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すごいなぁ……。
私、本当に外にいるんだ……。
ここ3日間は、あまり自由に外出させてもらえなかったけれど、今、こうして外を走っていると、やっと現実感が湧いてくるなぁ……。
「狭くない?これ本当は2人乗りだから、どうしてもこの人数で乗るとなると無理が出てきてさ……」
「あ……その……大丈夫!それより私、重くない……?」
「いや?本当は、女の子を男の膝に座らせるのもどうかと思うんだけど、他になくてなぁ」
「大丈夫!私は!ここが良いです!」
「お、おう?そう?」
このロボットみたいな乗り物を初めて見たときにはびっくりしたけれど、乗り心地はいいなぁ……。
揺れないし……暑くも寒くもないし……いや、ちょっと暑いかも?
多分私だけだと思うけれど……。
だって仕方ないじゃない!?
私の中には、すごい人数の女の子たちがいるけれど、だれもこんな経験してないんだよ!?
表に出ている私は、なんとか見た目だけでも平静を保っているけれど、頭の中の皆はキャーキャー叫んでるし!
私を白馬の王子様みたいに助けてくれた大試様……様ってつけると嫌がるから、大試君って呼んでるけれど、これからこの人のお家に向かうんだ……。
助け出されてからの数日間で聞いた話だと、お貴族様なんだって!
そんな人に助けてもらって、しかもお家に連れて行ってもらえるなんて……。
……でも、もう既に婚約者が5人もいるらしいけれど。
私、どうなっちゃうんだろう?
そもそも、どういう立場で連れて行かれるんだろう?
お客さん?愛人?それとも……それともそれとも……!?
あー!また頭の中の女の子たちの黄色い悲鳴が大きくなってきた!
「シオリは大丈夫か?コンテナの中も一応空調も衝撃吸収もできるようになっているから大丈夫だと思うけれどさ」
『大丈夫!ごはんおいしい!』
「……まあ、今日で帰るから、中にあるもんは全部食べてもいいぞ……」
ここに来るまでにも、かなり定員を超えて乗ってきたらしくて、本来私が座ってるこの大試様の膝の上は、シオリちゃんっていうすごく綺麗な女の子の居場所だったらしい。
でも、私が泣かないようにって譲られちゃった。
年下の女の子に心配かけちゃったかな……って思ったけれど、50年も地下室で封印されていた私よりも更に何百倍も年上なんだって。
最初は冗談かと思ったけれど、周りの人たちの反応を見るに、どうも本当らしくてびっくりしています……。
『甘いものはワシにも残しておいてほしいんじゃが……』
「お店に寄れたら買いますから、それで我慢してください。ソフィアさんまでここに出てきちゃったら、いよいよもって両手どころか全身に華ってくらいのぎゅうぎゅうになっちゃうので……」
『しょうがないのう……今日は、お汁粉かぜんざいの気分じゃな!』
「昔から気になってたんですけど、ぜんざいとお汁粉の違いってなんなんですか?」
『それを語ると1時間ほど必要じゃが構わんか?』
「……どうしよう……帰ってからなら聞きたい気もする……」
年上といえば、今、大試様がつけている腕時計のダイヤモンドに入っているっていうソフィアさんも私よりとっても年上らしい……。
外国の映画女優みたいな美人さんだけれど、エルフっていう神話とかにでてくる種族なんだって。
こんな人が周りにいるのに、私は勝てるのかな……?
……で、でも!まだ大試様は!その……なんていうのか……手は出していないみたいだし!私にだって十分チャンスは有るはず!
「待ってほしい。私は、どちらかといえばホイップクリームの口になっている」
『パンケーキがいいです』
「……まあ、なんかそういうのが色々ありそうな店探して入りましょうか。専門店だったら喧嘩になりそうだ」
うーん……ソフィアさんは美人だけれど、他にもすごい人はいっぱいいるんだよなぁ……。
後ろの席に座っている仙崎さんっていうお姉さん……っていっても実年齢だと年下だけれど……は、ちょっとエッチな漫画に出てくる女の先生みたいな、男の妄想を刺激する見た目だし、大試様のお家で使用人をしているっていうアイさんもすごい美少女で、仕事も完璧だもん……。
まだ会ったことはないけれど、大試様のお家には、まだ他にも綺麗な女の人がいっぱいるらしい……。
それに、一緒に住んでいる訳では無いにしても、婚約者の人たちとも大試様はすごく仲が良いらしい。
それぞれがすごい美人で、お貴族様のご令嬢とか、お姫様までいるなんて、すごいなぁ……。
聖女っていうのは、私にはよくわからないけれど、なんだかすごい女の子で、大試様の幼馴染なんだとか。
いいなぁ……私も、大試様の幼馴染になりたかったな……。
大試様、恥ずかしがってあんまり詳しく教えてくれないけれど、聖女……聖羅さんとの事を話す時は、顔が違うんだもん……。
他の婚約者さんたちの事を話すときもそう……幸せそうな……大好きだってのがわかっちゃう表情で話してた……。
悔しいような……悲しいような……妬ましいような……。
私のほうが先に出会えていたら、私もそんな顔で話してもらえていたのかな?なんて思っちゃう自分がすごく醜く感じちゃって嫌だな……。
だったら、押し倒せばいいんじゃないか?
そんな声が頭の中に響く。
1回や2回じゃない。
助け出されて、目が醒めてからずっとだ。
助けてくれた恩人に、大好きになっちゃった男の子相手にそんなことできるわけがない……はずなんだけれど、そういう事をしてしまいたくなる気持ちも否定できない……。
私に植え付けられた誰かの記憶がそう言っているのか、それとも私の醜い心がそう叫んでいるのか、私にももうわからない……。
今すぐ振り返って、私を優しく乗せてくれている大試様の唇を奪ってみたい気持ちが無いなんて言えないし……。
でも!私は決めたんだ!どんなに絶望的な状況でも諦めないって!
そして!卑怯な手段を使わずに戦うって!
それが、私が目指したアイドルの姿だから!
……うぅ……でもなぁ……正直、私はこのままアイドルを目指しても良いのかという部分については疑問なんだけれど……。
だって……1人の人が好きになっちゃったら、皆の恋人っていうアイドルの大前提から外れちゃう気がして……。
そりゃもちろん、裏で色々している娘もいるんだろうなっていうのは私だって考えているけれど、それでも、私の目指したアイドルは、ファンの皆のために存在するすごい女の子で……。
うー……!
そうだ!もう本人に聞いちゃえば良いんだ!
50年の間に世間でアイドルに関しての認識も変わっているかもしれないし!
私の髪型だって、今の世の中ではすごく古かったらしくて、目覚めてすぐにアイさんが最近人気がある髪型にしてくれたし。
肩ぐらいまである……ボブ?とかいう髪型らしいけれど、最近はこんなのが流行ってるんだなぁ……ってびっくりしたもん。
私の時代とは色々変わっているかもしれない!
つまり、それ次第では、私が1人の男の子が好きだったとしても、問題なくアイドルになって良いかもしれないし!
「大試くん!ちょっと聞きたいんだけれど!」
「おう……?何?」
ちょっと勢いよく聞きすぎたかもしれない……。
大試様がびっくりしてる……。
「今のアイドルって、恋愛とか……どんな感じなのかなって……」
「どういうこと?」
「つまりその……誰か特定の男の子と交際しながらアイドルしていたらまずいのかなって……」
「あー……うーん……」
思い切って聞いてみたけれど、どうも反応があんまり芳しくない気がする……。
まずい質問だったかな?
がっかりされちゃったかな……?
「俺も詳しくはないけれど、内緒で男と付き合ってる女性アイドルはいるみたいだな」
「そうなの!?」
「そして、それがバレると即引退したり、ほとぼり覚めるまで学業に専念するって名目でしばらく表に出てこなくなったりするから、おおっぴらにはまずいっていうのがあの業界の常識なんじゃないかな?」
「そ……そうなんだ……」
「まあ、アイドルのファンの何割かは、まかりまちがったら俺と付き合ってくれるかもしれない的な妄想を拗らせているんだろうし、そういうファンからも金を巻き上げるのも商売の一部なんだろうから、アイドルも周りの業界人もそのくらい許容すべき制約なんだろうな」
……ちょっとまって?
違うから。
それは違うから。
「あのね大試君」
「ん?」
「アイドルについての認識について、大試君のその考えは余りに歪んだ見方だと思うの」
「……そう……?えっと……ごめんなさい……?」
「違うの。謝って欲しいんじゃなくて、アイドルとはなんたるかっていうのを知ってほしいんだ」
「ひぇっ」
大試様は、この話を打ち切りたい雰囲気を醸し出していたけれど、それだけは認められないかな。
「アイドルっていうのは、人々に愛と希望と夢という幸せを届ける素敵なお仕事なの」
「ほ……ほう……?」
「それでね?確かに後ろ暗い行為に走る人たちがいるのは否定できないけれど、それは極一部だと私は思っているし、そもそもアイドルの中で道を踏み外した娘がいたとしても、それがアイドル全体に共通した話って見方はおかしいと思うんだ」
「まぁ……そうかな……」
「そうなの。つまり何が言いたいかって言うと……」
気がついたときには、アイドルについて4時間も大試様に話していた私。
いつの間にか向かい合って馬乗りで力説していたけれど、もしかしてとんでもないことをしてしまったんじゃないだろうか……?
えっと……これはアイドルらしい行為なのかな……?
どう思う……?
……ふむふむ……頭の中の女の子たちの意見をまとめると、大多数の娘達が、アイドルとか以前にかなりはしたない行為だった……でも良くやったって事になったから、まあ……いいか……。
大試様の苦笑いには気が付かないものとする。
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