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俺は、頭の中でプロレス技を手当たり次第に思い出す。
その中から、とりあえずこのとっさの状況でぶちかませる技を考えて、躊躇なく実行した。
「ドロップキイイイイイック!」
「ごぼおおお!?」
華麗なるドロップキックを決めた俺。
くの字に曲がってステージ上を吹っ飛ぶ刈り上げメガネ。
そのままステージに転がりながら着地し、ピクピクしている。
すげぇな……さっきのラリアットもだけれど、俺のイメージよりもかなりがっつり当たったから、下手をするとその一発で試合終了するんじゃないかって感触だったんだけれど、未だに相手は生きている。
頑丈だなぁ……。
プロレスの技は、どんなものであっても超危険だ。
全ての技名の後に『良い子は真似しないでください』と入れないといけないレベルで。
不用意に使うとマジで死人が出る。
それは、技を決められた方はもちろんだけれど、技を繰り出す方もだ。
プロレスラーが最初に練習するのは、攻撃方法ではなく、受け身の取り方だという。
攻撃を受けたり、自分が派手な攻撃をした場合の衝撃を如何に殺すか。
そういう技術を体に叩き込んで、初めてプロレスの技を練習できるんだ。
素人がDDT……相手の頭を腋に抱えて、そのまま後ろに倒れる技なんてやってみろ。
簡単に相手は死ぬぞ?
他の技も総じてそんな感じだから、プロレスっていうのは、本当に高度な技術を使ったショーなんだ。
観客を楽しませる事こそがメインであり、そのために謎のストーリーや、派手なアクションを用いている。
それには、当然リングの材質なんかも重要だ。
飛び降りると派手が音がなるわりに、可能な限り痛くないような物が選ばれる。
こんな、コンクリートか何かを使ったステージで使うような技じゃない。
ドロップキックした後そのまま下に落ちたから、普通に痛いわ……。
「ぐぎっ!?……まだまだぁ……!」
刈り上げメガネが立ち上がった。
マジかよ……。
じゃあもう、やけに頑丈みたいだし、禁じ手にされちゃった技使うか……。
俺は、またしても槍を構えてまっすぐ突っ込んできた刈り上げメガネの槍を躱し、懐へ入った後、刈り上げメガネ自身の勢いも活かしながら、刈り上げメガネの頭を下にして持ち上げる。
「ブレーンバスターああああああ!」
「ぐぶっ!?」
ブレーンバスターとは、元々は頭を下にしてリングに植えるようにぶちかます技だったけれど、あまりにも危険だってことで、最近では背中を下にして落とす方式になっているらしい。
それほど危ない技なんだ。
そりゃそうだ!
もちろん、こんなコンクリ床に相手の頭を植えたら簡単に人が死んじゃうと思うので、良い子も悪い子も真似しないようにな!
今回に関して言うなら、相手を殺さないといけないので、そんな配慮も必要ないけれども。
そして、刈り上げメガネをコンクリステージに植えた。
「……まだ消えないのか……」
試技エリアじゃなければ、簡単に人が死ぬでろうその暴挙に、会場の観客たちは大盛りあがりだ。
とはいえ、流石にそろそろ決着をつけたい。
俺は、とうとう極め技を使うことにした。
さすがの俺でも、相手が元気いっぱいに動き回っている時に、スルッと極め技を決める程の技術は持っていない。
しかし、相手が地面に植えられている状態ならやりたい放題できる。
ステージに体を叩きつけるのと同じかそれ以上に攻撃力はあるけれど、見た目がそこまで派手じゃない攻撃を繰り出すチャンスだ!
首から上がコンクリの中に入っている刈り上げメガネの両脚の間に自分の脚を差し入れ、その後相手の両脚をクロスさせて極めてしまう。
その独特のポーズが、この技名の由来だ。
「サソリ固め!」
やられると、すごく痛いらしいこの技。
やるのもやられるのも初めてなので、実際にどの程度痛いのかはいまいちわからないけれど、今回はフィニッシュホールドとして使うことに決めた。
フィニッシュとは、つまるところ相手が死亡判定を受けることだ。
この世界の人たちは、ゲームを参考にしただけあって、恐らく体力ゲージと言うか、HPと呼ばれるようなものがある気がする。
ダメージを受けて、HPが0になったら死んでしまうわけだけれど、それは別に表示されていないし、普段は気にすることはない。
問題は、俺が今しているような、『痛いけれど、前世の世界なら死に直結するようなものではない技』を食らったときだ。
ダメージは確実にあるけど、足とかをバキバキに砕いた所で早々死にはしない。
チクチクと小さい武器ででかい魔獣を攻撃するのをイメージしても良い。
とにかく、塵も積もればいつかは山のようなダメージ判定の末に、HPが0になって死ぬんだ。
この仕様は、俺が開拓村にいた時に気がついた。
木刀で訓練している状態で魔獣を相手にしていると、本来であれば厚い毛皮と脂肪で致命打にはならなそうな魔獣ですら死んでしまう事がある。
大きく切り裂いているわけでもないのにだ。
それを見て、俺はこの世界にHPの概念がアリそうだなって思ったし、だからこそここがRPGの世界だと信じられたんだから。
まさか、スマートフォンが存在する世界だとは思わなかったよ……。
このHPらしきものの存在について、普段は別に意識する必要はない。
どういう計算がされているのかわからないけれど、急所をぶった切ったり刺し貫けば相手は死ぬからだ。
そういう意味では、今回は例外中の例外だろう。
極め技で相手を死亡判定に持ち込むという限定条件下では、これがとても役に立つ。
イメージは、ゲームの毒ダメージ!
継続的に小さいダメージを与え続け、ほっとくと死ぬ!
サソリ固めにしたまま数分が経過した。
ビクンビクンしていた刈り上げメガネだったけれど、その感覚が弱くなっていき、完全になくなった所で、体が消えていった。
レフェリーによるカウントがない以上、相手が擬似的にとは言え死ぬまでやる必要があった。
そのためには、極め技がかなり有効そうだ。
『それまで!勝者、さいは……タイシーマスーク!』
「「「「「「ワアアアアアアア!!!!!」」」」」」
俺が、この後の試合のために、今の試合の反省を頭の中で一瞬で行った瞬間、会場中に響き渡る大音量で司会の声が響き、観客たちの歓声が上がった。
感想、評価よろしくお願いします。




