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「粗茶だが、まあ飲むが良い」
「これはこれは……あ、美味い。ハーブティーですか?」
「うむ。自家製だ」
「へぇ……天狗がハーブティーですか……」
「山の中に住んでいると自然とこういう物が得意になるのだ。昔は薬草茶と呼んでいたが、ハイカラな言葉にするのもよかろうて」
まあ……お茶の木育てるよりは、ハーブ採ってくるほうが楽か……。
俺達は今、鬼一さんの家にお邪魔している。
この場所は、どうやらマヨイガのようなものらしく、玉藻さんがバイトしてた妖狐カフェみたいな雰囲気がある。
まあ、あそこよりは多少神聖な感じがするかな?
ここでは、例の感染症のようなものに侵される心配はないらしい。
そして、それについて俺達と話し合いを持ちたいということでお呼ばれしたわけだ。
……ところで、お家、ログハウスなんですね?
丸太小屋とかじゃなくて、西洋風の……。
しかも、土足で家の中に入るスタイルな上に、椅子とテーブルもある。
今飲んでるハーブティーだって、木のコップとかじゃなくて白磁のティーカップだし……。
「ここに人間を呼ぶのは久方ぶりでな。巷の流行に疎くてすまんが、茶請けにこのようなものはどうだろうか?」
そう言っておずおずと出されたのは、俺もそこまで食べた経験のない食べ物だった。
全く無いわけではないけれど、日本人にこれをお茶請けで勧められたのは初めてかもしれない。
いや、日本人かどうかは議論の余地があるが……。
「シュトーレン……」
「んー!これ美味しい!シオリ好き!」
「然り」
「悪くないのう。ドシッとしとる感じがワシ好みじゃ」
「では、今度家でもお作ります」
「気に入ってくれたようで何よりだ。ホッホホホ」
同行者たちにも、天狗の饗しは好評のようだ。
この訳のわからない事態にも同様しないあたり、みんな大物だよなぁ……。
そして、努めて冷静であろうと努力することで何とかなっている俺はともかくとして、ガラスの精神力を持つ仙崎さんは、割とブルブル震えている。
俺の腕に本気でしがみつきながら震えているから、どことは言わないが、振動が伝わりやすい。
やめてほしい。
やめないで欲しいと本能が叫ぶから、やめて欲しい。
(た……大試君!大試君!)
(どうしました?)
(このハーブティーと彼が言っていた飲み物なんだが!私のスキルで分析した所、最高級の薬草などが使われている!ポーションに加工したら体力と魔力の回復速度が爆上がりするよ!?これ1杯で自動車が買えるぞ!)
(へぇ……)
このハーブティーの素材、そんなにすごいのか?
香りからすると、開拓村の周りにもモリモリ生えてた草が使われているんだと思うんだけれど……。
よし、今追い打ちをかけるのは止めておこう。
「それで、話とは?」
「おお、そうであった。お主たちは、あの呪病を何とかするためにやってきた、ということで間違いないな?」
「呪病というと、あの人間が緑と黒の斑点に侵されて、思考がおかしくなる奴ですか?」
「うむ……とは言っても、それはあの呪病の症状の半分でしか無いがな」
「……半分?」
病気の話になると、仙崎さんが正気に戻った。
「そうだ。お主らがいう緑の斑点が出るというのが、今回の騒動の原因である呪病だ」
「ふむ……では、黒い斑点は違うものだと?」
「そうだ。そちらは、呪病を抑えるために某が流行らせた物だ」
「……どういうことだい?」
仙崎さんの目がきつくなる。
そりゃ、病気を流行らせたなんて言われたらそうなるわな。
「お主らは、あの緑のドロドロは見ておったな?」
「あぁ、あのスライムのようなものだろう?人の顔がついた」
「すらいむ?うむ、まああのドロドロだ。呪病に感染すると、数刻でアレになる。それを防ぐために、『人で無くなることができない呪病』を某が流行らせたのだ」
「人で無くなる事ができない?」
「そうだ。人を超える存在になることもできないが、逆に人から物の怪になることも防げる。肌に黒い斑点が出て、風邪のような咳や熱と言った症状が出るのが特徴だな」
え?アレってそういうものだったの?
俺てっきりペストみたいなものだと思ってたのに……。
「某があの呪病に気がついたときには、既に村人が何人かあのドロドロになっておった。呪病自体を解くことは某にはできなかったが、対症療法でなんとか現状を維持できるようにと、こちらも新たな呪病を流行らせたということだ」
じゃあ、その黒斑点が無ければ、村人たちが皆あの人面スライムになっていたのか?
こっわ……。
「黒い斑点の方の呪病は、治せば元の人間に戻れるんですか?」
「戻れる。が、ドロドロ病の方はわからぬ。ドロドロになってしまっては無理だと言うことはわかるのだが、人の姿を保っている状態で癒やす方法が某にはわからぬ」
つまり、どうやったら治るのかわかんねーけど、とりあえず悪化しないようにはしてくれたってことか。
有能ー……。
「貴方の行為に感謝いたします、鬼一殿。それで、その呪病……仮称ドロドロ病の原因についてはご存知なのですか?」
仙崎さんのターン。
頼れる美女の顔で鬼一さんへと質問する。
因みにまだ俺の腕に掴まっている。
「確かではないが、心当たりならばある」
重々しい雰囲気で鬼一さんが言う。
苦々しい表情だし、もしかしてかなり面倒な事態なのか?
……って、原因の心当たりがあるのに対症療法しかできていない時点で、その面倒な事態以外無いか……。
「その心当たりとは?」
「うむ……。この村の奥の山中に、古くから神社があってな……」
「神社?」
「ヒルコ様を封印していると言われているが、某がここに住むようになって300年。それ以前からあったものらしく、某も詳しいことはわからん」
「ヒルコ……」
ヒルコってアレだよな?
骨が無いグニョグニョの赤ん坊の神様。
国生みの神様夫婦が最初に生んだ子供だけど、先天性の奇形か何かがあって海に流されたとかいう可哀想な奴。
その後恵比寿様になったとかなんとかいう話もあったっけ?
「そのヒルコ様が、なんでこんな山の中に祀られているんです?」
「それはわからん。そもそも、本物のヒルコ様ではない可能性のほうが高かろう。それに性質としては、祀るというより封印なのだ」
「つまり、悪しきものだと?」
「うーむ……まあ、そうなのかもしれん。某も、村人たちがそう話していたのを聞いただけだからな。だが信仰とは、我々のような物の怪に強い影響を与える。ヒルコ様という神として畏れられ続ければ、神性を得ることもあるだろう」
神妙な顔で、自分の胸に手を当てる鬼一さん。
なんだ?胸がどうかしたか?
「某も、1000年前に生まれたときには、まったくの無性だった。しかし、いつの間にか人の女を拐かして犯すという話が巷に広まった結果男になってきてな。そこまでであればまだよかったが……」
胸に当てた手がモミモミしている。
……え?なんかすごい弾力ない?お餅みたいな……。
「ここ20年ほどで、段々と体が女になってきてな……。もう陰茎もない……」
「それは……あー……」
くそ!何でもかんでも美少女キャラにする昨今の風潮がここに来て仇に!
やめろおおお!
天狗顔のおっさんのぽよよんとした胸のイメージとか脳が腐る!
「最近は、腰にくびれができてきた。何より怖いのが、その事に悦びを感じ始めている某自身の心の変化でな……」
「こっわ……」
「あと10年もしたら、某もボインボインの美少女になっているかもしれん」
「こっわぁ……」
ログハウスの中を沈黙が支配する。
……いや、沈黙しているのは俺と仙崎さんと鬼一さんだけだ。
ソフィアさんとシオリ、アイとぬらりひょんはどこ吹く風でキャイキャイティータイムしてるし。
「……あー……。そのヒルコ様?は、どんな伝説があるんですか?信仰が力を与えているなら、どういう話が伝わっているかが重要になると思うんですけれど」
「うむ、そうだな。某が知っているのは、そのヒルコ様は、里に現れ人を食っていたらしい。討伐しようとした村人たちは尽く返り討ちにあい、仕方なく地下に封印されたそうな。その封印の地に神社を作たそうだが……」
空気を変えるために、努めて真剣な顔で俺がした質問に、同じく厳しい顔に直って答える鬼一さん。
そう、シリアスにいこう。
シリアスなんだけど笑って良いのかどうなのかわからないタイプのじゃなく。
「50年に1度、里で一番美しい生娘を生贄に捧げる事で封印を維持していたらしい」
「……はぁ?」
流石にそんなタイプのシリアスさはいらない……。
でも、話の流れからすると……。
「その50年目が今で、生贄を捧げなかったからこんな事になっているのではないかという話ですか?」
「うむ」
やるか!神殺し!
感想、評価よろしくお願いします。




