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『罠イベントね』
今回の任務に関して、出かける前に軽くリンゼに話を聞いた。
思い当たるゲーム内の出来事で似たようなの無かったかと。
どうやら該当する記憶があったらしく、説明してくれた。
『まるお兄様が言ったとおり、聖羅を最初につれていくのはダメよ。ゲームと同じだったら、その選択をした段階でバッドエンド確定だから。フェアリーファンタジーには、どの作品にも「これを選んだ瞬間終わり」っていうクソイベントがあるのよ。しかもランダム発生な上に、初見じゃそんなことわからない普通の流れで起きるから、通称「罠イベント」って呼ばれているの。今回の事件は確か、雪が降っただけで隔離される人里離れた謎の村で正体不明の感染症が発生して、それを解決するってやつだと思う。最初に聖女を連れて行くと、すぐに死んじゃってゲームオーバー。放って置くと、そこそこ強い上に謎の感染症をバラ撒く患者たちがゾンビパニックのごとく村から溢れてきて、そうなるともう生きている村人を殺し尽くすしか無いの。倒しきれば経験値が結構稼げるんだけれど、味方からの好感度がものすごく下がるわね。自分も闇落ちルートに行きやすくなるから注意しなさい。本来のゲームであれば、発生した段階で、以前のセーブから巻き戻ってプレイすることが推奨されていたくらいのどうしようもないイベントなの。発生はランダムだから、前のセーブからやり直せば発生していないことにできるってことでね』
『お前って、ゲームの説明になると早口になるよな』
『真面目な話なんだから黙って聞きなさい』
おほんっと咳払いをしてから、説明を再開する女神。
『そんなクソイベだけど、アタシ自身がリアルで体験するつもりもなかったから、かなり適当に設定してあったのよ。「聖女を最初に行かせると死んじゃう」「放置しておくと大変なことになる」程度のルールだけ作ってね。でも、それが現実に起こったとなると、アタシもどうなるかちょっとわからないわ。それに……』
そこで、深刻そうな顔で俺を見つめながら、かなり厄いことを言っていた。
『聖羅の力は、女神の力を借り受けて行使されているの。それが通じないってことは、相手は神よ。この世界のね』
ってなわけで、俺は今余裕がないんだ。
神案件であると知ってしまった以上、かなりの確率でデッドorダイ。
しかも、聖羅に頼れないという縛りプレイだぞ?
罰ゲームにも程がある。
それに、多分時間もあんまり余裕はないと思う。
向かってくる村人たちを見るに、あの症状は脳にまで影響を与えている。
宿主の思考にまで影響を与えるとなると、寄生虫や細菌だとしたら、脳に寄生するかなり厄介な部類だろうし、それ以外の、例えば洗脳とか呪いに関係する物だとしたら、時間が経てば経つほど元に戻すのが難しくなるだろう。
ああいうのは、浸れば浸るほど抜け出せなくなるんだ。
特に気になるのは、記録映像で村人たちが幸せそうにしていた事だ。
しかも、それを周りの皆に分け与えようとしている。
幸せではない……つまり、感染していない者たちを罹患させようと積極的に行動するんだ。
ゾンビ物の映画と違って、自発的に、知性を持って。
厄介なことこの上ない……。
だから、向かってくる以上は、蹴り飛ばしてでも進まないといけない。
もちろん手加減はしている。
当たっても死なない程度に速度を落として蹴ってるから。
死んだら死んだでしかたないとは思っているけれどさ。
「見てください仙崎さん!誰も死んでないですよ!ちゃんと手加減してますから!だから俺は正常です!蛮族じゃないです!」
「でも女の子って、ちょっと悪い感じの男の子の方が好きだよ?」
「やっぱり俺は蛮族です」
「まあ、そういう男が好きな女って、結婚してしばらくしたら『やっぱり結婚するなら男って優しいほうが良い気がする』って文句を言い出すんだ」
「やっぱり蛮族呼ばわりは抗議します」
「まあ、そういう女は優しい男と結婚すると、今度は刺激が足りないとか抜かして悪い感じの男と浮気しちゃったりしてさ。どうしようもない……」
「……もしかして、結婚してる女性を僻みつつ、俺をイジって楽しんでます?」
「よくわかったねぇ!末は学者か精神科医かな?」
よし、あとでデコピンしてやろう。
「冗談はさておいて……」
キリッとデキる女感を出しつつ真面目な顔になる仙崎さん。
ちょっと今更遅いかなって……。
「これで、村人たちがどう考えてもまともな精神状態ではないことが確定したね」
「……ええ。流石に俺もこれはちょっとビビりますね」
モニター越しに後ろを見ると、蹴り飛ばした村人たちが立ち上がって、また歩いてついてきている。
手加減しているとはいえ、金属の塊がぶつかって跳ね飛ばされてるんだぞ?
骨の1〜2本は折れていてもおかしくないダメージは負っていると思うんだけど、それでもあの気持ちの悪い笑顔を張り付かせて向かってくる。
夢に出てきそう……。
「仙崎さん、これ、原因は何だと思います?」
「サッパリわからないな。トキソプラズマに感染すると性格が粗暴になったり、リスクがある行動も平気で行うという研究結果もあるから、それらと似たような思考にまで影響を及ぼす寄生虫症なのかもしれないけれど、流石に今の段階だと何も……。肌にある緑色と黒色の模様に何かヒントが有るかもしれないと考えたけれど、世界中のデータベースを調べても似たような症例情報はない。とにかく今は、村の中がどうなっているのかを調査してしまおう」
「わかりました」
仙崎さんの指示に従って、道なりに村の中を蹴り歩く。
かなり田舎っぽいけれど、そこそこ村人がいたみたいだな。
村の入口からここまで、もう既に300人ほどは見ているし。
中100人ほどを蹴り飛ばしているけれど。
なんていうか、本当になにかに操られている感じだな。
イメージするのは、寄生虫に乗っ取られた結果、オスだとしても自分をメスだと思い込んで産卵と卵を守る行動を始めるサワガニとか、宿主が魚に食べられるように水場へとカマキリやバッタの類を誘導するハリガネムシみたいな……。
あ、想像してたら吐き気してきた。
帰っていいです?
なんて頭の中でため息混じりの考察をしていると、ようやく目の前の人垣が無くなる。
すぐに走り始めて、後ろの第一村人たちを振り切った。
「さて、村の中を走り回って、何かあの気持ち悪い村人たち以外に異常がないか見回りますか。無事な……というか、未感染の人もいるかも知れないし、感染が表に出てくる前の、ちょうどいいサンプルになってくれる人もいるかもしれないし」
「大試君、真面目な話研究者にならないかい?人間相手にそこまで割り切れるのって一種の才能だと思うよ」
「余裕ないんですよ俺も」
「辛くなったら私に甘えても良いんだが」
「最後の手段にしておきますね」
「つれないな……」
雑談も交えて精神の安定を図りつつ進むと、この村の中心部へと到達した。
村役場がある辺りだ。
粗末なゲートは閉まっていて、何かの旗が上がっている。
これは、無事な人が見つかるかも?
「行ってみますか」
「そうだね……。ただ、あまり期待しないほうが良いと思うよ」
「……ですね」
俺は、村役場へと歩みを進める。
ゲート前の、赤い染みを見ないようにしながら。
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