表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
扶桑国戦記 (改訂版)  作者: 長幸 翠
第三章 反攻作戦前
69/99

解任の裏側

 ヌレンスク基地。ズレヴィナ共和国南部のフィリシンスクからほど近い、中都市ヌレンスク郊外にある航空宇宙軍の基地だ。


 この基地は、エリートパイロット集団である、アホートニク飛行隊の新たな本拠地でもある。


 アホートニク飛行隊に転属となったイサーク・パストゥホフ中尉は、ここ一ヶ月ほど≪Vo-51≫への機種転換訓練に明け暮れていた。


 第二次扶桑海海戦で行われた航空戦により、戦闘機に多く損失が出た。パイロットも多数、戦死や行方不明、そして捕虜となっていた。その埋め合わせとして、後方基地からの転属や戦闘機パイロット経験者の引き抜きが行われた。


 ≪Ab-34≫戦闘爆撃機パイロットのイサークも、かつて≪Vo-31≫戦闘機に乗っていた事から白羽の矢が立ち、四名抜けたアホートニク飛行隊への転属が決定したのだった。


 ちなみに、アホートニク飛行隊から抜けた四名は、新たに≪Vo-51≫が配備される飛行隊への転属であった。


 イサークは最初に≪Vo-51≫の説明を受けた際、液晶ディスプレイが並ぶコックピットに戸惑いを見せていた。だがシミュレーターで訓練を繰り返すとすぐに慣れ、抜群の機体性能に魅了されていった。



 イサークを引き込んだ張本人は、飛行隊の政治将校、イシドル・グラドビッチ少佐であった。彼は第二次扶桑海海戦の終了後、いち早く行動を起こした。


 自らのツテを使い、航空宇宙軍から飛行隊の再編計画を入手。大敗による軍上層部の混乱に乗じて、それに手を加えさせたのだ。


 アホートニク飛行隊隊長の、レオニート・ベスパロフ少佐から名前を聞いていたイサークや、技量に優れ思想的にも問題のないパイロットをアホートニク飛行隊に引き抜いた。


 さらに飛行隊の本拠地を、首都のゼイドラガルから南方のヌレンスク基地に移転させている。


 全ては、「扶桑国に近い南方に、有力な飛行隊を集める」という名目で行われていた。



 訓練を終えた十二機の≪Vo-51≫が、ヌレンスク基地に降り立つ。機が停止すると、待機していた整備員が駆け寄りタラップを架けていく。


 愛機から降りたパイロット十二人は着替えの後、ブリーフィングルームへと集合した。


 アホートニク飛行隊、隊長のレオニート・ベスパロフ少佐が壇上に立つ。


「本日も訓練ご苦労だった。これよりデブリーフィングを行う」


 スクリーンに訓練結果が表示される。今日は飛行隊を半分に分け、六対六の空中戦であった。


 隊長であるレオニート・ベスパロフ少佐はAチーム、副隊長のルドルフ・ズィーコフ大尉はBチームを率いて対戦した。その結果は……。


「……まずはBチーム、勝利おめでとう」


 その言葉に、Bチームのパイロット達が沸き立ち、Aチームのパイロット達は悔しげな顔をしながらもBチームを称え拍手する。


 Bチームのパイロットの中には、イザークの姿もある。というよりも、彼の活躍あってこその、Bチームの勝利であった。


 イザークが来るまでの訓練では、レオニートの技量が抜きん出ていることもあり、相手チームは二機ないし三機を当てて対抗せざるを得なかった。従ってレオニート側のチームは、必ずフリーになる機がいるため、相手チームは不利な状況を強いられていた。


 だが今回、Bチームはイザーク機をレオニート機にマークさせたのだ。これによりBチームの他機は、Aチーム各機と一対一に持ち込めた。


 三回対戦したうち、Aチームは一戦目に勝利したが、二戦目、三戦目はBチームが勝利をもぎ取って行った。


 レオニートとイザークの一騎打ちに限って言えば、二回はレオニートの勝利、一回は時間切れで引き分けとなった。だが今回の訓練で、イザークの技量は隊の中でも傑出していると証明するものでもあった。


 当のイザークは、周囲から賞賛され、照れ笑いを浮かべている。


 仲間達から受け入れられている様子を、レオニートは壇上から嬉しそうに眺める。


(さすが先輩だ。たった一ヶ月でここまで乗りこなすとは!)


 イザークとの数年ぶりの一騎打ちは、レオニートにとって心躍る濃密な時間であった。同じ機体のため、技量と集中力、そして運が勝敗を左右する。一瞬も気を抜くことはなかった。


(先輩があと二年……、いや。あと一年も訓練を続ければ、僕に並ぶ可能性はある)


 今回の訓練では、機体への慣熟度が高いレオニートに分があった。だが今後も勝ち続ける事が出来るかは分からない。


 イザークに刺激され、レオニートに限らず隊員達の誰もが今まで以上の気迫で訓練に取り組むに違い無い。



 デブリーフィングを終え、隊員達が部屋を出ていく中、レオニートはオレーシャ・ミハイロワ少尉に呼び止められる。


「隊長……。お時間よろしいでしょうか?」

「ああ、構わないよ」


 副隊長のルドルフ・ズィーコフ大尉が「自分も残るか?」と目で問うてくるが、レオニートは首を小さく横に振る。


 二人きりになった部屋で、レオニートは椅子に座ると、オレーシャにも座るよう促す。


 隣の席に腰を下ろしたオレーシャは、酷く思い詰めた表情を見せている。


 その様子を見て(憂いのある顔も素敵だな)と少し不謹慎な事を思いながら、相談の内容はスコアの伸び悩みについてだろうかと考えを巡らせる。


 今日の訓練でもオレーシャはいい所が無く、三戦のうち二戦は落とされ、一戦はひたすら逃げに徹していた。ログを確認しても、彼女の持ち味である思い切りの良さは影を潜め、動きに迷いが見られた。


 その原因も心当たりがある。彼女の父であるアルトゥール・ミハイロフ中将が、南海艦隊司令官を解任された為に違いない。


 オレーシャは常々、父を尊敬していると言っていた。そんな父が突如解任されたのだ。動揺するなという事に無理があるだろう。


 政府の発表では、解任の理由を「体調不良によるもの」としている。しかし侵攻軍総司令官のマクシム・アレクセーエフ元帥も同じ理由で同時に解任されていることから、本当の理由は別の所にあると噂されていた。


 現在は二人とも、首都のゼイドラガルで療養中となっている。


 静かに待つレオニートに、オレーシャがややあってから口を開く。


「こんな事をお願いするのは筋違いと承知しているのですが……。父に連絡を取れないでしょうか?」

「……えっ?」


 予想だにしない問いに、レオニートが固まる。


 オレーシャによると、ミハイロフ中将が解任されて以降、連絡が取れないそうだ。個人の携帯電話は元より、軍も所在を把握していないという、極めて異例の事態だ。


 扶桑国との開戦前、アレクセーエフ元帥とミハイロフ中将は戦争に反対の立場であり、政府と真っ向から対立していた事も、オレーシャを不安にさせた。


 頼るべき相手が分からず悩み抜いた末、筋違いと思いつつ上官のレオニートに声をかけたのだった。


 オレーシャが考えている通り、レオニートにもどうすれば良いのか考えつかない。何とか力になりたいと腕を組み「うーん……」と唸りながら、最後にミハイロフ中将と会った時の事を思い出す。


 アホートニク飛行隊の本拠地がヌレンスク基地に移転した直後、レオニートはミハイロフ中将の訪問を受けていた。アホートニク飛行隊への表敬訪問という形ではあったが、娘に会うためである事も、レオニートには容易に推測できた。


 ミハイロフ中将と二人きりで話した際に、やんわりと「娘の事を頼む」と言われ、「有能で成長が楽しみなパイロットです」と答えた。だがその後の解任騒ぎから察するに、それだけの意味では無かったようだ。


 ふと、ミハイロフ中将の去り際に言われた事を思い出した。


「もし困った事があれば、政治将校のイシドル・グラドビッチ少佐に頼ると良い。彼は君の力になってくれるだろう」


(政治将校であれば、軍の知らない情報も知っているかもしれない)


 グラドビッチ少佐は、厳格そうな見た目に反して“話せる”相手である。政治将校は政府――党――に忠実に従う立場ではあるが、レオニートやオレーシャには政府に反抗する意思は無い。まあ、無条件に従うつもりも無かったが。


 何よりミハイロフ中将が頼れと言ったのだから、間違いは無いだろうと考える。


 オレーシャにそのことを伝えると、少し逡巡するも了承の意志を示す。二人はグラドビッチ少佐の執務室へと向かった。



 グラドビッチ少佐の執務室は、同じ基地の政治将校達に割り当てられた区画の一室である。


 二人は入り口にあるゲートでセキュリティチェックを受けてロビーに入る。中は病院の待合所のようなレイアウトだ。手前には訪問者用のベンチが数脚あり、正面奥のカウンターには三名の受け付け職員がいる。カウンター奥の壁には、国旗と党旗が掲げられている。左の壁には政治将校の執務室に繋がる廊下があり、その手前で屈強な兵士が屹立している。


 ベンチには五人が座り、順番を待っている。


 受け付けでグラドビッチ少佐との面会の申し込みを済ませる。ベンチで三分ほど待っていると、執務室に入るよう告げられる。レオニートとオレーシャは、兵士の案内でグラドビッチ少佐の執務室へと向かった。


 ドアをノックし、中から「どうぞ」と返答があってから中に入る。


「失礼します」

「ベスパロフ少佐とミハイロワ少尉、ようこそ」


 グラドビッチ少佐は眼鏡の奥で細い瞳をさらに細め、両手を軽く開いて歓迎の意志を見せてから、手前にある応接セットを指し示す。


 レオニートとオレーシャがソファに並んで座り、テーブルを挟んで向かいのソファにグラドビッチ少佐が腰を下ろす。タイミングを見計らったかのように職員が現れ、三人の前にコーヒーを置いて退出する。


 グラドビッチ少佐はコーヒーを一口飲む。


「こちらに来られるとは珍しいですね……。ご用件を伺っても?」


 二人が連れ立って来た時点で、オレーシャの用事である事は一目瞭然だろう。


 緊張した表情でオレーシャが説明する中、レオニートはじっと話を聞いている。


 説明を聞き終えたグラドビッチ少佐は、「少しお待ちください」と言ってタブレット端末を操作する。一、二分で顔を上げると、口の端を上げて小さな笑みを作る。


「党からの指示で、特別任務に就いているようですね。それで連絡がつかないのでしょう」


 言いながら、タブレット端末をレオニートとオレーシャの方に向ける。二人がそれを見ると、グラドビッチ少佐の説明通り『党の指示により特別任務中。詳細の閲覧にはレベル五以上の権限が必要』と記載されている。


「解任の理由は、体調不良と書いてありましたが……?」

「公に出来ない任務の場合、事実と異なる発表をする場合もあります。今回もそのケースなのでしょう」

「……父は、無事なのでしょうか?」

「ご無事な事は間違いないですよ」


 グラドビッチ少佐の言葉に、安堵の息をつくオレーシャ。


「無事なことが分かって安心しました。ありがとうございます」

「詳細をお伝えできれば良かったのですが……。力不足で申し訳ない」

「あの……、連絡を取ることは……?」

「残念ですが、それは無理です」


 グラドビッチ少佐は端末を手元に戻しながら、申し訳なさそうに首を横に振る。その様子にオレーシャは慌てて「とんでもありません。とても助かりました」と答える。


 オレーシャの悩みを解決できたことに、レオニートも嬉しそうに目を細める。


 二人は礼を告げると、執務室を後にした。



 ドアが閉まり、一人きりになったグラドビッチ少佐は、タブレット端末を片手に執務机に戻る。


 机上のパソコンを操作し、先程二人には見せなかった詳細を表示する。そこにはこう記載されていた。


『党への度重なる反抗により、国家反逆罪を適用し身柄を拘束。ゼイドラガルにて軟禁中』


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ