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2.大地 みよ子の正体とは?

「それだけじゃない」葵は鼻息を荒くして、2人に身を乗り出した。「実はあんたんの家政婦さんにも、秘密があるのをご存知かしら?」


「家政婦さんの秘密?」


 奏と益子はハモった。

 興味津々に食いついてきた2人に、葵は得意顔でこう語りはじめた。

 情報の出どころは、以前、忍海家に仕えていた元家政婦であるという。

 本来なら守秘義務があるのに、忍海家の個人情報を洩らしたことが響三郎の耳に入り、解雇された女らしい。クビにされた腹いせで葵に告げ口したとのこと。


 なんでも先ほど、紅茶のおかわりを淹れに立ち去った家政婦、大地 みよ子こそ、忍海家に3代にわたって仕えているシーラカンスなみの古株なんだとか。

 清掃、洗濯、炊事なんでもこなす者は他に4人いる。

 いくら大地は大ベテランとはいえ、リーダー格というほどではなく、それはそれで別の、大地より若い中年女が取り仕切っている。


 大地は、雑用をやるよりかは、家族――なかでも忍海の婦人にべったりくっついて行動することが多い。

 最近では、奏専属のボディーガードのような存在になっていた。忠実な影のように、時には物言わぬ隣人のようにつき従い、せいぜい車の乗り降りのエスコートや、身のまわりの簡単な世話ぐらいを受け持っているのである。とくに発言権もなく、寄り添っているだけの存在でしかないから、よけい謎めいていた。

 それなのに給与は、ふつうの家政婦の2.5倍、もらっているという。


 同業者の間では、なぜ破格の待遇で、そんな仕事を任されているのか、誰もわからないという。

 本当はなにか重要な任務を帯びているのではないか?

 家政婦同士の噂によると、こうだった――実は彼女こそ、若き日の響三郎の愛人であり、なんの気まぐれか、家政婦として雇っているのではないかと囁かれていた。


◆◆◆◆◆


「そこで提案ってわけ」と、葵は声をひそめて言った。「あたしたちで、大地さんが何者なのか、当てっこしてみない?」


「当てっこだとか、子どもっぽい」


「ズバリ、奏が命を狙われたときの護衛役だったりして! SPよ!」益子は人差し指を立てた。それを奏の小さな胸に向ける。「実はあの身体の内側に、防弾チョッキを着込んでて、ちゃっかり武器まで忍ばせてるのかも!」


「なんで私が命を狙われるのよ。要人じゃあるまいし! ただの呉服屋の孫娘ですって!」


 さすがの奏も言下げんかに否定した。身代金目当ての誘拐犯に狙われる恐れもないわけではないが、それは経済的に恵まれている益子や葵とて同じであろう。


「あんた、ほんとに心当たりがないの? ずっとあの人に守られてて、疑問すら抱かないなんて、度し難いあんぽんたん(、、、、、、)。もっと頭を働かせなさい。いつまでもお嬢さま気質が抜けないわよ」


「歴代の女性陣のそばに、あの人がぴったり寄り添ってたってこと」と、益子は腕組みして、天井に眼をやった。「忍海家の女の素行をチェックするお目付け役だったりして。……うーん、それだけで、特別扱いはされないか。それとも毒見役とか。人知れず、ご主人のために味見してお守りしていらっしゃるんじゃないかしら?」


「だから、なんで私ばかり、命を狙われるんだったら!」と、奏は益子に踊りかかった。2人はじゃれ合った。「18のころからおじいさまの命令で私のそばについていらっしゃるけど、一度もそんなピンチになったことはありません」


「だったら、あんたの意見を聞かせてちょうだい」


「私は――深い意味なんか、ないと思う。葵の勘ぐりすぎじゃないかと。その情報提供者である解雇された家政婦さんの証言も、どこまで本当かどうか疑わしいわ。少なくとも私には、みよ子さんがSPみたいな任務を受けているとは思えません」


「ね!」と、益子が指さした。サロンの向こうの廊下から誰かがやってくる。あいにく大地 みよ子ではない。「響三郎おじいさまがこっちに来るわ。いっそのこと、雇ってる本人から直接聞いてみましょうよ!」


「それもそうだわね。仮にやましいことがあれば、顔に出るはず。嘘をついているなら、見破ってさしあげましょう」


「おじいさま、気分を害されないかしら……」




 サロンに入ってきた響三郎は、白いジャケットに、白のスラックス姿で、長い白髪をうしろで束ね、山羊のように白いひげも凛々しい老紳士であった。さながら『指輪物語』の、白のガンダルフ日本版である。76歳とは思えぬほど背筋がシャンとしている。


「まだここで駄弁だべっていたのか、おまえたち。そろそろ日もかげってきたことだし、益子ちゃんと葵ちゃんは車で送ろうかと思ってな。私が運転しよう。後期高齢者の身になったとはいえ、運転免許証を返納するには早すぎるってもんだ」


「その前に、おじいさま。ひとつ質問があります。答えてくれませんか」


 葵に肘で小突かれ、奏はしぶしぶ切り出した。


「なんだね、あらたまって。答えてもいいが、質問によりけりだ」


「それについてはあたしが――。みよ子さん、まだ来てないわよね?」


 葵が代表して、先ほどの疑問を響三郎にぶつけてみた。

 しばらくこの白き紳士は表情も変えず聞いていたが、やがて口を開いた。

 大地本人が紅茶のおかわりを持って現れないか、しきりにうしろをふり返る。


「みよ子は私の妻をめとったころから世話になっているんだ。彼女が16のころから、なんと、3世代にわたってだ。役割? それは聞いてくれるな。ただしひとつだけ、ヒントを与えてやろう。時々は――ごく稀にだと信じたいが――必要なときがある。妻が宴席かなんかの、ちょっとした会合で世話になったこともあるんだ。そのまた娘も、ピアノコンクールや日本舞踊大会などの晴れ舞台で助けられたことも、一度や二度ではない。今のところ、奏はまだその恩恵に授かってないようで、なによりだが。――古くは江戸時代のころから、いざというときに重宝された役職だったんだ」


「江戸時代?」と、奏は眼をみはった。「そんなに由緒あるポジションなんですか、みよ子さんは? ちっとも知らなかった」


「おっどろきー!」益子が笑った。「ますます面白くなってきた!」


「つまりそういうことだ」響三郎はあご髭をもてあそびながら言った。「さ、あれこれ邪推していないで、そろそろ切りあげなさい。2人とも、ご両親が心配するといけない」


 そのとき、この広間に音もなく当の大地 みよ子が盆を手に現れた。

 あわてて一同は口をつぐんだ。


「せっかくですけど、大地さん、申し訳ありません。私たち、おいとましないといけなくなっちゃいまして」


 悪びれたふうもなく葵は言った。


「さようでございますか。もう少し早く持ってくればよかったのに、残念です」


 家政婦は嫌な顔ひとつ見せることなく、お辞儀をし、その場でターンして厨房へ引き返していった。

 3人の娘たちは肝心な点を聞きそびれてしまったことに気付かず、帰り支度をはじめた。

 益子と葵が荷物を手にすると、奏は2人の背中を押しながら玄関まで歩いた。


 そんなレディたちをよそに、辛うじて大地 みよ子の役職を追究されずにすみ、ホッとしている響三郎だった。

 サロンの窓際に立ち尽くし、3人の後ろ姿を見ながら、ポツリと洩らした。


「むろん、いざというときがなければ、それに越したことはないのだがな――」

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