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おなかすいた
ここは……あーそうだ。
神社の地下だっけ?
私は、東京に行きたくて……。
なのになんでここにいるんだっけ?
……なんだか、すごく名誉なことだったような気もするし、すごく不愉快だったような気もする……。
あ、思い出した。
落とされたんだ。
だれに?
お母さんだったような……神主だったような……陰陽師とかいうやつだったような?
どうしよう……何回も落とされた気がする……。
違う!違う違う違う違う違う違う違う!
これは私の記憶じゃない!
私は私!
なのに!こいつの!化け物から記憶が流し込まれてるんだ!
……あれ?私の名前……なんだっけ……?
ヒル……じゃない……。
ゑい……でもない……。
……そうだ!美須々!私名前は、杉沢美須々!
自分の名前までわからなくなってきた……。
嫌……嫌だよ……。
熱い……おなかすいた……。
どうしてこんなことに……?
私は、お腹がすいたから人間を食べていただけなのに……。
してない!そんなことしてない!
やめて!変なこと思い出させないで!
私は!自分で生贄になろうなんて絶対思わないし、人だって殺したいと思ってない!
おなかすいた
お父さんにお見合いだって連れ出されて、この神社の中に入るように言われたと思ったら、中にいた大人の人たちに穴に落とされたんだ……。
すごく痛くて……立ち上がれなくて……。
上を見上げたら、大人の人たちが笑顔で手を合わせてて……。
お父さんもお母さんもいて……。
不気味で……怖くて……。
後ろから、ぐちゅぐちゅと音がした。
振り返ったら知らない女の子の口から何かが飛び出してて……。
それが私の口に無理やり入ってきて……!
吐き出そうとしたのに!気持ち悪くてなんども吐き出そうとしたのに!
お腹の中に入ったあの化け物は、どんどん私に染み込んできて……。
私と化け物の境目がわからなくなってきて……。
「東京に行くなんて馬鹿な事を言いだした時はどうしようかと思ったが、役目を任されて立派に勤め上げたなぁ。助かった助かった」
「本当ですねぇ。美須々の都会かぶれには悩まされましたが、美人に育ってくれて良かったです」
穴の上で、両親が何か言っていた。
吐き気のする顔で。
じゃあ殺そう?
そんな声が頭に響く。
これは……誰なんだろう?
そう思った気がするけれど、もうその時には、私の体は私の物ではなかったような気がする。
だって、手の平の肌を突き破って、緑色で透明なヌルヌルが出てきても痛くもなかったし、それが穴の上の大人たちを皆殺しにしても何も感じなかったから。
穴の上に出たわけでもないのに、どうやって殺したのかも見えていた。
女の人は、魔力を吸い尽くして殺し、男の人は燃やした。
もともとそんな事私にはできなかったけど……、じゃない、私じゃなくて、この化け物にはだ……。
化け物の記憶だと、信仰されたからとかでできるようになったみたい。
ヒルコって言われてるって。
そのせいで、何の役にも立たない神様としての力と、制御の効かない日の力を与えられたって。
化け物をここに閉じ込めるために、50年に1度、村の中で一番の美人で処……生娘が生贄にされるらしい。
つまり、私は村で一番の美少女だと認められたみたいだ。
こういう状況じゃなければ嬉しいけれど……。
私は、東京に行ってアイドルになりたかったんだ。
お見合いだって、すぐに断ってしまおうと思ってたのに……。
化け物は、今までの生贄の女の子たちの記憶も持っていた。
それで昔のことや、自分がどうしてこんなめにあっているのかも把握できたけれど、他人の記憶を持ってこられるのは、利点より欠点のほうが多い気がする。
もう、自分が本当はどんな存在だったのかも自信がなくなってきた。
だから、いつも私が私であることを意識するようにしているのに、名前も思い出せなくなってきたのは怖い……。
ここにきてどれくらいの時が経ったのかまったくわからない。
千年は経っている気もするし、落ちてきたのはつい最近だったような気もする。
時間の流れがふわふわしてる。
次の生贄の娘が落ちてきていないってことは、少なくとも私がここにきてから50年は経っていないということだと思うけれど……。
もし、50年目で生贄が入ってこなかったら、その時はこの封印も解けるのかな?
そしたら、外に出れるのかな?
おなかすいた
そうだ……外に出たら何か食べたい……。
カップラーメンっていうのを外で食べるのが流行ってるって聞いたし、私もそれがしてみたい!
……してみたいな……。
あれ?
封印が緩んでる?
体を少しだけなら出せるって化け物が驚いてる。
これって大丈夫なの?
私は外に出たいけれど、この化け物を外に出すのはダメだと思う。
まあ、私には止めることもできないんだけれど。
だから、この化け物が、緑のヌルヌルした体をちぎって外に飛ばしているのを見ていることしかできなかった。
最近慣れてきたけれど、焼けるように熱い。
我慢しているけれど、たまに火が出る。
家事になったら怖いから、この地下室が石造りだったのはよかったかも。
そのせいで居心地は最悪だし、落とされた時すごく痛かったけど。
きっと、私はこのまま死ぬべきなんだと思う。
化け物の苗床にされている私には、死を選ぶこともできないけれど、きっとこのままだと大変なことになる。
化け物がちぎって外に出した体が、そとの人に寄生して新しく化け物にして、変な栄養みたいなのを持ってこさせているみたい。
このままだと、この村滅ぶんじゃないかな?
って言っても、私を生贄にした人たちを守ってあげる気にもならないんだけれど……。
私の中に残ってる女の子たちの記憶も、半分くらいは知ったことかって感じかな?
残りの半分は、自分で生贄になった娘たちだから、ちょっと話が通じないよ……。
それでも、今このときでも、もしかしたら私のことを助けに白馬に乗った王子様が来てくれるんじゃないかって期待している私がいる。
きっと、ここに誰かがくるとしたら、新しい生贄か、私を……化け物を殺す人なんだろうってわかってはいるけれど、夢見るくらいなら、化け物になっちゃった私でも許してもらえないかな?
多分、化け物のせいで人がいっぱい死んでる。
今だってどんどん死んでる。
殺したくないし、死なせたくないし、食べたくないけど、私の中の化け物が、おなかがすいたって叫ぶ。
最近は、私もお腹が空いてしょうがない。
喉も渇く。
熱い。
私は、いつまで私を私だと思っていられるんだろう?
私が消える前に、王子様が来てくれたらいいのにな……。
それが無理なら、いっそ私を殺してくれないかな……。
その男の子が来たのは、本当に突然だった。
いきなり上から飛び降りてきたと思ったら何かを話しかけてきた。
でも、私の中からヌルヌルが飛び出しているから、何を言っているのか聞き取れないし、返事もできない。
私のこのすがたをみた男の子は、武器を取り出した。
あー……そっか。
この男の子が私を殺すんだ。
長かったような、短かったような気がするけれど、やっと死ぬんだ。
死にたくないけど……。
白馬に乗っているわけではないし、特別カッコいいわけでもないけれど、悪い人じゃなさそうだし、キミでいいや。
私を殺してください。
あ、でも、私の体の中の化け物は嫌みたい。
そりゃそうだよね。
私だって死にたくないもん。
そもそもさ、アンタがいるせいで私が死ぬことを選んでるってわかってる?
アンタのせいなの!アンタの!
そうだった……私は腹が立っていたんだ!
あの糞両親はとりあえず死んだみたいだからいいとして、何よりまずこの化け物に腹が立っていたんだ!
お腹も空いているけれど!センチメンタルな気持ちもあるけれど!
それより何よりこの気持ちの悪いドロドロをぶっ殺したいんだ!
私の中の女の子たちは、7割くらいがキャーキャー言ってる。
だって、人数は多いけれど、皆男の子と縁のない人生だったし……。
残りの3割は諦観かな?
もうどうでもいいよって思ってるみたい。
よし決めた!死のう!さあキミ!私ごとこの気持ちの悪いドロドロを消し飛ばして!
多分炎は有効じゃないと思うから、燃料とかばらまかないでね!
こいつ火だせるから……ってか出したわこのクソッタレ!
なに部屋の中火の海にしてんの!?
限度考えてよ!これだから化け物は!
あれ?あの男の子、この火の海の中でも大丈夫っぽいな……。
どうしよう……ちょっとかっこいいかも……。
うん!やっぱりこの男の子に殺されるのが一番っぽいね!
王子様ではなかったけれど、貴方を私の王子様に認定してあげます!
さぁ!さぁさぁさぁさぁ!早く殺して!
あと、できれば、私が死ぬ時までそばにいて。
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