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扶桑国戦記 (改訂版)  作者: 長幸 翠
第三章 反攻作戦前
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直也の休暇四日目

 休暇の最終日。昼下がりの頃、玄関先で荷物を手にした直也と彩華の二人を、母のみゆき、妹の詩音、弟の智弘が見送る。


 気丈に振る舞うみゆきとは違い、詩音と智弘の表情は冴えない。これが生きて対面する最後の機会かもしれない。そう考えると、笑顔で送り出す事が出来ないのだ。


「それじゃ、行ってきます」

「行ってきます」

「二人とも、気をつけてね」


 直也と彩華がタクシーに乗り込む。


 つい先程まで、一人一人との挨拶を済ませていた。だから最後の挨拶はアッサリしていた。


 タクシーが走り出し、交差点を曲がって見えなくなる。それでもみゆき、詩音、智弘の三人は、しばらくの間、肩を寄せ合い立ち尽くしていた。



 直也と彩華は基地の入り口でタクシーを降り、軍の車両に乗り替えて滑走路に向かう。輸送機の傍らには、あけみの他に、一彰と双葉、三奈の三人兄妹が勢揃いしていた。


「一彰さん、お陰で良い休暇になりました。ありがとうございます」


 頭を下げる直也と彩華に、「気にするな」と手をヒラヒラさせる一彰。目線を逸らしているのは、照れている証拠だ。


「双葉さんも、昨日はありがとうございます。……これ、少し早いですけど、誕生日プレゼントです」


 カバンから包みを取りだす。双葉の誕生日は来月のため少し早いが、昨日のお返しに、午前中に買って来たものだ。


「な、直也君……、あ、ありがとう!」


 驚き顔で受け取った双葉が、おそるおそるプレゼントの包装を解く。中にはペンダントが入っていた。女性用アクセサリーに詳しくない直也に、彩華がアドバイスして選んだ物だった。


 突然のプレゼントに、顔を赤くして焦りまくる双葉。


「家宝として、大切に保管します!」

「いや……。気にせず使ってください」


 直也は冷静にツッコむ。


 一彰は「ブフッ!」と吹き出し、三奈は苦笑い。彩華は大人しくしている。あけみはプレゼントをじっと見つめている。


 話を終えたところで、三奈が「あ、忘れていた」と携帯を取り出す。待ち受け画面は、先日水族館で撮影したペンギンである。


「直也さん。ちょっと見て欲しいものがあるんですけど……」

「三奈ちゃん……? な、何を……?」


 妹の不穏な気配に、双葉が恐る恐る声をかけるが、サラッとスルーされる。


 直也の傍らにきた三奈が、携帯を操作する。彩華とあけみも寄ってきて、直也の両隣に並ぶ。


「ん? どうした?」

「これ、どう思います?」


 何を見せようとしているのか気付いた双葉がサッと顔を青ざめさせ、「三奈ちゃん、待って!!」と叫んだが、既に手遅れだった。


「「うわっ……、何これ……」」


 画面を覗き込んだ直也、あけみ、彩華の声がハモり、一様に顔を顰める。


 画面に映っているのは、双葉の住んでいる家の中の写真だ。そこに写っていたのは、最新ゲーム機や可愛いペットのような生易しいものではない。壁際に積まれた大きなゴミ袋。ソファと思われる物体に脱ぎ散らされて積み上げられた衣類、流し台に積み上がる食器。足の踏み場もない床。いわゆる“汚部屋”の写真であった。


 双葉は仕事が人並み以上だが、私生活はからっきしダメだった。全く出来ないわけではないが、面倒で後回しにしているうちに手の施しようがなくなり、このような惨状を生んでいた。


 ご丁寧にも、三奈が画面を操作して数枚の写真を見せていく。その都度、直也達が苦い顔をしたまま「うわっ……」とか「酷い……」と感想とも驚嘆とも取れる言葉を零す。


 その傍らでは、双葉が地面に両手両膝をつき、”よよよ……“と力なく崩れ落ちていた。もらったプレゼントは袋に戻され、丁寧に地面に置かれている。


 一彰は、何とも言えない表情で、二人の妹を交互に見ている。三奈が以前から、双葉のだらしなさに苦言を呈していたことは知っていた。そして、双葉が一向に改善しないこともまた知っていた。


 今回の休暇で三奈が双葉の家に泊まった際、ついに我慢の限界を超え、双葉の“公開処刑”に踏み切ったのだろう。


(あれは、人の住んで良い環境ではない……)


 一度だけ双葉の家に行った事はあるが、玄関から家の中を見て狼狽え、何とかリビングまで足を踏み入れた後、あまりの酷さに回れ右して逃げ帰ったのだ。あんな部屋を幾度も掃除した三奈の心労は推し量ることが出来ず、公開処刑を責めることは出来ない。


 思わず青空を眺め、心の中で双葉に合掌してしまう。


「いくら言っても直してくれないんですよ。だからお姉ちゃんの家に行くたびに、僕が毎回掃除しているんです。これってどう思います?」


 とてもイイ笑顔で、ここぞとばかりに早口で畳み掛ける三奈。背後から黒い靄が幻視できる気がする。


(三奈が怒ると、こうなるのか……)


 いつもは明るくマジメな三奈。よくエイミーと言い合うことはあったが、こんな状態になる事は無かった。初めて見せる怒気にあてられて直也はちょっと怖かったが、顔は平静を保った。


「……これは、片付けがとても大変だと思う……。三奈、本当にお疲れ様……」


 人知を超えた汚部屋を片付ける三奈に、直也は心から感嘆と同情を示す。それと共に、彩華がきれい好きで本当に良かったと思った。


 一方双葉は、好意を向ける相手からプレゼントをもらって気持ちが舞い上がった後、自らの生活力の無さを暴露され、地の底に叩きつけられた双葉。彼女のライフはゼロどころかマイナスに突入していた。地面に這いつくばったままで、燃え尽きたかのように項垂れていた。


 溜飲が下がったのか、怒りを引っ込めた三奈が双葉を見下ろす。


「と言うことでお姉ちゃん。これからはちゃんと家事をしてね?」

「…………はい」



 そうこうしているうちに、飛行機の準備が出来たようで機内から合図がある。


「さて、そろそろ出発らしい」


 それに気付いた一彰が、手を打ち鳴らして直也達の注意を引く。


「作戦前に顔を出すと思うが……。とりあえず、健闘を祈る」

「直也君、あけみさん、彩華ちゃん、三奈ちゃん。どうぞご無事で」


 直也達が輸送機に乗り込み、扉が閉じられる。機内には他に十人程が搭乗していた。その中の一人が、手を上げて直也を呼んだ。


「よう、神威中尉。久しぶりだな」

「英川中尉? 訓練が終わったのですね」

「おう」


 同じ統合機動部隊のケルベロス大隊に所属する英川遥中尉だ。同乗者の数名は同大隊の兵士達で、直也達に畏敬を込め軽く頭を下げる。


 遥は、空いている自分の隣の席に直也を座らせようと手振りで示す。しかし彩華の刺すような視線に気付いてビクッと身を竦めると、おもむろに通路を挟んだ誰もいない二人掛けの座席を指し示す。


 直也達の搭乗した輸送機は、一列当たり四人――二人掛けの座席が通路を挟んで二つ――となっている。直也と遥が一緒に座ってしまうと、彩華は通路を挟んで一人で座る事になる。つまり、彩華はそれが気に入らないのだ。


 直也と彩華は、遥の指し示した席に腰を下ろす。彩華は窓側に、直也は通路側に。あけみと三奈は、二つ離れた席に並んで座っている。


 帰りの機内では、あけみと彩華のどちらが直也の隣に座るかで話……、もとい勝負が付いていた。どうでもいい話だが、前日に彩華の部屋でジャンケン三回勝負をしていた。ちなみに三奈は辞退していた。搭乗する機の席が余っているので、直也を挟んで左右に座れば良いところ、「敗者は去るのみ」と双方が謎のこだわりを持ち出したため、無用な争いが発生したのだった。


 輸送機が離陸し、高度を上げると飛行が安定する。外には≪F-17≫戦闘機の姿も見える。


 遥は「護衛付きとは気分が良い」と笑う。



 彩華と他愛の無い話をしていた直也だが、チラチラと様子を窺う遥に気付いて話を終わらせる。


「英川中尉、他の隊員は陸路ですか?」

「ああ、そうだ。今日、神威中尉達がこの機で帰ると聞いたので、俺を含めた五人だけはこちらに乗せてもらった」

「研究所での訓練、どうでした?」

「どうでしたも何も、状況は知ってるんだろ?」

「ええ。報告は見ています」


 苦虫を噛みつぶしたような表情の遥に、軽く頷いて見せる直也。


「訓練に参加したのは、うちの中隊全員と、他からの希望者合わせて五十人。そのうち脱落者は八人だ」


 訓練の内容は、基礎的な運動を始め、生身や≪アトラス≫での戦闘訓練がほとんどだ。≪アトラス≫の戦闘訓練はシミュレーターによるものや、実際に搭乗してARで行うものもあった。


 ただ、運動量もさることながら、戦闘訓練の内容がハードで、体力的にも精神的にも負荷が大きかった。それに耐えられず、遙達は数名の脱落者を出していた。その艱難辛苦を乗り越え、ようやく前線に戻るところであった。


「お前さん達は、本当にあの訓練をしたのか?」

「もちろんです」

「マジかよ……」

「様々な状況を想定していますから」

「……様々な状況って、ほとんどがメチャクチャ不利な状況ばかりだったぞ?」

「仮想敵国は大国ですから。ですが、確実にレベルアップしたと思いますよ」

「それは実感している……。だが今は愚痴らせてくれ」


 遥の中隊――英川中隊――は、グリフォン中隊の他にパワードスーツ≪アトラス≫を装備する唯一の隊である。グリフォン中隊と行動する可能性が高い。


 しかし直也達と模擬戦をした際、完膚なきまでに叩きのめされた事で、直也は能力不足と判断した。このため、研究所での“特別訓練”に来ていたのだった。


 実際の所、直也はさらにワンランク上の訓練も行っていたが、遥の心を折りそうだったので黙っている事にした。


「≪アトラス≫の扱いにも慣れたようなので、哨戒任務に入れますね」

「ああ、問題無い」


 自信を見せる遥に、直也は内心で安堵する。


 直也達が戻れば、次は龍一、亮輔、久子、義晴、エイミー、レックスの六人が一斉に休暇に入る。哨戒範囲も広い為、遥達も哨戒に入らないとカバーしきれないのだ。


 今の所、敵は姿を見せていないものの、それに甘えて手を抜く事など出来はしない。



 輸送機は順調に飛行し、目的地である由良市近郊の空港に到着する。遥達ケルベロス大隊の兵士達と別れ、待機していた車両に乗り込む。


 直也達四人は、陸路でそのまま波田市郊外の前線基地に向かうが、遥達は由良基地に集合し編制を終えた後、前線に進出予定だ。


 道中は軍用車両と時折すれ違うだけで、何事も無く波田市郊外の基地に着く。部屋で迷彩服に着替えると、お土産とノートパソコンを手にグリフォン中隊の待機室に入る。


 中には、龍一とレックス、そして一足先に彩華がいた。彩華は紅茶を淹れていた。


「直也さん、お帰りなさい」

「戻ってきたか。お帰り」

「ただいま」

「ゆっくり出来たか?」

「まあ、程々に。レックス、これ、みんな用のお土産」

「ありがとうございます」


 直也はレックスにお土産のお菓子を渡してからソファに座り、手にしていたノートパソコンを開いて軽く作業をする。


 彩華が紅茶を運んでくると、直也の作業しているテーブルにカップを置く。淹れ立ての紅茶の香りが部屋に広がる。


「ありがとう」


 直也はカップを取り一口飲む。直也の好みに合うように、砂糖とミルクが加えられていた。


 あまりにも自然な二人の様子を、龍一は(長年連れ添った夫婦みたいだな)と思いながら眺めている。


「龍一さんとレックスも飲みますか?」

「ぜひ頼む」

「はいっ、おねがいします!」


 彩華の淹れる紅茶は評判が良く、龍一とレックスはすぐに頷く。


 あけみと三奈も部屋に現れ、龍一、レックスと挨拶を交わす。


 休暇組が戻ってきたところで、龍一とレックスから状況が報告される。日々の報告書は直也とあけみは目を通していたが、それだけでは伝わらないこともあるからだ。


 しかしほとんど敵は現れず、また出現しても警戒エリアに踏み込んでこない為、交戦には至っていない。「敵さんも、総司令官が変わって再編中だから、こちらが攻めてこないか回ってるだけなんだろうな」とは龍一の弁である。


 話が終わりまったりしていると、部屋のドアが開き、哨戒任務から帰ってきた久子とエイミーが入ってくる。


「お疲れ」

「お帰りなさい」

「お疲れさん」

「おかえりー」

「戻りました。異常ありません」

「ただいまー。……あっ! 直兄ちゃん、お帰りっ!」


 直也の姿を見つけたエイミーが笑顔を浮かべ、テッテッテとやってくると、直也の隣に腰を下ろし、ペタンと寄りかかってくる。大好きな飼い主を見つけた犬が、しっぽを振って寄り添ってくるかの様だ。


「エイミー、お土産」

「ありがとう!」


 直也は慣れた様子で、テーブルの上にあった紙袋を手渡す。これはエイミー専用のお土産だ。満面の笑みで受け取る姿は、今年成人する女性とは思えない。


 この食いしん坊に渡したお土産は、有名菓子店の菓子詰め合わせで、数箱買ってきたうちの一部であった。残りは由良基地に送ってある。


 もう一方では、彩華が「久子ちゃん、これ買ってきたよ」と、お気に入りブランドの高級チョコレートを中心とした菓子を渡している。「ありがとうございます」と言いながら受け取る久子もまた、本心から喜んでいる。


 さっそくもにゅもにゅと菓子を食べるエイミーの様子は、食事をする小動物のようだ。


(この子が攻撃の要の一人なんて、普通は見た目から想像できないだろうな)


 異才揃いで話題のグリフォン中隊だが、中でもエイミーは極めつきに変わっている。


 幼い外見に似合わず、成人男性の倍以上の怪力を持ち、近距離戦から接近戦を得意とする。戦闘に集中しすぎて周りが見えなくなるきらいはあるが、龍一と共に中隊最高の突破力を誇り、攻撃の要だ。反面、防御は苦手としている。


 裏表なく、人に好かれやすい性格。小さくスラッとした体格なのに、龍一を上回る食欲を見せる。そして大の甘党だ。


 幼馴染みの直也をして“謎の生物”と言わしめている。


 怪力と言えば弟のレックスもまた、エイミーほどではないが成人男性の一・五倍程度の数値を出している。


 全員が揃ったところで、直也は口を開く。


「今日、ケルベロス大隊の、英川中尉の隊が訓練を終えて戻ってきた。由良基地で準備を終え次第、哨戒任務に入るので、六人は鈴谷市でメンテナンスと休暇に入ってもらう」


 龍一が「お、そりゃあ助かる」と破顔し、久子とレックスは安堵の表情を見せ、エイミーは菓子を頬張りながらガッツポーズを見せる。


 ≪タロス≫の索敵能力と行動範囲は、生身の歩兵より桁違いに程優れている。≪タロス≫一機で歩兵一~二個分隊に相当する索敵範囲を持ち、移動速度は三倍以上。そして休息無しで活動できるのだ。


 このため、哨戒任務の主力として活躍しているが、代わりになる存在がいなかった。


 ≪アトラス≫は≪タロス≫と同等の索敵能力と移動速度があるため、置き換え可能となる。ただし≪アトラス≫は、パワーアシストはあるものの、搭乗者が体を動かす為、一定時間毎に休息は必要だ。


 敵が再編成を済ませ、本格的な攻勢に出るまで今しばらくかかると考えられている。だが哨戒を疎かに出来ず、グリフォン中隊に負荷がかかっていた。


 カップを置いた久子が、質問を投げかける。


「直也さん。研究所では、何か“面白いもの”はありましたか?」

「面白いもの……。そうだな。携帯式レールガンとか、使えそうな新兵器を幾つか用意してもらうことになったよ。情報は後で渡しておく」

「わかりました」


 先日少尉に昇進した久子は、本格的に反攻作戦の立案に関わっている。その為、戦いが有利になる“面白いもの”の情報を求めているのだ。


 その後も雑談混じりに状況などを話し合う。ゆるい時間が過ぎていく。


「そろそろ夕飯の時間です。行きませんか?」


 レックスが時計を見ながら声をかける。ちなみに姉のエイミーはおやつを食べ終わり、彩華に用意してもらったジュースで喉を潤している。


 全員が食堂に移動しようと動き始める中、部屋の隅でノートパソコンに向かっていたあけみが顔を上げる。


「食後は、明日からのローテーションを発表するわね」


 哨戒のローテーションはあけみが作成している。直也よりも得意なことと、女性の体調も考慮する必要があるためだ。


 エイミー達が「はーい」と答えながら、ゾロゾロ部屋を出て行き、直也、あけみ、彩華が残る。


「流石あけみさん。助かります」

「褒めても何も出ないわよ」


 上目遣いで直也を見るあけみ。大抵の若い男性はコロッと魅了するような、あざとい仕草だ。


「頼りにしているんですよ」


 肩を竦めながら、サラリと受け流し、あけみと彩華に先に部屋を出るように合図する。二人が外に出ると、誰もいない部屋を一目確認し、扉を閉めた。


休暇編は今回で終わりです。

戦いから少し離れた姿を書いてみましたが、どうでしょうか?

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