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「ありがとうございました〜!」
弟がやらかした次の日、私はバイトをしていた。
場所は、駅前のカレー屋。
すごく忙しいわけでもなく、かといって暇というわけでもない、理想的な環境だ。
私は考えた。
父や弟から離れて生きるには、まず何をすべきなのかと。
出てきた答えは、お金。
稼げ!1人で生きていけるように!
寮に入るだけの仕送りは貰えているけれど、これだっていつ無くなるかわかったもんじゃない。
父と弟は、生活水準を下げることができず、減る収入を蓄えで補って生活している状態だ。
こんなの、いつまでも続けられるわけがない。
じゃあ、私にできるお金を稼ぐ方法は何か?
前世の私は、高校生の時に死んだ。
アルバイトなんて、親の知り合いのお店に夏休みの間の数日だけ雇ってもらった事があるくらいで、まともに働いた経験もない。
ゲームみたいに、魔物を倒して素材を売るという方法も考えたけれど、それは断念した。
だって怖いし……。
ゲームのときには気にならなかった戦闘パートも、実際に自分がリアルで体験するとなると恐ろしい。
実家にいたときには、人工林に出た魔獣を倒せと無理やり父に戦わされたこともあったけれど、戦わずに済むならそれに越したことはない。
なので、何かいい方法は無いかなーと、ちょっと辛めのカレーでヒリヒリする舌をラッシーで癒やしながら目線を彷徨わせている時に、店の壁に貼られた紙に目が止まった。
学生歓迎!時給が最低賃金より数百GMも高い!賄い付き!制服貸与!
うん、その場で申し込みました。
学生の身でつける仕事の中だと、かなりの高待遇に私は感動した。
戦闘という危険を避けるのであれば、これ以上を望むことなど許されないだろう。
私の場合、弟と比べれば何段か下がるとは言え、上流階級の生活をさせてもらっていたとは言え、転生前は普通の一般家庭の子どもだった。
そんな私であれば、この仕事の給料がもらえるのであれば、十分1人で生活していける。
もちろん、学園を卒業するときには、もっといい職場を探すつもりではあるけれど、学生の間はここにお世話になろうと思っている。
もちろん、この仕事にだって何の問題もないわけではない。
服がカレー臭くなるし、駅前だと言うのに、この世界だと鉄道がそこまで発達していないせいで、交通の便があまり良くない。
まあ、その辺りは我慢できる……というより気にならないといったほうが良い些細な問題だ。
一番の問題は……。
「若林ちゃんおつかれ!初日だし疲れてきただろ?ちょっと休憩しな!甘いものも用意したから!」
この魔王だ。
何故魔王がここでカレー屋をやっているのか全くサッパリわからないけれど、特に悪さをしている感じも無いのでとりあえずスルーすることにした。
魔王が魔王であることは、お客さんたちの反応を見る限り公にはされていないらしい。
となると、本当にカレーを提供しているだけなのかもしれない……?
まあ、給料を払ってくれるなら構わないけれど……。
7の主人公の姿になっているとは言え、この魔王は1作目のラスボスのはず。
だったら、私がどうこうする必要なんて無いだろうし、必要があったとしても無理。
気が付かなかったことにするのが一番だ。
「ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきますね」
「ああ!20分くらいしたらまたホールに出てくれ!っていっても、そこまで混むことは無いんだがな!」
そう言って二カっと笑いながら鍋をお玉で混ぜている魔王。
ゲームにこんなスチルがあったら、バグを本気で疑わざるを得ない。
スルーだスルー……。
「あ!樹里ちゃんおつかれ〜♪」
「おつかれさまです〜」
「はいこれ!酒粕どら焼きだって!酒屋さんの新商品!」
「まぁ!美味しそうですね。いただきます」
「めしあがれ〜」
そして、もう一つの大きな問題がこの娘。
確か、3のラスボスの魔王だったはず。
今は、まだ魔王の娘でしかないのかな?
いずれにせよ、なんでカレー屋で一緒にバイトしているのかはわからない。
スルーだスルー……。
あ、このどらやきくっそ美味い。
リピート確定ね。
酒屋さんだっけ?情報集めとこ……。
私が休憩を堪能してからホールに戻ると、時間は夕方の5時を回ろうというところだった。
バイト初日の今日は、学園が昼までだったので、午後2時からシフトに入っていた。
たった3時間働いただけで、私1人の時の食費数日分が稼げてしまった事実にホクホクしながらお客さんを待つ。
この貸してもらった制服、すっごい可愛いなぁ……。
貸与だけれど、新品らしい。
本当に当たりのお仕事だ……。
カランカランッ
入口につけられたベルが鳴る。
お客さんが来た合図だ。
最初つけていたものは、背の高い男性が間違ってぶつかって壊してしまったらしく、現在2代目という話だ。
ドアの上に着いているあれに頭をぶつけて壊すって、どんな人なんだろうなぁ……。
魔王と同じかそれ以上の体格ってことだよね……。
なんて思いながらも、営業スマイルを浮かべる。
私は、お嬢様キャラなんだ。
おしとやかで清楚な、そんな感じで……。
「いらっしゃいませ〜」
「2人なんですけど、席あいてます?ちょっと話し合いがしたいから、奥の席がいいんですけど」
「かしこまりました。席へご案内しますね」
入ってきたお客さんは、私と同じ魔法学園の制服を着ていた。
お客さんなんて1人もいなかったので、要望通りの席に案内できそう。
なんて呑気に考えていた私は、続いて入ってきた男性を見て「ひゅっ」と息が止まりそうになった。
「大丈夫らしいですよおう……義兄様」
「別にお忍びというわけでもない。呼び方はいつもどおりで構わんぞ」
「そうですか?わかりました」
そこには、麗しの第2王子様が立っていた。
あれ?それだけでも驚愕だけれど、その人を義兄って呼ぶってことは、もう一人の男の人は……?
「それにしても犀果、よくこんな店を知っているな?」
「いい雰囲気でしょ?穴場なんですよ」
「お前がそれほど褒める店か。噂によると、父もよく来ているとか……。ふっ、楽しみだ」
あ、やっぱりこの人犀果さんか。
あの、ゲームに名前すら出てきてないのに大暴れしているっていう。
そして、弟が暴言を吐いたという相手。
私の体は、流れるように土下座へと移行した。
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