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「王政も!貴族政治も!害悪でしか無い!そうだろ皆!?」
おしゃれな髪型をしたイケメンが、人だかりの中にポッカリと開いたスペースで演説をしている。
さっきまで有栖や俺に随分と失礼なことをほざいていた口で、随分と強気なことを言うじゃないか。
ふむ……どうしたもんか?
ここでぶん殴るなり切り刻むなりするのは簡単だけれど、それだとコイツにはあまり効果的じゃない気がする。
「やっぱり貴族は悪いやつなんだ!」ってコイツの中で自己満足に利用されるだけだろうな。
というわけで、世界でもトップクラスに無益な戦いをしてやろうか。
つまるところ、レスバである。
大抵の場合、勝ったつもりになれるやつはいても、後から冷静に振り返ると、参加した時点で負けだったことに気がつく類のアレだ。
もっとも、今回重要なのは、俺が勝つことではなく、相手の鼻っ柱をメッタメタにすることなので問題ない。
「なぁ」
「さぁ声を……なんだ?何か言いたいことでもあるのか?」
「お前の考えだと、貴族や王族がいなくなったらどうなるんだ?」
「は?それもわからないのか!?平民を奴隷としか思っていない奴らさえいなくなれば、この世の中が良くなるのは当然だろう?貴族の無駄遣いがなくなれば、税金も下がり、公共サービスの質もあげられる!貧困に喘ぐ子供だって減る!お前は、この国の孤児院で子供がどういう扱いを受けているか知っているか!?食事だって最低限!勉強も義務教育しか受けられない!そんな状態をアンタは」
「ばっかじゃねぇ?」
「……あ?」
もうちょい喋らせてからにしたかったけれど、無理だわこれ。
多分ゲームをモデルにした世界にするために、こいつは無理にでもこんな感じの思考になるようにされてるんだろうけれど、だからってこれはあんまりだろう……?
「今お前が言ったことってさ、全部『王政、貴族制を廃止したら』って語るべきことじゃなくて、『自分の管理地で悪いことしちゃってる貴族のあくどいやり口』について言ってただけだろ?だったら、国の仕組みをどうこうする前に、その特定の貴族だけを何とかすることを考えるべきなんじゃないか?なのに何故、いきなり国の仕組みに口を出そうとしているんだ?」
「貴族なんてどこの家も一緒だろう!?」
「んなわけないだろ。逆に聞くけど、全ての地の貴族の人となりを把握できるほど、お前は日本中の貴族たちと仲いいのか?」
「……話しだと……?奴らと話すことなど」
「はいありがとう。つまり、ここまでお前が意気揚々と話していたことは、全てが何の根拠もない、唯の妄想ってことだな?」
「なんだと!?」
なんだと?じゃないんだよなぁ……。
せめて、もう少し何か議論しがいのあることを言ってくれるもんだと思ってたのに……。
「貴族の中にろくでもないやつがいる事はわかる。それはその通りだろう」
「だったら!」
「それで?何故貴族がいなくなったら、そういうろくでもないやつがいなくなるって話になるんだ?」
「……いや、だから」
「平民の中にもろくでもないやつはいくらでもいるだろ?それこそ、数週間前にそういう大事件がっただろ。ニュース見てないのか?仮に貴族がいなくなって、国民が行う選挙で選ばれた者たちで政治を行うようになったとしよう。そうなれば、今度はその平民たちが特権階級扱いをされるようになり、さらにそいつらを利用する奴らが甘い蜜を吸うだけだ。その辺りのことについて、何か考えていることはあるか?」
「……」
「無いのか?」
「あ……ある!」
「あるのにあんなアホなことを堂々と言えてたのか?貴族さえいなくなれば全てが解決だって?彼女もできてお金持ちになれましたって?やっぱり嘘つきの詐欺師じゃないか」
「お……俺は皆のために!」
「皆って誰だよ?具体的には?教えてくれよ。こんな人がたくさんいるところで、女の子1人相手にギャーギャー騒いでいた奴を応援しているやつって誰なんだ?」
「皆は皆だ!」
「だから……まあいいや。ちょっと周り見てみろよ」
「なんだ?」
信条なんて関係なく、コイツは時と場所と相手を完全に間違えた。
世間一般で嫌われに嫌われている貴族が相手であれば、まだ賛同するやつも現れただろう。
だけど、有栖は美人であり、普段の行いも良い。
そして、聖剣姫なんて呼ばれてものすごく好かれている。
お祭りに出席したら、それだけで大騒ぎになって人が殺到するくらいだ。
そんな有栖に対して、口汚く罵っていたんだ。
更に、ここは大抵の生徒たちにとってとても大事な場所であり、タイミングだ。
そこで、ただでも好感度の高い人気のあるお姫様相手に騒ぎを起こせばどうなるか?
「「「「「…………」」」」」
主人公君が、周りを見回して一歩後ずさる。
観衆の目は冷たく、誰一人主人公くんの味方をしてくれそうにはない。
てっきり、何人かは取り巻きがいると思っていたのに、まさか本気で誰も味方がいない状態でこの態度だったとは……。
それでも、『皆』と言っていた以上、どこかのコミュニティではそういう意見も出ていたんだろうけれどさ。
「教えてくれよ。皆って誰?ここには、お前の言う皆がいないみたいだからさ。気になるなぁ?教えてほしいなぁ?」
「いや……俺は……」
今更自分のやっていたことに自信がなくなってきたのか、顔を青くしている。
「大体さ、どうしてこの国で貴族ってシステムが採用されているか、そこのこと覚えているか?」
「……魔力の高い者を優遇して、魔物と戦ってもらうためだろ」
「そうだな?その貴族たちを廃止したら、誰が魔物と戦うんだ?」
「そんなの、元貴族たちに戦わせれば……」
「自分たちが優遇されるわけでもないのに、ただ守られるつもりの奴らを命をかけて戦って守れって?本気で言っているのか?」
「当然だろう!力を持つ者には、その責任が伴うんだ!」
「誰から聞いたお話なのか知らんけど、そんな責任無いぞ。自分の命は、自分で守るっていうのがこの世界のルールだ。それじゃあ弱い奴らが生き残れないから、強い奴らに代わりに守ってもらうのと引き換えに優遇しようっていうのが貴族なんだろ?その貴族って物がなくなったら、今平民の奴らは全員……とはいかないまでも、大半は死ぬんじゃないか?無理やり元貴族たちに戦わせるって言っているなら、それは元貴族を奴隷にすると言っているようなもんだぞ。お前の言う貴族たちと同じ発想だな?」
「守る力があるなら守ってやるべきだろう!?皆ができることをやって助け合うのが人だ!」
「ふーん……」
リアルでここまで口喧嘩したことがあまりないから、流石に疲れてきたな……。
会話の成立しない相手とっていうのが更に疲れる。
「なぁ、助け合いだっていうなら、お前は俺をどう助けてくれるんだ?」
「……なに?」
「俺は、この国を結構守ってきたと自負しているんだけれど、それに匹敵するくらいの助け合いをしてくれるんだろ?お前は、俺に何をしてくれるんだ?」
「何故貴族のアンタにそんなことを平民の俺がしないといけないんだ!?」
「何故って、平民に落とした貴族にそれと同じことをしろってお前は言ってたんだぞ?」
「いや……」
「お前ってさ、いい顔しているよな」
「……は!?」
「同性愛者にもモテそうだよな?」
「一体何を言っている!?」
「そういう男たちに、お前は体を使わせてやっているのか?」
「いきなり何をいっている!?」
「お前にできることだぞ?何故してやらない?」
「何故って……」
「じゃあ他の事をやっているんだよな?例えば、そうだな……。心臓病の子供に自分の心臓を提供したり、腕や脚が無い人に自分の腕や足を提供したり、毒の実験をしたい人のために被験体になってやったり、そういう事、してるか?」
「するわけがないだろう!?」
「おいおい、できることもしない平民のクソ野郎様じゃないか。そんな奴が、よくも偉そうに王女様に意見してたな?」
「王族と平民は違うだろ!?」
「違うから大変な思いをしろって?相手に王族としての責務を要求するなら、お前はお前で王族に対しての敬いと報酬を提供する必要があるけれど、何か提供したのか?」
「いや……」
「だったら喋んな」
「俺は!」
「喋んな」
「だから……」
「喋んな」
「…………」
静かになったようなので、これでいいだろう。
「大試さん……」
「有栖、人垣で通れないから、飛び越えるぞ」
「えっ……きゃ!?」
この場所にいるのも嫌になってきたので、お姫様をお姫様だっこして、観衆を飛び越えた。
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