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『ジャララララ ギャギャーギャ ギャギャーギャギャー キュルルルキュルルルルッ』
「……なんか、普通に上手いわね」
「そうですね……大試さんにこんな特技があったなんて……」
「意外ではあったけれど……カッコよかった……かな?」
「えぇ……でも、大試君に求められているのは、果たしてこういう上手さなのかしら?」
「大試カッコいい」
俺は、婚約者たちの前……しかも生徒会室というすごい場所で、音楽準備室で埃を被っていたエレキギターを弾いていた。
その直前には、キーボードとエレキベースも演奏している。
前世の学校の授業で、鍵盤ハーモニカとリコーダーとか言うクソみたいな楽器で演奏させられた時以来の、人前での演奏だ。
なんで鍵盤ハーモニカやリコーダーがクソかって?
何か臭いし、ツバが零れるのが気になって演奏に集中できないから……。
そもそも汚い感じがするし……。
「指が切れても練習し続けたからな。金属の弦って油断するとスパスパ指が切れちゃうんだけど繰り返しているうちに硬くなってきて切れにくくなるんだよな」
「そんな脳筋練習するものなのねコレ」
「硬くなるのは良いんだけど、今度は指先の柔らかい感覚が無くなったりで面倒でさ……」
「案外しっかり経験者っぽい感じで言うじゃない……」
頑張ったもん。
いつか、こう……物凄い可愛いガールズバンドから突然欠員が出て、そこにヘルプで入るとかさ。
別にガールズじゃなくても、そういう機会があったらなぁ……って考えていたけれど、そもそも学校でバンドやるような奴らと俺じゃ属するコミュニティが違い過ぎるし、仮に欠員が出たとしても連絡が来なかっただろう。
そもそも連絡が来たとして、それを俺が受けるということも無かったかもしれないけれど……。
だって、人前で演奏とか怖いし……。
会長のお願いじゃなければやんないよ……。
「にしても、身体能力が上がっているからか、前世より物凄く演奏しやすいわ。動きが速いから、ピック使っているのに指だけで演奏しているみたいに同時に複数の音出せるしそれに……」
俺は、ギターの弦を見つめる。
今の俺ならできるかもしれない……。
前世でちょっと憧れつつも、結局行わなかった伝説の演奏方法……。
歯ギターを!
「大試、それは辞めた方が良いと思う」
無言になった俺に聖羅がアドバイスを送ってくる。
何も言っていないのに、俺が何を考えていたのか伝わったのか?
「どうしてだ?」
「大試がこういう場面でいきなり真面目な顔でシンっとすると、大抵ろくでもないこと考えているから、止めておくことにしている」
「成程……」
流石聖羅だ。
俺よりも俺の事をわかってらっしゃる。
俺だって、歯ギターは正直どうかなって思ってたし……。
新品ならまだしも、こんな誰が使ったのかもわからない学校の備品ではやりたくねーな……。
「アンタさ、こんだけ楽器が演奏できるなら、他のもできたんじゃないの?ヴァイオリンとか、チェロとか」
「それは無理だ」
「どうしてよ?」
「リサイクルショップになかったから」
「アンタにとって致命的な問題だったのね……」
そうだよ!
ギターやベースなら、前世のリサイクルショップに大量にやっすいのあったからなんとかなっただけで、ちゃんとしたヴァイオリンとかはそんな所じゃなく、中古だとしても専門のお店に売られちゃうらしいからな!
特に、学校でバンド活動する女の子たちが出てくるアニメが放送されたせいで、オタクたちがこぞってギターを買い求め、それらがほぼ全て売り払われた影響か、リサイクルショップにギターとベースは溢れてたんだ。
ドラムは、あんまりなかったな。
やっぱり高いからかなぁ?
「じゃあ、ピアノはどうしたんですか?買ったわけではないんですよね?」
今度は、有栖からのご質問。
いい質問ですね!
「中学校にあったんだよ。吹奏楽部は、第二音楽室を使ってたから、第一音楽室は放課後ほぼ無人だったんだ。だから、他に人がいないときは俺が占有してた」
「誰か来なかったのですか?今まで人前で演奏した事無かったんですよね?」
「ビックリするくらい人は来なかった。気が付いたら学校でも人気の奇麗な女の子が隣にいて驚く……みたいな展開を夢見なかった訳でも無いけれど、人の気配が近づいて来たら逃げてたからな」
「逃げる?」
「音楽室の下が職員用の玄関になってて、そこに屋根があったから、窓から出ると丁度いい具合に隠れられたんだ。だから、音楽室に人が入って来そうになったらそうやって隠れて、気配が無くなったら戻るって感じ」
「そこまでして人前で演奏がしたくなかったんですか……?」
「うん……。ただ、一回俺が出ている間に窓が閉められちゃったときは焦ったな……。職員玄関の屋根から飛び降りたのは、前世の俺の身体能力だと中々の冒険だった」
皆の生暖かい目線が痛い。
聖羅だけは、俺のそんなアホみたいな危険行為に目を輝かせているが。
「そういえば、アタシの通ってた中学校にこんな怪談話があったわ」
リンゼがいきなり話題を変える。
何で怪談?
「誰もいない筈の音楽室から、放課後にピアノの音が聞こえるっていう割とありきたりの奴」
「俺みたいな奴が他にもいたのかもな」
「いや、アンタでしょ」
「世界は広いぞ?似たようなことしている奴他にもいるって」
きっと俺だけじゃない筈だ。
あの世界には、仲間がいたんだ!
俺の思い出話でぐだぐだになった生徒会室。
しかし、流石というかなんというか、真っ先に会長が雰囲気を引き締めて咳ばらいをし、話題の修正を図る。
「んんっ!えーと、とりあえずバンド参加はしてくれるのよね?」
「俺は良いですよ。皆は?」
「「「異議なし!」」」
「ありがとう!じゃあ、問題はどんな曲を演奏するかよね……」
そこが問題だ。
学園祭でやる程度なんだから、有名アーティストの曲を勝手に演奏するコピーバンドでも十分なのかもしれないけれど、ちょっとカッコ悪い気もする。
かといって、オリジナル曲を作ったって素人の俺達に碌な物を用意できるわけがない。
何より問題なのは、俺たちに残された練習時間は、1、2、3……。
「いや、もう学際初日まで1週間しかないじゃないですか。このタイミングから練習始めろと?」
「ごめん!本当にごめん!でもお願い!あと、バンドフェスは学園祭初日だから!」
「おおう……」
ドンドン悪い条件が重なっていく。
これは、ごちゃごちゃ考えている時間も無いな。
今ここである程度決められる事は決めてしまおう。
「折角学園内でもトップクラスに人気がありそうな女の子が5人もいるんだから、1人1曲ずつボーカルを担当するってのはどうだ?」
「私たち皆が歌うの?」
「折角だからな。俺たちの役割は、そのバンドフェスっていうのを盛り上げることだ。ただ参加しただけじゃイマイチ仕事をしたことにならない気がする」
「まあそうね……。私としても、盛り上げてくれた方がありがたいわ」
そう言って申し訳なさそうな顔をする会長。
そんな表情にならなくていいですよ。
貴方にも歌ってもらうんですから。
「有名な曲でも、オリジナルの曲でもいいから、各自自分が歌いたい曲を1時間以内に1つ用意してくれ。その5曲を練習しよう。最悪、練習が間に合わなかったら曲数を減らすかもしれないけれど、できるだけ5曲やるつもりで」
「まちなさいよ!アンタ、自分は歌うつもりないの?」
リンゼから文句が出た。
おいおい……。
何を言っているんだいガール?
「俺の歌なんて誰が喜ぶんだよ?」
「アタシは聞きたいけれど?」
「………………………………………………いや……………………今度、非公式の場で聞かせるから、人前ではちょっと……」
「仕方ないわね」
ストレートに求められると流石に恥ずかしいな……。
「楽器の担当は、俺がベースをやるから、聖羅とリンゼはギター、有栖はバイオリンで特殊さを演出し、理衣はキーボード。あと、会長にはドラムをやってもらいたいんですけどいいですか?」
「ドラム!?私やったことないけど!?」
「太鼓やってたからいけるかなって……。会長がヴォーカルやるときには、俺が代わりにドラムやりますから。その際ベースはリンゼにチェンジで。俺もやり方わからないですけど、まあ多分1曲くらいなら何とかなるでしょう……」
いけるよな?
頼むぞ未来の俺。
そして1時間後、俺は貴族のすごさを思い知る。
なんと、彼女たちは既に自前の曲を持っていたのだ。
作曲家たちが、自分たちの曲を捧げると言って割といっぱい送ってくるらしい。
すごいなぁ……。
しかし、俺と聖羅にはそんなものはない。
正確に言うと、聖羅には讃美歌的な物があるらしいけれど、本人がそれになんの興味もないため覚えていない。
しかたないので、俺はウチのパーフェクトメイドに頼むことにしたんだ。
そう……AIに作曲させるという未来の手法を用いる!
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