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ブーイングを背にステージを降りる。
今日俺は、大切な何かを失った気がする。
男女平等。
ジェンダーフリー。
そんな言葉、知った事か。
女性を大切にして何が悪い?
なんてことを考えて生きてきたけれど、今日俺はその女性の脚を押し広げ、観客に向けて数分間も晒して見せた。
端的に言ってカスである。
目の前にそんな奴がいれば、ノータイムでぶん殴る所だ。
「…………………………………………」
とりあえず、自分の顔面を殴ってみた。
痛い。
痛いけれど……心の痛みに比べれば何てことはない。
確かに、相手は覚悟を持って臨んでいた。
それでも、もう少し俺の方でやりようはあったと思う。
打撃技でいくらでも決着をつけることはできたはずだ。
でも……それは、俺の考えるプロレスじゃない!
プロレスって言うのは……もっとねちっこい戦法で戦ってこそだと思うんだ!
そこまで持って行く間に色々派手な技を見せるのはアリだと思う!
だけど!決着をつける場面では、ドシっと相手を動かさない極め方をするべきだと思うんだ!
ノックアウトが見たいなら、ボクシングでも見てろ!
という俺の中の美学を優先した結果、条件反射的につかんだ脚をそのまま極めておっぴろげた訳だが……。
「…………………………………………」
壁に向かって頭突きをしてみる。
壁に跡が付いたけれど、何故か自分の頭には大したダメージも無い。
そりゃそうだよ。
100レベル超えてんだもん。
いやぁ……よくそんな相手に挑んできたもんだよなぁ金髪ドリルさん……。
流石に俺が100レベルを超えている事自体は知らないだろうけれど、それでも俺が圧倒的に強いって事は分かっていただろうに、それでも向かってきたんだからな……。
実際、転生してからの人生でもトップ5に入るくらい苦戦したし……。
……柔らかかったなぁ……。
「…………………………………………」
靴を脱いで壁に脚の小指を蹴ってぶつけた。
よし、ちゃんと死ぬほど痛い。
これから自分を痛めつけたいときは、これを行う事にしよう。
あとは……募金とか、そう言う事もしておこう。
徳を積もう……現時点でのマイナスを解消できる程度に……。
「犀果大試!」
涙の浮かぶ目で、声がした方を見る。
そこには、先ほど自分が辱めた金髪ドリルこと金持絢萌さんがいた。
その事に気が付いた瞬間、俺の体は、流れるように最もするのもされるのも嫌いなポーズになってしまった。
土下座である。
「すみませんでした」
「なんでいきなり土下座するんですの!?」
「腹でも斬りましょうか?死なない程度で勘弁して頂けると助かるのですが」
「ですから何故そういうことになるんですの!?」
何故って?
俺がゴミクズだからです。
「先程のアレは……まあ確かに、わたくしとしても死ぬほど恥ずかしかったですわ。ですが!それは私自身も覚悟して……かくご……して……ひくっ……!」
耐えていたらしい涙が決壊したのか、金持さんが鳴きだしたのを音だけで把握する。
顔など上げられる筈もない。
なんなら後頭部を踏んでください。
「……情けない所を見せましたわね……。しかし!私は、貴方の事を恨んでもいなければ、別に嫌ってもいませんわ!ここにこうして来たのは、貴方にお願いがあっただけですの」
何でも言ってください。
「その……私を将来的に雇っていただけませんこと?今日は、無様に負けてしまいましたが、これから絶対に強くなりますわ!ですからどうか、将来貴族の当主となる貴方に認めて頂けないかと……」
「畏まりました。待遇は、年間休日日数365日で、ボーナスは1年分で宜しいでしょうか?」
「どうしてですの!?おかしいですわ!休日なんて120日くらいで十分ですわ!」
そこから10分ほど金持さんに色々話をされた。
なんでも、1組に入りたかったのは事実だけれど、それよりなにより将来につなげたくてこの大会に出たらしい。
元々、いきなり貴族になった俺の家であれば、まだまだ幹部クラスの家臣とかも少ないだろうしということで狙っていたらしい。
他にもいい条件の所があれば……と考えていたけれど、今回俺に負けたことで、そういう誘いが来ることはないだろうと俺の所に狙いを絞ったと言っていた。
俺の手を握りながら。
「ですから、貴方が先程の試合について気を病む必要なんて無いんですのよ?確かに恥ずかしい格好でしたけれど、貴方の鍛え抜かれた肉体の持つ強さは、直接戦った私が一番よくわかっていますわ。それに、女相手に徒に暴力を振りたがる輩で無い事も十分わかりましたし……」
そこまで優しい顔で言っていたけれど、真面目な顔になって続けた。
「まあそれはそれとして、責任は取ってほしいですわ」
「責任?」
「乙女にあのような破廉恥な姿をさせたんですもの!本来であれば結婚するように言いたい所ですが、良いお仕事と結婚相手を紹介するくらいしてくれてもバチは当たらないのではなくって!?もちろん貴方にそんな義務はございませんけれど!というわけで、私は雇っていただけるんですのよね!?」
成程、一生何不自由ない生活を提供できるのであれば許して頂けると?
「じゃあ、婚約者からでいいですか?」
「そうですわね」
「早めにご両親に謝罪とご挨拶に伺わないとな……」
「……ちょっと待ってくださいまし。今、何を言いましたの?」
「はい?だから婚や」
俺が説明をしようとした所で、後ろから頭を鷲掴みにされた。
この慣れ親しんだ手は……。
「聖羅?どうした?」
「こんな事になっているんじゃないかって気がして、来た」
「そうか。俺は、責任を取ろうと思う」
「落ち着いて大試。こういうのは、順序が大切。もう少しお互いを知ってからじゃないとダメ」
「あの……?何故婚約者の貴方が平然と他に婚約者増やそうとしているんですの……?」
「良い人そうだったし、今回の事に関しては、私が引き起こしたようなものだから。何れにせよ、大試の一番は私だから、他に何人大試がお嫁さんを貰っても関係ない」
「すごい自信ですわ!?」
だって聖羅だぞ?
俺が頭の中で極々当たり前のことにツッコミを入れた金持さんにツッコミ返していると、金持さんは静かになり、その後顔を真っ赤にしてこう言った。
「婚約は、早すぎると思いますの……。ですので……お……お友達からお願いしますわ……!」
俺は、こんな純で良い子にあんなことをしたのか……!(冒頭のウジウジモードに1回だけ戻る)
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