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開拓村にバレンタインというイベントはありませんでした。
今年からやることになったようです。
『校則で、義理チョコは禁止らしい』
そんな噂が流れたのは、2月に入ってすぐのことだった。
なんでも、年々酷くなるバレンタインデーパニックを警戒して、日本中の学校で、2月14日の義理チョコレートのやり取りが禁止になるらしい。
本命チョコをもらう当てはないけれど、義理なら何とか……と思っていた男子はパニックだ。
貴族のボンボンなら女くらい幾らでもよってくるだろうって?
んなわけないだろうが!非モテを無礼るな!
ワンチャン狙いで本命チョコ1本勝負なら、イケメン狙いに行くに決まってんだろうが!
まあ前世の世界でも、義理チョコからの友チョコを先導した上に、更には男からも贈ろう!って菓子メーカーのやり口がどんどん手段を選ばなくなっていたからなぁ……。
この人気が更に集中しやすそうな貴族社会で、下手にバレンタインという戦争を無法状態にしていたら、終いには血が流れるかもしれない。
俺としては、反対意見を出すつもりは毛頭ない。
良いんじゃないかな?
バレンタインデーとか何の価値もないもん。
教室でイケメンが何個もチョコレートもらっているのを横目で見つつ、自分の机の中とか下駄箱にチョコレート入ってたりしないかなと期待するも、まあそんな奇跡が起こることもなかった前世。
今までいた故郷にチョコレートなんて無かったこの世界。
つまり、俺にとってバレンタインデーとは、自分が当事者になることがないイベントなのだ。
ハロウィン程ではないけれど、無関係なイベントに、一喜一憂できるわけがない。
そう!バレンタインデー相手に戦う場合、俺は無敵なのだ!
それが例えバレンタインデー当日だとしても、俺の心がチョコレートごときによって揺さぶられることはない!
「大試、チョコあげる」
「ありがとう聖羅。生まれてきてくれてありがとう」
「どういたしまして」
本命チョコには勝てなかったよ……。
「アンタ、何泣いてんのよ?」
「いや、伝説級のアイテムである女の子からの本命チョコをもらっちゃったから……」
「はぁ?じゃあこれあげたら、感動で死んじゃうわね。はい、ちゃんと本命よ」
「ありがとうリンゼ。転生してきてくれてありがとう」
「ちょっと素直に喜べないわね……」
どうしてだ?
こんなに感謝しているというのに。
「あ……あの!私も初めてですけれど皆さんと一緒に手作りしました!」
「ありがとう有栖。生きていてくれてありがとう」
「はい!大試さんのおかげです!」
そうそう!こういう花が咲き乱れているような笑顔だよ求めているのは!
「あはは……なんだか聖羅ちゃんたちの後だとちょっと自信なくなっちゃうけど……私も心は込めたから、受け取ってほしいな」
「ありがとう理衣。順番なんて関係なく、理衣から貰えたことが嬉し……なんで狐耳つけてるんだ?」
「あ、これ?えっと……緊張していたからか、久しぶりに力が暴発しちゃって……えへへ……」
「ありがとうありがとうありがとうありがとう」
条件反射的に狐耳を触りまくってしまった。
クラス中の女子からの目線が痛いが、美少女に狐耳が生えてたらそれはもう誘蛾灯に集まる蛾の如く触ってしまうのは当然ではないだろうか?
因みに、男子からは怨念が飛んできている気がする。
すまんな?
俺だって前世ではこんなイベントとは無関係な男だったんだ。
気持ちはわかるが、だからといってこの立場を放棄するつもりはないぞ!
視線が鋭くなった聖羅とリンゼ、そして苦笑いしている有栖とガヤガヤと話していると、教室に担任が入ってきたので解散となる。
担任からのお知らせは、「バレンタインだからって浮かれるなよ。義理チョコは禁止だからな?本命は許可されているからって、何個も配っているのに全部本命だなんて言い訳は通用しねぇぞ。ちなみに先生は年上が好きだ」とのことだ。
あっそう……。
ホームルームと1限目の間には、5分の空き時間がある。
教室移動などをする時間なのだが、今日は他の教室に移動する予定がないため、皆自分の席で1限目の準備中だ。
流石は、この学園で最も成績が優秀な者たちが集められるクラスと言えよう。
……まあ、既に何人かやらかして、いなくなっているからかもしれないけれど……。
俺もご多分に漏れずに教科書やノートを準備していると、肩をツンツンと指で突かれた。
なんだろうと思ったら、隣の席の委員長がこっちをみている。
「犀果君、はいこれ」
「ん?なにこれ?」
「酒粕フィナンシェっていうまだお店に出してない新商品なの」
「へぇ、美味しそうだな」
「チョコレートはだめでも、こういうお菓子なら、義理扱いでも渡していいかなって思って」
「あーそういう?ありがとう、うれしい」
「そ……そう?えーっとね……私、バレンタインに手作りのお菓子を男の子に渡すの初めてだからちょっと不安だったんだけれど、喜んでくれたならよかった……」
「委員長からバレンタインデーにお菓子もらって喜ばない男なんて存在しないと思うぞ」
「流石にそれは褒め過ぎだと思うけど……ありがとう」
そう言って笑う委員長は美しい。
俺のような、聖羅たちがいなければ教室で言葉を発することも無いようなコミュ障相手でもしっかり対応するこの娘は、先祖に天使がいるんだと思う。
背中に翼生えてたりしない?
「……大試さん」
1人感動していると、今度は背後から肩をトントンと叩かれた。
振り返ると、気配を消すように小柄な少女が立っていた。
「マイカか。どうした?」
「……私は、クッキーです」
「え?マジで?ありがとう!」
「……いえ、お世話になっているので……。あと、姉にはチョコレートを渡すつもりはないと伝えておいてください」
「それが本命の用事か……」
「……はい……私の貞操に関わるので……」
「切実だな……」
未だにアレクシアとのあれこれは解決していないらしい。
大変だなぁ……。
いやぁ……、今日だけでこんなにチョコレートもらえるなんて思ってなかったなぁ……。
因みにメイドたちからは、朝の段階で既にもらっている。
デカデカとしたハート型のチョコレートを送ってきたアイたちの行動は何となく予想できていたけれど、ファムからも小さいけれど、逆に高級感のあるチョコレートを貰ってしまってドキドキしたのは秘密だ。
亀2人もいつの間にかメイド服を来て一緒になってチョコレートを渡してきていた。
ただ……なんかチョコレートから血腥い匂いがしていたのはなんなんだろう……?
エリザ、リリス、そしてルージュの3人からも、朝の内にチョコを渡されている。
最近あの3人はやけに仲が良い。
何をするのも一緒だ。
エリザとリリスは今この学園に通っていてルージュだけ仲間はずれなので、なんとか早めに身分偽造して転向させろとせっつかれている。
仲が良い女の子って……いいよね……。
ついでに後ろにいたクレーンさんからは、俺の体にぴったり沿う形のベスト型チョコレートというどうやって作ったのかわからないものを貰ったし、人狼のミリスからは、突き刺したあと刃が開く特殊な形状のナイフ……みたいなチョコを貰った。
クレーンさんはヤバいところもありつつも役に立っているから良いけれど、ミリスはそろそろ魔族の領域に帰らせた方が良いかもしれない……。
先日も、宅配業者がデカい荷物もってきたからなにかと思ったらアイアンメイデンで、買ったのはミリスだったし……。
他にも、仙崎さんからはプロテイン入りチョコなるものをもらったし、その他大勢寮とかに住んでいる女性たちからも義理チョコを頂いている。
あっちは学園じゃないから問題ない。
ゼルエルたちからも貰ったけど、敢えて既製品にしてやったわ!とドヤられた。
やつからすると、手作りじゃないことで嫌がらせだというメッセージらしいけれど、美女からもらうなら既製品でも問題なく嬉しいが?
そんなこんなで、暫くは甘いものに困らないくらいはチョコだらけだ。
「モテモテじゃのー」
「でしょう?夢なら醒めないでほしいですね」
「そうじゃなー」
「……あの、ソフィアさん。姿消したまま口にチョコレート押し付けないでもらえます?多分端から見たら怪奇現象ですよ?」
「そう思うならさっさと食べればいいじゃろ」
「いやなんか恥ずかしくて……んぶっ」
「隙ありじゃな」
チョコだらけなので、食べる量をセーブしたいのに、この大精霊エルフは自重する気がないらしい。
ニヤニヤしながら食べさせてくる。
いや嬉しいんだけどさ……?
美人のお姉さんにチョコレートを食べさせられるとかさ……?
ただ……理性が飛びそうになるから……。
幸せな悲鳴を心のなかで上げながら授業を受ける。
そして午前中が終わり、昼休みになった。
さて、皆で弁当でも食べて午後からも頑張ろう!
なんて思った矢先だった。
『犀果大試君、至急生徒会室まで来るように』
という放送が入る。
会長の声で。
「……面倒事かなぁ……?」
「じゃろうな。さっさと言ってさっさと終わらせるべきじゃないかの?」
「ですね……」
聖羅たちには、先に食べていてくれと伝えてから教室をあとにする。
生徒会室の中に入ると、そこには会長が1人だけで立っていた。
「大試くん、私の言いたいことはわかるわね?」
「面倒なことを押し付けるんですね?」
「……ちょっとまってね。ちょっとだけショックだったから、立ち直るのに10秒頂戴」
あれ?
違ったのか?
「はい!じゃあまず、これが私からの気持ちよ」
「ありがとうございます会長、すごく嬉しいです」
俺は、笑顔でお礼を言う。
けれど、会長はどこか不満げで……。
「……ちゃんと名前で呼んで」
と上目遣いで言ってきた。
普段キリッとしてるかニヤニヤしてるのに、たまにそういう感じになるのは反則だと思う。
「……ありがとう水城。本当に嬉しい」
「うん!」
そう言って抱きついてくる会長。
あーくそ!可愛いな!
「それとね!お願いがあるの!」
「面倒ごとですね?」
「そうなのよ。どうも朝から、闇チョコレートが横行しているらしくて……」
「なんですかそのどうしようもなく下らなそうな名称は……?」
会長が、抱きついたまま苦笑いしている。
会長的にも、同じ気持ちだったらしい。
「義理チョコをこっそり渡して回っている女子生徒が何人かいて、対応をどうするかで悩んでいるのよ。少なくとも、渡されている男子たちは喜んでいるみたいなのだけれど、お返しに相当高級な物を約束させられているらしくて、流石に見過ごせないのよね。それで……」
「大試くんにその娘達を無理やり止めてきてくれないかなって」
「つまり、チョコレートいっぱい貰っているのに、他の奴らが義理とは言え女の子からチョコレートをもらう機会を潰す悪鬼の如き所業を行うクソ野郎になれって事ですね?」
「まあ、言っちゃうとそうなるわね。皆魔術が使えるから、ある程度戦える人じゃないと執行できなくて……。しかも、いつもより恨みを買いそうだし……」
「それで、生徒会のメンバーとかには任せられないと」
「うん。だから、私が一番信用している男の人にお願いしたいなって……」
そう俺の胸に顔を沈ませながら言う会長。
やっぱり反則だろ?
「酷いな本当にいいですよやります任せてくださいあともう少しの間抱き合っててもいいですか?」
「ありがとう!……うん、いいよ?」
こうして、バレンタインデーは過ぎていった。
日付が変わる頃には、『畜生』とか『クズ』とか『悪のチョコレートハンター』なんていうふざけた称号がギフトカードに表示されていたけれど、気にしないことにした。
だって、俺は美少女からチョコレートを貰えた勝者だからだ!
「大試は、簡単に利用されてしまうのう……」
「まあ、美少女に利用されるなら別にいいんじゃないですかね?それに、ちゃんと愛されているみたいだし……」
「そんなもんじゃろうか?まあ、ワシは構わんがの。ほれ、口をあけるんじゃ」
「あの、そのチョコいつ無くなるんですか?ずっと食べさせてくれてますけれど……」
「ワシの魔力が切れん限り無限じゃな」
「こっわ……」
まあでも、初めて幸せだと思えるバレンタインだった。
因みに、本日一番インパクトのあるチョコレートは、いきなり空から降ってきて、目の前に着地した途端、「はいチョコレートよ!愛してるわ!」とほっぺにチューして帰っていった母さんと、「だぁぶ!(小僧!この母親ちょっと強さおかしくないか!?)」と愛らしい姿を見せてくれた妹が渡してきた1分の1クマ型チョコでした。
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