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決勝戦が終わった後、すぐに控室に戻った俺。
ゴミ拾いでもして徳を積みたかったけれど、観客が帰る気配があまりないので諦めた。
スポーツの試合で観客がゴミ拾いするとヤケに褒められると前世の知識で覚えていたからマネしたかったけれど、今はどうやら無理らしい。
控室の前にいた係の人に聞いてみたら、今残っている観客は、表彰式を見てから帰るつもりなのではないかとのこと。
表彰式か……。
なんで俺を帰らせてくれないのかと思っていたけれど、そう言うのもあるんだな……。
言われてみれば、大会ってそう言うもんなのかもしれないけれど、何せこちとらその手の行事に参加したことがあまり無いのでね……。
「あ!いたいた。お疲れ様、大試君」
「会長?」
恐らく、今回俺が変なマスクをつけて大会に参戦するように仕向けた黒幕の一人であろう女性が現れた。
発起人の聖羅はもちろんのこと、あとは王女様辺りも関与しているかもしれない。
「元々は聖羅ちゃんが考え付いた悪戯程度だったんだけれどね、今回はそれに助けられたわ」
「何の話ですか?」
「決勝戦の相手、ちょっとシャレにならない事をしていたでしょう?たまにああいう事を実行するバカが出ちゃうんだけれど、一応実際に外で法を犯さない限り、ルール上は摘発できないのよ。あくまで『武闘会』ではね」
「他でガッツリやられるって事ですか?」
「当然!むしろ、そうしなかったら色んな所の偉い人たちが責任問題で大変な事になるわ。魔術という戦闘手段が存在する以上、あまりキツくルールで縛ることは誰もしたくないのだけれど、それは、基本的に出場者たちが最低限の誇りをもって戦うという紳士協定みたいなもので維持されているの。普通は、醜聞を恐れてその明文化されていないルールを守るのよね。自分たちの商品価値を高めるために出場している訳だし。だからこそ勘違いして、ルールの穴を突いたつもりになり調子に乗っちゃうのが出るんだけれど……」
そこまで説明して、苦々しい顔になる会長。
めんどくさそうだ。
「その手の輩を封じ込めるのも、大会参加者が見せるべき手腕って事で、運営側が直接何らかのペナルティを与えることは、極力避けるようにって事になっているのよね。大抵は、純粋に技を磨いてきた選手に負けてしまうから、本戦まで上ってくることは無いけれど、まさか決勝まで上って来ちゃうなんて……」
そして、俺の両肩に手をバンッと叩きつけて、目を見つめながら続ける。
「そんな中、これでもかってくらい懲罰的な勝ち方をしてくれたのが大試君だったから、私としても多少は面目が立ったわ!ありがとう!大好き!」
「あ……喜んでもらえたなら良かったです。みんなドン引きしているんじゃないかと思ってたので」
「そんなこと無いわよ?少なくとも、貴方の家族は皆機嫌が良かったわ。聖羅なんてずっとドヤ顔後方彼女面だったもの。それを表彰式の前に伝えておきたかったの」
うちのメンツはそんな感じだったのか。
金持さんと戦ってから、どんな顔しているのか怖くてそっちの方見れてなかったからなぁ……。
聖羅が機嫌よさそうなのは、試合後に会った時に感じていたけれど……。
「……でも、私は今少し機嫌が悪くなったわ。理由は分かる?」
「徳が足りないからですか?」
「徳?何の話……?」
違うのか……。
やはり、ゴミ拾いできなかった俺には、まだその辺りを察する能力が足りていないようだ……。
そんなどうしようもない俺の顔を両手で優しく包んで、甘えるような顔になる会長。
「2人きりの時、私の事は何て呼ぶんだっけ?」
美少女に至近距離で顔を赤くしながらそんな事を言われながらも色々と辛抱するのは、かなりの高徳点なんじゃないだろうか?
「……ごめん、水城」
「うん、許してあげる」
もしかして、他に人が居たらこういう事ができないから、態々毎回こういう風に運営側しかこれない場所で2人きりになっているんだろうか?
だとしたらすごくうれしいけれど……。
男子に目撃されたら呪いが飛んできそうだな。
「はい!イチャつくのはここまで!この後表彰式だから頑張ってね」
「表彰式で頑張る事ってあるんですか……?」
不穏じゃない?
「普通は無いと思うけれど、今回表彰台に立つのが大試君だけだもの。色々な声が大試君だけに向けられちゃうと思うわ」
「……あれ?決勝のあいつはともかくとして、みるく先輩と金持さんは?」
この大会、3位決定戦は無いそうなので、準決勝で敗退した選手は、同率3位という扱いになるらしく、表彰台もそれに伴って特殊な形をしている。
だから、決勝で潰したアイツが辞退するなり何らかのペナルティで出てこないにしても、あと2人はいるはずなんだけれど……。
「一人は、道に迷ってさっき横浜についてしまったって連絡があったわ。もう一人は、ちょっと恥ずかしいから辞退するって連絡をうけているわね」
みるく先輩迷子か……。
目印になる妹が言われた場所と違う所にいたから混乱したのかな……。
金持さんは……その……ごめんなさい……。
会長が去った後、しばらくしてから係りの人に呼ばれた。
表彰式の準備が整ったらしい。
やっぱり、表彰台に上るのは俺だけのようだ。
決勝で戦った相手は、一身上の都合により辞退とのこと。
いったいどんな都合があったのか気になるような……いやならんな。
正直名前も全く覚えてないし、顔までおぼろげだ。
『これより表彰式を行います!今年度の武闘会優勝者は…………………………………………タイシーマアアスクぅ!宣言通り、素手での完勝となりました!』
「「「「「「……………………………………………………」」」」」」
アイドルちゃんが必死の表情で声を張り上げるけれど、会場はざわつくばかりで、まったくノってこない。
俺の強化された視覚によると、皆さんドン引きしている模様。
控室からここまでくる間に会った運営関係者たちも、俺を見るなり、男性は関節や首を護り、女性は股間と胸を隠すようなジェスチャーを咄嗟にしていたので、相当俺の戦いぶりが怖かったようだ。
しゃーなし!覆面レスラーは、悪役な事が多いからな!
今更って気もするし。
元々学園内での俺の扱いは、こんな感じだった気もする。
それが学外、それも一般人にまで浸透しただけだ。
大丈夫……俺は強い子……泣かないんだ……。
パチパチパチ
俺が、哀愁をマスクで隠していると、拍手の音が聞こえた。
音の方を見る。
……あぁ、うちの家族さんたちじゃないですか。
心にしみわたるわぁ……。
……あれ?よく見たら金持さんまで一緒に居る……拍手してる……。
責任とろっと……。
うちの家族たちの拍手につられたのか、他にもどんどん拍手が増える。
気が付けば、会場中から拍手が起こり始めた。
君らさ、やっぱ歓声と一緒でノリでやってるだろ?
「おめでとう、タイシーマスク」
「……会長、ありがとうございます」
「こちらこそ。今大会に、貴方がいてくれてよかった」
「そう言って頂けるとありがたいです」
控室で2人きりの時に見せた女の子の顔じゃなく、できる女モードに会長からも賛辞を頂いた。
これで、多少は俺への風当たりも柔らかくなるだろう。
「というわけで、賞金は恵まれない子供たちへの寄付って事でいいのよね?」
「あれ?この大会、賞金貰えたんですか?」
「貰えるわよ?1000万GMね。円でもいいけれど。この大会って、全国中継しているし、スポンサーもついているから」
「いっせんまん……?」
あれれ?
すっごいこうがくじゃない?
そりゃ俺が本気で魔獣倒して、素材集めて売ればその位稼げるけれど、それでもやっぱり高額だとおもうよ?
なんでそれを寄付なんか……あ、そう言う設定だっけか……。
あー……まあいっか!
徳を積めただろう!
「よろしくお願いします。寄付する先の選定は、生徒会にお任せしますので」
「承知したわ。それと、貴方が賞金を寄付するって事を表明したら、もう少しおまけで色々な所に寄付できるかもしれないし……」
「……あー、だったら俺も俺もと後追いが来るかもって事です?」
「そういうこと!」
ランドセルを匿名……偽名で贈る人が多いってニュースが報道されてから、全国的にそれが広まって、「ランドセル自体を贈ってくるより、それを買うお金にしてください!余分なランドセル置くスペースなんてありません!」ってな感じの悲鳴が前世でもあったなぁ……。
『今!タイシーマスク選手に優勝ベルト……じゃなかった!トロフィーが手渡されました!皆さま、今一度盛大な拍手をお願いします!』
「「「「「「おおおおおおおおおおおおお!!!!!」」」」」」
会長との短い会話を終えると、アイドルちゃんがシメに入る。
観客も、今度は最初からしっかり拍手と歓声を上げてくれた。
ポーズだけじゃなく、学生ながら実際に高額賞金を寄付する姿は、中々ウケが良かったらしい。
寄付なんて、寄付される相手だけじゃなく、自分の為にも行うウィンウィンな関係が一番良いんだ。
これによって、恵まれない子供たち……どういう風に恵まれないのか知らんが、そういう子たちが1人でも多く健やかに大人になれるのであれば、俺の徳も上がるだろう。
良かった良かった……。
聖羅たちも、こんな変なマスクつけている俺に喜んでくれたみたいだし、出た甲斐はあったな……。
俺は、会場の熱気を全身に受けながら、表彰台から飛び降りた。
別に狙ったわけじゃないけれど、飛び降りた場所に偶々アイドルちゃんがいた。
「ひっ!?」
アイドルちゃんは、胸と股間を隠した。
「…………」
よし!観客が帰るまで待って、ゴミ拾いするか!
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