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扶桑国戦記 (改訂版)  作者: 長幸 翠
第三章 反攻作戦前
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直也の休暇三日目2

「部隊にはエイミーとレックスもいるよ」


 播磨家とは父親同士が幼馴染みであるため、家族ぐるみの付き合いがある。だから詩音と智弘は、金髪とエメラルド色の瞳を持つ双子の姉弟をよく知っていた。


 詩音にとってエイミーは“小さなお姉さん”である。身長は百六十センチの詩音より小柄で、百四十センチほど。態度が大きく見えるが、気さくで分け隔てない。お姉さんと言うより、友達の様な間柄だ。


 弟のレックスは“優しいお兄さん”だ。エイミーと違って、身長は直也よりも大きい。見た目と性格は勝ち気な姉と対照的で、とても優しい。詩音が憧れる男性の一人でもあった。


「エイミーお姉ちゃんとレックスお兄ちゃんに会いたかったなあ」

「二人とも任務があるからね」


 残念そうな智弘に、三奈は苦笑する。


「他にはどんな人がいるんですか?」


 詩音の質問に、三奈が端末で写真を見せる。事前に直也から、知らせて良い情報を伝えられているため、間違えることは無い。


 写真は、グリフォン中隊のオペレーター十人が、迷彩服姿で並んでいるものだ。智弘がいる為、≪タロス≫の写っていないものを選んでいる。


「全員、お兄ちゃんとお姉ちゃんと同じくらいの歳なんですね」

「他の班には年輩の人もいるけど、僕達の所は同じくらいだね」


 打ち解けて話し合っている子供達の様子を、みゆきが楽しそうに見つめていた。



 料理がほとんど空になり、デザートのケーキも食べ終えた後、あけみ達から直也にプレゼントが手渡される。そのほとんどがシャツやズボン、ベルトなどの衣類だ。誕生日パーティーに参加していない、エイミーとレックス姉弟からの物もある。


 あまり服に頓着しない直也は、平気でヨレヨレになったシャツや裾がボロボロのズボン等を着る。「穴は開いていないから良いんじゃないか?」が直也の主張ではあるが、周囲――特に彩華――が許さなかった。何かにつけて、直也にちゃんとした服を着せようとするのだ。


 なお、双葉も服装を気にしない点では似ているが、直也は外出する時の服装は程々に気を使っている。彼女のように、部屋着のスウェットとサンダル履きで出勤するような“剛の者”では無い。


 プレゼントを受け取りながら、直也は(みんなの誕生日には、お返ししないといけないな)と考える。


 食事も終わり、プレゼントも渡し終えたが、解散するにはまだ時間が少し早い。そこであけみの「直也君と彩華ちゃんの部屋を見てみたい」というリクエストに応えることになった。


 まずは彩華の部屋に行く事が決まり、女性陣が二階に上がっていく中、直也はリビングに残る。


「さあ、私たちは後片付けするわよ」


 みゆきは詩音と智弘を誘って、テーブルに残っている食器を片付けていく。


「手伝うよ」

「今日は主役だから、ゆっくりしていなさい」


 直也も手伝おうとするが、みゆきに止められる。このまま一人でいるのも手持ち無沙汰で、仕方なく自室に戻る事にした。


 ノートパソコンを開いて、前線の動きを確認する。今日も目立った出来事はない。直也の端末には、エイミーから『何も無くて暇』やら『お誕生日おめでとう! パーティーに参加したかった!』と恨み言やら『おなかすいたー』やら、いくつかのメッセージが来ていた。プレゼントのお礼を返しておく。


 三十分ほど経った頃、彩華の部屋から人が出てくる音が聞こえ、数秒後に直也の部屋のドアがノックされた。直也はそれに答えると、女性陣がゾロゾロと部屋に入ってくる。


「ここが直也君の部屋ね」

「大した物は無いですよ」


 あけみ、双葉、三奈は、キョロキョロと興味深そうに部屋の中を見回す。


 八畳の部屋も、六人もいると狭く感じる。そして、異性が何人もいる状況は、少し気恥ずかしさを感じてしまう。


 カーペット敷きの部屋には、机、ベッド、本棚、ガラス戸棚のキャビネット、テレビ台といった調度品やテレビ、ゲーム機が並べられている。本棚には少しばかりの小説やマンガがキレイに並べられ、キャビネットにはディスプレイモデルや写真、ぬいぐるみが置かれている。


「このぬいぐるみは、彩華さんとお揃いですか?」


 双葉が熊のぬいぐるみを指さす。直也は「そうですね……」と苦笑する。


 彩華は子供の頃から、直也と物を揃えたがる所があった。詩音と智弘が大きくなってからは、兄弟四人でお揃いという物もある。ぬいぐるみの他にも、シャツなどの衣類、キーホルダーといった小物もあった。それほどに、直也達兄弟の仲は良いとも言えた。


 二十分ほど直也の部屋を見学した後、解散となった。


「みんな、今日はありがとう」

「楽しかったわ。また明日ね」

「ごちそうさまでした。お邪魔しました」

「僕も楽しかったです」


 三人は、あけみの乗ってきた車に乗り込む。あけみの持ってきた鍋も、綺麗に洗って積み込んだ。


 頼りになる仲間達を見送りながら、直也は明日からの戦場に思いを馳せる。


(この戦争を、誰一人欠ける事なく、無事に生き延びる)


 改めて強く誓うのであった。



 風呂を終え、二階の自室に入ろうとした直也を、みゆきが廊下で呼び止める。


「ねえ、直君?」

「何?」


 義母の表情は、見るからにワクワクしている。それはなぜか父の秀嗣に似ており、ロクでもない事を考えている時の顔だった。


「直君の本命は、どの子なのかしら?」

「……本命?」


 直也はドアノブに手をかけたまま首を傾げる。


「今日来た子達の中で、誰が一番好き? それとも、他に好きな子はいるのかしら? エイミーちゃんとか?」


 直也が家に女性を連れてくる事は、かなり稀な事だ。


 みゆきから見て、今日来た女性達は、直也に対して仲間と言うだけではなく、特別な感情を抱いている様子が見て取れた。


 そして実の娘である彩華が、幼い頃から直也に思慕を抱いている事は知っており、積極的に手伝っている。


 母親としては彩華を応援したいが、直也の気持ちも知っておきたいと考えていた。……まあ、ぶっちゃけ「恋バナ好き」と言う、野次馬根性の方が大きいのだが。


 顎に手を当て、真面目な表情で考え込んでいた直也が顔を上げる。


 期待に胸を膨らませていたみゆき。しかし直也の言葉を聞いて、表情が固まった。


「誰が一番好きかと聞かれても、答えられないですね……。全員、俺にとっては大切な人ですから」

「えー……。で、でも、お嫁さんにしたいなって人はいないの?」


 腕を組んで考える素振りを見せるが、頭を左右に振る。


「お嫁さん、ですか……。考えた事は無いですね」


 その回答に、(育て方を間違ったのかしら?)と、思わず真顔になってしまう。


 息子はもう二十三歳。結婚を考えても良い年頃だ。にも拘わらず、候補の一人もいないとは想定外にも程がある。周囲には、彩華を始め、あけみや双葉、三奈、さらにエイミーといった、美しい娘達がいるというのに!


「ちょっと、しっかりしなさいよ。直くんは――」

「すいません、母さん。そういう事は、戦争が終わってから、ですね」


 説教を始めそうになったみゆきを、直也が遮る。「戦争が終わってから」などと言われてしまうと、それ以上言い募る事は出来ず、みゆきは押し黙った。


「……分かったわ。みんなと一緒に、元気に帰っていらっしゃい」

「はい」


 みゆきが階段を下りる姿を見送り、直也は自室のドアを開いた。



 直也がノートパソコンに向かっていると、ドアをノックする音が聞こえてくる。


(この音は……、彩だな)


 ノックの仕方で誰が来たかの見当が付くものだ。顔を上げて「どうぞ」と答えると、予想通りパジャマ姿の彩華が部屋に入ってくる。その手には、お茶を載せたトレイがある。


「兄様。お話ししませんか?」

「……うん、良いよ」


 彩華が直也の部屋に来て会話をする事は、今までも数え切れない程あった。準備も手慣れたものだ。


 直也はノートパソコンを閉じると、小さな座卓とクッションを用意して座る。彩華は座卓を挟んで向かいに腰を下ろし、飲み物を直也に手渡す。


 二人は軽くグラスを合わせてから、飲み物に口を付ける。


「今日はありがとう。とても楽しかったよ」

「よかったです」

「あけみさん達も来たのは、少し恥ずかしかったけれど、ね」


 軽く照れ笑いを浮かべる。


 今まで兄妹の誕生日に来たことがあるのは、幼馴染みのエイミーとレックス姉弟だけであった。しかも何年か前の話である。今回のように成人後に、職場の仲間達から祝われる経験は無く、気恥ずかしさが強かったのだ。


「誕生会の話をしたら、あけみさん達もぜひ参加したいと言われてしまったんです。こういう楽しいイベント、みんな好きですから」


 敢えて「直也の誕生会だから集まった」とは言わない。直也は子供の頃から恋愛感情に疎く、異性からの好意に超鈍感――原因の多くは、彩華やエイミーの愛情表現が過剰だったせい――であった。それでも、あけみや双葉といったライバルが直也に好意を抱いているという“余計な情報”を与えるつもりは無かった。


「丁度良く、俺の誕生会というイベントがあったから参加した。と言う事か」


 納得顔の直也に、頷く彩華。


「だからあけみさんも、わざわざ料理を作ってきたんだな……」


 直也は、あけみが本当は料理が苦手な事を知らなかった。だから(戦場では料理を作る機会は無いから、誕生会に合わせてリフレッシュがてら作ってきてくれたのだろう)と考えた。


 まさか叔母の監修の元、半日がかりで全力を傾けていた――しかも何度か失敗して作り直した――とは、露ほども思わなかった。


「あの……。あけみさんの料理、どうでした?」

「どちらも味は少し濃いめだったけど、美味しかったよ」

「そうですよね……」


 彩華の計画では、今日の誕生会は、彩華の独壇場となる筈だった。あけみと双葉の前で、直也に「彩の料理は美味いなあ」と言わせ、立場の違いを理解させる筈だった。それなのに、料理下手だったはずのあけみが、ちゃんとした手料理を持って来たせいで、その目論見が崩れていたばかりか、逆にあけみの株を上げることになってしまった。大誤算である。


 考えが顔に出てしまい、眉間に皺を寄せる彩華。何故か不機嫌そうな義妹に、直也は言葉を続ける。


「もちろん、彩の料理も素晴らしかったよ。久しぶりに彩の料理を食べられて嬉しかった」

「に、兄様のために……、がんばりました」


 笑顔と共に伝えられる偽りの無い賞賛。それは彩華にとって最高の褒美だ。思わず赤面し頬が緩んでしまう。


「食材を集めるのは大変だったろう?」

「まあ、そうですね……」


 戦争によって様々な物資が不足し、さらに値上がりしている。最近ではズレヴィナ軍が、扶桑国に向かう船舶を追い返す事案が頻発しており、価格高騰と物資不足に拍車がかかっている。


 そのせいで、戦前は一つの店で済んだ買い物が、いくつかの店を回ったり、通販を利用したりして買い集める事になったのだ。それでも材料が足りず、さらに予算オーバーのため予定していた料理を数品減らしていた。


 そうした意味でも、彩華にとっては平和のありがたさを、改めて考えるきっかけとなった。


 飲み物が空になると、座卓を移動し、並んでベッドに寄りかかって話を続ける。


「そういえば、今度の作戦が無事に終わったら、鈴谷基地で一週間休暇がありますよね?」

「そう聞いているよ」

「先程あけみさん達と話したのですが……、食堂を借りて、私達で慰労会をしようと思うのですが、どうでしょうか?」

「うちの中隊だけ?」

「そのつもりです。もちろん、整備班や車両班の皆さんも、ですよ」

「俺は構わないけれど、どうかなぁ……。

 父さんに申請したら、話が大きくなると思う」

「確かに……」


 二人で笑い合う。


 秀嗣はイベントが大好きだ。特別な用事が無い限りは、家族のイベントに参加していた。それなのに、昨年末から始まった戦争のせいで全く参加出来ず、鬱憤が溜まっているに違いないのだ。そんな所に慰労会と言うエサをぶら下げたら、食い付くのは火を見るより明らかである。


「……まぁ、その時は、周りが止めてくれる事に期待しようか」

「そうですね……」


 直也も彩華も(多分、無理だろうな)と同じ事を思いつつ、考えるのを止めた。自分たちの手に負えない事は、いくら考えても無駄なのだ。


「前線の様子はどうですか?」

「問題無いそうだよ。敵と遭遇する事は無いらしい。敵も再編成中らしいから、もう少しは動かないんじゃないかな?

 それから、新しいプログラムを使って訓練を始めたそうだ」

「戻ったら、また哨戒と訓練の日々ですね」

「そうなるね。彩にはレールガンの扱いで負担をかけるけど、ぜひ使えるようにしてほしい」

「はい。完璧に使いこなせるよう、全力を尽くします」


 決意を滲ませる義妹の姿に愛おしさを感じ、思わず手を伸ばして頭を撫でる。直也の我が儘に、いつも応えてくれる頼もしい義妹。つい甘えてしまうせいで、無理をさせ過ぎていないか不安にもなる。


「一人で抱え込まずに、困った時はいつも通り俺やみんなに相談する事」

「……大丈夫ですよ。兄様は心配性ですね」


 そう言ってクスリと笑った彩華が、直也の右肩に寄りかかってくる。


 彩華の体の重みと体温を肩越しに感じ、漂ってくるシャンプーの香り嗅ぎながら、心の内で直也は(大切な、……妹、だからな)と呟く。


 子供の頃から自分に付き従ってくれた特別な人。子供心に格好悪いところを見せられないと、背伸びしていた懐かしい日々。悪夢を見るようになってからは、自分の命がいつまで続くか分からない不安と闘いながらも、せめて家族は守り通すと心に決め、黙々と訓練をこなしてきた。


 だが彩華は、ただ守られるのでは無く、直也と肩を並べて戦う事を選び、頼れる存在になった。そしてあけみ、龍一、義晴、久子、三奈、亮輔、エイミー、レックスといった、背中を預けられるかけがえのない仲間達も増えた。


 大切な家族や仲間達が誰一人欠ける事無く、脅威に脅かされず日々を送れるよう、何としても戦争に勝たなければならない。悪夢で何度も仲間達の斃れていく光景を目にし、その度に味わった辛苦、無力感、憎悪、悔恨。それを決して現実のものとしないために。


(そのためになら、この命と引き換えにしても、何だってやってやる)


 数え切れない程繰り返してきた決意を、また一つ胸に刻む。


「……兄様?」


 彩華の呼ぶ声で、直也は考えに沈んでいた意識を浮上させる。


 頭を隣に向けると、彩華と視線が合った。頬を赤く染め、上目遣いで自分を見つめている。年頃の男性をダース単位で恋に落としそうな表情が、ほんの数センチという至近距離にある。頭を撫でていた方の腕で、いつの間にか彩華の肩を抱き寄せていたことに気づく。


「わ、悪い。考え事をしていた……」


 慌てて視線を逸らし腕を放す。幼い頃から一緒に暮らしている直也から見ても、彩華は十分に美しく、そして可愛らしい。あけみのように凜々しさと美しさを同居させたものでも、エイミーのように子供っぽさを持つ可愛らしさとも異なる。


 直也の腕から解放され、彩華は一瞬だけ落胆の様子を見せるが、すぐに悪戯っぽい笑みへと変える。


「実家で過ごす最後の夜なので、今晩は兄様の部屋に泊まって良いですか?」

「…………良くないよ。いつも言っているけど、年齢を考えような?」


 ため息をつき、困り顔で義妹を諭す。子供の頃はせがまれて一緒に寝る事もあったが、大きくなっても未だ何かにつけて直也の布団に潜り込もうとしてくるのが困ったところだ。成人しても相変わらず無防備なところが、兄として心配になる。


 彩華はあからさまに肩を落とし「残念です……」と呟いた後、普段通りの調子に戻って「では、部屋に戻りますね」と片付けをする。


「おやすみ。また明日」

「はい、おやすみなさい」


 互いに微笑で言葉を交わし、彩華は部屋を出て行く。


 直也はベッドに潜り込むと、程なくして眠りに落ちるのだった。



(こんなに大切にされて、兄様を好きじゃなくなるはず、ないですよっ……!)


 自室に戻った彩華は、先程の義兄との楽しいひとときを思い出していた。


 彩華にとって直也は、義兄であると共に初恋の相手である。一緒に暮らすようになって既に十数年、未だにこの恋は実っていない。肝心の直也が、彩華の事を義妹としか見てくれないためだ。今回のように、ちょくちょくアプローチをかけても、やんわりと窘められたり、受け流されたりして効果は無かった。


 もし直也に、心に決めた女性がいたならば、諦めたかも――いや、義兄に相応しいと認めた相手じゃないと無理だったかも――しれないが、そんな相手はいない。


 それでいて直也は、その性格故か、こちらに気を使い大切に扱ってくれる。困ったことがあれば相談に乗ってくれるし、出かけたいところには付いてきてくれる。一緒にいたいなど、願いを伝えれば、――困った顔をすることもあるが――大体は願いを叶えてくれるのだ。


 だから、さらに好きになることはあっても、嫌いになることも、諦める事も出来ない。


 何とかして直也を振り向かせ、あけみ達ライバルに勝ちたいと、強く願うのであった。


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