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バキッ
ゴキッ
俺達から100m程離れた所で、人が食われている。
といっても、既にどう見ても死んでいるので、急いで助けなければいけないというわけでもない。
いや、遺体を残して遺族に返さないととか、死者の尊厳のためとか、いろいろあれを止める理由はあるけれど、正確には、俺達にそんな余裕が無いという感じだろうか……。
「……アレって、どうやったら倒せると思います?」
「……ははは、大試くんも面白いこと言うねぇ。この脅威のナイスバディを持っていて筋トレもしているのに、どこまで行っても体力的にはもやしっ子のこの私に、正体不明の敵への対処法を聞くなんて正気かい?データを集めてからにしてほしいねぇ」
「……データ、無いですよねアレは……」
体高約3m。
体の幅は……わからないな。
5mくらいか?
見た目としては、でっかいアメーバと言うか……あーあれだ!スライム!
なんか緑色のスライムって感じだ。
そこまでは良い。
全くよくはないけれど、とりあえずは良い。
問題は、そのスライムが人を食っていて、しかもその接種方が、口で咀嚼するというスライムらしくないやり方な事だ。
この世界のダンジョンにもスライムはいる。
あまり強くはないけれど、天井から降ってきて顔に張り付いて相手を殺したりとか、そういう地味な事をする奴らだ。
たまに毒を持っていたり、血を吸うのが好きな種類もいるけれど、少なくともあんなふうにデカい臼歯のある口を持っている種類なんて知らない。
そもそもでかすぎる。
そして……これは感覚的なものでしか無いけれど、ヤツから発せられている雰囲気というか、オーラみたいな物がヤバい。
悍ましさと厳かさが同居している感じ。
神様其の者ではないけれど、それに近いなにか……というように感じられるんだ。
「どうします?攻撃してみますか?」
「……そうだね。倒せないとしても、体の一部をサンプルとして入手しておきたいかな。アレが今回の原因の可能性もあるし……まあ、無関係どころか、アレも被害者の成れの果ての可能性もあるけれど」
そう。
そのスライムには、人間の顔がついていた。
もちろん人間サイズじゃないけれど。
巨大で半透明な顔面がスライムにくっついているように見える。
人面魚だの人面犬だのは、前世でよく学校とかの怪談話に出てきていたけれど、人面スライムはちょっと趣味悪いなぁ……。
しかも、人食いとは……。
そんな見た目と雰囲気のせいで、手を出すのが躊躇われる。
だって怖いもん!
「じゃあ、とりあえずここから飛び道具で攻撃してみますね。それで倒せるなら良し、殺してサンプルにしましょう。逆に、なんだかやばそうだったら……」
「……逃げても、誰も文句は言わないよ。私が保証する。アレは、かなりまずいモノに見える」
「了解」
俺は、機体外に雷切と倶利伽羅剣を実体化させて持つ。
サンプルにできるかどうかはともかくとして、刺突とかで倒せる気がしないから、燃やすことにしたんだ。
やっぱり汚物はしょ
「んー!」
俺が攻撃しようとする直前、膝の上の少女が、口の中をチョコレートビスケットでいっぱいにしながら呻き、指をパチンとする。
次の瞬間
「ぎげぎょ!?」
と不気味な断末魔を上げて、緑のスライムが捻れて弾けた。
えーと……?
「あれ!美味しくなさそう!シオリ嫌い!」
口の中のものを飲み込んでから、彼女はそう言い放つ。
正直に言えて偉い!おかわりをやろう。
「……大試君、その子、大試君の子どもかい?」
「違いますよ。どうしてです?」
「いや、出鱈目な事するなぁと思って……」
「出鱈目だからって俺と結びつけないでくださいよ」
緊張が多少解けた俺達は、人面スライムがいた場所まで向かう。
散り散りになってもまだ生きている可能性も考慮しながら近寄ると、人骨やスライムの歯、そして粘膜かなにかのようなスライムの体の破片が散らばっており、どうやら動きはないようだ。
「死んでいるっぽいですね」
「あぁ……。まあ、倒せるということがわかっただけでも収穫だね。よし、錬金工房型アームを装着して調査してみようじゃないか」
「……名前、カッコいいの考えません?」
「また今度にしよう!」
仙崎さんに言われたとおり、背中のコンテナから取り出した専用装備の腕に換装する。
仙崎さんが徹夜で作り上げたもので、遠心分離機やガイガーカウンターのような色々な検査機器を一つにまとめた優れモノらしい。
欠点は、クソ重いから持ち運ぶのが難しいってことだけれど、それもこのパワードスーツ(仮)であれば問題ない。
このアームの先端に出てくる細長い収拾装置でサンプルを取れば……。
よし!これで大丈夫かな?
「……うん、ちゃんと問題なくサンプルが回収できた。このまま数分待ってくれ。そうすれば検査結果が出ると思う」
サンプル解析は、俺ではなく仙崎さんの仕事だ。
ソチラは任せて、俺はシオリの口にお菓子を入れたり、「そろそろ封印されているの飽きてきた」とウダウダ言い出した大精霊を宥めたり、「やっぱりコンテナは快適な乗り物ではありませんね」とぼやき始めたAIメイドの愚痴を聞いたりして待つ。
平和だなぁ……。
目の前に人間と人面スライムの破片が散らばっているけれど……。
あー……。
血溜まりもある……。
スライムはともかく、あの黒と緑の斑点がある人たちも血液は赤いのかな?
だとしたら、村役場の前の血溜まりも、このスライムが捕食した跡だったんだろうか?
ちょうどいい位置にあるシオリの頭を撫でながら考え事をしていると、解析結果が出たのか、後ろで仙崎さんが唸り始めた。
「うーん……うーん?」
「どうしました?何か変な結果でも出ました?」
「変?変……うーん、変なのかな?」
どうにも煮えきらない。
というか、仙崎さん自身よくわかっていない感じだ。
「今倒したあのスライムだけれどね……DNAを調べてみたら、ほぼ人間……いや、人間そのものと言って良い」
「人間?アレがですか?」
「そうなんだ。だから、逆に変だろう?それに、呪い……それも飛び切り上位の反応が検出されているねぇ。多分、これのせいであのスライムみたいになっていたんじゃないかな?」
「……じゃあ、呪いを解けば治るんでしょうか?」
「それは絶対に無理だ。DNAがいくら人間だとしても、身体自体が霊的に完全に別の存在に変成してしまっている。治す事はできないよ。問題は、どうやったらそんな人体改造ができるのかって事で……」
詳しくはわからないけれど、「治す」ということができないのであれば、聖羅にもどうしようもないだろうな……。
となると、原作で聖羅が倒された相手に相当する存在が関わっているかもしれない。
今の人面スライム自体がこのパンデミックの原因というわけではないだろうから、それを作り出すような厄い存在がどこかにいるんだろう。
今片手間に倒された人面スライムがラスボスだったら楽でいいけれど、アレだけだと聖羅が負ける要素がないからなぁ……。
治すのは無理でも、消し飛ばすだけならいくらでも可能だろうし。
ピピピッ
仙崎さんの悩み声を聞きながら、俺なりにメタな視点からの考察をしていると、動体センサーに反応が出た。
これは……上か!?
俺は、すぐにパワードスーツを後退させる。
右手は、錬金工房型アームがつきっぱなしのため武器を持てないけれど、左手は問題なく使用できるので、カラドボルグを持って少し長さを伸ばし、センサーに写ったやつに対して警戒する。
これは、サイズ的には人間と同じくらい……か?
『あいや待たれよ!』
バサッと空から舞い降りてきたそれは、黒い翼を持った人間だった。
……いや、人間ではないか。
妖怪か?仙人だったかもしれん。
修験者みたいな服装で、顔が赤くて鼻が長い。
その姿は、正に……。
『我が名は鬼一!この森に古くから住む者だ!お主に話があって姿を表した!』
天狗だった。
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