ、俺が渡したそのメモに目を通す気にはなると思うよ」
「んん……?」
イマイチ理解していない様子の樹里ちゃん。
まあ、後で渡してみればわかるよ。
「噂通り、デタラメな方ですね?犀果大試先輩」
楽しくおしゃべりしていた所に、噂の彼女が歩いてきた。
体育館中の視線が俺達に集中する。
とりあえず手でも振っておくか?
「噂なんて知らん。なんだか騒がしかったから、心配になって様子を見に来た優しい先輩だぞ?」
「それはありがとうございます。ですが、必要ありません。お引き取り下さい」
「そう言わずに、もう少し会議の様子を見せてくれ。折角スパイしに来たんだからさ」
「スパイだと言い張る方をそのままここに置いておく訳には行きませんよ!?」
「そうかぁ……」
「それと……若林樹里さんでしたね?貴方は、この方とお知り合いなのですか?」
「まあ……はい……。駅前のカレー屋で知り合って……」
「それで、スパイ行為の手引きをしたと?」
「いえ……私はここで座っていただけです……」
「……はぁ……。まったく、姉弟揃って……」
頭痛でもするのか、右手を額に当ててため息を吐く大将ちゃん。
カルシウムとった方が良いんじゃないか?
後は、割と乳酸菌も重要らしいぞ?
これ以上彼女を不快にさせるのも可哀想なので、さっさといなくなりますか。
俺は立ち上がり、目の前でイライラしている大将ちゃんに近づく。
そして、彼女にしか聞こえない声でひそひそと話しかけた。
「この娘は、本当に裏切り行為みたいなことはしていないぞ」
「それを信じろと?」
「別に?心配なら調べてみたらいい。カレー屋で偶々知り合っただけの関係だから」
「カレーですか……」
「そう、カレー。因みにそのカレー屋は、王様がよく利用しているらしい。この前なんて王子様も来店してたそうだな」
「王族が……!?」
「それと……その王子様だけど、婚約者を決めたらしいぞ」
「なんですって……!?」
「その婚約者、平民なんだってさ」
「……それは……!」
大将ちゃんの目が驚愕で開かれ、そのまままだ暗い顔をしたまま俯いて座っている樹里ちゃんへと向かう。
確証なんて無いだろう。
だけど、もしや……という思いは捨てられなくなったようだ。
現在最もホットなニュースになりかねないネタの1つだからなぁこれ。
これで、大将ちゃんは、樹里ちゃんを無視できない。
その樹里ちゃんが、俺から渡されたメモなんてものを持ってきたら、目くらいは通すさ。
「お騒がせしたね。俺は帰るよ」
「……ごきげんよう」
「はい、ごきげんよう」
少し硬い笑顔で見送られながら、俺は体育館を後にした。
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