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扶桑国戦記 (改訂版)  作者: 長幸 翠
第四章 反攻作戦
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反攻作戦3

 ――扶桑軍 ≪文殊≫――


 時は<巨人の鉄槌>作戦開始直後まで遡る。


 ズレヴィナ軍による≪避来矢≫ネットワークへの妨害工作は、基幹コンピュータのある≪文殊≫でもすぐに確認された。


 各地のレーダー施設から、立て続けにレーダーに異常が発生したと報告が入ると、≪文殊≫司令官の空野亮(そらの りょう)航空宇宙軍少将が指揮所に現れ、司令官用の椅子に座る。


 空野少将は、レーダー施設や高射隊を渡り歩いてきた地対空戦闘のエキスパートだ。この実績が認められ、戦前に≪避来矢≫防空システムの一角を担う≪文殊≫の司令官に任ぜられていた。


 今回の<瑞雲>作戦は、ただ迎撃するだけではなく色々な擬装工作も行う。そのせいか、作業する部下達がやけにピリピリしているように見える。


(ぶっつけ本番で初めての事をするのだから、当然かもしれないが……。これでは皆が持たないな)


 そう判断した空野少将は、マイクのスイッチを入れる。


「今回の作戦は、皆も承知している通り、敵に作戦が上手く行っていると思わせる必要がある。我が国が得意とする“おもてなし”で、敵を良い気分にさせてやろうじゃないか。

 そして、敵が調子に乗ったところを叩き落とす」


 各所から控え目に笑いが上がる。


「……今回は長丁場となる。今から気を張りすぎずに、どっしりと構えていろ」


 部屋に充満する緊張感がいくらか和らぐ。空野少将は(まずはこんなところか)と考え、背もたれに体を預けると、運ばれてきたコーヒーに口を付ける。


 壁一面に広がる大型スクリーンの一つには、扶桑国を中心とした地図が描かれ、その上に各種対空レーダー、早期警戒管制機、偵察衛星からの索敵結果を統合した情報がリアルタイムに表示されている。作戦が始まり、画面上は久しぶりに賑やかになっていた。


 西からは巡航ミサイルが迫り、黒崎島南方からは航空機、ミサイルの群れが押し寄せる。そこにはズレヴィナ軍によるサイバー攻撃の影響は一切見られず、正常そのものだ。


 それもそのはず、ズレヴィナ軍が侵入に成功したと思っているのは、≪避来矢≫ネットワークを模した仮想環境――サンドボックス――であった。一言で表すと、本物のネットワークを模しただけの“偽物”である。


 ≪虚空蔵≫、≪文殊≫、そして破壊された≪普賢≫には、レーダーの他に≪避来矢≫防空システムの基幹コンピュータが置かれている。このコンピュータはそれぞれが管轄する地域の、多数のレーダーから得られた情報を集約、統合し、ステルス機や小型のドローンすら探知、捕捉する事が可能だ。さらにそれぞれのレーダー施設が破壊された時に補完しうるよう、コンピュータの処理能力は大きな余力が与えられている。仮想環境は、この余った処理能力を利用している。


 仮想環境とは言え、ズレヴィナ軍に悟られぬように一部を除いては本物の情報を表示しており、踏み台となったいくつかのレーダー施設ではこの仮想環境と接続していた。このため、ズレヴィナ軍は本当に≪避来矢≫ネットワークに侵入したものとずっと思い込んでいたのだった。よもや扶桑軍が、こんな罠を張っているとは夢にも思っていなかった。


 元々は≪避来矢≫の訓練で使用している環境だ。「侵略された時に使えるかもね?」と冗談を言う者もいたが、本当に役立つ日が来るとは、誰も予測し得なかった。



 きっかけは、反攻作戦を検討した時の事である。


 ズレヴィナ共和国は速攻で扶桑国全土の征服を目論んでいたが、鉄壁の防御を誇る≪避来矢≫防空システムと、黒崎島の山がちな地形、そして第二次扶桑海海戦によって頓挫した。


 一方扶桑国も、後方に多くの陸上兵力を残しているが、ズレヴィナ軍を一気に押し戻すほどの力を持っていない。


 そうなると、必然的に持久戦へと移行することになるが、経済活動が大幅に制限される扶桑国は非常に不利であり、戦争を長引かせる事は出来ない。


 このため、敢えて隙を見せて由良市南部の防御陣地に敵の大軍を引き込み殲滅するというのが反攻作戦の目的である。その“隙”を作る為、統合機動部隊の神威中将が≪文殊≫を敢えて破壊させる事を提案した。


 しかし≪文殊≫の建造費はミサイル駆逐艦約二隻分と高額な上、防空システムに大きな穴を開け続ける訳にもいかず、代案として仮想環境に敵を誘導する事になった。


 今の所はこの方法がはまり、ズレヴィナ軍のサイバー攻撃を誘発させることに成功した。しかし扶桑軍の本当の目的は、陸上部隊を由良市南方に引きずり出す事だ。それまでに≪避来矢≫ネットワークが偽物と気付かれては作戦が中止されかねない。ズレヴィナ軍の陸上部隊を引き入れるまでは、作戦が上手く進んでいるかのように騙し続ける事が重要だ。


「仮想環境上でトラフィックが急速に増大。輻輳が発生します!」

「よし。奴らに付き合ってやれ」


 敵のサイバー攻撃に対し、こちらが何もしなければ怪しまれる可能性がある。だから「慌てて対処している」ように装わなければならない。


「ハッ!

 ……よし、敵さんをしっかりもてなすぞ!」


 対応する班の班長が、空野少将の“おもてなし”を引き合いに出して号令をかけると、部下達は笑い合いながら「了解っ!」と答える。


 空野少将は指揮所に良い空気が流れている事に満足すると、近くに控える参謀に声をかける。


「被弾予定の施設から、退避は済んでいるのだろうな?」

「ハッ! 既に完了しています」


 今回の作戦では、この地域の≪避来矢≫防空システムが機能していないように見せかけなくてはならない。その為に、いくつかのレーダー施設を実際に破壊させる必要があった。選ばれたのは、≪避来矢≫防空システムが稼働する以前からあり、閉所予定だった旧式のレーダー施設だ。既に荷物の運び出しは終わり、最低限の人員だけで稼働していた。


 神威中将などから、最大の攻撃目標となる≪文殊≫も被弾したように擬装した方が良いと意見もあり、仕掛けを用意している。


「第一波攻撃のうち、≪文殊≫を狙っているものは八十発と推測!」

「続いて第二波攻撃、七十六発! 第一波の五分後に到達予定!」


 第一波攻撃は三百発、第二波攻撃は百五十発余りのミサイルを捕捉しているが、そのうち≪文殊≫に着弾する可能性のあるミサイルが選択される。ただし標的が変更されたり、同じ目標でも飛行ルートが違う場合があるため、増減する可能性はある。


(想定通り、第一波で地対空ミサイルを撃ち尽させて、第二波で仕留めるつもりか)


 敵の狙いを即座に推察する。同じ攻撃が、開戦直後にもあったためだ。


 開戦直後のミサイル攻撃は、百発以上の同時攻撃を二回受けていた。その時は数が多く、まだレーザー砲も配備前だったために、≪文殊≫の持つ対空兵器に加えて、車載のものや≪F-17≫、≪F-33≫、≪MQ-12B≫といった航空機やドローンを総動員して迎撃を行っていた。


 システムがミサイル毎に脅威度を判定し、対空ミサイルやレーザー砲に目標を割り当てていく。雨天と厚い雲により、レーザー砲の射程が十分の一以下になっているのは不安材料だが、その他でカバーできる状況だ。


「迎撃を開始します!」


 スクリーン上では、黒崎島の扶桑国側に殺到する対地ミサイルと、扶桑国の発射した対空ミサイルを示す輝点が接触しては消滅する。また、幾つかの輝点が、生贄となるレーダー施設のアイコン触れて消える。画面上は味気ない光景だが、≪文殊≫を始め各地のレーダー施設に向かってくる脅威を確実に取り除いていく。残ったミサイルはレーザー砲や対空機関砲が処理し、第一波を全て迎撃する。


「≪文殊≫に被害ありません。

 各施設からの被害報告がまとまりました。中破一、小破二です」


 これは生贄となる古いレーダー施設を除いた被害報告だ。この他にも幾つかの軍施設や部隊で被害が出たが、由良基地や作戦エリア内に展開する部隊は、迎撃準備を整えていたため無傷だった。


 しかし、まだ落ち着いてはいられない。


「南西方向、第二波の後方から、マッハ八で≪文殊≫に接近する物体を捕捉! 数は六!!」

「何!?」


 戦前から情報にあった、極超音速対地ミサイル≪ニフリート≫に違いない。このミサイルは、その高速さ故に通常の対空ミサイルでは迎撃がほぼ不可能で、対弾道ミサイルかレーザー砲でしか迎撃出来ないと考えられている。開戦以来二十発の使用が確認されており、迎撃に成功したのは対弾道ミサイルを使った三発のみだった。迎撃に失敗すれば≪文殊≫は本当に破壊されてしまうだろう。


 ここ≪文殊≫には、その重要性から弾道ミサイルにも対応するエトリオ連邦製地対空ミサイル≪アルテミス≫を配備している。すぐさま≪アルテミス≫が発射される。


 ≪ニフリート≫が、第二波の対地ミサイル群をあっという間に追い抜き≪文殊≫へと迫る。空野少将は、瞬きすら忘れスクリーンを凝視する。


 ≪ニフリート≫と≪アルテミス≫それぞれ六発ずつの輝点が接触。結果、≪ニフリート≫四発と≪アルテミス≫全数の輝点が消滅する。


「≪ニフリート≫四発の撃墜を確認! 残り二発!!」


 撃ち漏らした理由。それは迎撃ミサイルを探知した≪ニフリート≫が回避行動を取った為だ。


 とは言え、続いて照射されたレーザー砲は回避出来なかった。残った≪ニフリート≫の撃墜に成功する。


 その報告を聞いた空野少将は「よしっ!」と小さくガッツポーズを取る。背もたれに上体を預け体の緊張を解くと、いつしか全身に汗が噴き出ていたことに気付いた。ハンカチを取り出し、顔の汗を拭う。


第一波の迎撃では、≪文殊≫に配置した地対空ミサイルを使用しており再装填中だ。第二波の迎撃には間に合わず、空中で待機している≪MQ-12B≫と≪MQ-13A≫のドローンが頼りだ。


 ドローンのオペレーターは、統合機動部隊のフェニックス飛行隊に所属する、宇喜多翔子(うきた しょうこ)中尉だ。今回は≪文殊≫防衛のため、グリフォン中隊から貸し出した多脚指揮車から≪MQ-13A≫三機と≪MQ-12B≫二十四機をコントロールしている。


 翔子は≪MQ-13A≫一機と≪MQ-12B≫八機構成の三つの編隊(ユニット)に分けると、一つを手元に残し二つを前面に出して三段構えの形をとる。優先攻撃目標は≪避来矢≫から指示されているため、それをロックオンしてミサイルの発射と誘導をするだけだ。しかしミサイルは航空機の三倍近い速度で飛行し、中にはレーダー波を感知して回避行動を取るものすらある。さらにチャンスは一度きりで、航空機同士の戦闘とは全く勝手が異なる。


 ユニット1を≪九五式多脚指揮車≫の無遅延伝送距離ギリギリの四十キロメートルまで前進させ、ユニット2をその三十キロメートル後方、ユニット3をさらに二十キロメートル後ろに配置する。


 ≪タロス≫をコントロールする際は、無指向で送信するために無遅延伝送範囲は半径十キロメートル以内となるが、≪MQ-13A≫の場合は機体数三機と少なく指向性を持たせて送信するために距離が伸びる。これは≪九五式多脚指揮車≫と≪F-33≫共通だ。≪MQ-12B≫はオペレーターから直接指示を出すのではなく、≪MQ-13A≫から無線でコントロールしている形となる。


「ユニット1、攻撃開始」


 ≪MQ-12B≫一機当たり四発、合計三十二発の中距離空対空ミサイルを一斉に発射する。そのうち八発は≪MQ-13A≫の精密誘導で全弾命中させたが、残りはミサイルの誘導性能任せだ。このため全弾命中とは行かずに五発外れた。翔子は舌打ちしたい衝動に駆られる。


 それでも落ち着いて、後方に控える二つのユニットで、撃ち漏らしを含めた四十発を全て片付ける。


「フェニックス12より≪文殊≫。第二波全ての迎撃に成功」

「≪文殊≫了解。素晴らしい成果だ。感謝する」


 翔子は、ミサイルを撃ち終えた≪MQ-12B≫と、燃料の減った≪MQ-13A≫を基地に帰還させ、第三波以降に備えるのだった。


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