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20:

 奥多摩の森の中を1人で歩く。

 魔物の領域と聞いてどんな場所かと緊張していたけれど、前世で見たような森とそう大差はないようだ。

 もちろん、魔物という奇妙な生命体が居る事を除けばだけど。

 そうして、俺は目的の物を見つけた。


「すげぇ……。本当に仕留めてる……」


 目の前には、息絶えて横たわる魔物の姿が。

 まあ、魔物と言っても角の生えたハムスターなんだけど。

 ほんと、魔物だからって安直に角生やすのはどうかと思うんだよ。

 穴の中に住むやつらにとっては邪魔でしかないだろこれ……。


 この魔ハムだけど、別に俺が狩ったわけではない。

 誰がやったかというと、現在駐車場でゲロゲロしてるちょっと発育の悪い幸薄そうな女の子だ。


「……わ、私の目……魔眼で……障害物あっても……遠くまで……みえ……う゛っ!?(自主規制)」


 根気よくマイカの背中を摩りながら聞いた話だと、魔眼で遠くの獲物を捉えて、そこに遠隔でピンポイントに魔法をぶつけているらしい。

 無敵じゃんって思ったけどデメリットもあるそうで、まず魔眼自体がとても魔力を消費するのと、遠隔の魔法は、精密な上に無音で展開され痕跡も残さないけど、威力はとても低いために急所を正確に狙わなければいけない。

 そして最大の欠点は、魔眼を使いながら魔法を使うと、脳が負荷に耐えられなくて激しい体調不良を起こすらしい。

 だから本来は早々使わないそうだけど、今日はどっちにしろバスで気持ち悪かったから、開き直って使ってくれたらしい。

 乙女の尊厳を損いながら……。


「そこまでしなくてもよかったんだぞ?俺の幼馴染には及ばないけど、俺1人でも1匹くらいなら魔物なんて狩れただろうし」

「……ゲロだけの女……って思われてる方が……辛いのっで……!」


 とのことだ。

 いや思わんよ?信じて?


 それで、獲物の確認と回収のために俺が1人で森に入ったというわけだ。

 唯一無事だった女性メンバーであるリンゼには、残りのグロッキー娘たちを任せている。

 まさかこの短時間で、しかも出発地点にテントを張ることになるとは思わなかった。

 悪いなリンゼ!このテント3人用でおめーの寝る場所ねーから!外で見張り頼む……。


 俺は、ちっちぇー魔ハムの角を掴んで持ち上げ、キャンプ地へと戻った。



「ただいまー」

「おかえり。どうだった?」

「本当にキモイハムスターが死んでた」

「そう……ゲームの登場人物でもないのに、凄い娘もいたもんね」


 創造主であるリンゼにすら意外な存在と捉えられているらしいマイカ。

 案外女神のリンゼも把握していない事象というのはあるようだ。



 キャンプに帰ってきたはいいけど、やる事は特にない。

 他のグループは、まだまだ森の中で魔物を探して右往左往しているようで、たまにキャッキャと声が聞こえてくるものの、戻ってくる者はいない。

 広い駐車場の隅に止まっているバスは、俺たちを休憩させてくれるような様子はなく、運転手もどこへ行ったのか見当たらない。

 長距離運転時用の仮眠室にでもいるんだろうか?


 不味いな……つまらん……。


「リンゼ、ここでぼーっとしてるのも飽きたから、もう一回森に行ってくるわ。留守番頼む」

「いいけど、暇つぶしで魔物の領域行くとか、アンタ今割とヤバい奴よ?」

「散歩だよ散歩。無茶はしないって」


 上善寺先生が言っていたけど、1匹倒せばそれで合格のこの演習、別にそれ以上倒しても何の問題もないわけで。

 しかも、1番倒したグループは単位がもう1つ貰えるらしい。

 それはつまり、他の必修ではない教科を1つサボることが可能になるという事。


 わざわざサボる手段を用意しているという事は、この世界がゲームを基にしている以上、サボることに何かしらのメリットが存在する場合があるんだろう。

 ……という予想はしているけど、正直そこまで1位を目指そうとは思っていない。

 単純に5時間待つのが退屈だっただけだ。


 少し森に入ると、人間の足跡がそこら中についている。

 追跡されることを全く考慮していない動きだな。

 足跡を辿れば、クラスメイトの誰かには出会えるんだろうけど、俺クラスメイトの名前とか全然覚えてないし、できるだけ出会わないように気を付けて進もう……。


 俺の故郷の村の辺りとは、植生も生息している生き物も大分違うようだけど、それでもこの森の中特有の匂いを嗅ぐと懐かしい気分になる。

 フィトンチッドだっけか?

 植物が出す殺菌作用がある成分か何かの匂いだった気がする。

 森の香りとか書いてある芳香剤は、植物を大量に煮込んで煮込んで最後に残った濃い煮汁を使ってるって聞いたけど、あの臭いはなんか苦手なんだよなぁ……。

 やっぱ現地の香りがいちばんだよ。

 因みに、芝の香りって書いてあるお香は、火をつけてみたら蚊取り線香の臭いがした。


 そのまま30分ほど歩いたけど、魔物とは出くわさない。

 平和平和。

 本当にここって魔物の領域なのか?という疑問すら湧いてくる。

 長閑な鳥の鳴き声に、風に揺れる木の葉のさざめき。

 そして、木の上にはクワガタが。


 あれ?クワガタ?今4月だぞ?

 見た目は、ミヤマクワガタ……かな?

 カッコいいぜ……。


 たださ、サイズがおかしいよな?

 角の先から尻まで2mくらいあるもんな?


「シュルッ……シュルッ……シュルッ……」


 凄い勢いで樹液吸ってる……。

 あれだけ大きいと、口のブラシみたいなのを動かしただけでも中々の音がするなぁ……。

 絶対こいつ昆虫の王者だろ!カブトムシと戦わせてぇ!

 ……いや、冷静に考えると、アレは魔物か?

 異世界とはいえ、流石にあのサイズで普通の昆虫って事は無いよな……?

 なら、狩ったら俺たちの評価が上がる……?


 俺の中の理性が、あんなのに関わるなと警鐘を鳴らす。

 だけど、俺の中の少年の心は、アレを叩き落せと叫ぶ。


 ここは、慎重に行こう。

 慎重に……慎重に……叩き落そう!


 打刀を手もとに具現化し、残りの具現化枠分すべて木刀を具現化する。

 これで、よっぽどのことが無い限り負けないだろう。

 だけど相手はミヤマ。

 俺の中でクワガタ界のレジェンドとなっている奴だ。

 まあ、オオクワガタもヒラタクワガタも同様にレジェンドだけどな。

 ノコギリだって大きいのはレジェンドだ。


 木刀バフで上がった身体能力は、間違いなく一蹴りでこの太いクヌギを折ってしまうだろう。

 しかし、それではダメだ。

 蹴りによる振動を感じたミヤマが、脚を幹から放して落ちてくるというクワガタ捕りの基本はそのまま踏襲したい!

 このクヌギが、太さから考えて樹齢相当長そうだから、安易に折りたくないというのもある。


 折れない程度に最大限の振動を与えるためには、足の裏を幹にベタっとくっつけるようなイメージで蹴る必要がある。

 俺は、クワガタのついている幹の下まで移動し、構えをとる。


「すぅ………ふぅ………フン!!」


 呼吸を整え、そして一気に幹を蹴る。

 よし!いい具合にバチーンと入った!


 上を見ると、王者ミヤマ(仮称)が落ちてくる所だった。

 いやぁ、木の上にいたからまだ小さく見えていたらしく、落ちてくると本当にでけぇ……。

 そして、そのままドシーンと仰向けに地面へと叩きつけられる王者ミヤマ。

 衝撃のせいか、動きが止まっている。


 このチャンスを逃す手は無いと、俺は打刀でミヤマの頭部中央を狙う。

 昆虫の体には小さな脳のようなものが複数あり、1カ所潰しただけでは動きを封じることはできない。

 それでも、体の中央線に近い当りをしらみつぶしに刺して行けばその内動かなくなるだろう。


 頭の中央に突き刺さる打刀。

 一瞬ビクンとする王者ミヤマだけど、直後そのまま沈黙する。

 死んだんだろうか?

 ただ、生物として死んでいてもまだ脚は動くこともある。

 慎重を期して、体の中央を刺していく。

 最終的に、体の上側は奇麗なままの王者ミヤマの死体が完成した!

 よっしゃ!このまま纏足して標本にしよう!


 喜び勇んで王者ミヤマの顎を掴んで引き吊り出す俺。

 心の中は、現在スタンディングオベーションの観客たちで溢れている。

 やりました!俺やりましたよ!

 子供たちの夢みたいなクワガタの魔物っぽい物を倒しました!

 まあ、最近はクワガタも気持ち悪くて触れないって子供増えてるらしいけど……俺は好き!

 ありがとう!拍手ありがとう!


 おっと、背後から誰か来る。

 どうやらクラスメイトらしい。

 俺も結構スタート地点から離れた所に来てたけど、その後ろから来るって事はかなり遠くまで行ってたんだろう。

 キミたちも拍手しに来てくれたのかい?さぁどうぞ!


「いやあああああああああああ!」

「きゃああああああああああ!!」


 走ってくる女子5人は、パニック状態で悲鳴を上げている。

 なんだ?俺って見た目で悲鳴上げられる程やばかったか?

 実は、気がついたら全裸だったとか……あ、ちゃんと服着てる。


「あれ、犀果くん!?早く逃げて!」


 先頭の女子が、たった今俺に気がついたように注意してくる。

 ん?って事はこの悲鳴は俺関係なかった?


 落ち着いて彼女たちの背後を見てみると、何か大きなものが走って来ていた。

 あれは……イノシシだろうか?

 いずこの名のある森の神的なサイズ。

 あー、これは悲鳴上げて逃げますわ。

 初心者用エリアなのかと思ってたけど、なかなか刺激的な相手もいるんだな。


 クラスメイトと思われる女子たちが俺の横を駆け抜けていく。

 制服のスカートを慮る余裕もないようで、パンツが見えまくりだ。

 もっとも、俺だってそれを見ている余裕ないんだけども……。

 だって、このままだと俺の大切な王者ミヤマが踏まれたり食われたりしそうじゃん!


 先程の女子たちの行動は、魔物の押しつけとかトレインと呼ばれる行為に当たるかもしれない。

 まあ、実際逃げるしかないんだから、その途中に俺という逃げない奴がいただけで、彼女たちは悪くないんだけども。

 それはそれとして、ここで俺があのイノシシを貰ってしまっても横取りにはならないという理論武装ができる!


 俺は、仕方なく王者ミヤマを横においてイノシシの進行方向から避難させ、出しっぱなしにしていた打刀を構える。


「そういえば、イノシシの弱点ってどこだ……?」


 思わずつぶやいてしまった疑問。

 そもそも、イノシシの体の構造ってよく知らん。

 まあでも、頸椎さえ断ち切ってしまえばいくら何でも死ぬだろ?


「すぅ……シッ!」


 イノシシに突っ込まれる瞬間、最低限の動きですれ違うように避けつつ、打刀でイノシシの首を半分ほど斬る。

 それだけで、オクタマヌシ様は地面を転がるようにして崩れ落ちた。

 雄たけびも悲鳴も無い、静寂に包まれた俺達。


 倒れ伏したオクタマヌシ様の頭をつま先でつっついてみる。

 特に反応はない。

 どうやら、ちゃんと死んでくれたらしい。

 実家の周りに出没していたクマよりは倒しやすかったな!

 やっぱあのクマの強さおかしいんだって。

 今更だけどさ。


 俺は、久しぶりに使った真剣の使い心地にうっとりしつつ、今日の成果である巨大な魔物2体の死体を眺める。

 いやぁ、怪獣みたいに大きいなぁ……。

 うふふ……。



 あれ?

 もしかして、今から俺1人でこいつら駐車場まで運ぶのか?

 嘘でしょ?



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