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扶桑国戦記 (改訂版)  作者: 長幸 翠
第三章 反攻作戦前
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直也の休日二日目2

 続いて、買い物の為に郊外のショッピングセンターへと向かう。


 笑顔で助手席に乗り込んできたのはあけみだ。


「直也君、よろしくね」

「あけみさんが助手席なんですね。よろしくお願いします」


 普段助手席は彩華の定位置なので、少し新鮮な気持ちになる直也。


「ええ。ジャンケンに勝ったの」

「そ、そうですか……」


 あけみと対照的に、後部座席に乗り込んできた彩華は不満を滲ませている。その隣に座っている三奈は苦笑いだ。


 わざわざジャンケンする価値はあるのだろうかと疑問を持つが、当人達が納得しているなら良いかと考え直す。


 出発した一行は、双葉を家まで迎えに行った後、昨日と同じく五人で郊外のショッピングセンターへと向かう。次は女性陣の買い物だ。


 直也は振り回されている格好だが、文句一つ言わずに付き合っている。これも、彩華による昔からの“教育”の賜物であった。あとは「愛車の運転をしたい」という直也の希望に添ったものでもある。


 ショッピングセンターには様々な店がテナントとして入っている。戦争の影響か、そのいくつかが閉店しており、客の姿も戦前に比べて少ない。


 まずはファーストフード店で腹ごしらえをしてから、店を見て回る。


 多くの店では、戦争によって商品の種類と数が減り、陳列棚に空きが目立っている。そして少ない商品も価格が驚くほど高騰している。


 被占領地や避難地域からの商品が途絶えたのみならず、扶桑国の通貨である円が暴落し輸入が激減したこと事も価格高騰の要因だ。


 これは、食料や燃料を始め生活に必要なほとんどの物資を輸入に頼る扶桑国にとっては死活問題である。この状況が続くほど国内経済は悪化し、遠くないうちに限界を迎える事は想像に難くない。


「やっぱり、かなり値上がりしていますね……」


 立ち寄った雑貨店で、三奈は眉をひそめる。あけみと彩華も「倍くらいかしら?」「買い辛いですね……」と眉をひそめる。


 実は全員、戦争を予期して外国通貨の売買をしており、資産的には数倍に増えていたりする。それでも貧乏性、とまでは行かなくても金銭感覚にさほど変化は無いために、元の値段を知っていると手を出しづらい気持ちは強かった。


 最低限必要な物だけを購入して店を出る。次は目的地である衣料品店だ。


 当然、衣料品も値上がりしているのだが、それでも「久しぶりに買い物したい」と女性陣は主張していた。


 ここしばらくは前線での哨戒任務にあたっているので、勤務中だろうと休暇中であろうと、ほとんどの時間を迷彩服で過ごしている。だから私服は必要無い。


 それでも買い物をしたがっているのは、ストレス発散の為と直也は考えていた。


 統合機動部隊への配属から一ヶ月と少し。それから戦場で暮らす日々が始まった。


 ロボット兵器のお陰で、銃弾飛び交う現場に身を晒さず危険は少ない。だが≪タロス≫のカメラやマイクは自らの目や耳よりも性能が高い分、見たくないものが見え、聞きたくない音が聞こえてしまうのだ。そして自らの意志で相手を殺傷している事に変わりはない。


 そのストレスの大きさは、ただ傍観者としてモニター越しに戦場を見るのとは比較にならない。


(限度さえ弁えていれば、買い物や外出でストレス発散するのも悪くは無い、か)


 酒やタバコ、ギャンブルにのめり込んで、身を持ち崩すのでなければ良い。ストレス解消の手段が悪い方向で無ければ、ある程度許容するべきだと直也は考えていた。


 目的の店へと到着し、気合いを入れる女性陣。


 ここからが直也にとって試練の時だ。


 義妹の彩華が服やアクセサリーを選ぶ時、やたらと時間をかける上に、「どちらが良いと思いますか?」と、何故か直也に聞いてくるのだ。本人の中では、大体決めているというのに。


 ここで「彩の好きな方で良いんじゃない?」とか「どちらでも良い」は禁句だ。義妹が小学生の時、その言葉で泣かせてしまい懲りた。


 選ぶのが面倒だからと、逃亡した事もあった。その時は後でメチャクチャ拗ねられ、宥めるのに苦労した。以来、二度とやっていない。


 かと言って適当に選ぶと気分を害してしまう。少し時間をかけ、彩華により似合いそうな方を、しっかり考えて選ばなければならないのだ。まるで試験問題である。しかも彩華が成長するに従い、その試験のレベルがどんどん上がっていた。


 正解すると彩華は喜んでくれる。非常に面倒ではあるが、その笑顔を見てしまえば「まあ良いか」と思ってしまうのだ。直也は自分でも甘いと自覚はあるが、逃げられないのだから致し方ない。


 店に入ると、女性陣がそれぞれの服を探すために散らばっていく。直也は少し逡巡した後、全員の様子を順に見て回る事にした。


 店員達は、直也とあけみ達女性陣の関係に興味津々であった。何せ優しい見た目のイケメンが、同年代の美女を複数連れているのだ。気になるのは当然であろう。


 金持ちの男性が、取り巻きの女性達に好きな服を買わせているのかとも思った。しかし男性は偉そうにしているのでも無く、女性達も媚びる様子は無い。


 明らかに女性陣に主導権があり、イケメンは選択の一押しをしている。まるで「カップルで店を訪れ、彼女の服を選ぶ手伝いをする彼氏」というのがピッタリだ。その“彼女”が複数いるのに対し、“彼氏”がただ一人である点を除いては。


 戦争が始まってからは客足が減り、店は苦しいのだ。興味をそそられながらも、絶好の機会に、店員達はプロとしてあけみ達を接客する。


 直也は彩華とあけみからそれぞれ声をかけられ、彼女達の服を選んでいく。


(彩華はいつもの事だが……。あけみさんの服を、俺が選んでも良いのか?)


 疑問を感じながらも、似合いそうで、かつ無難な物を選択する。あけみが嬉しそうに「じゃあ、これにするわね」と、直也の選んだ服を店員に渡す。


 少し離れた所では、双葉と三奈が一緒に服を選んでいる。双葉はオシャレに疎く、一人で選ぶ事が出来ない為なのだが、直也は(姉妹だから、一緒に選んでいるのだろう)と考えていた。神威家でも、彩華と詩音が一緒に服を選ぶことがあるためだ。


 双葉と三奈がチラチラとこちらを見る視線に気付き、二人の方へ移動する。そして並んでいる服を見て……、絶句した。


「これは……?」


 そこには十着近い服が並べられていた。しかも“おっとり系お姉さん”の双葉には明らかに似合わない、ど派手な色合いと奇抜なデザインのものばかりが。


 蛍光色であったり、ラメが入っていたり、金色や銀色など、光沢のある布で作られたものしかない。服と言うよりもファッションショーで希に見かける、“一般人の感性では全く理解できない衣装”と見紛うものばかりだ。


(なぜ、こんなものが売っている!?!?)


 直也が絶句し、心の中でツッコミを入れるのも仕方のない事だ。ネタなのかとすら思った。


「直也君。ど、どれが良いかな……?」


 しかし双葉の眼差しは真剣だった。


 混乱し二の句を継げない直也と、それに気付かぬ双葉。


(ま、まずは状況確認だ……)


 訓練の中には、与えられた情報のみで判断すると失敗するものも多い。自らの手でそれ以外の情報を集め、その上で判断を下さねばならないのだ。


 今回のケースでは、双葉の選んだ服の中から選ぶと、確実に失敗する。あんな罰ゲームに等しい衣装から選んではならない。それ以外の選択肢を作り出さねばならない。


 視線を走らせると、揃って引きつった笑みを浮かべる三奈と店員が目に入る。二人の手には、落ち着いた色合いの服があった。どうやら双葉を説得しようとしたが失敗した、という状況を読み取った。兵士には、戦況を読み解く力が必要なのだ。


 今、双葉が来ている服は、ベージュを基調としたワンピース。直也が見ても、似合っていると思う。


 それに対し、候補に挙がっているものは奇抜な色とイカれたデザインの衣装。これで街を歩いたら、ブッチギリで悪目立ち間違い無しだ。


 直也の脳裏に、ノリノリで街を歩く双葉を見た子供が「おかーさーん、変な人がいるー!」と指を差し、母親が「シーッ! 見ちゃいけません!」と小声で窘める姿が想像出来た。


「私、イメージチェンジしようと思っているの……!」


 両手を胸の前で握りしめ、「ふんす!」と気迫のこもった顔で直也を見上げる。何が双葉を駆り立てたのか分からないが、決心は無駄に固いらしい。


(イメージチェンジじゃなくて、イメージ崩壊ですよ!)


 思わず出そうになった言葉を飲み込み、「……なるほど」と声を絞り出す。


 再び三奈と店員を見る。二人の目が「思い止まらせて欲しい!!」と必死に訴えている。当然だろう。こんな衣装を着た双葉と一緒に歩きたいとは思わない。


 店員も、余りに似合わない服を売る事はプロとして矜持に反するようだ。


(それなら、どうしてこんな服を売っているんだ?)


 そう心の中で呟きながらも、微笑を絶やさない直也。ギラギラ輝く衣装を前に、どう説得するか考えて顔を上げる。


「……急に変えるのではなく、少しずつ変えた方が良いかもしれません」


 直也の意図を理解した店員が、サッと素早く動いて新たな服を持ってくる。今着ている物と色柄が少し変わっていて、尚且つ冒険していない物を。何より、ちゃんとした服を。


 これなら問題無いと、直也は試着を勧める。双葉は眉を寄せて服とにらめっこしてから、直也の薦めだからと大人しく従う。


「どうでしょうか……?」


 着替え終えた双葉が試着室のカーテンを開く。ゆったりめのブラウスとワイドパンツ姿でよく似合っている。


「とても似合っていますよ」

「すごく良いと思う!」


 直也と三奈が両手放しで褒める。「あんな衣装を選ばせてなるものか!」と気迫の籠もった反応だったが、双葉はそれに気付かずに頬を緩ませる。


「そう……。これにしようかな?」


 手応えを感じた三人は「これも試してみてください」と別の服を渡して、一気に畳みかける。


 結果として双葉の目を逸らすことに成功したのだった。直也達は内心で胸をなで下ろしながら、共に難局を乗り切った戦友のような感情が芽生えた、かもしれない。



 あけみ達が会計をしている間、ブラブラしていた直也は衣装コーナーを見つけていた。先程、双葉が買おうとした“アレ”の置いてあった場所である。


 その一角に、“メイド服&執事服”と題したコーナーがあったので、何となく覗いてみる。


(亮輔が好きそうだな)


 部下の一人である穂高亮輔少尉はアニメやゲームが好きで、直也を含む男性陣も待機中の暇潰しにと付き合っていた。その際、メイド服について熱く語っていたことを思い出す。


 直也は適当に聞き流していたのであまり覚えていないが。


 並んでいる服を見ると、フリルをふんだんに使った可愛らしいデザインから、実用性重視で地味なものもある。色合いは紺色や黒など落ち着いたものから、赤や黄色や緑、ピンクと言った派手で特撮の戦隊物を彷彿させる色まである。スカートの丈も、くるぶしが隠れるほどに長いものから、動くとスカートの中が見えそうなほどに短いものまで様々だ。


 執事服の種類はそれほどでも無いが、タキシードや燕尾服、モーニングを模したデザインが多い。色はメイド服に比べて少なめであるが、変わり種として赤や白、金色と銀色と言った、芸人の衣装かと思えるものもある。


 メイド服も執事服も、仮装やコスプレの衣装と言うことで売れないのであろう。ほとんど値上がりしていない様子であった。


 会計が終わるタイミングを見計らい、さりげなく女性陣の元に戻り店を出た。しかし直也は気付かなかった。暇潰しとは言え、メイド服を見ている姿を、女性陣にしっかり見られていたことに。



 この後、二か所目の衣料品店へと向かった一同は、ここでも時間をかけて服を買っていた。男性物もあったことから、直也も服を買わされた。あけみと彩華が選んだ物である。


 試着も含めて十五分しかかかっていない。女性陣があれこれ持ってくるせいで、危うく着せ替え人形になりかけたが、ササッと選ぶことで回避していた。これも、今まで彩華と一緒に服を買いに行ったことで身につけたスキルだ。


 駐車場に戻り、車に荷物を積み込んでいく。車で出かけたのは、大量に買い物する事を見越していたためである。


(ストレスが相当溜まっていたんだろうな……)


 車の荷室を埋め尽くす買い物袋の山に、直也は少し遠い目をしながら考える。


 荷物を積み終えた所で「兄様。自由時間にしますね」と彩華が告げる。まだ買い物をするつもりらしい。だが、明日は自分の誕生会があるので、プレゼントを買ってくれるのだろうと思い至った。


 二時間後に待ち合わせをして女性陣と別れ、一人でいくつかの店を覗いた後、喫茶店で本を読みながら待つ。


 予定時間少し前に合流すると、更に紙袋が増殖していた。あけみ、双葉、三奈を家まで送ってから実家に帰宅する。女性陣はとても満足そうであった。


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