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剣と魔法の世界に行きたいって言ったよな?剣の魔法じゃなくてさ?  作者: 六轟


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350/615

350:

そう言えばバレンタインデーだったなと気がついたので、後何話かに分けようと思っていたファム回を書き切って、明日はバレンタインデーネタ書きたいと思います。

「……自分で作ったにゃ?」

「そうにゃ。ファムのあの……なんにゃ?爪で斬るのを真似て岩を削ったにゃ」

「いや、方法はなんでもいいんだけどにゃ……」


 猫耳メイドは、かなり驚いていた。

 目の前の、長年里の絶対者であった父親が、手づから墓を作ったというのだから。

 そもそも、ファントムキャットは、あまり墓を作るということをしない。

 誰かが死ぬと、火葬して森に撒くのが精々だ。

 故人の情報は、口伝で伝わるのみである場合が多い。

 それなのに、目の前の男は、態々墓を自分の手で作り上げたと言うのだから、猫耳メイドが驚くのも無理はない。


「なんでそんな事したにゃ?母さんのことなんてどうでも良かったんじゃないにゃ?」


 猫耳メイドは、自分の母親が、父親から愛されていたという認識はなかった。

 あの大きな族長用の住居にも住まわせてもらえず、それどころか木の洞型のファントムキャットの里では高級な住宅を充てがうこともせず、あんな掘っ立て小屋に住まわせていたのだ。

 族長の嫁の扱いとしては、ここまで悪い例もそうはないだろう。


 しかし、それを聞いた父親は意外そうな顔をしている。


「何言っているにゃ?むしろ、ニャーが本当に結婚したかったのは、フィリスだけにゃ。フィリスと結婚するために、クソオヤジ……ファムの爺ちゃんを打ちのめして族長になったんだからにゃ」


 父親はそう言うと、どうにも娘との認識に差異があるようだと気がついたようで、自分と猫耳メイドの母親との間に何が有ったのかを話し始めた。


 2人は、物心ついた頃から仲が良かった。

 ファントムキャットの族長は、有力者からどんどん娘を押し付けられるため、結果的に子共が増える。

 ファムの父親も族長の息子なので、偉いと言えば偉いけれど、別に長男というわけでもないし、特別注目されるような子供でもなかった。

 だから、一般家庭の娘と仲良く遊ぶのも特におかしいことではない。


 しかし、ファムの母親は、生まれつき体が弱かった。

 月に1度は、体調を崩して寝込んでしまうような状態だったので、周囲からはもちろん実の親からの評価も悪い。

 それでも何とか命を落とさずに成長してきたけれど、成人する頃になって、族長の息子がその問題のある女と仲が良いというのは問題だと叫ぶ者が出てくる。

 その中の一人が、何を隠そう当時の族長、ファムの祖父だ。


 里の絶対者である族長の言葉に逆らうわけにはいかない。

 何より、自分の大切な男に迷惑はかけたくない。

 そう言ってファムの母親は、父親と絶交すると宣言してしまう。

 実の両親からも等に見放されていた母親は、1人里の外縁部に居を構えて暮らすようになった。

 といっても、体も弱く協力者もいない母親に、豪勢な住宅を用意するような事はできない。

 なので、倒木を組み合わせた後、針葉樹の葉がまだついている枝を拾ってきて壁代わりにしたような、テントの方がまだマシであろう住居が彼女の住処だった。


 里の者たちは口々に、母親のことを悪く言う。

 そんな女と関係を絶てて良かったなと、父親に言ってきた者もいた。

 父親が何を計画しているかも知らずに。


「あの時は、人生で一番必死に戦ったにゃ。1ヶ月でレベルが50も上がったニャ」

「えぇ……?武者修行でもしてたにゃ?」

「いや、トレントを狩りまくってたニャ」

「トレント?」

「木の洞を用意するのは無理だったにゃ。でも、高級な家の素材になるトレントならニャーが集められるにゃ。しかもこの森のトレントは、倒した時点で建材として使える状態になる特殊なやつニャ。すぐに家を作りたいニャーにとっては都合が良かったし、ついでにレベルも上がるから一石二鳥だと思ってにゃ」


 トレントを集めまくった父親は、それを使って自らの手で家を作った。

 母親の粗末な住処の隣に。

 絶交を宣言されてから一度も口を聞いていないけれど、そんな事は知ったことかとばかりにだ。


「家が完成してすぐフィリスにプレゼントしたにゃ。最初、フィリスはびっくりしてたにゃ。その後、せっかく会わないようにしてたのにってすげー怒ったにゃ。でも、その後は泣きながら笑ってお礼を言ってくれたにゃ」


 ポリポリと頬をかきながら、顔を赤くしてそんな事を言う父親。

 ムキムキのおっさんのそんなモジモジした姿とか誰得なんだ?なんて思いながらも、自分が知らなかった両親の昔の話に聞き入ってしまう猫耳メイド。


「でも、他の奴らがあーだこーだうるさくてニャー。クソオヤジが特に面倒だったにゃ。そこで、トレント狩りで上げたレベルが役に立った訳にゃ」


 つまるところ、素手での殴り合いで、当時の族長である猫耳メイドの祖父を倒したらしい。

 我が親ながら、随分思い切った事をするなと感心する猫耳メイド。

 だけど、納得できないこともある。


「じゃあ、なんで族長の家に母さんを住まわせてやらなかったにゃ?」


 体の弱い母親を良い家に住まわせなかったという事実。

 それだけで猫耳メイドとしては、父親のことを信用できない。


「それは、フィリスを守るためにゃ」

「守る?どういうことにゃ?」

「だって、ニャーが族長になった理由は、当時の奴らは皆知ってたにゃ。他の、無理やり押し付けられた女たちと違って、フィリスだけは、ニャーが選んだ女にゃ。他の奴らは面白くなかったみたいでにゃ……。まあ、色々あったにゃ……」


 悲しい目で、遠くを見るように思い出している父親。

 詳しく内容を話す気は無いようだが、それでもかなり酷いことがあったのがわかる。


「やめろって言っても、ニャーがいない所でやろうとするから止めようが無かったにゃ。だから、『掘っ立て小屋に追いやられた可愛そうな女』になってもらったにゃ」


 そうすることで他の嫁たちの自尊心もなんとか満たされたのか、ヒソヒソと色々言われはしても、それ以上の事態になる事は無くなったらしい。


「それと、フィリスが言ったにゃ。『貴方が作った家に住み続けたいニャ』ってにゃー!嬉しかったにゃ〜!」


 猫耳メイドが見たこと無いほど上機嫌な父親がそこにいた。

 コイツは本当にあの気に食わない男なのだろうか?

 そう不安になるくらいに、目の前の父親は、ただの惚気話をするおっさんだった。


「もちろん壁を厚くしたり、定期的に家具とか寝具を届けたりもしてたにゃ。全部ニャーの手作りにゃ」

「えぇ……?じゃあ、ニャーが使ってた毛布とかも……?」

「そうにゃ。というか、家出するまでのファムの服も多分殆どニャーが作った奴にゃ」

「聞きたくなかったにゃ……」


 衝撃の事実。

 くらくらするのは、驚愕によるものか、魔力不足によるものかわからなくなってきた猫耳メイド。


「ファムが家出してすぐ、フィリスは今までよりも体長を崩すようになってにゃ……」


 先程までの愉快でしょうがないという表情から、いきなり悲しげになる父親。


「……まあ、ニャーが心配かけたせいかもなとは思ってたにゃ」


 それに釣られたのか、自分も少し悲しい顔に鳴る猫耳メイド。

 母親の死について、自分なりに責任は感じていた。

 だからといって、あの時里を出たことについて後悔はしていなかったが。

 それでも、もしかしたら母親から恨まれていたかもとか、父親から恨まれているかもしれないなとは考えていた。


「いや、むしろフィリスはファムに感謝してたにゃ。ニャーもそうにゃ」

「……にゃ?」


 そんな猫耳メイドに、あっけらかんと言い放つ父親。


「でも、ニャーのせいで……」

「そんな事無いにゃ。フィリスは言ってたにゃ。ファムがいたから生きようと思えたってにゃ。ファムが独り立ちするまでは死ねないって意地を持てたってニャ」


 だけど……と、悔しそうな顔になる父親。


「ニャーという男のために生きる気になったと言わせられなかったのは悔しいのニャ」

「うっわ、器ちっさいにゃ」

「ほっとけにゃ」


 猫耳メイドのそんな言葉にも、気を悪くした様子もない父親。

 むしろ、また楽しそうな顔になっている。


 そして、気がつけば猫耳メイド自身も楽しい顔になっている事に気がついて、ちょっと悔しくなる。


「フィリスは、自分が死んだら、灰は適当にばらまいて良いって言ってたにゃ。だから、適当に思い出の場所に穴穂ってばら撒いて、墓を作ったにゃ」

「それがこれにゃ?」

「そうにゃ。ここは、フィリスとニャーが、小さい頃からいつもデートに来てた場所だからにゃ」

「むっきむきのおっさんがお花畑にデートに来たって言うのちょっとアレにゃ……」

「当時のニャーは、美少年って呼ばれてたにゃ」

「絶対嘘にゃ!」

「ほ……ほんとにゃ!その後は、ファムがいつかえってきても良いように、あの家の掃除とかもニャーがやってたにゃ」

「……案外マメなんだにゃ」

「族長候補でもなかった族長の息子なんて、そのくらいできないと生活できなかったからにゃ」


 今までの人生で、一番長く父親と会話をしているなと思いながら、猫耳メイドは墓前でぐだぐだと話す。

 父親は、自分の事は話したからと、今度は里を出てからの猫耳メイドについて聞いてきたので、ゆっくりと思い出しながら。


「んで、色々あってボスの大試のとこで働くことになったにゃ」


 ある程度の説明を終える猫耳メイド。

 しかし、話し終わってからふと気がつく。

 正直に話してしまったけれど、今日連れてきた主の少年とのラブロマンスを捏造し忘れたと。


「……えーと、それで大試とは……ラブラブでにゃ〜」


 基本的に、猫耳メイドはウソを付くのが下手だ。


「いや、ファムとあの小僧が付き合ってないことくらいわかるにゃ」

「はぁ!?ちゃんと付き合って……結婚もしてるにゃあけど!?」

「娘の嘘くらいわかるにゃ」


 妙に確信しているように言う父親に、流石に反論ができなくなる猫耳メイド。

 そこまで言い切られてしまったらどうしようもない。

 早々に白旗を上げた。


「はぁ……。そうにゃ。どっかのクソオヤジが結婚がどうこうって手紙送り付けてくるから、辞めさせるために一芝居うったにゃ」


 ブスッとした顔でそういう猫耳メイドを見て、吹き出す父親。


「それは悪かったにゃ。ニャーが族長の内に、ファムにやれるだけに事をやってやりたかっただけなのにゃ。後何年族長やってられるかもわからなかったからにゃ」


 猫耳メイドは、父親のことを父親だとすら思っていなかった。

 いけ好かないおっさんだとしか認識していなかった。

 だけれど、今日始めてこうやって話してみたら、思ったより普通の、ただ不器用な父親なんだなと感じてしまった。

 そして自分は、反抗期の娘みたいだなと、そう感じた。


「……どっちにしろ、結婚する男はニャーが選ぶにゃ。口出し無用ニャ」

「そうみたいだにゃ」


 そう言いながら、ニヤニヤし始める父親。

 イラッとする。


「何ニャ?」

「いや、付き合ってるとか結婚しているってのは嘘でも、好きだってことは本当なんだろうにゃ〜ってにゃ?」

「……はぁ!?」


 人がせっかく上方修正してやったというのに、なんでそうやってまた娘に嫌われそうなこと言うなというんだと怒る猫耳メイド。

 だけど父親は、悪い悪いと謝りながら続ける。


「悪かったにゃ。でも、ニャーは安心したのにゃ」

「安心?」

「そうにゃ。だって、ファムが誰かを好きになってたんだからにゃ」

「……そんなことで驚かれてもにゃ」


 もう否定することすらできなくなった猫耳メイド。

 それでも、父親は止まらない。


「それに、付き合ってもいない女のために、こんな場所まで来てくれる男が近くにいるってわかったにゃ。そりゃ安心するにゃあよ。娘をもつ父親だからにゃ」


 そう言われ、確かに少年がこんな所まで来てくれた事自体がすごいことだとか、父親が父親らしくしているのがなんか違和感あるなとか、色々頭の中でぐるぐるしてしまう猫耳メイド。

 このままでは何となく悔しいので、なんて反論ししようか考えていたけれど、父親が立ち上がって自分に背を向けてしまう。


「そろそろ帰るにゃ。フィリスには、十分話しを聞かせてやれたしにゃ」

「……ふーん、そうにゃ?」

「それに、迎えも来たみたいにゃ」


 ファムの返事も聞かずに帰り始める父親の目線の先を辿ると、猫耳メイドの主である少年が歩いてくるのが見えた。

 父親とすれ違う時に何か話し、お辞儀をしていた。

 それが終わると、まっすぐ猫耳メイドの方に来る。


「こんな所にいたんだな」

「よくここがわかったにゃあね?ニャーもさっきまで忘れてた場所なのににゃ」

「いや、寝かされてた小屋から足跡を辿ってきたらここだったってだけだ。あそこって、ファムの実家か?」

「そうにゃ。父親の手作りの小屋らしいにゃ」

「手作り?すごいな……」


 話が一段落したからか、周りを見渡す少年。


「ここすごいな。周りや雪積もってるのに、ここだけ花畑じゃん」

「なんか暖かいんだよにゃーここ」

「へぇ……」


 ファンタジーだーと、恒例の不思議な感動をしている少年を見て、思わず笑みがこぼれる猫耳メイド。

 だけど、よく考えたらそれどころではない。

 先程まで気絶していたのだから。


「もう体平気なのにゃ?ポーション飲ませて、回復魔術も使ってみたけど、まだ痣も残ってるよにゃ?」

「あー、大丈夫じゃないか?多少痛いしだるいけど、特に死ぬような感じはないな」

「『大丈夫』の基準が『死なない』って事な時点で、頭が大丈夫じゃないかもしれないにゃ」

「ははは、確かに」


 痛々しい痕は多少残っているけれど、確かに大丈夫そうだと安心した猫耳メイド。

 だけど、そこで会話が途切れてしまう。

 何か言ったほうが良いだろうかと考えるけれど、少年は別に嫌な気持ちになっているわけでもないようだ。

 猫耳メイド自身も、少年がそれで構わないのであればそれでいい。

 季節外れの気持ちの良い風と、それに揺れる草花の音を感じながら、2人並んでぼーっとする。


 しばらくして、少年が口を開く。


「これって、お墓か?」

「よくわかったにゃ。ニャーの母さんの墓らしいにゃ」

「そうなのか。じゃあ挨拶しておかないとな」


 そう言って、「あれ?日本じゃないから手を合わせるのは違うか……?まあいいや」と呟きながら、墓の前にたつ少年。


「えーと、ファムさんを嫁にもらうことになった犀果大試と申します。この度は、ご挨拶が遅れて申し訳ございません。娘さんは、必ず幸せにしてみせますので、天より見守っていてください」


 猫耳メイドは、その光景をぼーっとみていた。

 今日は色々なことがあった。

 頭も大分疲れてきていた。

 明日には、また東京に帰らないと……なんて事を考えていた。


 しかし、少年が何を言ったのかを頭が理解してくると、それどころではなくなる。


「……は……はぁ!?嫁!?ボス何言ってるにゃ!?本気にゃ!?」

「うおっ、どうした?そういう演技しろって話じゃなかったか?」

「……あ、あーそうだったにゃー」


 そういえば……と思い出す。

 猫耳メイドは、自分でそう言ったのだ。

 少年は、それに従ってくれただけ。

 一瞬ものすごく嬉しくなってしまった事に気がついたけれど、その事を忘れるように顔を背ける猫耳メイド。

 ごまかすように頭の上の猫耳を弄ってしまう。

 その時、指に何かが触れる。


「あ……」


 それは、『お嫁さんの花冠』。

 それに触れていると、なんだかこれをくれた女の子に悪いような気がしてくる。

 これは、嘘をついてつけて良い物では無いのではないだろうか?などと……。


「…………」

「ん?どうした?」


 突然黙った猫耳メイドをみて、不思議そうにする少年。

 その瞳を見つめ返していると、猫耳メイドの中にある想いが湧いてくる。

 本来であれば、それはあまり表にだすべきではないのかもしれない。

 少年には、既に婚約者が何人もいて、猫耳メイドはただの使用人としてそばにいるだけだ。

 だけど、この時の猫耳メイドは、この場所の雰囲気などのせいなのか、少し勇気を出すことにした。


「……ボス、今日はもう魔力がすっからかんで歩けないにゃ。さっきの家まで運んでほしいニャ」


 そういう猫耳メイドは、自分の顔が赤くなっている自覚があったけれど、今だけは無視することにした。


「え!?俺も疲れてるんだけど……」

「さっきボスは、お墓に向かってニャーと結婚するって言ってたにゃ。せめて明日帰るまでは有言実行するべきなんじゃないかにゃ〜?」

「うーん……まあそうだな……。あとでセクハラとかで訴えるなよ?」

「絶対しないにゃ。安心してほしいニャ」


 渋々ながらも、自分を背負おうとする少年に向かって「おんぶは嫌にゃ」とワガママを言う猫耳メイド。

「えぇ……?」と文句を言いながらも、じゃあとお姫様抱っこをしてくれる少年。


「これでいいのか?」

「まあまあだにゃ」

「まあまあって……」


 苦笑いしながらも、優しく運んでくれるその力強さに、猫耳メイドの胸の中は暖かくなる。

 だから、これは演技だと自分の中で言い訳をしつつ、少年の首に腕を回して、顔を近づける。


「大好きにゃ、ダーリン」

「……あ……う……演技……なんだよな……?」

「当然にゃ」

「あのな……そういうのは思春期の青少年に相手にやると危険なんだぞ?」

「大丈夫にゃ。嫌ならテレポートしちゃうからにゃー」

「あーそう……」


 顔を赤くしてドギマギする少年を愛しく思うことは、もう演技じゃなかったけれど。



 小屋に戻った2人は、少年はファムが昔使っていたベッドで。猫耳メイドは、母親が使っていたベッドで寝た。

 2人共もうクタクタだったため、朝までまったく起きる様子もなかった。


 遠くからは、ファントムキャットたちが当事者不在のまま開いた結婚式の宴の声が夜通し響いていたが、2人がそれを聞くことは無かったらしい。







「お世話になりました」

「気を付けて帰るにゃ。1年に一回は顔見せに来てくれると嬉しいにゃ」

「まあ、気が向いたらにゃ〜」

「わかりました」


 一夜明け、体力と魔力が回復した猫耳メイドと少年は、早々に日本へと帰ることにした。

 明日からは、またいつもどおりの日常が始まる。

 ここであまりゆっくりしているわけにもいかないのだ。


「孫の顔が早くみたいにゃ」

「……あー、それは多分かなり時間がかかるかと……」

「セクハラにゃ」

「にゃはは!」


 少年は、猫耳メイドの父親に演技がバレていることを知らないので、とりあえず苦笑いして乗り切ることにしたらしい。

 彼は、猫耳メイドが孫を見せにいつか来るということを否定していない理由に気がつくことは、果たしてくるのだろうか?

 今の時点ではわからない。

 猫耳メイドにもわからない。

 ただ、猫耳メイドは、とても楽しそうだったとだけ言っておこう。


「じゃ、手を繋ぐにゃ」

「……なぁ、これ本当に必要なのか?」

「当然にゃ」

「そんなもんか……」

「そんなもんにゃ」


 そんなもんではないが、猫耳メイドは、顔を赤くしている少年が見たかったので、仕方ないのである。



 そして、あっという間に東京の少年の家へと帰ってきた。



「ただいまにゃ〜」

「ただいまー」


 やけに満足した顔の猫耳メイドと、疲れたけれど役目を果たして安心した顔の少年が玄関を開ける。


「おかえり」


 そこには、何故か狐耳ヘアバンドをつけた聖女が立っていた。


「え?なんで?」

「大試が喜ぶかなって」

「あ、うん。めっちゃ可愛い。結婚したい。キツネの鳴き声もつけてくれ」

「……ケェェェェン」

「んぶっ!?それ!リアルのキツネの鳴き声だろ!コンコンとかでいいじゃん!ははは!」

「ふっ!」


 やけにツボに嵌ったらしい少年と、何故かドヤ顔の聖女。

 今までであればそれをみても、ヤレヤレとしか思わなかった猫耳メイドだったけれど、昨日からちょっとだけそれが変わってしまっていた。

 だから、そんな行動にでてしまったのだ。


「にゃ」

「……え?」

「むっ?」


 狐耳に対抗するように、自分の猫耳に少年の手を誘導し触らせる猫耳メイド。

 突然の出来事に思考が停止しながら、さわさわと触ってしまう少年。

 ライバルを睨む表情になる聖女。


「じゃあ、ニャーは部屋に戻るにゃ〜」

「あ……あぁ……え?今の何?なんかすごい事した気がするんだけど俺……」

「むむむ……!」


 とりあえずこの後は、頭につけている花冠を保存する方法でも調べようかなと考えながら部屋へと戻る猫耳メイド。

 その表情は、ただの恋する乙女のような笑顔だった。





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