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扶桑国戦記 (改訂版)  作者: 長幸 翠
第四章 反攻作戦
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扶桑海の英雄

 扶桑軍の輸送ヘリが、由良市沖を航行中の空母≪しなの≫に向かっていた。周囲には統合機動部隊、フェニックス飛行隊の≪F-33≫が四機、護衛として随行している。


 輸送ヘリには、エトリオ海軍から派遣された軍人と技術者が搭乗していた。


 三十分ほどのフライトで、空母≪しなの≫、特殊艦≪するが≫(元空母≪ずいかく≫)、フリゲート≪しらつゆ≫の三艦が見えてくる。


 天候はどんよりとした曇り空だが、風は無い。危なげなく輸送ヘリが≪しなの≫に着艦した。


「≪しなの≫にようこそ」


 輸送ヘリから降りた一行を、艦隊司令官の播磨将紀少将、艦長の徳武貴史大佐が出迎え、握手を交わしていく。


 将紀は、エトリオ連邦から派遣された士官の一人、フィリップ・アリアンダ海軍少将と握手をした後、「久しぶり、フィリップ」と声をかける。


 彼は、将紀の妻レティシアの兄であり、義兄にあたる。


「久しぶり、将紀。元気そうで何よりだ。

 ……あれが“びっくり箱”かい?」


 フィリップは≪するが≫を指さすと、将紀が「その通り」と頷く。


「見た目は空母にしか見えないな」

「一応、艦載機は何機か載せられるし、擬装してあるからね。まあ、擬装は一回しか使えない手だけれど」


 ≪するが≫は、先日まで改装中であった空母≪ずいかく≫だ。空母時代の飛行甲板を残し、武装は対空装備のRAMとレーザー砲の他には見当たらない。しかしこれは欺瞞のためで、艦の大きさを活かし、内部に数多くの兵器を抱える、いわゆるアーセナル艦として生まれ変わった。


 見た目の上では、改装前と大きな違いは艦橋の形状だ。巨大なフェイズドアレイレーダーを取り付けるため、平面の装甲が追加されている。また、今回一回限りではあるが、新たに搭載した艦砲が見えないようにベニヤ板の覆いが被せられ、上にはRAMを模した飾りが乗っかっている。遠方から見れば、十分構造物っぽい擬装だ。


 今回の反攻作戦、“<瑞雲>作戦”でカギとなる艦だ。


 ≪しなの≫のCICに入った一行は、大型モニターに歩み寄る。扶桑国を中心とした艦艇の配置が映されている。


 扶桑軍は現在、統合機動部隊の水上艦隊と海軍の混成で、四つの分艦隊を扶桑海側に展開している。


 要島には二個艦隊が付く。海軍所属の駆逐艦及びフリゲート計四隻からなる分艦隊と、その南方に≪あさま≫、≪あきかぜ≫、≪ゆきかぜ≫、海軍のフリゲートの計四隻だ。


 黒崎島は、≪あおば≫、≪しまかぜ≫、≪はるかぜ≫、海軍のフリゲートの四隻の分艦隊が北側を、≪しなの≫、≪するが≫、海軍所属フリゲートの三隻からなる分艦隊が由良市沖を遊弋する。


 もちろん太平洋側の守りも疎かには出来ないため、海軍の主力が要島、黒崎島沿岸に散って張り付いている。


「改めて見ると、緒戦の大敗が響いているな……」


 フィリップは表情を曇らせる。


 最近、南方から扶桑国に向かうタンカーや貨物船が、度々ズレヴィナ海軍の潜水艦から攻撃や警告を受けて引き返す問題が発生していた。島国の扶桑国にとってシーレーン確保は生きる為の絶対条件であり、哨戒艦隊は派遣している。しかし艦艇が足りず、全くカバー出来ていなかった。


 少し離れた所では、別のエトリオ軍士官が興味深そうに話し合う。


「彼らは、レールガンを警戒しているようですね」

「先の戦いの結果を知っていれば、当然だろうな」


 対艦ミサイル並みの射程を持ち、しかも迎撃不可能と来れば、撃たせない事が何よりの対策である。ズレヴィナの艦船と航空機は、レールガンの射程外から扶桑国の艦隊に緩やかにプレッシャーをかけ続けている。特に、扶桑海にいる統合機動部隊の艦隊に対する警戒はかなりのもので、分艦隊一つ当たりに六~十隻が張り付いている。敵艦隊を放置すれば要島や黒崎島への接近を許すことになるので、無視も出来ない。結果、扶桑海のあちこちで艦隊のにらみ合いが続いていた。


「ズレヴィナ軍は、いつ動くか分かっているのですか?」

「五日から一週間後というのが、上の予測です」


 エトリオ連邦から来た士官達にも、大まかな作戦は伝えられている。しかし世界最強のエトリオ軍にとって、扶桑国の「弱みを見せて、わざと攻め込ませる」戦い方は理解が難しいらしく、成功する可能性は半信半疑といった様子だ。


 その後会議室で打ち合わせをし、数名が≪するが≫に移乗することになった。フィリップは、旗艦≪しなの≫に残る事を選んだ。


 将紀の勤務が終わり、エトリオ軍士官との食事会を終えた後、将紀とフィリップは司令官室で話をしていた。


 プライベート時間のため、二人とも上着を脱ぎ、ネクタイを緩めて寛いでいる。


 ワイシャツ姿の将紀を見ながら、フィリップは首を傾げる。


「少し痩せたんじゃないか?」


 フィリップは、将紀が戦争の影響で痩せたのだろうかと、気遣う様子を見せる。それに気付いた将紀は、笑いながら肩を竦める。


「ああ。ちょっと運動するようになってね」


 将紀が、以前エイミーとレックスが艦を見学した際、運動するように言われた事を説明すると、フィリップは爆笑しながら膝を叩く。


「あの『扶桑海の英雄』も、子供達には敵わないか……!」

「何だい? その『扶桑海の英雄』って?」

「君の事だよ! うちの海軍じゃ、君の話題で持ちきりだ!」

「えっ?」


 将紀はポカーンと口を開いたまま硬直する。意味を理解するまでに数秒を要した。


 エトリオ海軍のみならず、西側海軍の間では、第二次扶桑海海戦で数に勝るズレヴィナ軍艦隊を相手にパーフェクトゲームを達成した播磨将紀少将は、羨望の的になっていた。


 革新的な新兵器を積極的に導入する先見の明。それを完璧に運用し、膨大な対艦ミサイルを全て撥ね除け、必殺の攻撃で敵艦隊を薙ぎ払った。そのうえ海中を突き進んでくる潜水艦隊を予見して網を張り、その全てを拿捕せしめた。


 客観的に見れば、これ以上ないほどの大戦果だ。


「いやいやいやいや。あの戦果はレールガンとレーザー砲のお陰だし、戦い方も幕僚達が考えたものだから……」


 ガバリと上体を起こした将紀は、慌てて釈明する。その様子を、フィリップは楽しげに見つめている。


「それでも、君が有能な人材を揃えて、それを指揮した事に変わりない。今回のスタッフの派遣だって、海軍では『英雄に会える』と希望者が殺到して騒ぎになったんだよ」

「だから、あんなに握手したがっていたのか……」


 彼らが乗艦してきたときの様子を思い出す。フィリップだけではなく、乗り込んできた全員が将紀に握手を求めてきたのだ。握手の際に、何人ものエトリオ軍人から羨望の眼差しを向けられ、「まるで有名人になったみたいだけど、なんで?」と思っていたのだが、いつの間にか本当に有名人になっていた。


 ただ与えられた新兵器を使って戦っただけなのに、いつの間にか“英雄”などという大それた扱いになっている事に、将紀は大いに狼狽え頭を抱える。


 エトリオ軍では、将紀が前の太平洋艦隊司令官、ランディ・アリアンダ元海軍大将(退役済み)の娘と結婚している事から、その義兄で面識のあるフィリップを海軍代表に据えた。


 表向きは、知り合いの方が将紀の気が楽であろうという配慮。本心は、縁者という立場を使い、上手く秘密情報を引き出させたいという思惑がある。


 これは、新兵器の情報交換の窓口である外務省と、情報をコントロールしている神威秀嗣中将および研究所の口が堅く、思うように情報を引き出せない事に起因する。


 ひとしきり義弟をからかって満足したフィリップが話題を変える。


「今回の作戦、エイミーとレックスも出撃すると聞いているが……、危険すぎないか?」


 フィリップは、次の作戦で≪タロス≫が最前線で戦うことを聞いていた。直接武器を手にして戦うわけでは無いにせよ、まだ新兵同然の甥っ子と姪っ子が、激戦必至の戦場に出る事を危惧する。


「もちろん心配はあるよ。でも、あの部隊の子達は本当に強いからね。しっかりと役目を果たしてくれると信じているよ」

「……だが、≪タロス≫は歩兵代わりだろう? 敵が押し寄せてきたら、あっという間に突破されそうじゃないか」


 エトリオ軍では、人型で歩兵と同じ武器を装備出来る≪タロス≫は、“無人の歩兵”との認識がほとんどを占め、扶桑軍が立てた作戦を危惧する声が強い。だから由良基地に向かったスタッフが少ない上、「危険が迫った時にはすぐに脱出するように」と通達が出ている事もフィリップは知っていた。


「次の作戦では、ロボット兵器は≪タロス≫の他に、無人化した装甲車両もあると聞いている。簡単に抜かれることは無いよ。

 それに、私も見ているだけじゃ無く≪するが≫の全火力で援護する事も出来るんだ。何とかしてみるさ」


 そう言い放つ。将紀自身、≪タロス≫が歩兵の範疇に収まらないことは知っているが、自分が畑違いの陸戦のことを説明しても考えは変わらないだろうと思い、援護できることを強調する。フィリップは「なら俺から言うことはないよ」と答えるしかない。


「では、私はそろそろ引き上げるとしよう」


 話の区切りが付いたところで、フィリップは将紀の部屋を後にするのだった。



 翌日、朝の六時に目覚めた将紀は、トレーニングウェアに着替えて飛行甲板へと上がる。既に多くの乗員が集まっており、先々で「おはようございます」と挨拶を受ける。


 ≪しなの≫艦長の徳武大佐が、将紀を見つけ笑顔でやってくる。


「司令、おはようございます。今日も真面目に参加していますね」

「おはよう。理由も無く休んだら、どこかに潜むスパイが、子供達にどんな報告をするか分からないからな」

「何と。スパイがいるとは穏やかではありませんね」


 将紀の皮肉をよそに、とてもイイ笑顔で受け流す徳武大佐。エイミーとレックスに「父が運動をサボらないように見て欲しい」と頼まれてから、ずっとこの調子である。


 将紀はそれ以上ツッコまず、睨み付けるだけにする。


 トレーニングウェア姿の参謀達も顔を見せる。彼らの一部もあまり運動しないため、健康増進を建前に将紀が参加を強く推奨したのだ。実際は「自分だけ運動させられるのは癪だから、部下も巻き込んだ」のである。“死なば諸共”とも言う。


「司令、おはようございます」

「ああ、おはよう」


 最初は渋々参加していた参謀達も、今では普通に参加するようになった。空気を読んだのか、やる気に火が付いたのかは分からないが。将紀のように、腹回りが少しスッキリした者もいる。


 列の先頭にいた若い水兵達が、飛行甲板を走り始める。将紀や参謀達といった走るのが遅い面々は、列の最後尾に付いている。前に居ると邪魔になるからだ。


 将紀達後方グループも走り始める。一周五百メートルもの広大な飛行甲板だ。始めの頃は二周するだけで死屍累々の有様だったが、ほぼ毎日のトレーニングによって四周走っても大丈夫になった。大きな進歩である。


 走った後は艦内のジムに向かい、トレーニングマシンで上半身を中心に体を動かす。その後シャワーで汗を流して、朝食に向かうのが始業前の日課となっていた。


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