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異世界恋愛(完結)

鉱石花~愛を知らない傭兵は女店主を守りたい

 鉱石花。

 結晶化する際に花のような美しい形になった魔力を持つ鉱石のこと。鉱石花が宿す魔力は通常の魔力を持つ鉱石よりも桁外れとされ、重宝されている。その美しさから観賞用にコレクションする者、魔力強化のために保有したり加工したりする者など様々だ。





 カランカラン


「いらっしゃいませ!」

 ここはとある街にある魔鉱石屋。魔鉱石屋の中でも貴重な鉱石花を多く扱う珍しい店だ。


「よう!カロンちゃん元気にしてたか?」

「サインズさん!お久しぶりです」


 ここの店主は歳の頃二十代半ば、ブロンドのセミロングの髪にエメラルドグリーンの瞳をした可愛らしい女性だ。人懐っこい笑顔で誰にでも分け隔てなく接し、店としての人気も高い。


「この間ゲラルド峡谷まで行ったんだって?鉱石花のためとは言え無茶するよなぁ」


 常連客のサインズはやれやれとため息をつく。


「だってあの雪月光石があるってわかったんですよ!行かない選択なんてないです」


 カロンは両手を腰に当ててふんす!と鼻息を荒くする。


「女一人で行くなんて無謀すぎる。危ない目にあったらどうするんだよ。現に怪我したんだろ?」


 カロンの右手に巻かれた包帯を見ながらサインズは言う。


「……一人で行ったのか?あのゲラルド渓谷に?」


 突然、サインズの後ろから声がする。そこには艶やかな長い黒髪をひとつに束ねた端正な顔立ちの蒼い瞳の男性がいた。二十代後半に見えるその男の背はすらりと高く細身だが、程よい筋肉質で普段から鍛えていることが窺える。


 こんなに綺麗な顔立ちの人はきっとモテるんだろうなぁとぼんやりカロンは思った。


「おっ、そうだ紹介しようと思ってたんだ。カロンちゃん、こいつはユース。傭兵をやってて俺の幼馴染なんだ。いい魔鉱石屋を探しているって言うから連れて来たんだよ」


「初めまして」

 ぺこり、とカロンがお辞儀をすると、ユースは真顔でお辞儀をする。何を考えているのかわからないくらい表情が読めない。


「そんなことより、一人で行ったというのは本当か?」

「えっ、あ、ゲラルド渓谷ですか?はい。雪月光石という珍しい鉱石花が発見されたので、採掘したいと思って行って来ました」


 うふふ、と嬉しそうに笑うカロンを、ユースは眉間に皺を寄せて睨む。


(えっ、こ、こわい……)


 思わずカロンはひるんでしまった。


「おい、そんなに睨むなよ、カロンちゃんがおびえてるだろ」

「あ、あぁ、すまない」


 サインズに言われて我にかえるユースは、罰の悪そうな顔で謝った。


(なんだ、悪い人ではなさそうね。サインズさんのお友達だし)

 

「いいんです。心配してくださったんですよね」


 カロンはホッと胸を撫で下ろしながら、笑顔で言う。花が咲いたようなその笑顔に、ユースは一瞬固まってしまった。


「でも私、一応剣術も習っていましたし、魔法も中級程度までなら使えるんですよ。鉱石花のおかげで魔力も強化できますし」

「だからと言って、あのゲラルド渓谷に一人で行くのは危なすぎるって。魔物だけじゃなく人攫いとか山賊とかもいるって聞くぞ」


 カロンの言葉にサインズは苦言し、ユースもまた眉間に皺を寄せる。


「は、はい、あの、おっしゃる通りです……でも、でもですよ、見てくださいこれ!」


 一瞬だけしょげた様子をみせるが、すぐに目を輝かせてサインズ達に鉱石花を見せる。そこには、白く輝く花のような美しい鉱石があった。可憐な花を咲かせるようにキラキラと輝き、魔力の強さも一目でわかるほどだ。


「すげぇな、本当に採ってきたのか!」


 サインズが驚くと、ユースはその鉱石花を見てほう、と呟く。


「まだこれしか採れてないんですけどね。でもまた行く予定なので、今度はもっと採って来れると思います」


 嬉しそうに笑うカロンを、サインズとユースは呆れたという顔で目を合わせた。


「お、そうだ、また行くならこいつ連れて行けよ」


 サインズが手をぽん!と叩いてユースを指差す。


「は?」


 サインズの言葉に、カロンとユースは同時に声を発した。





「まさかこんなことになるなんて。本当にすみません」


 荷物を背負い旅人姿のカロンの横には、傭兵姿のユースがいた。


 結局、サインズの提案にカロンは意を唱えたが、ユースが旅の同行に同意したのだ。


「俺も魔鉱石が好きで仕事のない時にはよく魔鉱石屋を巡ったり採掘へ行く。雪月光石を見れるなら一緒に行く意味がある」


 それに、とカロンを見つめてユースは言う。

「君を一人で行かせたくない」


 綺麗な顔立ちの美しい蒼い瞳に見つめられて、思わずカロンは息を呑む。だんだん、顔に血が昇っていくのがわかる。


(そ、その顔でそんなこと言わないでください!!)


 居た堪れなくなったカロンは思わずフイッと目を逸らすと、ユースは一瞬だけ寂しそうな表情をした。


「あ、ありがとうございます。今までなんでも一人でこなして来たので、そう言ってもらうとこそばゆいというかなんというか……でも嬉しいです」


 顔を赤らめて微笑むカロンの言葉に、今度はユースが息を呑む番だった。


「今まで一人でこなして来たと言っていたが、家族はいないのか?あの店も一人でやっているようだが」


 ゲラルド渓谷への道中、お互いのことを知るために色々な話をしていた。ユースの問いにカロンは一瞬戸惑うが、すぐに笑顔を作って返事をする。


「私、施設育ちなんです。物心ついた時にはすでに施設にいて、両親の顔も分かりません」


 カロンは成人する17歳まで施設で育った。施設では何不自由なく暮らし、兄弟姉妹のように暮らしたみんなとは今でもよく連絡を取り合っている。

 施設を出てからは施設から紹介された魔道具屋などで働き、コツコツとお金を貯めていた。小さい頃から鉱石が大好きだったカロンはいつか自分で店を開きたいと思っていたのだ。真面目な働きぶりを認められ、とある魔鉱石屋を紹介される。


「そこが今の店なんです。先代の店主は老婦人で、私のことをとても可愛がってくれました」


 元々夫婦で切り盛りしていた店だが、店主の主人が先立ってから店をどうするか悩んでいたそうだ。カロンが来たことで採掘もできるようになり、店も残すことができる。老婦人は店をカロンに託すことで安心して天に召されていった。


「一人で採掘に行くのは怖くないのか?危ないことも多いだろう」


 (どうしてこの小さな細い体でそんなに勇気のある行動ができるのだろうか)


 ユースはカロンの原動力が一体なんなのか純粋に知りたいと思ったのだ。


「う〜ん、なんて言うんだろう。私、とても恵まれてると思うんです。施設育ちだけど不満に思うことも不自由に思うこともほとんどなかったし。もちろん全くないとは言えないですけど。けど、こうして今でも好きなことをして生きていられる。人との出会いも含めてとっても恵まれてるなって」


 ほんの少しだけ前を歩いていたカロンは笑顔で振り返る。


「だから、せっかくだからこの命を精一杯生き切って見せようと思ってるんです!もちろん命の危険を感じることもあるけれど、鉱石花を見つけた時の胸のときめきは何にも変えられません。採掘に行ってもし命を落とすようなことがあるなら、それもきっとそれが寿命なんだろうって思います。だから、怖くないと言えば嘘になりますけど、でも大丈夫です」


 満面の笑みをユースに向けるカロンを見て、ユースは自分の胸が高鳴るのを自覚した。


(この胸の高鳴りはなんだろうか、どうしてこんなにこの子から目が離せないんだ)



 ヒュン


 突然、矢が飛んできてカロンの足元の地面に突き刺さる。


「山賊か!」

「よう、そこの色男さんよ。命が惜しけりゃその可愛い女と金品全部置いていきな」


 崖の上から次々に人が飛び降りてきて、いつの間にか周りを山賊に囲まれている。


「断る」


 ユースが剣を構えて言い切ると、ヒュ〜ゥと口笛が聞こえてくる。


「女の前だからってかっこつけてんじゃねーよ色男。死にてぇなら望み通りにしてやるさ」


 山賊達が武器を構えると、一斉にユースに飛びかかる。


 結果はユースの圧勝だった。あっという間に山賊達を斬り倒し、生き残って逃げ去る山賊から

「お、覚えてろ!」

 という負け犬の捨て台詞までいただくほどだ。


「怪我はないか?」

「はい、大丈夫です。お強いんですね!」


 カロンはユースに笑顔を向けるが、その手は小刻みに震えていた。その手をそっとユースが握りしめる。


「あ、あれ?いつもはこんなことないのになんでだろう。ユースさんがいるからホッとしちゃったんでしょうか」


 えへへ、と強がるカロンを、ユースは思わず抱きしめた。


「強がらなくていい。今は一人じゃない。俺を頼ってくれていい」


 抱き締めるユースの背中に、カロンの手がゆっくりと伸びる。


(とても暖かい、ユースさんに抱きしめられるととても安心する)




「あぁ〜やっぱり綺麗!!!」


 ゲラルド渓谷にある採掘場に訪れたカロンは、歓声を上げる。そこには花のように白く輝く雪月光石がたくさん散りばめられていた。


「本当に美しいな」


 ユースもほうっとため息をつく。


「でしょう!この瞬間が本当に最高なんです」


 目を輝かせて言うカロンの姿を、ユースは眩しいものを見るように見つめていた。


(鉱石花も美しいが、この子もとても美しいな)


 フッと目が合うと、カロンは思わず目を逸らした。


(どうして目を逸らしてしまうのか、まだ俺のことが怖いのだろうか)


 ユースの心がなぜか痛む。


「カロン、どうして目を逸らすんだ?」

「はひぃっ?」


 ユースの突然の質問に、思わず変な声が出た。


「え、いえ、あのその、ユースさんとても素敵なので目が合うとちょっとその、無理です……」


 顔を真っ赤にして言うカロンの姿に、ユースはホッと胸を撫で下ろす。


(なんだ、俺のことが怖いわけじゃないんだな)


「あ、あのそういえば、ユースさんは傭兵になって長いんですか?とてもお強かったので」


 採掘をしながらカロンが尋ねと、ユースの顔が曇った。


(えっ、どうしよう、もしかしたら触れられたくない話題だったかも)


「すみません!あの、言いたくないことでしたら言わなくても……」


 カロンが慌てると、ユースはカロンの瞳をじっと見つめて言った。


「いや、いい。むしろ君には聞いてもらいたい。俺は元々騎士だった」



 ユースは幼少期から剣術の才能があり、すぐに騎士団への入団が認められた。


「俺は早くに親戚の家に預けられて育ったんだが、その家には俺の居場所がなかったんだ。だからいつも剣の稽古に明け暮れていた。それで剣の腕の上達も早かったんだろうな」


 騎士団へ入団してからはメキメキと実力を発揮し、一目置かれる存在となる。だが、そのせいでユースはとんでもない目に遭うことになる。


「騎士団には貴族の息子も多くいて、親の七光で昇進する者が多い。そんな中で一般庶民である俺が実力で成り上がることが許せない連中が多かった」


 そしてそれは突然起こった。魔物の討伐に向かった際、聞いていた魔物の強さと実際の強さに大きな違いがあり、ユースは大怪我を負ってしまう。


「魔物の実際の強さを偽って聞かされていたんだ。俺を引き摺り下ろすために。何なら死ねばいいとさえ思われていた」


 その時の大怪我のせいでユースは騎士団を退団せざるを得なくなった。


「親戚に預けられ居場所のなかった俺はそもそも愛を知らない。他人との接し方もうまくできない。騎士団でも俺をよく思わない連中ばかりだった。そしてそれすらもどうでもいいと思った。俺は他人にも自分にも興味がないんだ」


 唯一家の近かったサインズは幼少期から仲良くしてくれていたが、サインズへの接し方も人として合っているのかどうかわからない。


「だから君が羨ましい。出会う人たちみんなから愛されて愛を知り、どんな時でも前向きに生きている君が」


(こんなことを突然言われても困るだろうな。だから俺はダメなんだ。どう接していいかわからない)

 

「そんな大事で言いにくいことを、私なんかに教えてくださってありがとうございます」


 伏せていた目をあげると、そこには優しく微笑んでいるカロンがいた。


「ユースさんは愛を知らないと言っていましたが、きっと身近なところにあるんだと思いますよ。サインズさんとだって仲良しに見えますし」


「でもそれも本当のところはわからない。サインズだって迷惑しているかもしれない」


「迷惑に思う相手を、わざわざおすすめの鉱石屋に連れて行くでしょうか?迷惑だったらそもそも一緒に出かけたり関わったりしないと思います」


 当然のように言うカロンに、ユースは思わず目を見開く。


「私のことをみんなから愛されてるって言ってくださいましたけど、私のことを嫌う人間だってたくさんいるんですよ。でもそんなのいちいち気にしてたら人生勿体無いじゃないですか。私は私に愛を向けてくれる人と愛を向けたい人を大切にしたいです。そうしたら、きっとその愛が広がって巡っていくんだと思います」


 雪月光石を丁寧に丁寧に採掘しながら、カロンは言葉を紡いでいく。


「ユースさんは気づかないだけで、きっとユースさんも知らないうちに愛を受け取ったり与えたりしてるのかもしれませんよ。それに、もしかしたらこれから愛というものをはっきりと感じることが起こるかもしれませんし。いつか、ユースさんにとってかけがえのない愛が見つかるといいなって思います」


 その場がまるで浄化されるかのようにフワッと笑うカロンに、ユースの胸はドクドクと張り裂けんばかりに高鳴った。


「……だったら、その相手は君がいい。君からの愛を受け取りたいし、君に愛を与えたい」


 いつの間にかユースはカロンの頬に手を添えて微笑んでいた。その美しい微笑みにカロンは射抜かれて動けない。


「こんなことを言われて困るだろうけれど、俺は君といると今まで感じたことのない胸の温かさと高鳴りを感じる。だから、愛を知る君から愛を受け取りたいし、愛を与えたいんだ。一人で頑張る君を甘やかしたいし、俺を頼ってほしい」


 ユースの告白に、顔を真っ赤にするカロン。


「わ、私なんかでいいんでしょうか?ユースさんだったらもっと素敵な女性がいるでしょうし、きっと引くてあまた……」


「君がいいんだ」


 言葉を遮りながら言うユースに、カロンは唖然としつつ、意を決したように深呼吸する。


「……私も、ユースさんと一緒にいるととても安心しますし、でもとてもドキドキしてしまってどうしていいかわからないです。でも、ユースさんに愛を受け取ってほしいし、与えてほしいなって思います」


 カロンの言葉に、ユースは目を輝かせてカロンを抱き締める。


「ユースさん、く、苦しいです……!」

「あ、あぁ、すまない」


 抱き締める腕を緩めると、ぷはぁと息をしてからくすくすと笑うカロンがいる。


(これが、愛なんだな)


 ユースは湧き出る愛で胸がいっぱいになり、カロンに優しく口づけた。





 カランカラン


「よーうお二人さん!元気か?」

「サインズ、昨日会ったばかりだろう」


 サインズとユースのやりとりの横には、嬉しそうに微笑むカロンがいる。


 ゲラルド渓谷から帰ってきた二人を、サインズは嬉しそうに歓迎した。


「俺はさ、カロンちゃんとユースはお似合いだと思ったんだよね。だから紹介したんだぜ」


 ピースをしながらにぃっと笑うサインズを、呆れと共に少し嬉しそうな顔でユースは見ていた。





 貴重な鉱石花を扱うその魔鉱石屋は、現在は女店主と傭兵の夫が夫婦で仲良く切り盛りしている。


 女店主の結婚が発表された時には街中の魔鉱石屋ファンの常連から悲しみと祝福両方の声が聞こえたそうだ。そしてその後も変わらず店は繁盛している。



 雪月光石の鉱石花言葉:真実の愛




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