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「それで、犀果君が私に会いに来るなんて何の用でしょうか?」
「仕事中にすみません。会長から、ここで働いていると聞いて……。用件なんですけれど、実は」
「貴族が平民の女に用がある……つまり、妾になれという話でしょうか?いいですよ、無理やりすればいいじゃないですか。嫌がる私の服を引き裂き、抵抗する私の華奢な両脚の間に自らの体を割り込ませ……」
「……違います」
「え?違うんですか?」
現在、俺はメイドカフェでメイドさんと話している。
まあ、今は休憩時間中らしくて、店内には俺達以外誰もいないんだけれど。
テーブルの対面に座っているのは、メイド服に身を包み、メガネをつけ、2本の三つ編みを垂らした女性。
そのクラシカルなメイド姿がヤケに様になっている天瀬院薫子先輩だ。
学園の生徒会に所属していて、学園祭ライブの運営を担当していた人だ。
バンドが参加申請を出してこなかったせいでライブ自体が頓挫しかけていたけれど、手腕に関してはなかなか見事だったし、何よりステージを作り上げることに執念のようなものを感じたから、今回スカウトしようとしている。
はっきり言って、実際の仕事と学園の仕事を同列に語ることなんてまずできないし、現役のプロデューサーやマネージャーたちとの経験の差は確実にあると思うけれど、これから俺が行うことを考えると、新しく育てるほうが最終的に手間がかからないと判断した。
教育係は、この世界のあらゆる情報を盗み見るAIメイドたちに頼めるし。
「実は、新しく芸能事務所を立ち上げようと考えていまして、そこでアイドルをプロデュースしてほしいんですよ。ほら、この前学園でライブしてたアイドル同好会の娘覚えてます?あの娘と、メイド姿で歌ってた娘をメインにしようと思ってて。他にも良い人材がいたら適時スカウトして……」
「………………」
俺が説明をしていると、段々と顔つきがおかしくなっていった天瀬院先輩。
ちゃんと聞いているのか不安になってきた辺りで、だんだん先輩の表情がうにょうにょしだす。
なんというか、脳全体でどういう感情を表情に表せばいいかわかっていないみたいな……。
「あの?大丈夫ですか?」
「だいじょぶです。ぜっこうちょうです」
「……5分休憩しましょう」
〜 5分後 〜
「新しく芸能関係のお仕事を始めるとは……。犀果君は、噂通り破天荒な方ですね」
「いや、俺も最初はそこまでするつもり無かったんですけれど、成り行きで」
「成り行きで普通は始められないんですよ」
最初の無表情でクールな顔に戻った先輩が、冷静に話す。
「流石に、すぐに答えるわけにはいきませんね。犀果君の考えるその芸能事務所の形を教えていただかなければ」
「目指す形かぁ……」
まあ、俺だって別に芸能に明るいわけでもない。
朝でも夜でもオハヨウゴザイマスって挨拶することくらい?
ただ、絶対守ってもらいたい条件はある。
「綺麗な、ファンに夢だけを届ける事務所ですね」
「夢だけ?」
「はい。法を犯すような真似は一切許しません。この芸能事務所の存在理由は、俺が責任を持つべき女性が、アイドルを目指しているからってだけなんです。どこかの事務所に入れて後押しして行けばいいかなと考えて調べていたんですけれど、どの事務所も後ろ暗い所がいくつもありました。そういう部分は、いつかどこかで明るみに出ます。それに、そんな暗い部分で、これ以上彼女を苦しませたくない。なので、綺麗で、辛くとも楽しい、そんなキラキラした夢みたいな会社にしてもらいたいんです」
現実は、とても厳しい。
だけれど、だからといって汚く下衆な方に流れることを認めるつもりはない。
そのためなら、資金も力も湯水のごとく注いでやる。
「……ちょっと待ってください」
俺の具体性に欠ける、理念か何かでしかない言葉を聞いて頭が痛くなったようなジェスチャーをする先輩。
そして、メガネをクイッとさせてから話し始めた。
「聞きたいのですが、枕営業は禁止なのでしょうか?」
「当たり前です」
「アイドルではなく、私がするのは?」
「だめに決まっているでしょう?」
「そんな!?業界のご意見番みたいなおじさんタレントに枕を要求されて、無理やり手おられた華である私の張り詰めた雰囲気に、何も知らない少年アイドルの男の子が心配して話しかけてきて、それで勢いで私が食べちゃう展開はダメなんですか!?」
「………………………………………………あ、だめです」
あれ?
おかしい人か?
帰ろうかな……。
「成程、ということは、やはり犀果君が抵抗できない私を手おりたいということでうぶっ!?」
「…………………………」
俺は、生まれて始めて女性の言葉を止めるために口を塞いでしまった。
これがイケメンたちなら、唇で唇を塞ぐんだろうけれど、俺がやっているのは、相手の顔面を鷲掴みにするという蛮行。
咄嗟だったけれど、これ以上この人に話させちゃいけない気がしたんだ。
まあでも、熱意はあるはずだし、その手の……その……やべぇ事は禁止にするんだから、きっとなんとかなるだろう……。
なるよな……?
「…………今決めて下さい。うちの会社、入りますか?」
「コクコクコクコク!」
壊れたおもちゃみたいに頭を縦に振る先輩。
ちょっと脅かしすぎたか?
……気のせいか、ちょっと光悦の表情になっている気がするんだけれど……?
承諾してもらえたようなので、手を話す。
唇が当たっていた部分がネチョネチョしているような……。
ってか、先輩も無表情になっているけれど、口からよだれ垂れている……。
息が苦しかったからとかそういう理由だよな?
なにかに興奮したからとかじゃないよな?
「ですが……」
真面目な顔になって、何事もなかったかのように先輩が話し始めた。
「芸能界は、魑魅魍魎が跋扈する世界です。存在するパイは少なく、その取り合いが日常茶飯事。そのために、後ろ暗い手段をとることが常習化しているとも言います。犀果君が作るプロダクションにおいて、その手の行為を禁止するのならば、かなり苦しい経営を余儀なくされるのでは?」
……うん!よし!ちゃんとマトモなこと考えられる人みたいだ!さっきのアレは何かの間違いだろう!
「そのことなら大丈夫です。もうすぐ、そのパイと料理人の殆どを廃棄処分にして、新しく作り直す予定なので」
「……それ、私が聞いても良いことなんですか?」
「パイの話ですよ?何も問題ないじゃないですか」
「……そうですね」
何かを察したらしい先輩は、大人しく話を止める先輩。
いいぞいいぞ、そういう危ない部分に反応してブレーキ踏む感覚は重要だ。
「ところで、どうしてメイド喫茶で働いていたんですか?正直、先輩はもっとお硬い所で働いていると思ってました」
「私が働ける中で、一番時給が良かったんですよ。私は、魔力もそこまで多くないので、冒険者になってもそこまで稼げないでしょうし、それに……」
少しだけ自嘲するような表情になりながらも、すぐにまたクールな表情になる先輩。
それでこそメガネ三つ編みだ。
「私のメイド姿に興奮した男性の視線が気持ちいいので」
やっぱり俺の知ってる先輩じゃないのかもしれない……。
「因みに、犀果君が一番目が惹かれていたのは、ロングスカートのアクションですね。特に振り返る時に広がる動きが好きみたいです」
「…………………………」
やっぱり、有能かもしれない。
感想、評価よろしくお願いします。




