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ここは、家の近くの採石場。
アイが、ここからいろんな鉱物を採取して好き放題している場所だ。
そんな場所なので、真っ暗なこの時間には、人っ子一人いない。
テレビ局の生放送コンサートが終わってすぐに、全速力で走ってきたんだ。
目撃されて怪談にされないように森の中を走って来たからちょっと時間かかったけれども。
なんでこんなところにいるのかって?
採石場でやることなんて決まってんだろ?
爆破だよ!
この忌まわしいキグルミを……ピーポー君とかいう犬っころを消し飛ばすんだ!
塵も残さず!
てかね、このキグルミおかしいんだよ!
ボイチェン機能は分かる!
言葉を勝手に変換するのもまあ良しとしよう!
だけどさ!
ピーポー君の必殺技が敵もろともの自爆だからって、キグルミにも自爆機能つけてんじゃねぇよ!
あぶねぇじゃねぇか!
誰だよ発注したの!?
そして作り上げたの誰だよ!
って思ってキグルミを調べまくったら、まる義兄さんのサインがあったんだ。
ちょっと……アレだね?
説教だよね?
何が言いたいかって言うと、俺を不愉快にしたこの趣味の悪いキグルミは、消し飛ばすべき存在なので、俺は悪くない。
「ピーポー君さん!!」
そんな無人のはずの場所に、女の子の声が響く。
驚いて振り返ると、そこには……えーと……極彩色の明かりが……。
アブダクションでもされちゃうのか俺?
……あ、違うわこれ。
アイのゲーミングトラックだわ。
その光の中から走ってきたのは、アイドルちゃんだった。
「どこに行っちゃうんですか!?」
どこって……どこにもいかないけれど……?
消し飛ばすだけで……。
『どこにもいかないワン』
「嘘です!それくらい……あまり付き合いは長くないかもしれませんが、私にだってわかります!」
お前には、何がわかっているんだ……?
「だって……だって!そんなに寂しそうな顔しているじゃないですか!」
それ、多分デザインの問題だと思うよ?
あと、森の中走って来たから、薄汚れているのもあるかもしれない。
『……心配ないワン。僕はもう必要無いワンよ』
だから、爆破処理すんだよ。
「そんな事無いです!私には貴方が!ピーポー君さんが必要なんです!」
んなわけねぇだろ……。
『大丈夫、花梨ちゃんなら、もう僕がいなくても大丈夫ワン』
「そんな寂しいこと……言わないで下さい!」
反応に困ること言わないで下さい……。
(アイ!なんでこの娘連れてきたんだ!?)
(どうしてもコンサートのあとすぐいなくなったピーポー君さんに会いたいっていうので。あと、そのうち自伝でも書く時にネタの参考にできるかと思いました)
(素直でよろしい!あとで正座させるからな!)
(正座中に原稿書いててもよろしいでしょうか?)
(よろしくねぇよ!)
アイたちが改造したスマホ越しにコソコソ会話してみたけれど、コイツにはどう説教したら響いてくれるんだろうか?
逆に、何もしないほうが、無視し続けるほうが傷つくんじゃないかとすら思える。
……それはちょっと可愛そうだからやめておこう……。
『花梨ちゃん、聞いて欲しいワン』
「……なんですか?」
『僕は、あくまでキミ達に手助けしただけワン。そして、キミ達は僕の期待通り、芸能事務所として。何より、アイドルとしてやっていけるように成長したワンよ。だったらもう、僕みたいに素性のわからない存在なんて近くにいないほうが良いワン』
「そんな事無いです!絶対ないです!だって……私は!私は貴方が……貴方のことが!」
この娘明らかにテンション上がっておかしな事言おうとしているだろ?
落ち着けよ。
相手、キグルミ着た謎の人物だぞ?
「もし私がアイドルになったせいで貴方がそんな……いなくなっちゃうようなことになるって言うなら、私!アイドルでいる意味が!」
『花梨ちゃん』
「あっ……」
アイドルちゃんの両肩に手を置く。
落ち着かせるためにも、ここはボディータッチが効果的な気がする。
抱きしめるのはアウトなのでしないけども。
『花梨ちゃんが本当に僕の助けがほしいと願った時、きっと助けに現れるワン』
「ピーポー君さん……」
まあ、別に会社をたたむつもりもなければ、権利を放棄するわけでもないから、当然俺が始末をつけることはあるだろうしな……。
『だから、今は笑顔で見送ってほしいワン。僕は、やっぱり女の子には笑っていて欲しいワンよ』
「うっ……うううっ!」
アイドルちゃんが抱きついてヒックヒックとしている。
そのまま数分待っていると、やっと落ち着いたのか自分から離れてくれた。
そして見せてくれたその顔は、ちょっと目が赤いけれど、とても綺麗な笑顔だった。
これが、自分の最高の笑顔だとでも言わんばかりの……。
うん、この茶番に満足したなら、さっさとデコトラに乗って送ってもらいなさい。
女の子がこんな場所に夜遅く来ちゃいけません。
悪いキグルミが出るよ?
『さぁ、そろそろお家に帰って、ゆっくり休むワン。限られた時間で休息をとるのも、アイドルには必要な事ワン』
「……そう……ですね。はい!わかりました!」
そして、笑顔のまま後ろを向き、そのままデコトラに向かってあるき出すアイドルちゃん。
そうだ、その目障りなLED発光に向かっていけ。
爆発に巻き込まれないように。
だけど、途中で立ち止まって、こちらに言葉を投げかける。
「サヨナラは言いません!どんなときも……きっと貴方のことを忘れません!だから……だから!いつでも貴方を待っています!また、コンサートに来て下さい!テレビでもいいです!見ていてくださいね!」
『もちろんワン』
なんなら、学園始まったら、多分毎日会うし……。
「じゃあ……また!」
そう言って、手を振りながらデコトラに乗り込む彼女。
ガラス越しに見えるその泣きじゃくる姿に、多少罪悪感を覚えながらも、俺が顔晒したらまた「ひっ!?」って悲鳴上げるんだろうからなぁ……と気を取り直す。
アイたちのデコトラが発進し、再び周りに静寂が訪れた。
『さぁ、最後の仕事ワン』
キグルミの中の自爆ボタンを押す。
これで、1分後には消し炭だ。
だけど、、それでは生ぬるい!
塵も残さないようにするには、俺自身の力も必要だ!
『悪いやつは、消し飛ばすワン!』
主にお前!
『ボルケーノぉ!!!!』
自爆の瞬間に、渾身の火柱で自分ごと焼き尽くす!
俺自身は、倶利伽羅剣のお陰でこの程度の火は平気だし、爆発自体も強化された俺の身体能力の前には大した効果もない。
だけど、キグルミには十分な火力があったようで、数秒で塵も残さずピーポー君は消え去った。
「ふぅ……あーすっきりした!」
1人しかいないからと、久々に公の場で普通の言葉遣いができる悦び!
いやぁ……最高の開放感だ!
しかも、完璧に俺が彼女たちに果たすべき責任もとったし、言う事無しだな!
忙しかったけれど、明日からは春休みを満喫するぞ!
そのまま走って家まで戻る。
いや、スキップだったかもしれない。
何にせよ、相当な速度だった。
「おかえり、大試」
「ただいま!いやぁ!終わったなぁ!」
「おめでとう、テレビで見ていたけれど、流石大試が作った芸能事務所のアイドルだったと思う」
「だろ?俺も鼻が高いよ!」
玄関で迎えてくれた聖羅に褒められて、俺のテンションも最高潮だ。
聖羅の後ろから、リンゼも出てくる。
「あら、今帰ったの?」
「そうだぞ!ただいま!」
「おかえりなさい。それにしても、アンタもよくやるわよね……」
「そりゃもうやると決めたら全力だ!何にせよ、これで何の憂いもなく春休みが堪能できるぞ!」
「は?」
俺が悦びをあらわにすると、リンゼがきょとんとした顔になる。
隣の聖羅もだ。
「どうした?」
「いや、アンタ……」
困惑するリンゼの隣で、聖羅が手をぽんと叩き、何かに気がついた様子を見せる。
「大試」
「なんだ?」
「今日は、何日?」
「今日?さぁ……最近忙しくて、あんまりカレンダーみてなかったからなぁ。スケジュールは、アイとPが管理してたし」
「そっか」
聖羅が、優しい顔で俺の右肩に手を置き、空いた方の手で頭を撫でてくる。
「大試、頑張ったんだね」
「ああ!頑張ったぞ!」
「時間の流れも忘れるくらい集中してたんだね」
「そうなのか?よくわからないけれど、頑張ったな!」
「カッコイイよ」
「ありがとう!」
「ところで、明日、始業式」
「そうか!……ん?」
「あ、エイプリルフールか?」
「そんなのもうとっくに終わったわよ」
え?
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