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「呼ばれてやってきました」
「来たのです!」
「ますたぁお待たせー♡」
アイとピリカとイチゴを招聘しました。
前世でAIに作曲させるって言う試みをニュースで見たような気がするなーっていう思い付きが元で助力を頼んだけれど、悪くない人選な気がする。
特にイチゴ辺りは、あざといラブソングを作ってくれそう。
「電話でも伝えたけれど、3人には、聖羅用の楽曲を作ってほしい」
「恋する女の子の曲でお願い」
このように、歌う側の希望も取り入れることで満足度を上げていくのは重要だ。
特に、歌という芸術作品においては。
過去には、望まないタイプの曲を押し付けられ続けたせいで、心を病んだアイドルもいたと噂に聞いたことがあるし、感情というものを蔑ろにしないようにしたい。
「……楽曲……ですか……」
だけど、何故かアイの表情はすぐれない。
いつもであれば、その不敵な無表情でなんでもやってのけそうな彼女が、珍しく目を逸らしている。
「難しいか?」
「難しい……といいますか……えーと……」
待つ事十数秒、たっぷり貯めた後に出た台詞は、ちょっとだけ意外な物だった。
「恥ずかしい……じゃないですか……」
「恥ずかしい!?」
「はい……」
今までに見たことがない程顔を赤くしているアイ。
ってか、そんな感情あったのか……。
昼間から街中でデコトラ乗り回している系メイドなのに……。
「犀果様にお聞かせするのであれば、どれだけキュンキュン来るようなセリフでも、どれだけ卑猥なセリフでもノリノリで言い放つ自信がございますが……」
「卑猥なセリフは止めろ」
「それを不特定多数の方々に向けて聞かせるための楽曲とするとなると……」
「恥ずかしいのです」
「感情が育って、イチゴたちにも羞恥心ってものが出来ちゃってるからねー」
その成長は、ある意味でマスターである俺にとって喜ばしい事なのかもしれない。
だけど、それが原因で楽曲を提供してもらえないとなると困ったな……。
今から他の人に頼んだとしても、その曲が出来上がって練習をして……ってなると、モノにできるのがいつになるかわかったもんじゃないからなぁ……。
「で・す・が!」
なんて俺が悩み始めたタイミングで、ずいっと身を乗り出してくるアイ。
ノリとしては、通販番組の司会者みたいな感じ。
AIチャーンス!みたいな?
「なんだ?」
「一つ、私たちに考えがあります」
「考え?」
「はい」
アイだけでなく、ピリカとイチゴもウンウンと頷いている。
なんだ?
もしかしてここまでお前らが事前に話し合っていた想定通りの仕込みか?
何を提案するつもりだ?
「この楽曲は、あくまで私たちが犀果様に贈るラブソングということにするのです」
「……んん?」
なんか変な事言い出したぞ?
つまりどういう事だってばよ?
「そう言うの聞かれるの恥ずかしいって話じゃなかったのか?」
「はい。で・す・が、あくまで犀果様個人宛という事であれば、その心の問題も解消できる気がするのです。これは、私とピリカ、そしてイチゴの総意です」
「はいなのです!」
「うん!」
面倒な事言い出したな……。
いや、まあ……別にいいけどさ……。
その程度の脳内補完で納得できるなら……。
その曲が自分へのラブソングだと知っている俺がちょっと恥ずかしい事を除けば、特に問題も無いし……。
「良いと思う」
何より、隣の聖羅がノリ気だ。
コイツは、最初から俺へのラブソングを歌いたいと思ってくれていたっぽいしなぁ……。
まあ……良いか……恥ずかしいけれど……。
「わかった。アイたち、その方向で曲を頼む。できれば今日中に……」
「もう完成しています」
「早いな!?」
「それ程でもあります」
やっぱり既に奴らの中で練られた作戦の一部だったようだ。
とはいえ、スピーディーなのはこちらとしてもありがたい。
早速使わせてもらおう。
「話し合いは終わったの?」
ちょっと離れて自分たち用の曲を確認しなおしていたリンゼたちがこちらに寄って来た。
「ああ、今曲を提供してもらう事で話が着いた」
「はい、こちらを」
俺に続き何かを差し出すアイ。
その手には、何枚かの紙と、タブレット端末があった。
「このタブレットに、私たちがそれぞれ歌ったバージョンの動画がございます。ついでに、ファムたちにも歌わせたので、それも気になるようでしたらご照覧下さい」
「うん、デモテープみたいなもんだよな?わかった」
「犀果様のお部屋にも同様のタブレット端末を設置いたしましたので、ご自由にお使いください」
「……わかった」
「私のバージョンも後で追加しておいて」
「かしこまりました」
ずいずいっと強めに要求してくるアイたち。
ついでに聖羅も何か頼んでいる。
まあ……利用はするけどさ……。
「それでこっちの紙は……ゲッ!?」
アイが取り出した紙の方は、確かにこの場にふさわしいアイテムであったし、普通に考えれば重要な物だった。
しかし、俺にとってそれは呪いのアイテムに近い物で、きったねー声が出る……。
「なにこれ?……あぁ、楽譜ね!これは助かるわ」
そう、それは楽譜だった。
普通であれば、演奏する者にとって無くてはならない物。
だけど、俺にとっては……。
「ちょっと、何で楽譜見てあんな声出したのよ?」
「いやだって……俺、楽譜読めないし……」
「……はぁ?」
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