396:
「……新しく芸能プロダクションを?そこに、私をスカウト……って事ですか?」
『そうワン。ちょっと最近アイドルになりたがってる娘と知り合ったんだけれど、その娘を任せられるプロダクションが見つからないから、いっそのこと新しく作っちゃえって思ったワンよ』
「………………」
俺の提案に、何故か固まるアイドルちゃん。
なんだ?やっぱり嫌か?
まあ、何の実績も無い上に、正体もわからん着ぐるみの中身の言う事だからなぁ……。
なんて思ってみていたけれど、段々目が潤んできて、それが溢れてきた。
『だ、大丈夫ワン!?』
「ごめ……ごめんなさい!その!うれし……くて!だってだって……学園で友達に褒められた事はあっても……ちゃんとアイドルとして自分を求められた事ってないから……。アイドル志望の学生以上の評価なんて……だから……だから!」
『ま、まあ……喜んでくれているなら良かったワン。でも、あくまで僕が用意するのはプロダクションワン。その会社が大きくなるかどうかも、仙崎ちゃんがアイドルとして人気になるかも、全くわからないワン。それでも良いワン?』
「もちろんです!そんなの、アイドルを志すなら、どこだってそうですから!」
さっきまでのどよーんとした顔から、一気に意志の力を感じる顔になったアイドルちゃん。
そうかそうか、そんなに嬉しいか。
でもな?
まずは今受けてる仕事を終わらせようか?
その今時いなさそうなミニスカートの女性警官コスチュームは、何のために着ていると思っているんだい?
『さ、今のうちに顔を洗ってくると良いワン。可愛いお顔が涙で台無しワンよ?』
「え!?……わわわ!すっごいメイク崩れてる!?ちょっと控室戻りますね!」
『これ使うと良いワン。顔隠せるワン』
「何ですか?……虎のマスク?」
『たまたま持ってたワン』
「ありがとうございます!ちょっと恥ずかしいけれど……アハハ……」
警察署の中に設けられた女性用の控室へと駆けていくアイドルちゃんを見送る俺。
女の子が元気なのは良い事だ。うんうん。
「泥棒!その男捕まえてー!」
そんな中、女性の悲鳴が聞こえる。
流石この世界の警察、警察署のこんな近くでひったくりが発生するくらい舐められてるのか。
……ふむ、どうやらひったくり犯は、そこそこ身体強化が使える様子。
ありゃ普通の警官には捕まえられんな。
何人かの警察官が追いかけようとしているけれど、無理そうだ。
とりあえず、足元に落ちてた適当な石を拾う。
『ワンっ』
そして投げる。
角度的には、海の方角。
湾岸地域で良いかったぜ。
被害が抑えられる。
「ぎゃあああああああああああああああ!?」
男の汚い悲鳴が聞こえる。
まあそりゃいきなり右脚が消し飛べばそうもなるな。
うーん、小春日和って言うのかな?
今日もぬくぬくしてていい天気だなぁ……。
開拓村だと、まだまだ雪だらけな季節だもんなぁ……。
雪が溶けたら溶けたで、地面がぐちょぐちょになって大変なんだけどさ。
「あれ?何か騒がしいですね。何かあったんですか?」
『春になると変な人が出てくるらしいワン』
「あー、それよく言いますよね。暖かいと何かあるんですかね?」
『服が脱ぎやすくなるんじゃないかと思うワン』
「……そういう人が出たんですね……。メイク直しに行っててよかった……」
そうだな。
変な奴の体の一部がミンチになる瞬間なんて見ずに済むならその方が良いよ。
駆け付けた警察官たちも何人か吐いてるし。
『そろそろ僕たちも仕事に戻った方が良いワン。現場が混乱している時こそ、僕たちみたいなのが必要なんだワン!』
「そうですね!一緒に頑張りましょう!あ、社長……って呼べばいいんですかね?」
(呼び方なんて何でもいいぞ。期待しているからな。頑張って売れてくれ)
『呼び方は何でもいいワン。期待しているワンよ、仙崎ちゃん。きっとキミなら、将来最強のアイドル……「マスターアイドル」になれるワン!』
「マスターアイドル……っ!」
そんな事言ってない……。
何勝手に変な言葉作ってんだ……?
「私、絶対なって見せます!マスターアイドルに!」
『その意気ワン!』
「よーし!まずはここで今、私にできることで皆の役に立つぞー!」
元気が出たようで何より。
この日、未来で最高のアイドルの一人と言われることになる女の子が、初めて自分を自信を持って『アイドル』だと言えるようになった。
しかし、彼女はまだ知らない。
これから、彼女の終生のライバルと呼ばれる、最強の女の子が現れることを。
そして、ピーポー君の中身を。
感想、評価よろしくお願いします。




