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いよいよ決勝戦だ。
相手は、まあ順当にいけば、みるく先輩だろう。
あの神様っぽいのからもらった弓を使うみるく先輩が、この武闘会に出ている連中に負ける要素が無い。
アレ使って行う戦闘は、弾幕ゲーの最難関難易度みたいなことになるし。
しかも、ゲームと違ってクリア方法があるとは限らないというクソゲー。
まあ、そのくらいしてくれたほうが、こっちとしても戦いやすい。
2戦続けて女性を死亡判定に持ち込むというのは、俺にとってなかなかのストレスだし、とっさの反撃によって決着がつくような戦いのほうがありがたいわ。
『えーと……それでは、これより決勝戦の選手入場を開始します。赤コーナー、タイシーマスク』
「「「「「「ブウウウウウウウウウウウウ!!!!!」」」」」」
酷い……。
会場中が一つになったかのようなブーイングだ……。
あ、俺もそのブーイング参加していいですか?
いたいけな少女の脚を開いて死なせたクソ野郎に物申したいので。
『青コーナー、○○○○○さん』
「「「「「「ブウウウウウウウウウウウウ!!!!!」」」」」」
あれ?
対戦相手にもブーイングが始まったぞ?
ってか、名前が全く認識できなかった。
これは、認識阻害の魔術……とかじゃなくて、俺の脳が全く興味なくて認識しなかっただけって気がする。
ってか、みるく先輩じゃないのか?
ステージに上ってきた奴は、中肉中背で小狡い印象を受ける男だった。
全く見覚えがないんだが……。
え?マジでこいつがみるく先輩に勝ったの?
「女を甚振れなくて不満か〜?犀果ぇ」
「いや、甚振るなら男のほうがいい。お前、よくみるく先輩に勝てたな?」
「……あ……あぁ。あの女は、妹を人質に取っているって言ってやったら、全く動かなくなったぞ?サクッと胸にナイフを一突きで終わりよ!」
相手の男は、一瞬表情を強張らせたけれど、すぐにニタついた表情になってそんな事を言いだした。
「そういうのアリなのか?」
「別に本当に無関係な奴を人質に取ったわけじゃねぇよ?『人質に取った』って伝えただけだからな」
普通に問題だと思うが……。
「どいつもこいつも、何でもありなこの武闘会ってもんを理解してねぇ!勝てば良いんだよ!それ以上の評価は、それこそ見ている奴らがすることだ!俺は、こうしてなんでも非情にこなせる所を見せつけて、そういうやつが欲しいってとこに雇われるだけだ!」
ふーん……。
そういうもんなのか?
裏社会の人間じゃないにせよ、欲しがるもの好きもいるのかもしれないけれど、学園側がそれを許すかなぁ……?
こいつを雇ったら、つまり君はそういうやつなんだな?って国から思われるって事だろ?
そこまで思い切った事ができる個人なり組織なら、いくらでも非情な判断をしつつ戦闘力がある奴を雇える気がするし、どっちにしろコイツには興味持たないんじゃ?
「最高だったぜ?試合後に妹の居場所を聞いてきやがったから、適当に答えてやったら、血相を変えて走り出ていったからな!」
あー、こんなやつが相手だから会場内の空気がこんなに悪いのか。
みるく先輩が相手だったら、悪の仮面野郎を倒せって観客のボルテージも上がりそうなもんだけれど、どっちも死ねって思われてそうだしなぁ……。
やばい、会話するのも疲れてきた。
もっと明るい話し方をしてくれれば、もう少しフレンドリーに行けるんだけど、コイツには無理だなぁ……。
蕁麻疹でそう……。
「でだ、犀果ェ……。お前、控室でコーヒーを飲んだらしいな?」
「飲んだぞ」
「くくくっ……これ、何だと思う?」
目の前の男が、何かの液体が入ったアンプルを取り出す。
「杏仁堂のかき氷シロップメロン味を水で薄めた液体が入った容器」
「な!?……いや、これは、お前が飲んだ毒の解毒薬だ」
「シロップで解毒はできんだろ」
「シロップじゃねぇ!」
いやいや、臭いと色でわかるって。
密閉しているように見えて、その容器は安物だから臭いを完璧に防ぐことはできていない。
俺の強化された嗅覚なら十分わかる程度に漏れている。
それに、そのシロップは、コスパがいいからよく買うんだ。
なにせ、うちでおやつにかき氷を出そうとすると、エルフを始めとした甘いものジャンキーたちや、大量にいるメイドや居候達によって、毎回数本はシロップ無くなるからさ……。
「これが欲しかったら、てめぇもあの女と同様大人しくしておくんだな!」
「あーそういう……」
相手が悪いなぁお前……。
ほんと、相手が悪いよ……。
『はい、じゃあ決勝戦始めますね。スタート』
「「「「「「ブウウウウウウウウウウウウ!!!!!」」」」」」
やる気のないアイドルちゃんの合図でブーイングのゴングが鳴った。
うん、さっさと終わらせるか。
俺は、相手の言葉に全く従わず、そのままずんずん進む。
何が起きたのかわからないほどの速度じゃダメだ。
このバカにもわかるスピードで進まないといけない。
「お……おい!聞いているのか!?この解毒薬がないとてめぇは」
「あ、俺毒効かないから」
「は?」
SSRになった疱瘡正宗を常時具現化している俺を人間が用意できる毒で何とかしようだなんて片腹痛いわ。
俺の行動が予想外だったのか、相手はかなりうろたえているらしい。
まあ、この大会最強格のみるく先輩に通用したんだから、俺にも効くだろうって思ったんだろうが、それはみるく先輩がちょろいだけだぞ?
1m程の距離まで近づいた時、相手がナイフを突き出してきた。
とりあえずその手を左手で掴み、空いている右手で相手の両脚の股関節を外す。
悲鳴を上げようとした男の顎を砕く。
激痛で暴れそうになった両腕の肩関節と肘を外す。
これで、とりあえず動き回れないし、うめき声くらいしか出せないだろう。
そのまま押し倒し、首に腕を回して締める。
ただ、血流を止めたり、息ができないほどのものではない。
あくまで多少苦痛がある程度だ。
「ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛!!!!」
「このままダメージだけで死亡判定に持ち込む。この大会、制限時間が10分に設定されてはいるけれど、10分経った所でステージが狭くなるだけで、別に試合終了になるわけじゃないから、いくらでも時間は使えるんだよ。楽しめ」
片腕でその状態を維持しつつ、スマホを取り出して、数少ない連絡先であるみるく先輩へと電話をかけた。
『犀果か!?妹が誘拐されたらしい!警察に言ったら命が無いと言われた!私が1人で行けば開放されるらしいから今向かっているが、もしものときは頼む!』
「いや、あんたの妹が簡単に捕まるわけ無いでしょ。龍ですよ?」
『……む?言われてみればそうだ!』
「あと、このバカからも本当に誘拐したわけじゃないって言葉は出ていたので、安心して会場戻ってきて下さい」
『そうなのか!?わかった!』
スマホをポケットにしまう。
簡単に騙される人は、説得も簡単でいいな……。
「レフェリー、マイク貸して」
『……は、はい!』
アイドルちゃんに頼んでマイクを借りて、会場中にメッセージを飛ばすことにした。
放送席から全力疾走でマイクを渡しに来てくれた。
『今後、コイツを雇うような奴がいた場合、関係者をすべて潰す。家族も何もかも全てだ』
それだけ伝え、アイドルちゃんへとマイクを返す。
マイクを受け取ったら、来たときよりも速く走って逃げるアイドルちゃん。
その後も締め続け、ステージが小さくなってもその状態は続き、結局相手が消えたのは、試合開始から1時間後だった。
『し……試合終了!!!優勝は、タイシーマスクぅぅぅう!!!』
終わった終わった。
さて、ゴミ拾いでもするか。
徳を積まないと……。