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『こんにちは』
「「「「「こんにちわー!」」」」」
『私たちは、“Lilas”。結成してまだ1週間だけれど、歌で皆を満足させることを約束する。だから、聞いてほしい』
「「「はーい!」」」
「聖羅さまあー!」
「理衣ちゃーん!」
「聖剣姫様かっこいいー!」
「会長がドラム!?」
「リンゼちゃんめっちゃ楽器に囲まれてるー!」
「犀果○ねー!!」
俺達のステージが始まった。
本来であれば、俺たちが会場のボルテージを高めて、後に続くグループに繋ぐ役目だったはずなんだけれど、色々あって逆に俺たちがラストになってしまった。
そのせいで、幕が上がった段階で既に観客は大興奮状態。
高校の学祭で行われる体育館ライブのイメージとはかけ離れた、満員御礼の観客席は、一応パイプ椅子で席を作ってあるはずなのに、座っている人がいない……というか、いたとしても見えないくらい皆立っている。
それ所か、パイプ椅子を設置していない本来通路であるはずの場所まで観客で埋まっているみたいだ。
といっても、ステージは明るいのに対して、観客席は暗くなっているから、人々の顔を見分ける事は困難だけれども。
ただ、俺に罵倒飛ばした奴の声は覚えたぞ!
こんな美少女たちと一緒にステージに立っている俺に嫉妬したんだろ?
広い心で許してやるよ。
それ所じゃないからな……。
手が緊張で汗だらけだわ……。
それでも、一緒にステージに立っている彼女たちからの信頼が気持ちいいから、ここで辞めるつもりは無いけれども。
『じゃあ、先ずはアタシから行くわ!』
先程まで中央で挨拶をしていた聖羅に代わり、リンゼが前に出てくる。
手に持っていた機械を空中に放ると、ガチャガチャと音を立てながら一瞬でシンセサイザーへと変形した。
リンゼは今回色んな楽器を使って演奏する。
そして、自分がメインボーカルを担当する時に使うのがこれだ。
『1曲目!“SPIDER LILY”!!』
最初に選んだ曲は、リンゼの使うシンセサイザー等の電子楽器を中心としたテクノポップ調の勢いがあってノリやすい曲だ。
曲自体も良いんだけれど、ステージ中に設置されている舞台装置たちによる演出もかなり力を入れている。
軽くスモークも炊いて、レーザーまで飛ばしているんだ。
このスモークが案外消防法的にめんどくさかったり、あとでべとべとしたりで面倒なんだけれど、ガーネット家の面々が是非にと物々しい装備を態々製作して設置してあるんだ。
ってかね、スピーカーからマイク、果てには俺たちが持っているギターまで全部ガーネット家のブランドなんだよな……。
俺が持っているこのエレキベース、すごい軽いし音の響きも良くてヤバイ……。
買ったらいくらするんだろうこれ……?
生粋の貴族らしく堂々と、そして楽しそうに歌うリンゼは、横から見ているだけでも惚れ惚れするほど奇麗だった。
『ありがとう!じゃあ次は、王女様に歌ってもらおうかしら!』
『はい!頑張ります!』
「「「「「ワァァァァァア!!」」」」」
2曲目は、有栖だ。
1曲目でつかんだ流れに乗って更に大きくする。
『聞いてください!“月下戦乙女”!』
有栖の曲は、激しくてパワーもあり、それでいてそこまでテンポが早くないJ-POPに分類される様な曲だ。
カラオケで歌いやすい曲だな。
リンゼと違い、メインボーカルの際には、歌に集中してもらう。
その方が、練習の時にパワフルな歌声を飛ばしてくれたので、彼女の歌に合っていたんだ。
ボーカルの時以外に有栖がつかっている電子ピアノが、移動させると手間が掛かるという理由も無いでは無い。
まあ、俺と有栖なら普通に持ち上げられるんだけども……。
俺達だけの時には、1人の女の子としてふるまっている有栖が、こうして人々の前に出ると、自然と王族としてのオーラを出すのが面白い。
普段とのギャップもあり、ゾクゾクしてしまうような横顔だった。
『ありがとうございました!では次は……』
『私がいくね!』
「「「理衣ー!」」」
あ……あの一部で物凄く騒いでいるのは、理衣の実家の方々だな……。
『恋する女の子の為の曲です!“夜の白詰草”!!』
理衣の曲は、今までの2曲と一気に印象を変えて、ポップでキュートなアイドルソングな感じだ。
それでいて、しっかり歌詞を聞くと、割と深い無いようになっていたりするんだよなぁ……。
因みに、この曲を作曲した人は、理衣が俺と婚約した理由についてある程度話を聞いて、更に理衣の希望まで聞いてこの曲を作ったらしく、恋に恋する女の子を応援するための曲でもある。
作曲者が若い女性なのもあってか、聞いているだけで甘酸っぱい気持ちになって顔がにやける効果があるので、男子が聞く時は、周りに人がいない所で鑑賞するすることをお勧めします。
ともすればあざといととられかねない程女の子らしい雰囲気で歌い上げた理衣の笑顔は、男子の初恋ハンターとでも呼べるほどの煌きがあった。
『ありがとー!!じゃあ次は、私の尊敬する先輩にバトンタッチするね!!』
「「「「「会長ー!!!」」」」」
『フフッ!皆ありがとう!楽しんでくれているみたいで私も嬉しいわ!』
去年の一件から、一緒に忙しく仕事をしていた理衣と会長は、学内でもセットで人気が高い。
特に部活動に参加している者たちは、この2人に世話になった機会が多いらしく、大きな歓声が上がった。
『全力で歌うから、皆聞いてね!“オモイグサ”!』
会長がセンターに立った時だけ、俺がドラムを担当する。
これが中々怖い。
この1曲だけドラムができるように練習したけれど、とにかく周りに流されずに自分のペースで演奏するって言うのがここまで大変かと痛感する。
そして会長は、エレキ琴を弾きながら歌う。
転調が多い和ロックで、理衣の曲でフワフワした観客の心を引き締める。
琴の音は、ギターとかの音に埋もれないから、一気に印象が変わって楽しいな。
ただ、琴を演奏するのは結構体を大きく使うので、スタンドを使って立ちながら演奏できるようにしているとはいえ、琴を演奏しながら歌うのはかなり大変なハズなんだけれど、会長はその大変さを全く感じさせない。
凛としたその音は、何故か神聖さすら漂わせ、普段と違うその会長の雰囲気に飲まれた観客や俺達。
最後の弦を弾いて、また普段の会長としての彼女に戻ったのを見て、自分が立っているのが学園の体育館だという事をやっと思い出す。
『どうだったかしら!?』
「カッコよかったです!」
「キレー!」
『そう?ありがとう!でも、満足するのはまだ早いわよ!そうよね……聖羅!』
「「「「「ワァァァァァ!!!」」」」」
会長がドラムの場所まで下がり、今までギターを掻き鳴らしていた少女がセンターに戻ってくる。
あれだけ激しく演奏していたのに、汗1つかいていないけれど、その顔をみれば、このステージを最高に楽しんでいるのが分かる、そんな笑顔で。
『先に謝っておく』
しかし、聖羅が放った言葉は、観客がまったく予想もしていなかった謝罪だった。
「「「どうしたのー!?」」」
「「「聖女様ー!?」」」
ざわつきが広がる。
それを見ながら、聖羅がゆっくりと口を開く。
『この曲は、恋の歌。私はこれをたった一人のために歌う。だから、今聞いている人たちがどう感じるかはわからない。それでも、ここでこの曲を歌いたかった。私の告白を……聞いて!』
「「「「「キャアアアアアア!」」」」」
ストレートなそのお気持ち表明に、女子を中心に大盛り上がりだ。
男子は多分顔を赤くしている感じだなこれ。
俺?
赤くしている方。
『“Bougainvillea”』
聖羅のギター演奏から入るこの曲は、アイたちから提供された段階だともう少し大人しい曲だった。
少女が初恋を詠うような明るく楽しい曲だったけれど、デモを聞いた聖羅がもっと激しさが欲しいと言い出し、ほぼ聖羅のギター演奏テクだけで恋に燃える女性を想わせる曲へと生まれ変わらせた。
神業のようなギター捌きを見せながらも、俺の方をチラチラと顔を赤くしながら振り返る聖羅に、一応目で返事はしておく。
ただ、恥ずかしいからあんまりこっちみんな!照れて手元狂うぞ!
聖羅の演奏に引っ張られ、俺の演奏も奔る。
それが楽しいけれど、楽しければ楽しい程終わりが来るのも早い。
歌詞が終わり、曲はエンディングへと辿り着いてしまった。
(ん?)
そこで他のメンバーがやらかした。
なんと、俺以外が示し合わせたかのように……っていうか、これ完全に示し合わせてたな……演奏を止めてしまった。
つまり、いきなり俺のベースソロになったわけだ。
どういうことよこれ!?
演奏を続けつつも、聖羅たちの方を見る。
彼女たちは全員、悪戯が成功した子供のようなニヤッとした表情をしながら、見つめる俺に口の動きだけで一言ずつ何かを伝えてきた。
それが、どれもこれも純粋な好意によるものというかなんというか……。
告白ってこういうことか!?
ってことは、ここで俺だけに演奏させているのは、それで俺に返事しろってのか!?
うわー……恥ずかしい……。
やるけどさ?
俺は、敢えて練習の時よりも激しく演奏する。
ベースって、他の楽器と一緒じゃないと活かせないと思われがちだけれど、案外ソロでも映える楽器なんだよ。
だから、全力で演奏してやった。
この曲のエンディングは、少々長くて30秒程ある。
それでも、ソロで告白の返事として演奏するとなるとかなり長い。
しかも、気持ちを入れて激しく演奏すればするほど聖羅たちの表情に喜びが強くなるんだから、そりゃ力も入る。
多分これ、観客は何が何だかまったくわからないんじゃないか?
そう思いつつも、俺が渾身の演奏を終え、俺たちの出番は終わった。
うん、まあ色々あったけれど、やっぱり楽器演奏は楽しいな……。
プロになるとまた違うんだろうけれど、やっぱり楽器の最大の魅力は演奏してて楽しいって事だよなぁ……。
さて、最後に挨拶して終わりだ。
「アンコール!」
なんて思っていると、観客の1人がそんな事を言い出す。
アンコール?いや疲れてるし、観客は理解していないかもだけれど、衆人環視の中疑似告白までされたからさっさと捌けたいんだけど……。
「アンコール!」
「アンコール!」
「「「「アンコール!!!!アンコール!!!!アンコール!!!!」」」」
そのアンコールは段々と大きくなり、終いには聖羅たちまでその気になってしまったようだ。
でも、アンコールの準備なんてしてないよな……?
「大試」
俺がどうしようか悩んでいると、聖羅が寄って来た。
「なんだ?」
「まだ今日やってない曲、あるよね?」
「やってない曲?そんなもん無い……あ」
「大試の曲」
「いや、アレは聖羅がアイの曲を参考に試作した奴だろ?ライブが終わって家に帰ってから歌うって話じゃ……」
「皆アンコール聞きたいんだって。だから、歌って」
「えぇ……?」
聖羅は、この1週間で作曲までできるようになっていた。
そして最初に作ったのが、俺をイメージした曲。
リンゼたちのリクエストで、俺の歌をプライベートな場所で披露するって約束はしていたけれどさ、そんな恥ずかしいもんをここで俺自身に歌わせようって言うのか!?
「お願い」
「…………」
「だめ?」
「…………あー!1回だけだぞ!」
「うん」
この日、大トリは俺の“愛be”という恥ずかしい曲だった。
最後に非常に恥ずかしかったので、気を紛らわすために楽器破壊というある意味憧れのアクションをしてみようとしたんだけれど、それは何故か聖羅にとられた。
『皆にはちょっと早』
「「「「「ワァァァァァ!!!!」」」」」
『……くなかったみたい』
と、もう聖羅たちがやれば何でもOKな雰囲気のせいで、過去に戻ったネタが不発だった聖羅がちょっと釈然としない表情をしていたのが面白かった。
感想、評価よろしくお願いします。




