アイアンナイツ隊の来訪2
客が去った後、部屋に残る面々が緊張を解く。
直也が、ボードに掲げられたシフト表を見る。
「明日の案内の人選だが……、二人か三人だな」
シフト管理をしているあけみが続ける。
「グリフォン中隊は彩華ちゃん、亮輔くん、レックスくん。陸軍は高阪君と諏訪君が候補ね」
「女性のフェルドマン中尉もいますから、こちらも女性を付けた方が良いですね」
そう指摘するのは、陸軍の井手田美乃里少尉だ。となると、候補の中で女性は彩華のみとなる。
高阪重久中尉が腕を組んで直也を見る。
「そちらの穂高少尉と播磨レックス曹長、それにうちの隊の諏訪曹長は夜の哨戒中だから、外すべきだろう。
まず、明日と明後日が非番の俺は確定だな」
「悪いが頼む」
「別にお前の為じゃない。エトリオ軍のオペレーターの能力に興味があるだけだ」
直也の謝意に、ぶっきらぼうに返す重久。由良基地に来てからも、時折、直也への対抗心を見せている。
「彩、レールガンの慣熟は大丈夫か?」
「はい。今は研究所のプログラム更新待ちです。私が行きますよ」
彩華が了承したことで、案内のメンバーは重久、彩華の二人に決まった。しかしエイミーが懸念を見せる。
「あの女たらし、彩ねえちゃんにやたらと絡みそうじゃない?」
全員が、同感とばかりに頷く。エイミーがブロンソン中尉を“女たらし”と表現している事に、誰も疑問や否定を挟まない。
格闘能力が高い美乃里やエイミーならば、ブロンソン中尉相手でもねじ伏せられるだろう。だが彩華は訓練はしているものの得意では無い。一般人相手ならいざ知らず、陸軍の軍人相手には分が悪い。
「そう言われると、不安になるな……」
直也が心配性を拗らせて考え込むが、数秒後、良い事を思いついたと顔を上げる。
「……いっそのこと、武装するか?」
「直、それは考えすぎ――」
「ハハッ。俺は刀で良いぞ」
龍一が直也を止めようとするも、重久が乗っかる。剣術の得意な重久に刀を持たせれば、確かに心強い。
「捕虜の護送じゃないんですから、武装は止めましょうよ」
三奈から常識的なツッコミが入り、周りから笑いが上がる。
「直也君。他の人もいるんだから、心配すること無いと思うわ」
呆れ顔のあけみ。直也はしぶしぶ「そうですね……」と頷く。
「では、高阪中尉と彩の二人に頼む」
翌日、哨戒から戻ってきたレックスがその話を聞くと、彩華の身を案じて「僕も行きます」と強く主張し、結局、案内は三人となった。
朝食後、重久達三人が待ち合わせ場所に向かうと、ワイマーク大尉達オペレーター三人の姿があった。カーライル大佐は別行動だ。
「今日は我々が基地内をご案内します」
「よろしく頼む」
重久とワイマーク大尉が挨拶をする傍ら、ブロンソン中尉は笑顔で彩華に話しかける。
「おはよう、神威彩華少尉。……アヤって呼んで良いかな?」
「お断りします、中尉」
にべもなく断る彩華。“彩”という呼び方は、親しい者にしか許していない。初対面の相手に気安く呼ばせる気は全くなかった。
ブロンソン中尉に気にした様子はなく、「それは残念」と肩をすくめただけだ。逆に、二人の様子を見ているレックスの方がハラハラしていた。
「君は播磨レックス曹長だね。お姉さんと比べると、ずいぶんデカいじゃないか」
フェルドマン中尉がニッと笑う。
レックスはいつも言われる言葉に、困り顔で「よく言われます……」と返す。
双子でありながら、身長百四十センチちょっとと小柄なエイミーと、百八十三センチでいまだ成長するレックス。
グリフォン中隊では、龍一の百八十六センチに次いで背が高い。子供の頃から色々な目標としていた直也にも、身長は勝ってしまった。
本人は目立ちたくない性格にも関わらず、目と髪の色と身長の高さから、扶桑国内ではとても目立ってしまうのが嫌だった。しかも姉のエイミーからは、事ある毎に「身長二十センチ寄こせ」と言われている。レックスも「あげられる物ならあげたいよ」というのが本心だ。
「なに朝から辛気くさい顔をしているんだ。シャキッとしろ、シャキッと!」
バンバンと背中を叩かれ、痛みで顔を顰める。姉と似た強引な雰囲気に、レックスは早くも苦手意識を持ってしまうのだった。
エトリオ軍オペレーター達の興味はシミュレーターだ。出来る事なら実際に扶桑軍の≪タロス≫を動かしてみたいが、作戦に使う機体を興味本位で使うわけに行かない。それならばと、擬似的に性能を再現しているシミュレーターで、思う存分動かしてみようとなった次第だ。
前線の由良基地には、研究所や統合機動部隊本拠地の鈴谷基地のようなシミュレーションルームは存在しない。だが訓練のため基地の一室に機材を持ち込んで、仮設のシミュレーションルームを用意していた。
シミュレーターのホストコンピュータは鈴谷基地にあり、ネットワークで接続してリモートで使用する。もちろん神威中将から、エトリオ軍のオペレーター達がシミュレーターを使う許可も出ていた。
仮設シミュレーションルームに入ると、研究所から出向している職員が出迎える。シミュレーションの設定などをする係だ。
部屋は学校の教室二つ分くらいの広さで、一角にはシミュレーターの設定などをするコンソールと、様々な情報を表示するモニターが何台も並んでいる。あとは観戦や打ち合わせのために長テーブルと椅子も置いてある。
壁際にはトイレの個室のような、一人用に区切られたパーティションの中に、それぞれ椅子とヘルメットが置いてある。簡単な説明を終えると、エトリオ軍のオペレーター達はそれぞれ部屋に入っていく。
重久が、コンソール前の椅子に座ろうとするレックスを引き留める。
「彼らはしばらく出てこない。仮眠を取ってくるといい」
「他にも人がいるし、レックスは夜勤明けだから、寝てきた方が良いよ」
二人に言われ、レックスは「分かりました。終わる時には連絡してください」と残し、部屋を出て行く。
重久と彩華がコンソールに付く。
シナリオは、荒野にある訓練場を模したフィールドだ。ここで≪タロス≫や武器のお試しをする。FPSゲームのチュートリアルのようなものだ。
まずは≪タロス≫A型の直接操作モードで体験してもらう。
スピーカーから『うおっ、こいつ動きが良いぞ!』や『稼働時間が一・五倍なのだが、間違いではないのか?』などの声が聞こえてくる。
「普通ですよね?」
「……だよな」
彩華と重久は、ワイマーク大尉達の≪タロス≫のステータスを確認し、揃って首を傾げる。二人とも、エトリオ軍の≪タロス≫と扶桑軍の≪タロス≫に性能の違いがある事を知らないのだ。
続いて二人の視線が、シミュレーターの設定をした職員に向かう。職員も意味が分からず「全て実機通りの設定ですが……」と首を捻る。
重久が「実機通りの設定です」と答えると、ワイマーク大尉は何かを察したようで『……了解した』と答えが返ってくる。
エトリオ軍のオペレーター達は、まず歩兵用の拳銃やライフルを試してから、≪タロス≫B型など他の機体に変えてみたり、≪タロス≫と≪アトラス≫用の武器を試し撃ちしていく。標的は、動く物とそうでない物、反撃してくる物など様々だ。一通り試した後、感想を述べていく。
『この十二・七ミリライフル、機関銃に比べると連射性能は落ちるが、取り回しの良さは比較にならんな』
『狙撃型と二十ミリ対物ライフルの相性、最高じゃないか!』
『ガトリングの制圧力は魅力的だ。それに、近接戦型と歩兵用ライフル、カタナの組み合わせも良いね!』
どの武器も非常に評判が良い。それもそのはず、全て≪タロス≫と並行して開発を進めたもので、直也を主としたオペレーターの意見が存分に取り入れられている為だ。
「エトリオ軍では、≪タロス≫用の武器は開発していないのですか?」
重久は、エトリオ軍が≪タロス≫用の武器を開発しているのか質問する。
『残念だが、その計画は無いようだ。今は歩兵用の武器を使っているだけだな』
ワイマーク大尉の言葉に無念さが滲み出る。扶桑軍では研究所と神威中将が≪タロス≫の有用性を十分に理解し、政府や国防省に根回しをしたため、ある程度の理解は得られている。しかしエトリオ軍では、今までにロボット兵器が無いことと、外見から歩兵としてのイメージが強いために、「歩兵用武器で十分」という意見が根強く、まだ試作武器を開発する段階にはなかった。
試し撃ちで≪タロス≫と武器の性能も把握した頃には昼食の時間となり、一旦シミュレーターを終了する。レックスも呼んで全員で昼食を摂る。
食事中、ブロンソン中尉が彩華に「一緒に訓練しないか?」とか「俺と狙撃の腕を比べてみないか?」と話しかける。しかし彩華は一切の興味を示さず、「お断りします」と答える。ブロンソン中尉は「とても残念だ」と肩をすくめる。
昼食後はシミュレーションルームに戻り、今度は簡単な戦闘シナリオを始める。
シミュレーションなので、選べる機体は自由、武器も選び放題だ。ワイマーク大尉達は、作戦の検討と部隊編成をしていく。
シミュレーション終了まで、見ている側は暇になる。重久、彩華、レックス、それに職員も含め、交代で休憩を取りながら付き合った。
夕方、ワイマーク大尉達がシミュレーションを終えて個室から出ると、神威秀嗣中将、カーライル大佐、出雲大佐、そして神威直也中尉が訪れていた。三人は慌てて敬礼をする。
「シミュレーターではあるが、我が軍の≪タロス≫は体験出来たかな?」
「はっ、堪能致しました!」
ワイマーク大尉の言葉に、秀嗣は「それは良かった」と満足そうに頷く。
「閣下、質問させていただいてもよろしいでしょうか?」
フェルドマン中尉が、秀嗣に声をかける。
「ああ。構わない」
「何故、扶桑国の≪タロス≫より、我が国の≪タロス≫の性能が劣っているのでしょうか?」
ワイマーク大尉達はほぼ一日中≪タロス≫操作し続けた事で、自分達の使っている≪タロス≫の性能が扶桑国のものより劣っていることを知った。そして、扶桑国の≪タロス≫こそが本来の性能であると確信していた。となると、世界最強を自負する祖国の軍がわざわざ“低スペック版”を導入している理由が分からない。
実はシミュレーションルームに来る前、扶桑軍版≪タロス≫のスペックを聞いたカーライル大佐からも同じ質問を受けていた。このため、シミュレーター上ではあるが実機同等の性能を体験したオペレーター達からも質問があるだろうことは予測していた。
「そうだな……。立ち話も何だから、とりあえず座ろうか」
ミーティング用のテーブルセットに移動し、腰を下ろす。秀嗣は全員が席に着いたことを確認してから説明を始める。
「一番の理由は≪タロス≫に対する認識の違いだ。
実際に運用している我々は、≪タロス≫が少数で多くの敵と渡り合える画期的な兵器と知っている。
しかしエトリオ軍の上層部は価値を理解できていない。精々“破壊されても死亡補償金の要らない歩兵”くらいにしか考えていないはずだ」
エトリオ軍の四人は「その通りです」と頷く。運用している自分たちや極一握りの者は≪タロス≫の実力と可能性を理解している。しかし知らない者達からは「金食い虫」や「見かけ倒し」と呼ばれ、訓練で相手の一般部隊を圧倒して見せれば「実戦では使い物にならないはずだ」と認められず、果ては「人形遊び」と陰口を叩かれていることに、苦い思いを抱いていたのだ。少しずつ意識改革を進めているところだが、道のりはまだまだ遠い。
もちろん扶桑国においても、政府や国防省も初めは懐疑的な者がほとんどだった。開発と配備に必要な予算を確保するために研究所と秀嗣が東奔西走し方々を説得して認めさせた経緯があった。
「この認識の違いは≪タロス≫の要求性能と予算にも現れていて、我々のものよりかなり低く設定されている。だから扶桑軍の≪タロス≫より性能を抑えざるを得なかったのだ。調達コストは、我々の運用している≪タロス≫の標準型であるA型は、エトリオ軍の同等機種と比べて、おおよそ二倍だ」
「……そんなに違うのですか!?」
フェルドマン中尉が、思わず驚きを口にする。ワイマーク大尉とフェルドマン中尉の表情からも、同じように驚いている様子が窺える。カーライル大佐は、一足先に秀嗣から説明されていたため、渋い顔をしている以外に反応は無い。
「ああ。性能の違いは体感してもらった通りだ。
少し説明すると、我が軍の≪タロス≫に搭載しているバッテリーは他国では生産できない高性能な物で、部品価格の中でも特に大きな割合を占めている。
貴国の≪タロス≫は、予算に収めるため、バッテリーのランクを下げつつ性能と稼働時間のバランスを取った結果だ」
バッテリーの単位質量当たりのエネルギー量、すなわちエネルギー密度を大幅に引き上げる効果があるレアメタル、イコルニウムは、既存の製法でも配合量を増やせば一定の密度までは増加する。しかしそれを超えるエネルギー密度を得るためには、いくつか複雑な工程の追加が必要となる。今の所、その製造方法は非公開であり、扶桑国外で製造することは不可能だ。ただし扶桑国は、今回の戦争でズレヴィナ共和国に製法が漏れたことは間違いないと考えている。
ようやく両軍の≪タロス≫の違いが分かり、同席している重久、彩華、レックス、そして研究所職員は得心する。
この情報は、扶桑国とエトリオ連邦の≪タロス≫開発チームと調達担当者にしか伝わっておらず、部隊指揮官の出雲大佐、カーライル大佐すら知らなかった。今いる面々の中で知っていたのは、開発に携わった秀嗣と直也のみだ。
ちなみに、先にカーライル大佐と共に説明を聞いた出雲大佐は、カーライル大佐が一時的に席を離れた隙に、秀嗣に向かって「≪タロス≫を見せていたとき、追求された俺の気持ちが分かるか? そんな重要な事、彼らが来る前に教えろ!」と憤慨していたりする。
「我が国と貴国の≪タロス≫に違いがある理由は以上だ。
……この説明で納得してくれたかな?」
「はっ。ご説明いただきありがとうございます!」
エトリオ軍のオペレーターを代表しワイマーク大尉が答えたことで、秀嗣は話題を明日からの事に切り替える。
作戦が近いため、明日からグリフォン中隊の人員ではなく、非戦闘員の職員が付くことを伝える。さらに禁止事項、注意事項についても言及する。職員が付いていれば、ある程度自由に行動できる上にシミュレーターの利用も可能となる。また、制約は多々あるものの、直也達の訓練や戦闘ログも閲覧して良いと説明する。
これは秀嗣が、エトリオ連邦へ情報公開に踏み切った事を意味する。
翌日から、カーライル大佐達四人は、シミュレーターやログの閲覧など、情報の収集に努めるのであった。




