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おかしい……私は、カチコミに来たんだと勘違いして、王子と犀果さんの前で情けない姿を見せてしまった。
そこまではいい。
良くはないけれど、私の恥で済む範囲だ。
問題は……。
「どうして私が王子様の婚約者になってるの……?」
本当、どういう流れでそうなるんだろう……?
今私は、とても高級なホテルの一室にいる。
それはもうおめかしをしてだ。
別に、私が張り切ってそんな事になっているわけではない。
流れに流されてここまで来てしまっただけで、専門の職人というか、プロのおばさんたちがすごいスピードで私を飾ってくれた。
気分は、完全に着せ替え人形。
服だけじゃなく、髪型や化粧まで含めて、それはもう弄られてしまった。
鏡に写る自分は、本当に高貴なお嬢様と言った雰囲気になっていて、成程、確かにこの娘なら王子様と結婚すると言われれば、ハイそうなんですねと納得できそうな出来栄えだ。
この世界に転生してから15年。
やっと自分の顔であると納得できるようになったビジュアルがまた更新されてしまった……。
コンコンッ
部屋に、ノックの音が響く。
私を飾った方々が退出して、私が一人になった部屋にやってくるその人。
金銀の飾りがついているのに下品に感じないとても威厳のあるデザインの……スーツ?タキシード?燕尾服?
ともかく、そういった格好の第2王子様だ。
「調子はどうだ?」
「あ、王子!」
「違うだろう?」
「……兄君様……」
「うむ!」
未だに慣れないその呼び名。
私が恥ずかしがるところまで含めて気に入ってくれているらしく、王子はご機嫌だ。
「綺麗だぞ、樹里」
「うっ!?……ありがとう……ございます……」
重度のシスコンであるという世間一般的にはかなりアレな性質の持ち主だけれど、その人にジェネリック妹と認識されている上に、私自身が別にそれを嫌だと感じていないのだから、私を一途に想ってくれるという魅力でしか無い。
しかも、見た目に関して言うのであれば、私の好みどストライクなんだから。
更に、この国の次期王様でもある。
シンデレラストーリーにも程があるんだけれど、その事実に私の頭が追いついていない……。
婚約者と決まってまだ数日であるにも関わらず、未来の王妃候補としての教育も既に始まっている。
その厳しさは熾烈を極める……かと思いきや、知識とルールを覚えて徹底するだけなので、案外どうにでもなると感じている。
実家で行わされていたような、命がけで魔物と戦わされるのに比べるとよっぽどマシだろう。
だって、死なないし。
死ぬのは怖いもん。
それだけは回避しようと頑張った結果が何故かこの立場なんだよなぁ……。
「そろそろ俺も入って大丈夫ですか?」
「ああ」
「犀果さん、お呼びしてすみません……」
「いえいえ、俺も2人が婚約するのに噛んだ人間ですからね。このくらい当然ですよ」
王子の後ろから入ってきたのは、この世界のモデルになったゲームには、全く名前も姿も出てこなかったにも関わらず、この世界で大暴れしている謎の人だ。
何故この部屋に王子と犀果さんを呼び出したかというと、私の中である考えが浮かんでしまったからだ。
もしかして、王子か犀果さんのどちらか、或いは療法が転生者なのではないか?という。
だって、流石にここまでメチャクチャな事になっているのは、原作知識を利用している定番の感じなんじゃないかと想像しても無理がないと思う。
そのメチャクチャの中心によく存在するのが、この犀果さんだ。
そして、その犀果さんを従えてあの日カレー屋にやってきて仲良くしていたのが、もともと悪役だったはずの王子様。
悪役転生なんて、前世の世界のフィクションだと割とメジャーなジャンルになってたし……。
だから、今日この場で確認してしまいたかったんだ。
「もうすぐ婚約発表記者会見だ。早めに頼むぞ樹里」
「……未だに自分でも信じられないのですが、本当にやるんですね……」
「ああ。私の妹……婚約者を早く国中に自慢したくてな。柄にもなく急いでしまった。嫌だったか?」
「いえいえ!ただ、まだ認識が追いついていないというか……」
そう、この後、日本中に私が王子様の婚約者であると発表されるんだ。
今は、控室で待機している状態。
そこで、覚悟を決めるためにも、私と同じ転生者なのかどうかを確認するために2人に来てもらった。
ただ、少なくともこの2人は、おおっぴらに転生してきたことを公表しているわけではないし、転生してきたと知られたいと思っていないかもしれない。
だから、私は色々考えた。
転生していない人にはまったくわからず、転生した、ゲーム知識がある人にだけわかる合言葉のようなものはないかと。
それさえあれば、「私も貴方と同じ転生者です」と言外に伝えることができる。
その反応によって、相手が転生者なのかどうか、そして転生者であると公表したいのかどうかを把握して、私の身の振り方も決めようと思っている。
私が考えたその言葉は、フェアリーファンタジーシリーズではおなじみの言葉。
呪文と言ってもいい。
初代フェアリーファンタジーでは、セーブ機能というものがなかった。
なので、ゲームを中断する際にじゅもんを発行してもらい、それを入力することで元の場所から再開できるというシステム。
だけど、それはつまり、呪文さえあれば誰でも同じ場所から再開できるという意味でもある。
そこでゲーム雑誌が、最強の呪文を発表した。
ボス直前、主人公や仲間のレベルMAX。
アイテムも何もかも全てカンスト。
ラスボス手前。
そんな状態でスタートできる呪文。
これを使うと完全に難易度が崩壊するようなそれを挙って使われたため、それ以降のシリーズ内でまでネタにされ、プレイした者であれば誰でも知っている言葉になってしまった。
さぁ、2人はこれを聞いてどんな反応するのかな?
「ぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺ」
「ぺ?」
「な!?」
何いってんだコイツ?って顔になっている犀果さんと、驚愕の顔になっている王子。
これ……えーと……どういう反応だろう?
「樹里さん突然どうしたの?ぺって何?」
「あ、いえ……。実は、以前夢の中に出てきた神様がこの言葉を私に託して来たんです。私にもこれがなんなのかはわからなかったんですけれど、もしかしたら御二人であればご存知ではないかと思いまして……」
苦しい言い訳かなぁ……。
でも、犀果さんはさっぱりわかっていないっぽい?
やっぱり私の勘違いだったのかな?
「樹里」
だけど、王子の方はそうでもなかったようで……。
「その言葉は、我が王家に……いや、天皇家の頃から代々親族のみに伝わっている言葉だ」
「……はい?」
「まさか、神言を賜っているとは……。やはり、樹里と私が出会ったのは運命だったのかもしれぬな」
王子はこの言葉を知っていた!?
王家に伝わるとかいってるけれど、ぺぺぺが伝わっている……?
無いでしょ……。
あ!もしかしてそういうことにして、転生知識だってことを隠したいのかな?
……やっぱり、公にはしたくないのかも……。
いずれにせよ転生者は、きっと王子様のほうなんだ……!
なら、私も覚悟を決めた。
貴方がそのつもりなら、私もそうします。
一緒のお墓に入るまで、この秘密を互いの胸にしまって生きます。
「私は、兄君様と出会えた運命に感謝しています」
「!?」
私のその言葉に、王子は目を見開いて驚いたけれど、その後すぐにその綺麗な顔を喜びに変える。
あぁ……この人、本当に私のことが好きなんだ……。
なら、私もこの人のことを好きになっても良いんだ……。
ノリと勢いだけじゃなく、本心から好きでいいんだ……。
「ぺぺぺが神言なんだ……」
一方、犀果さんは苦笑いだ。
やっぱり、知らない人には変な言葉に感じるよね……。
でも、これは私にとって、そしてこれからは私と兄君様の2人にとっても特別な言葉になった。
大切にしていこう……。
「そういえば、その時に神様から託されたものが他にもあるんです」
「なんだと!?それはつまり、神から授けられた物品……アーティファクトということか!?」
「そうなるのでしょうか……?ただ、将来もし先程の言葉を知る者がいたら、渡すように頼まれたのです」
実際には、既に転生している人に渡すように男の神様から頼まれたもので、私の能力に追加でこれを具現化できるスキルを付与されたってだけなんだけれど、何も知らない犀果さんの前で言うわけにもいかないし……。
私と兄君様の間だけで通じれば十分だよね?
「……この本と、記憶装置だそうです」
「本……随分薄いな?それに記憶装置とは……」
どちらも前世の物で、神様に兄君様がなんとか家族にバレないよう始末してほしいと頼んだものらしい。
まあ、えっと……端的に言えば、エッチな本と、エッチなデータが入っているんだろうけれど……。
「キツネ耳ツンツンデレメイド本?面妖な……」
その表紙を見てなんとも言えない表情になる兄君様。
まあ、前世の自分のその手のものが神様から齎されたらそんな顔にもなるか……。
「は!?キツネ耳ツンツンデレメイド本!?なんでそれがここに!?」
犀果さんは犀果さんでものすごく驚いている。
そりゃ、神様がこんなものをこの世界の人に託したなんて言われたら、何も知らない人はびっくりするよね……。
「ふむ、神が齎した物ならば、国宝として未来永劫祀っていくべきであろうな」
え!?その本を!?
確かに神様がくれたものだけれど、それを国宝にするのはどうなんですかね……?
「いやいやいや!こんなもん国宝とか流石にどうなんですか!?」
ですよね犀果さん!いくらお気に入りだからって、これを国宝指定は権力の乱用かもしれないです!
「犀果、神がこの世界に書物を齎す……これは、奇跡にも等しい事だ。ならばこれは、聖典と言って良い。たしかに薄いが、国宝とするに十分過ぎる」
「いやぁ……でもそれは……」
「お前の心配はもちろんだ。確かに、国宝に登録すると、公に公表する必要がある。宗教関係者たちは騒ぐだろうな。だが、もちろん厳重に保管するとも。国立博物館の最重要展示品としよう」
「えぇぇぇぇ……」
そして、私が手渡したその……エッチな品々は、防弾防魔ガラスに守られ、この国が続く限り永遠に保管されることとなりました。
「神も、私と樹里の事を祝福してくれたのかもしれないな」
前世では妹フェチじゃなかった事には驚いたけれど、兄君様の私への愛は本物だとしっかりとわかっている。
だから、私もそれに応えよう。
「そうかもしれませんね……。その……愛しています、兄君様……」
「ああ!私もだ!」
きっとこれから色々な困難もあると思う。
それでも、この人と一緒なら大丈夫。
好きって気持ちは、きっと最強だから!
「なんでだ……?なんでこんな事に……」
何故か苦悩している犀果さんの前で、私はそんな決意をした。
『いい就職先に行きたいって言いましたよね?永久就職じゃなくて』 完
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