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扶桑国戦記 (改訂版)  作者: 長幸 翠
第三章 反攻作戦前
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直也の休日三日目1

 休暇三日目。今日は実家で直也の誕生会の予定だ。直也の「一日くらいは実家でゆっくりしたい」という願いを、少しは酌んでくれたらしい。


 時計を見ると、午前八時を回っていた。実家に戻ってからも毎日早朝にランニングや軽いトレーニングをしていたが、今日は休みにしたのでいつもより遅めの起床だ。


 身支度をしてリビングに下りると、彩華はエプロン姿で台所に立ち、料理の下ごしらえをしていた。


「あ、兄様。おはようございます」


 直也に気付き、彩華は微笑を浮かべる。今日はスカート姿だ。デザインから、昨日買った物だと気付く。


「おはよう。服、似合っているね」


 その言葉に彩華は「ありがとうございます」と笑みを深める。そして席に着くよう促し、直也の朝食を作り始める。冷蔵庫から材料を取りだし、手際よく調理していく。ほとんどの準備は終わっているため、数分で準備は整う。


 直也の前に、手際よく朝食が並べられる。二人の関係を知らない人が見ると、夫婦のように見えるほど自然な空気である。


 目の前にはベーコンと目玉焼き、サラダ、トースト、コーヒーが並んでいる。コーヒーは直也の好みに合わせ、砂糖と牛乳入りだ。


「ありがとう」

「どういたしまして」


 久しぶりの義妹の料理に、改めて直也は実家に戻ってきたと実感する。普段一緒に行動していても、食堂や戦闘糧食で済ませるため、彩華が料理を作る機会は無いからだ。


 食事を終え、直也が自分の使った食器を洗う隣では、彩華がケーキの飾り付けをしている。直径三十センチ、高さは十センチ余りのスポンジ生地が二個並んでいる。昨日夕食を終えた後に彩華が焼き、一晩寝かせていた物だ。片方のスポンジの上にはカットした果物が並べられており、その上にもう一つのスポンジ生地を乗せる。そして表面に、ヘラを使って生クリームをたっぷり塗っていく。


 直也が生クリームが山のように入ったボウルを指さし、「味見して良い?」と聞く。甘い物好きの直也は、生クリームの誘惑に勝てなかった。そして毎回恒例の行事でもある。


 義兄の事を良く知る妹は、そのために敢えて生クリームを多めに作っていたりする。


「どうぞ。でも今回は二個作っているので、あまり食べないでくださいね」

「りょーかい」


 直也が小皿とスプーンを持ってきて生クリームを取り分ける。口に含むと思わず頬が緩んだ。


「エイミーと同じ顔をしていますよ」


 クスクス笑いながらの指摘に、直也は「美味いんだから仕方がない」と照れ笑いする。



 朝食の後片付けを済ませると、家の前で愛車の洗車をする。前回の洗車は一ヶ月と少し前。統合機動部隊配属のため鈴谷市に向かう前の事だ。母親は家族共用の車があり運転しないため、それからずっとガレージで眠っていた事になる。ついでに、冬タイヤから夏タイヤへの交換も済ませる。


 キレイになった愛車を満足げに見つめていると、智弘が小学校から帰ってきた。


「お兄ちゃん、キャッチボールしようよ?」

「よし、やろうか」


 智弘が家にカバンを置きに行っている間、道具を準備して裏庭に向かう。神威家は高級住宅街の一角にあり、裏庭はちょっとした運動が出来る程度の広さがあった。


 裏庭で三十分ほどボールを投げ合い、片付け終わった所で、あけみ、双葉、三奈の三人がやってきた。あけみが親戚から車を借り、姉妹を乗せて来たのだ。女性陣も仕事で装甲車やトラックを運転する事はよくあり、女性とゴツい車のギャップも見慣れている筈だが、ホワイトパール大型RV車と私服姿のあけみ達という組み合わせは新鮮だ。


 実は直也が迎えに行こうとしたが、「主役に迎えに来てもらうわけにはいかない」と固辞されていたのだった。


 直也が「いらっしゃい。お待ちしていました」と声をかければ、あけみ、双葉、三奈が口々に「こんにちは、直也君さん」と挨拶を返す。


「昨日買った服を着てきたんですね。とても似合っていますよ」


 服装を褒めると、三人とも頬を緩ませる。


 今まで、幼なじみのエイミーとレックスを除いて、仲間達を実家に連れてきたことは無い。そのためか三人とも緊張している様子だ。特に双葉は、キョロキョロして落ち着きが無い。


 義母のみゆきが、会話の声を聞きつけて玄関に出てくる。


「いらっしゃい。さあさあ、遠慮せずに上がって」


 双葉と三奈の姉妹が「お邪魔します」と上がる中、玄関に現れたあけみは、なぜか両手鍋を持っていた。


「あけみさん、その鍋は?」

「家で作ってきたから、食べてもらおうと思って……」

「わざわざありがとうございます。持ちますよ」


 あけみは少し逡巡をした後、「おねがいね」と手渡す。直也が台所に運んでいるうちにあけみは外に出て、もう一つ両手鍋を持って来る。


「あの……。それは?」

「これもお料理よ」

「……そうですか。楽しみにしています」

「まかせて」


 普段とは違う、並々ならぬ張り切りを見せるあけみに続いてリビングに戻る。


 中ではみゆき、詩音、智弘が、双葉と三奈姉妹と挨拶をしていた。鍋を置いたあけみも、それに加わる。それぞれ、初めての顔合わせだった。


「彩華さん、手伝います」

「私も手伝うわ」


 挨拶を終えた三奈とあけみが台所に入る。その姿を見ながら、みゆきが頬に手を当て「彩ちゃんも大変ね」と微笑んでいる。


 直也が詩音と智弘にあけみ達の説明をする。


「一緒に仕事している人たちだよ。彩華ちゃんの友達でもあるんだよ」


 そして、詩音は「ふーん……」と意味深な視線を兄に向け、智弘は「きれいなお姉ちゃん達だね」と直也を見上げる。


 取り残された双葉が「あの……。私は……」と所在なさげに呟く。料理できない事を聞いていた直也は、「こちらでゆっくりしてください」と三人掛けソファに座るように促す。


 もし料理が出来たとしても、台所に三人いる時点で満員だ。


「はい……」と緊張している双葉が、ぎこちなく三人掛ソファの中央に腰を下ろす。


 直也は彩華の用意した紅茶を受け取ると双葉の前に置き、自身は二人掛けのソファに座る。


「みんなでゲームしようよ」


 直也の隣に座った智弘が提案する。料理が出来るまでする事もないので、直也、双葉、詩音、智弘の四人でビデオゲームをする事になった。


 ゲームをしない双葉に配慮して、詩音が人生を模したすごろく風のゲームを選択する。ほとんどルーレットを回すだけなので、上手いとか下手とかは関係ない。


 で、始めたわけであるが……。


『事業に成功して、五千万円をもらう』


「またお金が増えましたね……」


 社長となった双葉が、所持金トップで独走状態だった。


 次点は直也で平社員。詩音はギャンブラーになって、一時は双葉を上回る勢いを見せたがその後に失速。智弘はアルバイト生活で諦めムード。


「やっぱり貧乏神出てくる方が良かったなー」

「あのゲームは、ヘタをすると喧嘩になるからなあ……」


 ふて腐れる智弘を、直也が苦笑しながら宥める。


「次、お兄ちゃん」

「ああ」


 ルーレットを振って止まった先は、結婚マスだった。


『なおやさんが結婚した。全員から百万円をもらう』


 その瞬間、直也の背筋に悪寒が走り、思わず身震いする。まるで、いきなり背中に氷を突っ込まれたような衝撃だった。


(えっ? 何だ!?)


 全身が総毛立っている。先程までは体調も普段通りで、風邪を引くキッカケも無かった筈だと、直也は考える。


 ふと視線を感じ、直也は腕をさすりながら顔を向けると、双葉が少し悲しげな表情で見つめている。


「どうしました?」

「なっ、何でもありません……!」


 何故か顔を赤らめ、慌てて視線を逸らす双葉。その様子を見ると、どうしてか罪悪感が生まれる。


 その後も、直也に特定のイベントが発生した時だけ、悪寒が走るのであった。


『なおやさんに、子供が生まれた。全員から十万円をもらう』


 ゾワッ!


『なおやさんに、子供が生まれた。全員から十万円をもらう』


 ゾワゾワッッ!!


『なおやさんに、子供が生まれた。全員から十万円をもらう』


 ゾワゾワゾワッッッ!!!


 四回目の悪寒が走った時は、咄嗟に振り返った。しかし台所ではあけみ、彩華、三奈が黙々と料理を作っているだけだった。


 ゲームは結局、双葉が独走を維持して一位になった。二位は後半から調子を上げた智弘。三位は直也。最下位は、ギャンブルに失敗した詩音であった。


 ちなみに双葉は、独身のままゲームを終えていた。一位になっても寂しそうであった。


 それから程なくして料理が出来上がった。


 人数と料理が多い為、いつも使っている食卓テーブルは使えない。大きな座卓を二つ並べ、そこに料理を並べていく。ほとんどは彩華が作った物だ。それに加えて、あけみと三奈の作った物が数品ずつ。


 みゆきがさりげなくビデオカメラと端末をセットし録画している。


 最後は、彩華お手製のケーキだ。直也の目の前に置かれたケーキは、朝に彩華が飾り付けていた物の一つだ。イチゴやキウイ、パイナップルといった果物や、生クリーム、チョコレートで豪華に飾り付けられている。甘いものが好きな直也の為に、彩華が腕によりをかけた至高の一品だ。店頭に出せば、万は下らないだろう。それが二つある。


「今日は人数が多いから、二つ作ってあります。たくさん食べられますよ」

「さすが彩だな」


 見事なケーキに、直也は相好を崩す。


 直也の反応に、ドヤ顔を見せる彩華。ジッとケーキを見つめるあけみは、対照的に悔しそうである。


 詩音は「さすがお姉ちゃん。気合いが違う……」と呟き、智弘は目をキラキラさせ「うわぁ、おいしそう!」と興奮気味だ。


 彩華は母の指導の下、子供の頃から料理を作り続けている。それに比べてあけみは、中学校まで剣術一筋であり、料理は学校の調理実習くらいしかしていなかった。士官学校に入ってからは時間を見つけて、少しずつ料理を覚えてきたが、積み上げてきたものの差は如何ともし難い。比較するのは酷である。


「これは……。スゴいですね」


 カメラを取り出し、ケーキを撮影する三奈。双葉は洋菓子店で作ったかと見紛う出来に、ただただ驚くばかりだ。


 席順は、主役の直也がお誕生日席へ。テーブルの長辺、直也のはす向かいには、あけみと彩華が陣取る。ここまでは先日の夕食会と同様だ。あけみの横には双葉と三奈が座る。彩華側には詩音、みゆきが。智弘はテーブルの短辺側、つまり直也の真正面に座る。


 進行は、彩華が取り仕切る。


「一日早いですが、兄様のお誕生会を始めますね」


 ケーキに刺したろうそくに火が灯され、直也を除く全員で誕生日を祝う歌を歌う。以外とノリノリだ。


 その間直也は、嬉しさより恥ずかしさがない交ぜになった複雑な笑顔を浮かべている。内心では羞恥に身悶えそうになるのを、必死に堪えていた。


(二十三歳にもなって、家族だけじゃ無く戦友達にも祝ってもらうとは。しかも歌付き……)


 歌う直前、直也は「歌う必要は無いんじゃないか?」と抵抗してみた。だが直也を除く全員が歌う事を選んだのだった。主役の意向よりも、多数決の方が強かった。


 歌い終わると、直也はろうそくの火を一息に吹き消し、拍手と共にパーティーが始まった。ひとまずケーキが下げられる。


 広いテーブルの上には、エビフライや唐揚げ、ローストビーフ、ハンバーグ、フライドポテトなどが盛り付けられたオードブル、山盛りのラーメンサラダ、そして肉じゃが、魚の煮付け、ドリアが入った皿がドドンと鎮座する。他には、スープや口直しの酢の物が全員に配られている。


 飲み物は、みゆき、直也、彩華の親子だけが酒を、他の面々はソフトドリンクだ。あけみは車で来ているためであり、双葉は先日同様に粗相するわけに行かないので自粛している。


 詩音と智弘は、豪華な料理と量に驚きを隠せない。兄弟それぞれ誕生日パーティーは行っているが、それらと比べても今回は一二を争うほど豪華であった。彩華の気合いの入り方が半端なかった。


 量もかなり多い。一般人ならば二、三食分はありそうだ。しかし体を動かす直也達にとっては、“普通の量”と言える。


 あけみは、肉じゃがと魚の煮付けの入った器を、直也の前にずいと押し出す。


「これ、私が作ったんだけど……」

「あ、ありがとうございます」


 先程持ってきた、鍋の中身だ。いつになく緊張した様子のあけみに、自然と直也の背筋も伸びる。


 まずは肉じゃがの入った器を手に取る。ジャガイモはしっかり味が染み込んでいるが、煮崩れはない。噛むと、少し濃いめながら甘辛い味が口に広がる。


「とても美味しいです」

「そう、よかった……」


 少しだけ安堵の表情を見せながらも、もう一つの料理に視線を向ける。


 食べるように促している事に気付き、魚の煮付けにも手を伸ばす。ふっくらとした身が、スルリと骨から剥がれる。こちらも少し味付けが濃いものの、ご飯にもお酒にも合う。


 思わず酒に手が伸びる。


「こちらも美味しいですね。あけみさんは、煮物がお上手なんですね」

「まだ練習中ね。口に合ったみたいで良かったわ」


 肩の荷が下りたと、あけみは安堵し笑みを浮かべる。仕事中のキリリとした印象と異なる、柔らかな表情だ。


 料理の経験が少ないあけみは、成功率も高くは無い。肉じゃがは二回目に作った物を持ってきていた。一回目の失敗作は、ジャガイモが溶けてぐずぐずになっていた。魚の煮付けも、三回目に成功した。今頃、叔父の家の食卓には、あけみの失敗作が並んでいることだろう。


 直也の満足げな様子に、彩華もあけみの作った料理を口にしてみた。粗を見つけてやろうとしたのだが、思いの外出来が良かった。濃いめの味付けも、直也の好みに近い。(兄様の好感度が上がってしまう……)と心の中で危機感を募らせる。


 今日のパーティーは、義兄を祝うのは勿論のこと、あけみと双葉に料理の腕の違いを見せつける狙いもあった。あけみは料理が得意ではない事を知っており、大したものは作れないと高をくくっていた。


 そんな様子を見ながら、空気となっている双葉は(料理を覚えよう)と心に決めるのであった。


 あけみと彩華が水面下で戦いを繰り広げている一方、テーブルのもう片方では和やかな会話が行われていた。


「双葉さんは研究所の人で、三奈さんはお兄ちゃん、お姉ちゃんと同じ部隊なんですね」


 詩音が向かい座る姉妹へ羨望の眼差しを向ける。



 みゆきと詩音は先日、秀嗣と直也、彩華から≪タロス≫の事を聞いたばかりであった。


 直也達が研究所で≪タロス≫の開発に携わっていたこと。そして≪タロス≫を運用する唯一の部隊に所属していること。


 話を聞いた二人は、始めは家族が銃火に晒されなくて良かったと安堵した。しかし続く秀嗣の言葉に動揺を見せた。


『≪タロス≫は、人に任せられない危険な任務にも投入する』


 リモートで家族会議に参加している秀嗣が、画面の向こうから言い放つ。それは今まで、みゆきや詩音が聞いたことの無い、冷徹さを感じさせる声であった。


 みゆきと詩音の顔色に気付いた秀嗣は、(言い過ぎたか?)と内心で反省すると、いつもの調子に戻って肩を竦める。


『でもまあ、父さんが命令を出す側だし、頼りになる仲間達もいる。それほど無茶なことはさせないつもりだ』


 二人はその言葉に無言で頷くしか無かった。秀嗣は心から家族を大切にしていることは分かっている。しかし同時に、多くの兵士達の命を預かる身である。


 大切な家族が、危険な目に遭わなければ良いと、祈るしか無かった。


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