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焼けつくような痛みを耐えながら、少女は駆けていた。
自国の兵士から受けた傷は、腹を貫通している。
長くは持たないだろう。
「はぁ……!はぁ……!なんとか……迷い人の……地上の民たちへ伝えねば……!」
目指す先は、未だほぼ謎に包まれた地上という場所。
ここから遥か上に存在する別の世界だ。
そこには、この世界とは全く異なる生き物が生息しており、迷い人、地上人が支配しているらしい。
これらの情報は、とても少ない探検の成功者と、極稀に現れる迷い人から齎されたものだ。
少女たちが住むこの地下世界『ジェノユニバース』は、先祖に恐竜をもつディノロイドと呼ばれる種族だ。
この広大な地下世界で独自の進化をした恐竜の末裔が彼女たちだった。
ただし、彼女はその中でも異質な存在である。
基本的に、ディノロイドは頭が先祖である恐竜に近い形状をしている。
男も女もそうなのだが、稀に迷い人に近い顔をした子供が生まれることがある。
そういう子供は、ディノロイドたちの社会では忌子とされ、大抵の場合生まれてすぐにこっそりと処分される。
では、何故彼女はこうして生きているのか?
それは、彼女が高い地位にいる両親の元に生まれたからだ。
ディロイ王国第3王女ユリアナ、それが彼女だ。
王家の子であっても、忌子が処分されるのは同じ。
だが、王と王妃は、生まれたばかりのユリアナを殺すことができなかった。
そのため、秘密裏に育てた。
ユリアナが忌子であると知っているのは、極々一部の者たちだけだ。
体が弱く、民の前に姿を現すことができないと公には言われていて、どうしても人前に出なければならないときには、頭部に保護用の兜をつけて出かけるという徹底した対策が取られた。
彼女にとって、それはとても窮屈な生活ではあったけれど、両親と、そして数少ない自分の事情を知っている者たちの愛は感じていたので、文句も言わずすくすくと成長してきた。
風向きが変わったのは、両親が相次いで亡くなり、彼女の姉である第1王女タリオが王位を継いで女王となった時だった。
元々タリオは性格や言動がキツく、極端な行動をとることが多かったために、王位につかせる事に疑問を持つ者が多かった。
しかし、このディロイ王国において、王位は基本的に長子が継ぐものと決まっている。
男でも女でも関係ない。
にも拘らず、次女カティノを王位につけるべきだというのが世論調査の結果だったことからも、どんな人物だったかは察せられる。
それでも、彼女が継いでしまっているのは、王と王妃が彼女の事も愛しており、尚且つ王太子を決める前に亡くなったのも大きい理由だ。
とはいえ、王としての能力に疑問があったとしても、周りが優秀であれば大抵は問題ない。
王になった者が必ず傑物であるとは限らない。
だが、今回に関しては、非常に問題のある布陣であったと言える。
軍務卿トリオールは、王族を除くと、この国で最も発言力のある存在だ。
彼は、常々迷い人達が住むという地上世界への進出を叫んできた。
しかし、それに待ったをかけていたのが先代の王と王妃だったのだが、その両名がいなくなってしまった。
新しく王になったのは、扇動しやすいタリオ。
あっという間に、地上への侵攻作戦が決定した。
とはいっても、地上へ至る事は困難を極める。
地上からやってくる迷い人は、大抵の場合血の割れ目から落ちてくる。
そこを辿って地上へと向かおうとしても、大抵は道が分かれすぎていて辿れないし、そもそも危険すぎる上狭くて大人数では向かえない。
なので、軍で攻めようとするならば、道は一つしかない。
玄武洞、そう呼ばれる古来からのルートがある。
そこを辿れば地上へと迎えるという伝説があるにもかかわらず、未だに殆どの者がそこを通って地上へ行くことも、ましてや地上から生還することもできていない。
何故なら、途中に巨大な化け物が住み着いていて、領域を犯すものに無慈悲な死を与えるからだ。
それでも、仲間を囮にして突破した者たちが、多大な犠牲を払いながら持ち帰った情報に、トリオールたちは歓喜した。
広大な土地と奇麗な水、天井の無い空、見たことも無い動植物、奴隷として重宝する地上人が豊富な世界が広がっていたのだから。
ならば、化け物を退治してでも地上へ進攻しようとなるのがトリオールとタリオのタッグの結論だった。
それに反論したのが第2王女であったカティノだが、あっという間にタリオの指示で首を跳ねられた。
無慈悲なその行為に、国中の慎重派は声を上げることができなくなり、只管主戦論だけが盛り上がる。
「お前は、私を裏切るなよ?」
タリオは、ユリアナにもそう脅しをかけていた。
タリオにとって、ユリアナはとても可愛い妹だった。
確かに忌子とされる存在ではあるが、その見た目をタリオは美しいと思っていたし、素直なその性格にも好感を持っていた。
だが、それでも万が一自分に反旗を翻すのであれば、躊躇わず殺す程度には覚悟が決まっているのもタリオという王だった。
それをわかっていながら、ユリアナは城を抜けた。
地上の人々へ危機を知らせるために。
途中兵士に見つかり攻撃を受けたが、悉くを返り討ちにした。
彼女は、類稀なる戦闘センスを持ち合わせていて、おおっぴらにはされなかったが、その戦闘力は、国の中でも最上位の1人だった。
それでも多勢に無勢で不覚をとり、腹に穴をあけられてしまったのだが……。
体から急速に命が無くなっていく感覚に追われながら、玄武洞へと愛騎に乗って進む彼女は、玄武洞へと辿り着いた。
しかし、その前には迷い人の姿が。
それも、そうそうない程の大人数。
話しかけるか、そのまま通り過ぎるかを頭の中で瞬時に考えたが、どちらの行動もできなかった。
「っぐ!?ごぼっ!」
口から何度目かわからない血を吐く。
だが、今までよりも量が多い。
それに、その瞬間体から力が抜けるのが分かった。
薄れゆく意識の中、せめて迷い人に言葉を伝えたかったが、それもできなかった。
ユリアナの意識は、闇の中へと落ちた。
次に気が付いた時、彼女は寝具の中にいた。
痛みはない。
これが噂に聞くあの世か?
そう思ったけれど、隣で騒いでいる声を聴き、その主たちが、自分が見た迷い人の1人だったことでまだ自分が生きていると知った。
「大試、女の子を何人拾ってくるつもりなの?」
「いや、別に俺が拾ってきたくて拾ってきたわけじゃ……」
「熊の子を拾うみたいに増やし過ぎだと思う」
「熊の子拾って来てたのは聖羅だろ……?」
「うん、美味しかった」
ユリアナは思った。
どうやら自分は、これから食われるらしい。
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