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扶桑国戦記 (改訂版)  作者: 長幸 翠
第四章 反攻作戦
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招かれざる者

 扶桑軍の反攻作戦名、<瑞雲>作戦の司令部がある由良基地。作戦まであと一週間足らずという時期に、神威秀嗣中将は予期せぬ来訪者達と応接室で対面していた。


 来訪者は二人で、一人は痩身で五十歳台後半、もう一人は対照的に肥満体で六十歳ほど。どちらも軍の制服を纏った男性で、制服の左胸には経歴を示すバッジが所狭しと並び、肩には扶桑軍の最高位――大将――を表す四つ星が輝く。


 扶桑軍において大将は、陸軍、海軍、航空宇宙軍(略称、空宙軍)それぞれの長である参謀総長。そして全軍の作戦指揮権限を持つ統合参謀本部議長の、ただ四名しか存在しない。


 要するに秀嗣は、間もなくズレヴィナ軍の侵攻が始まるクソ忙しい時期に扶桑軍のトップ二名が揃って前線視察に訪れたせいで、対応していた。


「忙しい時にすまんな」


 統合参謀本部議長の岩穂和博いわほかずひろ空宙軍大将――痩身の方――が苦笑いを浮かべる。


 秀嗣は真顔のまま、「……いえ」と固い声で言葉を濁す。緊張していたのではなく、もう一人の訪問者が原因だ。


「いくら急とは言え、大した歓迎も出来んとは……。礼儀がなっとらんでしょ」


 太鼓腹を揺らしながら言い放ったのは、陸軍参謀総長の朝加部護あさかべまもる陸軍大将。扶桑軍の最大派閥である、朝加部派のボスだ。


 序列を重んじ、目上に従順で目下に傲慢。「上官へのゴマすりと部下への恫喝で成り上がった無能」とは秀嗣の評価だが、彼を嫌う者達の評価も似たり寄ったりだ。そんな人間が扶桑軍の最大派閥を率いている事も、この国にとっての不幸である。



 秀嗣と朝加部大将の因縁は深い。


 かつて、演習では上官または先任が勝利するという謎の慣例があった。影で「接待演習」と揶揄される、国防費を使った無駄な戦争ゴッコであった。


 秀嗣が少佐時代、朝加部少将(当時)の師団に所属していた。ある演習で防御側の守る丘を、攻撃側が制圧して一定時間確保するシナリオだった。その際、秀嗣が防御側を指揮し、朝加部少将子飼いの中佐が攻撃側を指揮した。慣例に則れば攻撃側が勝利するべき所、秀嗣はガン無視し、攻撃側を完膚なきまでに叩き潰したのだ。


 丘の頂上には草木が無く、塹壕と掩蔽した機関銃で守りについているというドローンの偵察情報が入る。直後ドローンは撃ち落とされて状況を確認できなくなったものの、配置は割れたので攻撃側は迫撃砲で丘の陣地のある付近を徹底的に砲撃した(演習のため、実際の砲撃ではなくコンピュータによるシミュレーション。だから砲弾が命中しても地形は変わらない)。しかる後、歩兵を前進させて丘を登ったのだが……、頂上には幾つかの機関銃があるだけで、敵兵が一人もいなかった。倒したのではなく逃げていたのだ。


 なぜなら秀嗣は、ドローンを撃ち落とした後、部隊を即座に攻撃側と反対方向、丘の中腹にある林まで降ろし身を潜めていたのだ。攻撃側は、誰もいない丘の上を必死に砲撃していたことになる。


 攻撃側は丘を制圧した後に保持する必要があるため、防御側へと転じる。しかし保持するにしても塹壕の深さは中途半端で、身を隠すには大して役に立たなかった。要するに、丸裸の丘の上で、攻撃側は立ち往生することになった。


 秀嗣達の攻撃が始まった。迫撃砲によって頂上にいた攻撃側の部隊が(シミュレーション上で)ことごとく薙ぎ払われた。慌てて丘から駆け下りた生き残りの兵達が、側面に回り込んでいた秀嗣の部隊に襲撃され、反撃の暇もなく壊滅した。


 丘の下にいた支援砲撃部隊に、軽装で少数の、別の部隊が襲いかかった。ここでも不意を突かれた攻撃側は、混乱のまま全滅した。


 程なく指揮官役の中佐も死亡宣告と相成り、攻撃側の敗北で幕を下ろしたのだった。



 慣例を無視された上に、かわいがっていた部下が恥をかかされ朝加部少将は激怒し、秀嗣を叱責した。しかし秀嗣は涼しい顔で、「ご教示感謝致します! もし戦争になり敵指揮官の階級が自分より上の場合、敵に勝利を譲ります!」と返答し絶句させた。


 普通ならばその後嫌がらせを受け、軍を辞めていたかもしれない。だが秀嗣は諦めなかった。演習結果を国内各地にいる同期や後輩、過去の上官達に配布したのだ。


 悪しき慣習に嫌々従っていた者達は、この痛快な出来事に喝采を送り、陸軍内の知り合いへと情報を拡散していった。その勢いは人事をも動かし、三日後、秀嗣や演習に参加していた部下達の元に、他の師団へ異動通知が出た。そして晴れて朝加部少将の元から逃げ出すことに成功したのだった。


 朝加部大将と秀嗣の因縁はそのまま、それぞれの派閥にも受け継がれている。


 そんな経緯もあって、朝加部大将は今でも裏から手を回して嫌がらせをしたり、顔を合わせるとネチネチ文句をこぼすのだ。


「重要な作戦の前です。大目に見るべきではないでしょうか」


 岩穂大将が軽く窘めると、朝加部大将は不満を表しながらも渋々引き下がる。朝加部大将の方が年齢は上で、軍学校も先輩にあたる。しかし組織上は同じ階級ながら、統合参謀本部議長の方が格上だ。だから引き下がった。


 逆に言えば、今の扶桑軍で朝加部大将を従わせることが出来るのは、軍で最上位の岩穂大将しか存在しない。


 今回、岩穂大将が朝加部大将に同行して由良基地を訪問した理由。それはひとえに、朝加部大将のストッパー役としてであった。


 作戦間際で大忙しな前線の迷惑を顧みず、視察すると言って聞かない朝加部大将。この“わがまま大将”を、水と油の関係である秀嗣に会わせたら、トラブルを引き起こす事は火を見るより明らかだ。最悪の場合、扶桑国の命運をかけた作戦が失敗する可能性もあり得た。


 岩穂大将は、トラブルメーカーの朝加部大将を目の届かない場所に送り出し、首都の御浦市でハラハラした日々を送るよりも、同行してコントロールする方が万倍マシと考えた。そして朝加部大将と神威中将が顔を合わせた瞬間に、その判断は間違っていなかったと確信していた。


 朝加部大将が煙草に火を付ける。


「我が陸軍のロボット部隊を見せてくれ」

「……南方最前線の、波田市近郊で哨戒中のため、基地にはおりません」

「では、今すぐ呼び出せ」


 陸軍初のロボット部隊になる、高阪重久中尉達を呼び出すよう指示を出す。


 秀嗣の眉がピクリと動き、僅かに目が細まる。岩穂大将には、秀嗣が心の内で罵詈雑言を並べているのが、手に取るように分かった。


 最前線まで直線距離で五十キロほど。呼び出せないことはないが、「ただ見たい」という些事で呼び出してオペレーターに負担をかけるわけにはいかない。緊迫した状況での無神経な発言には、呆れるほか無い。


「……それは困ります」

「なぜだ?」

「敵は、今すぐにでも侵攻してくる可能性があります。その時、精鋭である彼らが前線にいなければ、我々は敗北します」


 実はグリフォン中隊もいるため、高阪中尉の隊が抜けても簡単に戦線を突破されることはない。しかしこうでも言わないと、陸軍所属の高阪中尉達を(このクソ親父に見せるだけという)意味も無く呼び出さなければならない。


(こんな馬鹿の相手をさせるくらいなら、少しでも休ませるべきだ)


 不機嫌そうに紫煙を吐き出す上官を見ながら、前線で任務に当たっている部下達のことを考える。


「ほう。私の精兵がいなければ負けるか。

 ……だがな、儂は呼べと言ったのだ。この言葉を翻すには、相応の礼儀が必要ではないのか?」


 朝加部大将は口の端を吊り上げ、ニタニタと意地悪く秀嗣を見る。


 立場を盾に取ったやり過ぎな態度に、岩穂大将が慌てて制止しようとする。しかしその前に、秀嗣は立ち上がり気をつけの姿勢を取った後、上体を四十五度前に傾けて最敬礼をとった。


「どうか、彼らを呼び出す事を、考え直していただきたい」


 頭を下げる秀嗣を、嘲りを込めた視線で見る朝加部大将。煙草を咥え深く吸い込むと、煙を秀嗣に向けて吐き出す。秀嗣が嫌煙家であることを知っていての嫌がらせだ。別の意味では無い。


「朝加部さん……!」


 岩穂大将からの非難の声を上げる。すると朝加部大将は、秀嗣に向かってぞんざいに手を振りながら「わかったわかった。呼び出しは無しだ」と投げやりに答えると、灰皿に煙草を押しつけて火を消す。


 秀嗣は「ありがとうございます」と言って体を起こす。その表情は平静そのものであった。だが、派閥は違えど秀嗣との付き合いがある岩穂大将は、その平静さの裏で、数人の敵対者を(社会的に)葬ってきたことを知っていた。


「基地を見学されますか?」

「いや、いい。儂も忙しいのでな。午後の観戦武官受け入れまでは休ませてもらう」


 朝加部大将は秀嗣の申し出を断ると、ソファからのそりと立ち上がる。


 岩穂大将は朝加部大将に、「自分は、神威中将と少し話してから向かいます」と断りを入れる。


 朝加部大将が応接室を出て行くと、部屋の空気が一気に和らぐ。岩穂大将と秀嗣は、揃って深く息をつく。


「今回は、本当に迷惑をかけた。あの人を止められなかった私の責任だ」


 深々と頭を下げる岩穂大将に、秀嗣が「気にしないでください」と返す。


「そんな事より、高阪中尉達はうちで預かりたいのですがね……」

「それも本当にスマン。お前の所だけ優遇しすぎていると、方々から……というより朝加部さんのところからクレームが来ているんだ」

「事実ですから、断りにくいですね。ですが、兵器だけを渡した海軍と空宙軍はともかく、陸軍は人員も渡しますし、トップがアレですから、使い潰されないか本当に心配なんですよ」

「気持ちは分かる。退官した先輩達に文句を言ってやりたいよ……」


 朝加部大将を“アレ”呼ばわりして会話が成立する辺り、二人の本心が良く分かる。


 海軍は、既存の艦五隻がレールガンとレーザー砲を搭載する改装を終え、任務に就いている。


 空軍は、高射部隊にレーザー砲搭載車両、飛行隊には≪MQ-12B≫の他、ごく少数ながら≪MQ-13A≫の配備が始まっている。≪MQ-13A≫は、普通のオペレーターでは一機のコントロールが限界だ。しかしミサイル誘導機としての価値は非常に大きく、一機あるだけでも戦況を有利に進めうる可能性がある。


 パイロット経験者ならば、比較的短期間の訓練でコントロール出来るようになる事も大きい。かく言う岩穂大将も元パイロットのために強い関心を示し、ナノマシンを投与と≪MQ-13A≫のコントロールを経験済みだった。


「体への負担無く、思い通りに飛べるのが素晴らしいな」


 と評判は上々だった


 陸軍も対空車両としてレーザー砲搭載車両の配備が進められている。他に≪アトラス≫を配備する計画もあった。しかし兵士一人一人の体格に合わせてカスタマイズを要する煩雑さとメンテナンス性の悪さ、何より生産が追いついつかない問題があった。「ならば必要数の揃っている≪タロス≫を寄こせ」と、朝加部大将の一言によって流れが変わった。


 ≪タロス≫だけ配備しても、オペレーターの資質を持つ者が非常に限られる上、育成は半年から一年程度必要となり、すぐに使えない。それならばと、訓練中の高阪重久中尉達に白羽の矢が立った。(オペレーターを六人では無く十人にしろという要請もあったが、今後機会を見て増員するとして、秀嗣は断った)


「第二、第六、第九師団が候補に挙がっていたが――」

「第六師団はダメです。絶対に潰される」


 顔を顰めながら首を横に振る秀嗣。第六師団長の戒谷中将は朝加部派の一人で、陸軍内の評判が悪い。過去にいた部隊で退職者を何人も出し、パワーハラスメントで度々問題を起こしていたが、全て証拠不十分でお咎め無しとなっていた。朝加部大将がもみ消していると噂されているのも、さもありなんと言ったところだ。


「そういうと思って、第九師団に配属するよう指示してある」

「ありがとうございます」


 岩穂大将の言葉に、秀嗣は安堵の表情を見せる。


 第九師団の師団長は、三大派閥のうち二番目の勢力を持つ楠美野くすみの派の中将だ。防衛を得意とし手堅い部隊運用をする。防衛線の太平洋側、鷹岡市周辺を都市要塞化した張本人でもある。


「あと、エトリオ連邦から来たスタッフの件だが……」

「正直、この時期は勘弁して欲しかったです」

「気持ちは分かるが、あちらさんは我慢できなくなったそうだ……。

 もっと早く受け入れていれば良かっただろう?」

「…………」


 新兵器が戦場に出るようになって以降、エトリオ連邦から士官や技術者を派遣したいと打診が度々あった。扶桑国と共同で開発した≪タロス≫、≪アトラス≫、≪MQ-13A≫、レールガン、レーザー砲と言った新兵器の、実際の運用と効果を確認することが目的だ。しかし共同開発以外の、例えば研究所が開発した改良プログラムや機体の改造、それに≪玉座≫などを見せたくなかったため、断り続けていたのだ。


 痺れを切らしたエトリオ連邦は、強硬手段に出た。軍人や技術者二十人からなるスタッフを出発させた後、扶桑国に通知してきたのだ。要約すると「人を送ったから色々見せてね。そのまま送り返してきたら承知しないよ」だ。「承知しないよ」の意味は、食料や日用品、武器弾薬の支援を削減、または打ち切る可能性を示唆している。


 今日まで扶桑国が戦い続けている理由は、エトリオ連邦を始めとする友好国から支援があったからこそである。その中でも最大の支援国はエトリオ連邦だ。もし支援が打ち切られれば、反撃はもとより国民生活も立ち行かなくなってしまう。だから扶桑国は、この依頼を受ける他はなかった。


 二日前に連絡を受けた秀嗣は、「マジっすかー……」と天を仰いでしまった。


 大規模作戦前で立て込んでいる時期に、エトリオ連邦からのスタッフ受け入れ準備と、見せて良い物、ダメな物の選別もしなければならない。迷惑以外の何ものでもなかった。


 エトリオ連邦は、忙しい時期にぶつけることで、“極秘情報のポロリ、またはご開帳”を狙っているに違いなかった。


「だが、お前の言う“商材”を見せる良い機会だろう?」

「そうなんですが……。手の内を全部見せてしまうと“ネタ”が無くなるから、小出しにしているんですよ……」


 隠していたことがバレてしまうと、頭を抱える秀嗣。何せ新兵器の共同開発は、技術の大部分が扶桑国から提供したもので、エトリオ連邦は資金と生産能力を出しているだけだ。しかも≪タロス≫、≪アトラス≫、≪MQ-13A≫に関しては、エトリオ連邦製の完成品を輸入しているのではなく、わざわざ部品や半完成品の状態で輸入しているため、扶桑国側で何か改造していることがバレバレなのだ。


 実際、扶桑国側ではエトリオ連邦より高性能な部品や最新プログラムを使っている。要するにエトリオ連邦で生産・運用している物より高性能になる。物や機能によって、ごく僅かな違いから、分かる人が見れば間違いなく気付く内容まで大小様々ではあるが。


 今までは、最初から改良していたことを隠し、「こんな改良して、こんな効果がありました」としれっとした顔で情報を渡し、見返りを得られていた。しかし今後は、その手が使えなくなってしまう。


 秀嗣が説明すると、「あの国相手に、よくやるよ……」と岩穂大将は呆れ顔を見せる。だがエトリオ連邦の支援が命綱と分かっているため、秀嗣が少しでも良い条件を得ようと小細工する気持ちは理解できた。


「まあ、あとは政府と外務省の仕事だろう。お前は良くやったさ」


 と労いの声をかける。


「ありがとうございます。今後は真っ当な商売を心がけます」


 観念した秀嗣は、そう言って頭をさげるのだった。


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