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「クソっ!」
目の前でイケメンの弟が椅子を蹴っている。
双子だけあって私とそっくりなその顔は、憎悪に歪んでとても醜い。
「物に当たってはいけませんよ竜輝」
「でも姉さん!」
「そもそも話を聞く限り、非は完全に貴方にあります」
「でも相手はあの王女だよ!?」
「『あの』とは?」
「極悪な王族だよ!あくどい貴族たちの親玉だ!」
「いったいどこから叱ればいいのか途方にくれますね……」
「なんで姉さんは分かってくれないんだ!?もういい!皆に報告してくる!」
「待ちなさい竜輝!……行っちゃった……」
どうしてこんな風に育ってしまったんだろう……。
元になったキャラは、もっと冷静で理知的だったはずなのに……。
この世界は、フェアリーファンタジーをモデルにして作られているらしい。
私は、『フェアリーファンタジー7~Rebirth Of Legend~』でプレイヤーが操作できる女主人公の姿でこの世界に転生した。
因みに弟は、男主人公の姿だ。
ゲームの中では、別に双子という設定は無かったはずだけれど、神様がゲームの内容を世界に反映させるときに多少変わったんだろう。
本屋の前の道で車に跳ねられそうになっていた子供を庇って死んでしまった私を哀れに思ったって言う男の神様が私をこの世界に転生させてくれた。
あの運転手さん、どうなったんだろうなぁ……?
法律で言えば確かに悪いんだろうけれど、一番悪いのは、買ったばかりのカードに夢中で、左右確認もせずに道路を渡ろうとしたクソガ……子供だと思うんだよなぁ……。
体が反射的に動いて庇っちゃったけれど、生きてたら頭引っぱたいてやったわ!
まあ、そのお陰で子供は無事だったらしいけどさ。
でもなぁ……私、7はあんまり好きじゃないんだよなぁ……。
展開がすごく暗いし、一番好きだったキャラは裏切り者だったし……。
ただ、ゲームをモデルにして作ったという割に、この世界は、私が覚えているゲームの内容とは全く違う。
フェアリーファンタジーの歴代シリーズの内容がゴチャゴチャと入り乱れているし、何よりゲームの中で名前すら出てこなかったキャラが、この世界では大活躍しているらしい。
まあ、それだけにヘイトも稼いじゃってるみたいだけどもね。
私が産まれた家も、そのヘイトをそのキャラに向けている所の1つだ。
良質な杉が採れると評判だったこの地域の林業を牛耳っていた由緒正しい若林家。
その私の実家が傾き始めたのは、私が産まれるちょっと前。
開拓地から、普通の杉とは比べ物にならないくらい良質なトレント材が持ち込まれるようになると、日本中の高級な木材の需要は、一気にそちらに傾いた。
しなやかで強度もあり、何より真っ直ぐで木目も美しいその性質で、神社仏閣からカウンターテーブルまで、高級な木工製品は、ほぼ全て今やトレント材となっている。
当然杉をメインに回っていた地域は、その煽りをこれでもかと受けた訳で……。
「はぁ……」
商売で負けるのはしょうがない。
何の対策もせずに、未だに杉の良さをアピールして何とかしようとしている実家には辟易しているけれど、どうせ学園を卒業したら家を出るつもりの私には関係がない。
稼げなくなったなら、それなりの生活水準になればいだけなんだ。
元々一般市民だった私は、それに何の抵抗も無いし……。
家族は、そう思っていないみたいだけれど……。
私と弟に魔術の才能がある事を知った父が無理やり魔法学園に入れてくれたけれど、これはきっと私たちの事を想っての事じゃない。
そこから人脈を稼いで商売に活かそうとしているだけだ。
元々、跡取りになる予定の弟には多少の興味があったらしい父は、逆に私には無関心だった。
今でもそれは変わらないだろう。
魔術を使えるっていう部分以外は。
母?
男作って出て行ったよ。
実状はともかくとして、私は一応お嬢様なわけだ。
だから、お嬢様っぽいお淑やかなキャラで通しているけれど、正直やってられない。
牛丼食べたい。
紅ショウガ山盛りにしてがっつきたい。
……そんな似非上流階級の私の家は、羽振りが良かった時代には、その地を管理する貴族と宜しくしていたらしい。
つまり、元々真っ黒。
それが、木材バブルがはじけてすぐにその関係が崩壊して、今では疎遠な状態に。
ただ、その事が幸いしたのか、1ヶ月ほど前の大捕り物で、貴族と一緒に行方不明にされるのは避けることができたみたいで、王室直轄管理地になった今でも私の実家の地域は変わらずやっているようだ。
悪い奴が捕まって、自分がまきこまれなかったことを喜べばいいのに、父は未だに昔の貴族とベッタリだった時代を忘れられないらしく、ベッタリする相手が居なくなった王室直轄管理地になった現状にキレ散らかしているそうで、その怒りは王様へと向けられている。
更に言うと、自分たちの収入を激減させた上に、貴族にまでなった犀果家には、憎悪と言ってもいい感情を向けている。
情けないというかなんというか……。
それに感化された弟も、もちろん貴族や王族を憎悪している。
元々の7の内容では、悪徳貴族に親友を殺されて、それをきっかけに貴族や王族を廃止して共和制にしていこうって流れだったはずなんだけれど、それがこの世界にも中途半端に活かされた結果なのかもしれない。
今も、インターネットで『皆』と呼んでいた名前も知らない人たちに愚痴っているんだろう。
前に、私にもそこに書き込めって言って見せて来た事もあったけれど、正直ただのどうしようもない集まりだった。
自分の事を棚に上げて、全てを貴族や王族のせいにする人たちの集まり。
貴族や王族さえいなくなれば、この世界はすべて良くなるとでも言わんばかりのその内容に眩暈がした。
歴史上で起きた革命は、大抵碌な事になっていない。
革命の切っ掛けも酷い物だし、革命を成功させた側は、革命前の上流階級よりも権力を集中させたがり、そのまま仲間内で争い始めて、すぐにまた戦争。
貴族や王族がいなくなったって、結局は権力に差はできるし、それは選挙で選ばれた人たちが政治を行う世の中になっても変わらない。
何でそれがわからないのかなぁ……なんて思うけれど、とにかく貴族や王族が憎いという感情と、革命っていう事象に関してあまり経験が無いからこその発想なのかもしれない。
この世界の日本では、直近で起きた革命といえば、天皇様を京都自治区に閉じ込めて、王制へと移行した事だ。
アレは、多分天皇様も王様も裏で合意した上で行われたからこそ混乱も最小限で済んだんだと思う。
だからこそ、革命というものを起こそうとした時に、どんな被害が出るかというイメージが低く見積もられすぎている気がする。
船で海を渡るのも、飛行機を飛ばすのも難しいこの世界では、外国の情報があまり入ってこない。
入って来たとしても、断片的な物だ。
フランスとか東南アジア、中東のヤバイ革命についても全く知られていない。
もしかしたら、この世界にはそもそもそんな事件が無かったのかもしれない。
とにかく、革命を軽く考えて、気軽に国家転覆に繋がる発想をしてしまっている人たちがいて、そこに弟も入ってしまっている。
昔は、可愛い弟だった。
今となっては、得体のしれない気持ち悪い存在になってしまったけれど。
それに私は、物に当たる人が嫌いだ。
嫌だなぁ……。
弟なんていなければいいのに……。
元々のゲームだと弟なんて居なかったんだし……。
そういえば、何より不満な事があったんだった。
私の最推しの第3王子様が既に退場済みってどういうことなの!?
悪役だったはずの第2王子が、シスコン拗らせながらも普通にいい王子様してるし!
なんなら、第3王子様より好きかもしれない!
あーあ!あんな人がお兄ちゃんだったらよかったのになー!
デロッデロに甘やかしてもらいたかったなー!
そしたら私だって「流石ですお兄さま!」って事あるごとに褒めそやしてあげたのに!
それなのに!今年卒業しちゃってもう学園にいないっていうし!
ニアミス!あーニアミス!
学園に行くモチベゴリゴリ下がるわ……。
初日から弟がやらかしたから多分肩身狭い3年間になるんだろうなぁ……。
なんとかいい就職先見つけて、早々に父や弟から離れないと……。
そんな訳で、私は気分転換に外食することにした。
駅前をぶらつきながら見つけたのは、とてもいい匂いのするカレー屋さん。
なんだか、この香りを嗅ぐだけで幸せな気分になれるなぁ……。
本格的なカレーの店って、当たり外れがすごく大きいイメージがある。
でも、この暴力的な香りには勝てない……!
私は、意を決して扉を開き中へと入った。
魔王がいた。
この世界マジで何なの?
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