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扶桑国戦記 (改訂版)  作者: 長幸 翠
第一章 統合機動部隊
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基地見学2

 知貴に見送られ≪あやなみ≫を後にする。マイクロバスで海上部隊エリアをぐるっと走った後、次の目的地、飛行隊のエリアへと向かう。


「父ちゃんの乗っている船、見たかったなあ……」

「まあ、そのうち見られるんじゃないか?」


 残念と呟くエイミーに、通路を挟んで反対側に座る龍一が答える。レックスも内心で姉と同じ気持ちを抱いていたが、口には出さなかった。二人の話を聞いていた広報担当士官も相づちを打つ。 


「まだ詳しくは言えないけれど、君達と同じく前線に向かう予定だから、近いうちに見られるだろうね」

「えっ、本当ですかっ?」


 パッと笑顔を咲かせるエイミーに「ああ」と頷く。広報担当士官は、直也達とその親の関係を全て説明されており、エイミーとレックスの父親が播磨将紀少将である事も知っていた。


 統合機動部隊の艦隊は、空母≪しなの≫が旗艦を務め、駆逐艦二隻、フリゲート四隻、潜水艦二隻が現在の編成である。他に改装中の空母≪ずいかく≫もいるが、艦の種類が変わり、艦名も変更になる予定だ。≪ずいかく≫を除けば最新型の艦が割り当てられており、部隊立ち上げ時は海軍からの反発が大きかった。それを抑え込んだのが、扶桑軍の派閥の一つ、楠美野派のボスであり、今の海軍参謀総長の楠美野大将であった。


 エイミーの前の席では、物憂げな表情で久子が座っている。男性にとっては絵になる姿だが、本人は気重で溜め息がこぼれる。


(艦隊は亮輔君のお父さんだったから、飛行隊はうちの家族の誰かが説明役かしら……?)


 久子の両親と兄は、飛行隊に所属している。父親が整備員、母親と兄がパイロットだ。両親と同じ職場で会うことに気恥ずかしさはあるが、それだけである。問題は兄だ。優しくて頼りになるけれど、事ある毎に干渉しようとしてきて、とにかくウザい。ひたすらウザい。直也達と面識はあるので適任だが、兄は男性陣にピリピリするだろうし、自分にベッタリくっ付いてくるに違い無く、正直会いたくない。


 血が繋がっていないという極めて大きな違いはあるが、直也と彩華の兄妹関係が羨ましく見える。まああちらは、義妹が義兄に熱を上げていて、兄妹より夫婦のように見える問題はあるが、兄が気をかけつつもウザくない所がとても羨ましく感じている。


 程なくして、空港の管制塔の前でマイクロバスは停車する。ここでは広報担当士官は、マイクロバスの中で待機となる。「多分、このバスで移動するだろうから」との事だ。


 直也達は管制室に案内され、「少しお待ちください」と待たされる。八人の管制官がコンソールの前に座っている。そのうち二人が無線で会話していた。また、別の場所にはフルフェイスヘルメットを被り、ゲームコントローラーのようなコントローラーを持った二人の姿も見える。


 全周囲ガラス張りで見晴らしの良い塔の上からは、平行に並ぶ二本の滑走路が良く見え、目を奪われる。


 三奈が「あ、今着陸するところみたいです」と指を差し、全員がつられて同じ方向を見る。空の彼方、微かな黒い点にしか見えなかった飛行機が、少しずつその形を明らかにしていく。先頭は扶桑国のマルチロール機≪F-33≫である。友好国エトリオ連邦で開発され、扶桑国でも採用されたこの機はステルス能力を持つ。旧式化している≪F-17≫戦闘機と共に、この戦争で扶桑国の空を守り続けている。その中でも統合機動部隊が使っているものは、艦載機にも使えるSVTOL機だ。


「メチャクチャ写真撮りたい……」


 ポツリと亮輔が呟く。写真撮影を趣味としている彼は、結構な費用をカメラ機材につぎ込んでいた。


「確かに良いアングルだよな」


 亮輔から写真撮影を教わっている直也も同意する。ここよりも撮影に適した場所は滑走路の脇くらいだろうか。ただし轟音と風圧で危険だが。


 ≪F-33≫は少しずつ高度を落とし、危なげなく滑走路に降り立つ。V字尾翼には、不死鳥のエンブレムが描かれている。統合機動部隊、フェニックス飛行隊に所属する機を表している。


 統合機動部隊には、≪F-33≫十一機で構成される飛行隊が二つある。それぞれ、フェニックス飛行隊、ワイバーン飛行隊という名称で、空母≪しなの≫の艦載機でもある。統合機動部隊の中では、戦争が始まってからズレヴィナ軍と交戦している数少ない部隊だ。


 続いて、ドローンの≪MQ-12B≫が二機着陸する。コントロールしているのは、管制塔でフルフェイスヘルメットを被った二人だ。遠隔で着陸のコントロールをしている。


 各飛行隊には≪F-33≫のオプションの扱いとなるドローン≪MQ-12B≫が二十二機ずつある。≪F-33≫一機あたり≪MQ-12B≫二機をコントロールする形だ。≪MQ-12B≫は有人機より小型の全翼機で、こちらもステルス能力を持つ。武装は中距離空対空ミサイル四発、または近距離空対空ミサイル六発をウエポンベイに格納する。“空飛ぶウエポンベイ”と呼ばれ、親機からの指示でミサイルを発射し、撃ちつくした後はさっさと基地に帰還する。コストカットのため親機から簡単な指示を与えるだけで手動操縦は出来ず、速度も旅客機並みで機動性も高くはない。


 だが、開戦前に配備が始まっていたお陰で、ズレヴィナ軍航空機との数の差を埋める役割を果たしている。


 さらにその後に、最近配備が始まったドローン≪MQ-13A≫が三機降下してくる。この機は≪MQ-12B≫のように無線での遠隔操作の他、≪タロス≫と同じく地上または他の航空機から、≪メーティス・システム≫で操作する。ステルス能力を持ち、友軍機の発射したミサイルの誘導と空戦に特化した機体で、有人機では不可能な高G機動が可能だ。ただし機体各所にレーダーやレーザーを装備し、かつ性能を追求したせいでコストは積み上がり、≪F-33≫以上に高価になっている。このため配備数は非常に少ない。


 次々と着陸する≪F-33≫、≪MQ-12B≫、≪MQ-13A≫を見ていると、階段を上る足音が聞こえてくる。やってきたのは統合機動部隊の全飛行隊の指揮官、品川佳南子しながわ かなこ大佐だ。直也達は直立不動の姿勢を取ると、バッと音を立てて敬礼する。


「待たせたわね」


 品川大佐は答礼してから椅子に座る。茶色いショートヘアーの女性だ。ピシッと制服を着こなし、所作からも几帳面そうな印象を与える。五十歳代前半のはずだが、十歳以上若く見える。


「いえ、こちらこそお時間を取らせてしまい申し訳ありません」


 頭を下げる直也の顔をまじまじと見上げ、「確かに似ているわね」と口の端を吊り上げる。そしてあけみ、龍一……と、全員の顔に視線を向けてから、最後に久子で止まる。


「久子ちゃん、久しぶり。……ああ、案内役は私だから安心して。健太朗には伝えていないし、今は訓練中だから会うことは無いわ」


 久子の微妙な警戒を見て取った品川大佐が苦笑を見せる。


 品川大佐と久子の母である伊吹飛鳥いぶき あすか中佐は軍の同期で仲が良く、家族ぐるみの付き合いをしているため、久子とも面識がある。だから兄の健太朗が過保護過ぎることも、久子がそれを嫌って避けていることも知っていた。


 その言葉に安堵した久子は、微笑と共に「ご配慮ありがとうございます」と頭を下げる。男性陣は(どうしてそんなに避けらることやっているんだよ)と思いつつ、溢れ出した愛情が届かないばかりか、逆に拒絶されている健太朗の不憫さに、僅かに同情する。


「貴方のご両親に案内を頼もうかと思ったけれど、お父様には辞退されたし、飛鳥はエトリオ連邦に行っているから、私が案内する事にしたわ」


 少し慌てて「わざわざ品川大佐にご案内してもらわなくても……」と直也。組織の上では、品川大佐は統合機動部隊の飛行隊を預かっている立場だ。そんな人に興味半分の見学会に付き合ってもらうのは申し訳ないと思ったのだ。ところが品川大佐は「大丈夫、今は時間が空いているから」と笑って答える。


「それに私がいれば、一々確認しないで見たいところを見られるわよ」


 確かに責任者と一緒であれば、見学許可をすぐもらえると納得し「宜しくお願いします」と頭を下げる。


 その言葉に一番反応したのは亮輔だ。「なんてことだ……」と、愕然とした表情で自らの両の手のひらを見つめている。ちょっとした軍事オタクの亮輔は、基地で年一回ある一般公開日に、カメラ機材を大量に持って見に行くほど兵器――特に航空機――が好きだった。一般公開では決して見られない、戦闘機のあんな姿やこんな姿が自由に見られる絶好の機会。先程の潜水艦といい今といい、なぜカメラを持ってこなかったのかと自らの迂闊さを呪い、心の中で血涙を流していた。


 挙動不審な亮輔に気付いた品川大佐が「体調でも悪いのかしら?」と声をかけ、直也達も亮輔を見る。注目された亮輔は我に返り、バネ仕掛けの人形のように上半身を仰け反らせる。


「い、いいえっ! な、な、なんでも……、あ、あり、ませんっ!!」


 何でも無いわけがあるか。


 全員が心の中でツッコミを入れる。


「構わないから、言ってみなさい」


 品川大佐が問い質すと、亮輔は宙に視線を漂わせ「え、あ、あの……。写真を、撮りたかったな、と……」と歯切れ悪く答える。外見はハンサム顔で女性慣れしていそうな亮輔。だが実は、年上の女性がとても苦手だった。


「写真……?」

「ああ。穂高少尉は、飛行機が好きなので、写真を撮りたかったんだと思います」


 怪訝な表情の品川大佐に、いち早く理由に気付いた直也がフォローを入れる。


「そ、その通り、ですっ」


 少し顔を赤らめ、ブンブンと音がしそうな勢いで頷く亮輔。グリフォン中隊の女性陣、あけみ、彩華、久子とは付き合いが長いため、それなりに話が出来るようになったが、初見の人との会話はハードルが高かった。ちなみに、なぜか三奈とエイミー相手には普通に話が出来る。


「それは残念だったわね。今回は諦めてちょうだい」

「はい……」


 項垂れる亮輔。その様子を見ていた品川大佐が、思い出したように付け加える。


「そういえば、司令部が広報担当にあと何人か欲しいと言っていったわ。君達なら、上層部に“ツテ”があるでしょう?」


 ニヤリと笑う品川大佐に、直也は「そうですね。相談してみます」と苦笑する。


「では、行きましょうか」


 品川大佐は席から立ち上がり、管制官達に「この子達の案内をしてくるから、用事があったら連絡してちょうだい」と声をかけてから、直也達を引き連れて階段を下りていく。


 管制塔を出た一行は、広報担当士官の予想通りマイクロバスで移動する。


「さて、うちの飛行隊の構成は知っているかしら?」

「はい、一応は。≪F-33≫で構成されたフェニックス飛行隊、ワイバーン飛行隊。その他に、輸送機を持つスレイプニル飛行隊。早期警戒管制機、電子戦機、哨戒機を持つペガサス飛行隊の四飛行隊ですよね?」

「その通りよ」


 統合機動部隊は通常の軍の編成と異なり、ヘリコプターやティルトローター機も飛行隊に集約している。陸海空を揃えた一つの独立した部隊だからこそ可能な編成だ。


 だから陸上部隊がティルトローター機で移動する場合はスレイプニル飛行隊の輸送機を使用し、海上部隊の空母から飛び立つ対潜ヘリは、ペガサス飛行隊に所属している。ただし、そこに一部の偵察ドローン、哨戒ドローンは含まれない。


 格納庫の前でマイクロバスが止まり、一行が降りる。


 扉の開いた格納庫の中では、先程着陸した≪F-33≫、≪MQ-12B≫、≪MQ-13A≫の整備が行われていた。直也達の見学のため、わざわざ複数の機種を一つの格納庫に集めてくれていた。


 亮輔はもとより、直也達男性陣も航空機に興味があるため、笑顔で見学している。女性陣は航空機を見つつも男性陣の無邪気な姿に頬を緩めている。


 品川大佐や整備員の許可を得て≪F-33≫のコックピットに乗り込んだり、機体や武器の説明を受ける。実はグリフォン中隊でも直也、久子、三奈、亮輔の四人は≪MQ-13A≫のコントロール訓練をしているため、シミュレーター上では何度も飛ばしていた。しかし実機を見るのは初めてだ。


 三十分ほど見学をした後、隣接する別の格納庫に向かう。遠くでは、大型の輸送機が着陸する様子が見える。かなりの荷物を積んでいるようで、滑走路に降りると着陸脚は深く沈み込み、減速のためかなりの距離を走っている。


「ああ、飛鳥が帰ってきたわね」


 品川大佐が、風で乱れそうになる髪を抑えながら、輸送機を見つめる。空には、後続の輸送機の姿も見える。


 次の格納庫には、ティルトローターの輸送機≪V-25≫が鎮座していた。待ち構えていたパイロットと挨拶を交わす。


「これはそのうち、貴方たちが乗ることになるわね」


 ロボット兵器を≪メーティス・システム≫でコントロールする際、専用の機器が必要になる。地上を進む際は機器を積み込んだ≪九五式多脚指揮車≫や車両、≪アトラス≫を使い、空からコントロールする際は、オペレーターはこの≪V-25≫に搭乗するのだ。


「中を見ても良いですか?」

「ええ、もちろん」


 機体後部に回り、開いている後部ランプから乗り込む。中には、中央部を通路としてオペレーターの座るシートが前向きに左右一つずつ三列、合計六つ設置されている。照明は疎らで薄暗く、天井や壁には配管やケーブルが張り巡らされている。


 十人が一斉に見学するスペースは無いため、直也達は代わる代わる中を見て回る。先に見学を終えた直也は、パイロットに機体の性能などを確認している。


 その後は飛行隊の敷地をマイクロバスで走り、品川大佐に建物の説明をしてもらいながら管制塔に戻ってくる。


 直也達もバスから降り、一列に並んで品川大佐に礼を告げる。


「「本日は、ありがとうございました!」」

「楽しんでもらえたようで良かったわ。……貴方たちには本当に苦労をかけるけれど、よろしくね。そして、無事にこの戦争を乗り切りなさい」


 その言葉は上官というより、子を持つ親としてのものだった。


「「はいっ!!」」


 マイクロバスに戻り、見送る品川大佐に車窓から手を振りながら、飛行隊エリアを後にする。



 直也達が去って一分後、管制塔に戻りかけた品川大佐は、髪を振り乱し走り寄ってくる人影に立ち止まる。


「佳南……。ガキンチョ共は?」


 走ってきた女性は、品川大佐の前で立ち止まると、肩で息をしながらウェーブのかかったロングヘアーを首の後ろで一つにまとめる。その容姿は、鋭い目付きを除けば久子とよく似ていた。それもそのはず、彼女は久子の母親である伊吹飛鳥中佐だ。


「今帰った所よ」


 素っ気なく返す品川大佐に、飛鳥は「えーっ、何で帰しちゃうのさーっ!」と抗議の声を上げる。


「ところで検疫してきたんでしょうね?」

「もちろん。真面目に検疫受けてからダッシュで来たのに、帰しちゃうなんて酷くない?」

「飛鳥がエトリオ連邦に行かなければ、案内を任せたのだけれど」

「いや、久しぶりの長距離飛行なんだから、普通は行くでしょ?」

「普通は、他の隊の任務には首を突っ込まないの」


 飛鳥は重度の飛行バカで、三度の食事より空を飛びたい種族だった。空宙軍にいた頃から様々な飛行機を乗り回し、戦闘機パイロットとしても名を馳せていた。


 統合機動部隊ではペガサス飛行隊に所属し、普段は≪E-5≫早期警戒管制機のパイロットをしている。しかし今回、エトリオ連邦から新兵器用の砲弾を輸送する任務に、強引に参加していたのだ。


「もしかして……、私が輸送任務に行ったこと、まだ根に持っているの?」

「当たり前じゃない。あなたを輸送任務にねじ込むために、私がどれ程苦労したと――」

「感謝しているって……。お土産買ってきたから、後で一緒に飲みましょ?」


 頬を膨らませる品川大佐。そこには大佐としての威厳はない。ただ長年の友人と話をする、品川佳南子の素の姿を見せていた。そんな彼女を宥めるように、飛鳥は言葉を遮る。


「私に買ってきたお土産を、あなたも飲むの?」

「いや、自分用に同じのを買ってきたから、それぞれ開けるって事で……」

「ダメ。あなた用を私に飲ませなさい」

「……へーい」


 品川大佐は酒好きで味にもうるさい。ついでに意地汚くなる。友人の飛鳥はこうなることを熟知しているので、大人しく従うことにした。


 押すべきところは押し、引くべきところは引く。それが二人の関係であった。


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