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扶桑国戦記 (改訂版)  作者: 長幸 翠
第四章 反攻作戦
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巨人の鉄槌

長らく放置状態でしたが、週一回のペースで投降を再開します。

 笛崎市。扶桑国の南西端に位置する大都市で、人口は三百万人を超えていた。古くから交易で栄え、東洋と西洋の文化の交わる異国情緒あふれる街並みで知られる。


 だが現在、ズレヴィナ共和国の支配下にあり、人口は三分の二まで減少していた。他の占領地域と同様、深夜から早朝までは外出が禁止され、都市の至る所をズレヴィナ軍の軍人と車両が巡回している。


 市内の賑わいは昔日のものとなり、人々は息を潜めるように暮らしていた。鬱屈する人々の心を表すように、梅雨時の空には厚い雲が垂れ込め、雨粒が都市を濡らしている。



 この都市にあるズレヴィナ軍の扶桑国侵攻軍総司令部では、間近に控えた大作戦の最終確認が行われていた。


 総司令官のヴルモダード・ワルデネフ上級大将を筆頭に、幕僚達と数十名の将官がオンライン、オフライン問わず集まっている。その中には、陸上部隊司令官のパーヴェル・ニカロノフ大将、サイバー軍の少将、そして新たに南海艦隊司令官となったムラドベク・カラエティキン海軍中将の姿もある。


 大型スクリーンの横に立つハッサン・ブルガーニン中佐が、レーザーポインターを手に作戦概要を説明する。


「このように、<巨人の鉄槌>作戦は三つの段階で構成されています」


 スクリーンにはこうある。


 ・第一段階:≪避来矢≫ネットワークの破壊工作。扶桑軍の人工衛星の破壊

 ・第二段階:対地ミサイルによる対空レーダー施設≪文殊≫及び陸上部隊への攻撃

 ・第三段階:陸上部隊による大攻勢


「第一段階では、今まで我が軍のミサイルや航空機を阻んできた防空システム≪避来矢≫を、サイバー攻撃で一時的に無力化します。これと同時に、昨年から配備を始めた対衛星ミサイルと超高高度戦闘機により、扶桑軍の衛星を破壊します」

「ようやく、あの忌ま忌ましい防空システムを潰せるのか」


 感慨深く、一人の将官が言葉を漏らす。


 扶桑国の空を守る≪避来矢≫防空システムによって、ズレヴィナ軍は幾度となく煮え湯を飲まされていた。このシステムが機能していたからこそ、今まで扶桑国を制圧出来なかったと言っても過言では無い。


 この防空システムは、国内三箇所にある高性能対空レーダー施設を頂点として、国内各地にある対空レーダー施設(ネットワークに接続可能な車載、艦載、航空機搭載レーダーを含む)や衛星の索敵情報を統合、分析しており、極めて強力な探知性能と精度を持つ。また、各地に配備されている対空兵器をもコントロール可能だ。


「本当にサイバー攻撃は可能なのか?」


 将官の質問に、サイバー軍の少将が説明をする。


「はい。既に我が軍が接収した扶桑軍のレーダー施設から、ネットワークへの侵入に成功しています。サイバー軍は、ネットワーク上の複数のコンピュータに妨害プログラムを仕込み、準備は完了しています」

「その妨害プログラムとは?」

「ネットワーク上に大量の欺瞞データを流し込むプログラムです。実行すると、膨大なデータを送って防空システムのコンピュータに負荷をかけ、正常に迎撃出来ないようにします」

「ふむ……。強力な防空システムも、中からの攻撃には脆いという事か」

「はい。レーダー施設を占領される事は想定していなかったようで、セキュリティは杜撰でした。一応、慌てて対策した形跡はありましたが穴だらけで……、簡単に言えば“入り放題”です」


 場内のあちこちから、失笑の声が上がる。


 扶桑国の防空システムは、開戦以来ズレヴィナ軍の航空攻撃を阻み続けていた最大の障害だ。それを突破する目処が立ち、雰囲気が幾分和らいだ。


 ブルガーニン中佐が説明を再開する。


「次に、衛星への攻撃ですが……。ミサイルの命中精度はそれほど高くないため、成否の予測は不明です。しかし敵は、この攻撃を予知していないでしょう。少しでも破壊できれば敵の混乱をより大きくでき、反撃能力を削ぐ効果が期待できます」


 ズレヴィナ軍が開発した対衛星ミサイル≪イズムルート≫は、高度二万八千メートルまで上昇可能な専用の戦闘機≪Ab-47≫から発射するものだ。しかし宇宙を周回する軍事衛星の高度は、低くても約三百キロメートル。速度もミサイルのそれを遙かに上回る。従ってどれ程命中するかは不透明だ。


「第二段階では、敵の防空システムが機能不全に陥っている間に、ミサイルの飽和攻撃を仕掛けて≪文殊≫と陸上部隊を攻撃します」


 スクリーンを切り替え、扶桑国周辺の地図を表示する。対地ミサイルの発射予定地点は、黒崎島のズレヴィナ共和国占領地域を始め、ズレヴィナ共和国やユルカシュ人民共和国の扶桑海沿岸など、広範囲に及ぶ。対地ミサイルは新たに生産した物だけでは足りず、この作戦のために国内各地からかき集めていた。


「最後に第三段階です。防空システムが壊滅し、対地ミサイルによって打撃を受けた敵陸上部隊に、陸と空から畳み掛けます。地上は一個砲兵旅団と各旅団の砲兵大隊による支援砲撃の元、三個ロボット旅団の合計八百機と、七個自動車化狙撃旅団を押し出して蹂躙し、ドローン、ヘリコプター、攻撃機で空から攻撃を行います」


 将官達が息を飲む。一つの戦場に送り込む兵力としてはかなり多いためだ。


「陽動作戦として、太平洋側の鷹岡市要塞近郊に展開した四個自動車化狙撃旅団とユルカシュの三個歩兵師団で、要塞への攻撃を行います。

 また、最大の脅威であるレールガン搭載艦艇は、南海艦隊と北海艦隊の牽制によって、主戦場まで半日以上の距離にいます

 現在、由良市沖に残っている敵艦隊は、空母二隻と通常のフリゲート一隻のみである事を確認しています」


 レールガン搭載艦は、統合機動部隊の六隻の他に、太平洋側にも五隻が確認されている。それらは全て、主戦場となる由良市から遠く離れており、たとえ陽動を無視して戻っても戦闘には間に合わない見込みだ。従って、陸上部隊はレールガンの脅威に怯える必要は無い。


 一人の旅団長が挙手をする。


「敵の人型ロボット兵器の調査はどうなっている?」


 扶桑軍の人型ロボット兵器は、四月に存在が確認されて以来、波田市周辺でズレヴィナ軍のロボット兵器と何度も小競り合いレベルの戦闘を繰り広げていた。ほとんどは、相手の性能を把握するためにズレヴィナ軍が仕掛けたものだ。


 スクリーンに調査結果を表示し、ブルガーニン中佐は自信に満ちた表情を見せる。


「今までの戦闘結果から、このような特徴が確認されています。結果から述べますと、我々もロボット兵器で対応すれば、恐れる相手ではないと考えます」


 調査結果は、ズレヴィナ軍のロボット兵器群と比較する形でまとめられていた。


 確認されているのは三種類。見た目と武装から標準的なタイプと推測される一般型、それよりゴツい見た目と強力な武器を持つ重武装型、一般型より身軽な外見で刀を持つ近接型だ。扶桑軍の分類では順に、通常型と呼ばれるA型、重装型と呼ばれるB型、そして刀を装備する(正式採用ではない)白兵型となる。


 扶桑軍のロボット兵器は、ズレヴィナ軍のものより相手の動きに対する反応が早いうえに連携の精度が高い。


 反面、ドローンからの索敵情報に頼っているようで、センサーやレーダーの性能は偵察用ロボット兵器≪BM-3≫に劣っていると考えられる。これは、空からの視界が通らない山林の戦闘は、ほぼ毎回ズレヴィナ軍が先制攻撃していた事からの推測だ。


 武装は歩兵用火器全般を装備可能と考えられる。さらに通常は車や三脚に設置するような十二・七ミリ機関銃や四十ミリグレネードランチャーを、手持ちで使用する姿も確認されている。この他、口径二十ミリの狙撃ライフルや多銃身機関銃もあるとされる。歩兵より圧倒的に強力ではあるが、主力の≪BM-17≫と同等であり、≪BM-102≫の三十ミリ機関砲には劣る。


 装甲は、撃破した実績が無いため不明だ。しかし交戦記録から、部位によっては七・六二ミリ弾でも損傷を与えた実績があった。


 これらの情報から、見通しの良い地形かつ≪BM-17≫や≪BM-102≫が同数以上あれば、十分対抗可能と結論付けていた。


 唯一、コントロールの方法は判明していないが、それほど注視していない。ズレヴィナ軍と同様に、複数人のオペレーターが数キロから数百キロ後方の車両または施設からコントロールしているものと考えていた。


「確かにロボット兵器ならば問題無いのであろう……。しかし生身の人間では全く歯が立たないではないか」


 別の旅団長――アバネシアン少将――が懸念を表す。彼はアレクセーエフ派の一人であった。総司令官の交代以降、同派閥の旅団長や部隊の多くがリャビンスキー派と入れ替えられる中、残った数少ない旅団の一つだった。


「我々のロボット兵器は八百機。それに対し、敵は多くて百数十機です。

 こちらの想定より少し上回っていたとしても、数の差で十分に圧倒できるでしょう」


 笑みを浮かべ、絶対的な自信を見せるブルガーニン中佐。周囲の将官達も、この作戦が失敗するなど考えていないようで、「心配しすぎではないか?」と言いたげな様子だ。


 居心地の悪さに、アバネシアン少将が押し黙る。


(どうせ私の旅団は後方待機。判断を間違えて困るのは奴らだ)


 ロボット部隊の後には、リャビンスキー派の旅団が続くことになっている。早い話が、彼らが勝つと考えている戦闘で軍功を上げるためだ。


 主戦場に至るルートは三つある。一つ目は海岸沿いの国道八号線。二つ目は内陸の国道三〇三号線。三つ目は、この二つの国道の間を南北に走る高速道路を通るルートだ。


 高速道路は扶桑軍が撤退する際に破壊していた。だが破壊が中途半端だったため復旧していたの。


 なお、他に山中を通るルートもあるが、細い未舗装の山道で、装甲車両の通行は不可能なため考慮に入れていない。


 陸上部隊の司令部は、主戦場から約七十キロメートル南東、国道三〇三号線沿いにある小都市、楢柄市だ。旅団にして一個半の兵力が守備する事になっており、扶桑軍がそれなりの戦力で奇襲を仕掛けてきたとしても十分に対応可能だ。


 アバネシアン少将の旅団は、司令部から西側、国道八号線沿いの集落を拠点に待機することになっている。


「さらに主戦場東側の山岳地帯を、百機のロボット部隊と一個中隊の装甲歩兵を迂回させ、敵側面を突きます」


 今までズレヴィナ軍のロボット兵器は、バッテリーの技術的な問題から、種類によって電気駆動とエンジン駆動の二種類があった。


 偵察用の≪BM-3≫は小型軽量のため、既存技術のバッテリーを搭載し、電気駆動で六脚を持つ。


 主力の≪BM-17≫と≪BM-102≫は、その重量から既存のバッテリーでは十分な稼働時間を得られず、エンジンを搭載し装軌式であった。


 しかし扶桑国侵攻により、イコルニウム鉱石とそれを使った大容量バッテリーの製造技術を得たことで、電気駆動の大型ロボットも実用化可能となった。


 その第一段として、六脚の≪BM-35≫を今作戦から投入する。


 このロボットは全長約一・八メートル。≪BM-3≫を大きくして装甲を強化したものと言える。砲塔には、二十三ミリ機関砲または十二・七ミリ機関銃を選択でき、固定武装として七・六二ミリ機銃と発煙弾を備える。装軌式ロボットでは立ち入ることのできない地形を踏破可能だ。


 パワードスーツ≪ジウーク≫についても、イコルニウムを用いたバッテリーによって稼働時間の延長が図られている。


 アバネシアン少将は、他の将兵達が誰を先頭にするか話し合っている姿を尻目に、思案にふける。


(兵力の劣る敵が、わざわざ開けた土地に縦深陣地を構築して、我々を待ち受けている。策がある事は間違いないが……)


 寡兵の扶桑軍の勝ち筋は、縦深陣地でこちらの攻撃を何とか凌ぎつつ、少数精鋭による司令部への奇襲しかない。だがこちらは、それを見越して戦闘経験豊富な大部隊を置いて待ち構えるのだ。まず突破は不可能だろう。


 敵司令官は、こちらが奇襲を警戒し司令部に大部隊を置く事を予測しないはずはない。況してや敵司令官は、アレクセーエフ元帥が「一番警戒が必要」と言っていた神威中将になるだろう。


 普通に考えれば、扶桑軍の勝ち目は非常に薄い。それでも自身の勘が、ガンガンと警鐘を鳴らしている。得体の知れない不安に、アバネシアン少将はただただ胸騒ぎが募るだけであった。


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