反攻作戦6
――扶桑軍 第二回廊 第一ライン――
ズレヴィナ軍の第二波ミサイル攻撃が終わり少し経った頃、神威直也中尉(グリフォン1)から中隊に≪メーティス・システム≫を介して通信が入る。
『グリフォン1よりグリフォン中隊各員へ。グリフォン1およびグリフォン3、もうすぐ合流地点への移動を開始する』
それに対し、中隊の面々から『兄様、龍一さん、ご武運を』『直也さんと龍一さん、お気をつけて』『お二人とも、行ってらっしゃい』など、激励の声が飛ぶ。
副隊長の出雲あけみ中尉(グリフォン2)も、その中に加わる。
「直也君、龍一君。こちらは任せて。気をつけていってらっしゃい。
……作戦後の打ち上げ、申請が通ったから、楽しみにしてね」
グリフォン中隊は、この作戦後に本拠地の鈴谷基地に戻り、一週間の休暇を予定している。その間に、基地内で中隊として打ち上げをする申請を出していたものが、ようやく通ったのだ。
発案者はあけみと彩華だ。内容は、基地の食堂を借りて、彩華たち中隊の女性陣が主体となって料理を造って振る舞うというものだ。直也から「料理を作らせるのは申し訳ない」と手伝いを申し入れられたが、「気晴らしになるし、好きでやる事だから」と答えて納得させた。しかしこのイベントには、男性陣に秘密にしている事がある。
実はそのせいで申請を通すのに苦労をした。直属の上官であり、あけみの父親の出雲大佐が、申請書の“特記事項”に度肝を抜かれて待ったをかけたのだ。女性陣と出雲大佐の調整は難航し、最終的に、あけみが「彩華ちゃんから神威中将に直談判してもらいますよ?」と父に言った(脅した?)事で勝負が付いた。出雲大佐は、秀嗣が打ち上げの話を聞いたら、一も二もなく許可すると分かっていたからだ。
渋々了承した時の出雲大佐は、苦虫を百匹ほど噛み潰したような表情だったという。
そんな女性陣の苦労や一部上官の心労を知らない男性陣が『楽しみにしています』と口々に返してくる。
(みんなは、どんな反応をするかしら?)
あけみはそう思い心の中でニヤリと笑う。そしてその反応を見るためには、まずこの作戦を無事に成功させなければと気を引き締める。
『……俺達も参加出来ますか?』
重久が話に加わる。口調――思考での会話のため、口を開いているわけでは無いが――から、参加したそうな様子が伝わってくる。
「しげく……高阪中尉も、この作戦後に十日間の休暇だったわね?」
『はい』
陸軍所属の彼らは、この作戦が終わると別行動になる。今回が最初で最後の共同作戦かもしれないのだ。
「打ち上げは鈴谷基地でやるけれど、もし参加したい人がいれば、上に伝えておくわ」
『分かりました。参加者を確認しておきます』
通信を終える。この会話は≪メーティス・システム≫を使っているグリフォン中隊と陸軍ロボット部隊の全員が聞いていた。重久は今頃、部下達と回線を開き話し合っている事だろう。
『そろそろ時間だ』
直也の一言で、雑談モードだった中隊の面々がお仕事モードに切り替わる。
『守りはよろしく。後でまた会おう』
『じゃ、行ってくる。そちらもしっかりな』
直也と龍一の言葉を最後に、通信が切れた。別働隊は、突入まで通信封鎖となる。
配置は、あけみとエイミー、三奈とレックスがペアを組み、二両の多脚指揮車に搭乗している。
第三波のミサイル攻撃では、陸上部隊への攻撃は無く、遙か上空を飛び去っていった。こちらも高高度への攻撃手段は無く、携帯式地対空ミサイルを構えたまま、ミサイルを見送るのみだった。
その約三十分後、司令部の久子(グリフォン5)から通信が入った。
『グリフォン5より各隊へ。複数の航空機が接近中。警戒してください』
同時に、あけみの見ているマップにも、敵機がプロットされる。担当する範囲に接近するのは、≪Tu-221≫攻撃ドローン十二機だ。
この他、同じ第二回廊の第一ライン東側を守備する高阪重久中尉達の元にも十二機が、第一回廊には二十四機が向かっている。
「グリフォン2より各員へ。各自の判断で迎撃。いつも通りしっかりね」
あけみの指揮下にある彩華、三奈、義晴、エイミー、レックスが『了解』と返してくる。今まで数百回もの演習の他、実戦も経験しているのだ。全員、無駄に緊張する事無く、さりとて油断もしていない。
≪Tu-221≫六機ずつ二つの編隊が、第一ラインに展開する≪九一式戦車≫や対空車両に向けて対戦車ミサイルを発射する。
しかし≪避来矢≫防空システムにより、ほぼタイムラグ無しで情報が共有化されているため、≪タロス≫や対空車両は、発射直後から全ての対戦車ミサイルを捕捉していた。
≪タロス≫や対空車両から発射された地対空ミサイルがオレンジ色の炎を噴きながら、迫り来る対戦車ミサイルに向けて突入していき、あっという間に全ての迎撃に成功する。
地対空ミサイルの一部は、さらに≪Tu-221≫にも襲いかかる。十二機中三機が対空ミサイルの餌食となり、他の数機もミサイルの破片を食らい煙を噴いている。さらにレックスのコントロールする≪タロス≫三番機がレールガンで狙撃し一機を撃ち落とす。残りの敵機は、這う這うの体で離脱していく。
瞬時の判断が生死を分ける戦場において、“通常の”無線遠隔操縦方式はタイムラグがあるため、回避はドローンのAI任せで単調にならざるを得ない。さらに機動性が高くないことも≪Tu-221≫の損害が大きかった理由だ。
これが通常の歩兵で構成された部隊であれば容易に撃墜出来ず、多大な損害を免れ得なかっただろう。しかし敵にとって相手が悪すぎた。
『グリフォン5より各隊へ。敵航空機が空域を離脱。警戒を解除します』
「グリフォン2、了解。補給を終えたら休憩ね」
あけみは四人の部下に指示を出す。≪タロス≫が使った武器弾薬を補給させ、空荷になった≪バーロウ≫を後方に移動させる。今の所はほとんど携帯式地対空ミサイルしか使用していないのでその補充だけだ。
まだ前哨戦であり、弾薬は十二分に残っているが、敵の陸上部隊が来ればどうなるか分からない。万全の状態で戦い続ける為に、補給に手を抜く事はできなかった。
その三十分ほど後、第二波の接近を知らせるアラームが鳴ったが、直掩に上がっていた≪MQ-13A≫、≪MQ-12B≫の迎撃によって、対地ミサイルの一発も撃たずに逃げ帰っていった。
そのまま朝方まで≪Tu-221≫が現れることは無かったが、代わりに偵察ドローンが多数飛来し、あけみ達はその迎撃に追われるのであった。
――扶桑軍 由良基地 作戦室――
ズレヴィナ軍によるミサイル攻撃、その第三波の迎撃の成功と、≪文殊≫の擬装実施の報が伝えられると、作戦室の緊張が幾分和らぐ。
「今の所、概ね予測通りか……」
「ああ」
秀嗣の隣に座る、第十師団の師団長、新崎眞輔中将の声に、秀嗣が頷く。
新崎中将は軍の同期の一人で、数少ない神威派の将官の一人でもある。他には、鈴谷市に司令部を置く第七師団の師団長もいる。陸軍の半数以上の師団長は、年功序列と形式を重視する朝加部派である。
スクリーンの向こうで煙を上げる≪文殊≫の姿に、新崎中将が首をかしげる。
「しかし、あの擬装で敵を騙せるのか?」
「正直分からん。だが、この雲の影響によって偵察衛星で見ても赤外線映像で画質は悪いし、追い詰められた敵の立場で考えると、都合の良い情報が揃えば動かざるを得ないと思ったんだよ」
もし本当にミサイルが命中していたなら、≪文殊≫の損傷はこの程度ではないだろう。だからこそ、秀嗣も当初は本当に≪文殊≫を破壊させる事を検討していた。ところが軍内では「三千億円かけた設備を無為に失うわけにはいかない」と反対され、計画を変更したのだ。
擬装では小さな爆発を発生させ、火災に見せかけて煙と炎を吹き出させている他、建屋の周囲でも火を焚いている。それでも敵からすると、損傷の度合いが小さく不審に見えることだろう。だが、≪文殊≫からレーダー波の照射が止まれば、たとえ疑問を持っても作戦が上手く行ったと思い込むだろうと考えた。
新崎中将は腕を組んで考え込んだ後、小さく頷く。
「敵さんは、上から成果を求められて、引くには引けず、失敗すれば自分たちの首が飛ぶ状況……。疑問を持っても、≪文殊≫に損傷があるように見えるのだから、退くことは出来ない」
「そういうこと」
「それを言えば、こちらも似たようなものだな」
「ああ。後がないことは同じだ。足を掬われないよう、慎重に進めなければならん」
二人とも、口の端を上げて笑いあう。
「……お前の考える作戦、擬装してばかりだな。軍人より詐欺師に向いているんじゃないか?」
同期で親しい間柄としても、あまりの言いようである。第二次扶桑海戦から始まり、今回も≪するが≫は擬装しているし、≪文殊≫もミサイルが当たって損傷を受けたように見せかけている。敵が知れば怒り狂う事請け合いだ。
しかし秀嗣は気分を害した様子も無く、そればかりか「騙される方が悪い」と逆に胸を張ってみせる。
ズレヴィナ軍の工兵部隊が、帯野川にいくつもの橋を架けると、後続部隊がそれを使って次々と川を渡っていく。こちらとしては攻撃する絶好の機会だが、榴弾砲用の砲弾が予定よりも少ない事から、攻撃を控えている。原因は、陸軍が土壇場になって弾薬、特に榴弾砲用の砲弾と特殊なミサイルの提供数を減らしたためだ。そこに朝加部大将の意向がある事は疑いようも無い。さすがの秀嗣もこの重要な作戦で邪魔してくるとは考えておらず、「あの無能なダルマは、国の行く末よりも、個人的な憂さ晴らしを優先するのか」と、この仕打ちに頭を抱えた。
しばらくの後、敵はドローンを使って陸上部隊へ攻撃をしたが、ほぼ被害なく切り抜けた。
零時を回り、陸上部隊の侵攻が始まるまで問題無いと判断した秀嗣は、各部署に交代で二時間ずつの休憩を取ることを指示する。そして久子に「偵察ドローンだけは、確実に落とすよう伝えてくれ」と告げ、新崎中将に指揮を任せると作戦室を後にした。
一時間五十分後、秀嗣が休憩から戻ると、カーライル大佐を始めとするアイアンナイツ隊の四名が来ていた。作戦室の一角には彼らのために席が用意され、端末に真剣な眼差しを向けている。
新崎中将と指揮を交代してから、その一角に向かう。
「おはようございます、神威中将閣下」
「おはようございます」
四人が立ち上がって敬礼し、秀嗣はそれに答える。
「作戦計画の詳細を改めて確認させていただきましたが……、我々には信じられない内容です。本当に可能なのでしょうか?」
ワイマーク大尉が、四人を代表して発言する。そしてこの言葉には、二つの意味が込められていた。
一つは、直也が本当に三十六機もの≪タロス≫をまともにコントロール出来るのかと言うものだ。
同じ≪タロス≫のオペレーターとして、数が増えると、難度と負担が劇的に上がることは身をもって経験していた。そして無理に数を増やしても個々のコントロールが追いつかなくなり、逆に戦闘力が低下することもよく理解していた。だからこそ、あまりにも無茶な行動に思えたのだ。
もう一つは、この命知らずと思える作戦――特に突入隊――が成功するのか。という意味だ。
今まで彼らに見せていた作戦計画は概要のみだったが、それでも「≪タロス≫の性能を過信してはいないか?」と考えていたのだ。にも拘わらず、詳細を見てみると、さらに信じられない内容で、正気を疑ったのだ。
扶桑軍内でも「大戦時以来の無謀な作戦」や「息子を捨て駒にする作戦」と酷評されていたので、もはや見慣れた反応ですらある。その都度シミュレーターの結果を示したり、丁寧に説明して反論を収めていった。
「もちろん、勝算がある作戦と我々は考えています。作戦立案にはグリフォン中隊も関わっており、十分に検討済みです」
そう太鼓判を押す。「ですが……」となおも言い募ろうとするワイマーク大尉を、カーライル大佐が「大尉。中将がそう仰っているのだ」と押し留める。その横では、ブロンソン中尉、フェルドマン中尉も承服しがたい表情で黙り込んでいる。彼らの見積もりでは、地理を把握した市街地であっても、一個旅団を相手するには少なくとも≪タロス≫が七十機は必要であった。それを半分の数、しかもほとんど一人で戦うのは、むざむざ死にに行くようなものだ。
秀嗣が自分の席に戻ると、様子を窺っていた久子がやって来る。
「自分から説明しますか?」
「いや、いいよ。あと少しで分かるからね」
「では、自分は休憩に入ります」
「ああ。短い時間だがしっかり休むように」
「はい」
久子が司令室から去ると、秀嗣は、帯野川を渡り着実に兵力を集めてくるズレヴィナ軍の映像を見つめるのだった。
それから二時間、戦闘区域に特に目立った動きがないまま推移した。ズレヴィナ軍によって破壊された軍事衛星は五基。事前の合意に従い、すぐさまエトリオ軍から三基の衛星を借用できた。だが自国の衛星ほど自由に使えない上に、通信内容が全てエトリオ軍に筒抜けになるなどのデメリットがある。久子の機転によってこの問題は作戦前に予測済みであり、機密度によって通信衛星を振り分ける準備を済ませていたため、影響を最小限に抑えられている。久子が予測していなければ、今頃この作戦室は対応に追われ、作戦にも大きな支障が出ていたに違いない。
ズレヴィナ軍による衛星への攻撃によって、破壊された衛星やその破片がスペースデブリとなってしまった。これらは今後長きに渡って世界各国の衛星にとって大きな脅威となる。ズレヴィナ共和国は世界中から糾弾される事になるだろう。
ズレヴィナ軍は頻繁に偵察ドローンを送り込んでくるが、第一ライン付近で確実に防いでいる。≪するが≫のレーダーが捕捉し、≪文殊≫のコンピュータが正常に機能しているので、敵が離陸させてすぐに捕捉出来るのだ。第一ラインに接近すると、携帯式の地対空ミサイル、小銃、携帯式レールガンで対処していた。陣地を避け、海側や山側から迂回してくる機体もあったが、これらは中距離地対空ミサイル等で撃ち落としていた。安価なドローンを高価なミサイルで迎撃するのはコストパフォーマンス的に最悪だが、敵に配置がバレて攻撃を受けるよりは遙かにマシだ。敵は、一度は第一ラインに対して砲撃を行い、その隙に偵察ドローンを突破させようともした。≪タロス≫や≪アトラス≫が砲撃から退避する中、偵察ドローンは悠々と第一ラインを越えたが、狙撃のため後方に控えていた≪タロス≫や第二ライン上の部隊によって全て叩き落とされていた。
以降、ズレヴィナ軍は大人しくなっていた。
司令部や前線部隊の休憩が終了してしばらくの後、ズレヴィナ軍の陸上部隊は侵攻準備を完了しつつあった。




