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「家に戻る前に、ちょっと街に寄るわよ」
「任せるけど、何するんだ?」
「そうね……ハンバーガーでも買っていこうかしら?」
「予想だにしない回答だ」
リンゼが呼んでくれた車に乗って移動中です。
有栖は寮に戻ってるし、聖羅は護衛の聖騎士数人を従えて家に帰った。
今ここにいるのは、運転手さんと俺とリンゼ、あと姿は見えてないけどソフィアさんかな?
「珍しいな、リンゼが態々ハンバーガー買いに行きたいなんて言い出すなんて」
「アタシは別に食べたくないわよ?ただ、お兄様がそういうジャンクなものを食べたがるから仕方が無いの。しかも、うちのシェフが作った物じゃなくて、チェーン店の適度にチープな物がいいんですって」
婚約したはいいものの、婚約した状況がかなり特殊だったり、その後死ぬほど忙しかったりで、結局リンゼの家族とは、ご両親としか面識ないんだよなぁ。
兄が2人くらいいるんだっけ?
前世も含めて俺に兄はいない。
今後も恐らくはできないだろう。
父さんが隠し子でも作ってない限りは……。
無いな。
あの村にそんな相手はいねぇ。子供もいねぇ。
だから、その時になってコミュ障発揮しないようにどうやって呼べばいいか今から考えておこうかな……。
義兄さん……?お義兄様……?
うん、なんか嫌だ。
名前にさん付けでいいだろ。
「アタシ、あんまりこう言う所のハンバーガーの事よくわからないのよね。何回かしか来たこと無いわ」
「友達と食べに来たりしなかったのか?」
「友達なんていなかったし」
「……悪い」
「良いわよ。それに、アンタもそうでしょ?」
「俺は、前世だと神也以外に友達はいなかったがハンバーガーならよく買ったぞ?1人で」
「……案外フットワーク軽いわよねアンタ」
レジに並ぶ前に、先に大きいメニューで注文内容を決めておくことにした。
てっきり何注文するのか決まってるのかと思ってたけど、リンゼはハンバーガーにそんなに種類がある事自体失念していたらしい。
ただ、チープな感じが重要らしいから、変に高級路線のメニューより、一番安いハンバーガーが良いんじゃないかとのこと。
というわけで、リンゼと比べたらまだ慣れている俺が代表して注文する。
「ハンバーガー50個とチーズバーガー50個、シーフードバーガー30個にベーコンレタスバーガー50個、それとは別の袋にハンバーガー2つとチーズバーガー2つ、それとポテトのLとコーラLでお願いします」
「アンタどんだけ注文するつもりよ!?」
「いや、殆どはお土産だよ」
「あー……いつの間にか人多くなったわね……」
ほんとにね。
量が多かったから、出来上がるまでにそこそこ時間かかってしまったけれど、待っている間にリンゼとこの世界のファーストフード店の事が気になってメニューを眺めてあーだこーだ言い合っていたらすぐだった。
この世界のハンバーガー屋の高級路線メニューには、魔物食品の物が多いらしいという事を知って、今度また食事を作らないといけない時に、自分たちでも魔物バーガーを作ってみようかなんて話していたわけだ。
多分作るのは俺だけど。
でも個人的には、自分で作るならサンドイッチ系の方が安定するから好き。
なんなら、サンドしてなくてもいい。
車に戻ってからもそんな話をしていると、いつの間にかリンゼんちへ到着していた。
今日会いに行く相手は、リンゼの2番目の兄らしいけど、本館の方ではなく裏にある研究所にいるらしい。
よく爆発騒ぎを起こすから、隔離されているんだとか。
「うちの家系って、何代かに1人の割合で必ず趣味特技魔道具造りって人が出てくるらしいのよ。それで、これから会いに行くお兄様がそう言う人って事。因みにだけど、魔道具造りの腕はとてもいいのだけれど、そういう人はまず家督を継げないわ。ほぼ確実に物作りに傾倒しすぎて家が傾くんですって」
と廊下を歩きながら説明された。
そこまでの変態……じゃない、逸材に頼んだ俺用の品物ってどんなものなんだろうか?
「ついたわ!この中よ!」
連れてこられた研究所と呼ばれた建物。
俺は、何となく近未来的な外観の施設をイメージしていたけれど、実際に見てみるとガッチリとしたコンクリートと金属扉で固められた要塞のような建物だった。
「なんだ?戦争でもするのか?それとも刑務所……?」
「中で核爆発並みのトラブルが起きても外に影響が出ないように特殊な結界装甲で覆われてるのよ。バイオハザードに対応する区画もあるわね。っていっても、そっちは基本的に万が一バイオテロが行われた時なんかに解毒方法を見つけるための設備で、バイオ兵器を作るためのものじゃないんだけどね」
思ったよりヤベー所に来てしまったのかもしれない。
今更ながら、この世界の日本における魔道具のトップメーカーにして公爵家というガーネット家は、俺の予想をはるかに超えた存在だったようだ。
ただ、そのせいで傘のマークがどこかについてないかと不安になったりもしたけど。
入り口でリンゼが何かの装置に手を触れると、重厚な金属扉が独りでに開く。
ミサイルが直撃しても傷一つつかない強度らしいけど、そんな重さを感じられないスッとした動きで開く当たり、流石は魔道具造りのスペシャリストって感じがする。
登録されていない人が装置に触っても絶対に開かないらしい。
それだけ重要な研究が行われているんだろう。
リンゼに案内されて中を進むと、数多くの部屋が並んでいるけれど、あまり人とすれ違う事が無い。
「人気が全然無いな」
「開発研究してる人はたくさんいるのだけれど、皆部屋から出てこないのよ。だからたまに専任のドクターたちに部屋から引っ張り出されてるわ。そうでもしないと餓死するまで研究しているし……」
「もうすこしまともに生活することを勧めたい」
どうやら、この建物の中に限定すれば、リンゼのお兄さんみたいな人は珍しく無いようだ。
多分この建物の中が異常なんだと思うけど……。
「この部屋が、まるお兄様の研究所よ」
「まるお?」
「まるお兄様、本名はマルティン・ガーネット。ガーネット家の現当主であるお父様の次男ね」
「まるお兄様からの本名へのイメージの乖離がすごい……」
「省略したら日本風の名前になる物を選んだらしいわ」
そう言ってまたさっきと同じ装置に触れて部屋の中に入っていくリンゼを追いかける。
すると、中には1人の男性がいた。
……思いっきり倒れて。
「え!?死んでる!?」
「大丈夫よ。言ったでしょ?寝食忘れてよく倒れるのよこの人たち。ごはんあげれば蘇るわ」
慣れた様子でまるお兄様を起こすリンゼ。
すごいな……俺の生まれ育ったところとは文化が違う……。
あれ?そういや酒でぐでんぐでんに酔っぱらって倒れてるのもあんな感じか?
神剣で治せるようになるまでは、結構まるお兄様みたいなのもいたかもしれん。
「ほら!まるお兄様!ご飯持って来たわ!コーラもありますから起きてください!」
「……あへぇ……女神様がいる……きっと英知を授けてくれるに違いない……」
「ダメね……大試!ハンバーガーを口に突っ込んで!」
「お……おう」
そんな強引な方法でいいのかと思わないでもないけど、まあリンゼが良いというなら良いんだろう。
俺は、ハンバーガーの包みを開いてから強引にまるお兄様の口にぶち込んだ。
最初はフゴフゴ言っていたけれど、次第に飲み込み始めて、その後すぐにがっつきだした。
結局、まるお兄様用に買ったハンバーガーとチーズバーガーそれぞれ2個ずつとポテト、そしてコーラは瞬く間に消えた。
「うふぅ……久しぶりに胃の中に何かがある気がするよ……いやー助かった!リンゼ、おかえり」
「はいはいただいま。まるお兄様、こちらは前に話したアタシの婚約者です」
「犀果大試です。初めまして」
「おーキミが?初めまして。リンゼの兄の、マルティン・ガーネットです」
エキセントリックな気絶をキメていた割には、話し方は理知的だ。
でもこれに騙されてはいけない。
倒れるまで何かの研究開発をしていた人だ。
なんか目の色が違う。
「まるお兄様、お願いしていた彼のための装備を受け取りに来たのですけれど」
「おーあれね!いやー頑張ったよこれ!途中から楽しくなっちゃってさぁ!」
そう言っていきなり立ち上がったと思ったら、どこかに走って行くまるお兄様。
そんなにスピーディに動ける人だったんだ……。
なんか、今にも死にそうな人に見えてたよ……。
リンゼが付いていくようなので、俺も後に続く。
辿り着いた先は、先程までいた研究室とはまた別の部屋のようで、ガラスを挟んで別室の状況が見えるようになっているようだ。
そして、そのガラス越しに見える別室には、ダイバースーツか、もしくはSF物に出てくるバトル用の装備みたいな服を着せられたマネキンが何体か並んでいた。
「どうだい!?びっくりだろう!?」
「まるお兄様、彼はまだ詳細を知らないので、そこから説明お願いします」
「なーるほど?驚かせたかったわけだ!いやーうちの妹がそんなふうに特別な事をする相手って時点で、本当に好きなんだなーってわかっちゃうねー」
「……それはいいので早く説明!」
にやにやと笑いをひとしきりしてから、咳払いをして空気を換えるまるお兄様。
それから俺を見て、かなりオーバーなアクションを伴いながら説明する。
「これこそは!大試君のために開発された専用の魔道具!強制徴収型魔道スーツ試作型の1号から5号だよ!」
ドヤ顔になるまるお兄様、その隣にはドヤ顔のリンゼ。
うん、確かに兄妹だわ。
似てる。
更に言うと、未だに詳細について教えてもらってなくて1人空気に乗れてない俺に気が付いてない所も似てる。
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