直也の休日二日目1
休暇二日目、直也と彩華の兄妹は、直也の車で双葉の家に寄って三奈を拾った後、あけみが宿泊している親戚の家に向かった。立派な門構えと広い敷地を持つ和風の家だ。敷地には道場も隣接している。
この家は、あけみの祖父母、それに父である出雲基成大佐の兄家族が住んでいる。何代か続く剣術道場を、出雲大佐の兄が継いだ形だ。
また、ここはあけみが小学生時代を過ごした家でもあった。当時あけみの母は、御浦市の病院で長い闘病生活を送っており、転勤の多い父と二人暮らしするよりも良いとの判断で、この家に預けられていた。
叔父の子供は二人ともあけみより年上、かつ男であったことから、あけみは実の娘のように大切に育てられた。それでも、甘やかされた訳ではないらしい。
直也達は道場の更衣室で運動着に着替えると、あけみの従兄の一人、弟の方に連れられて道場に入る。彼は白い上衣と紺色の袴姿だ。見た目も立ち振る舞いも凜然として、直也の持つ“武士”のイメージに近い。
中には恰幅の良い厳つい顔の男性が、同じく白い上衣と紺色の袴姿で座っていた。彼も従兄の一人で、兄の方だ。
直也達は「よろしくお願いします」と頭を下げる。直也はその前に向かい合って正座し、彩華と三奈は、直也の両側に腰を下ろす。案内をした弟は、兄の隣に座る。
直也達とあけみの従兄の兄弟が向かい合う形となる。
程なく、あけみもやってくる。
「おはよう、みんな」
「おはようございま……」
直也の動きが固まる。あけみは従兄の兄の隣に座ると、小首を傾げて「どうしたの?」と声をかける。
「あ、すみません……。初めて見る格好だったので……」
あけみも、従兄達と同様に、白い上衣と紺色の袴を身に纏っている。基地で剣術の稽古を行う際は、運動着か迷彩服姿だった。
「おかしいかしら……?」
袖をつまみ、不安そうに自らの姿を見下ろす。
「いいえ。凜々しくて、とてもお似合いです」
微笑を浮かべ本心を伝える直也。ただ、あけみの道着姿に見入っていただけだった。
「そ、そう、かしら? あ、ありがとう……」
その言葉にあけみは、顔を赤く染め直也から目線を逸らす。口元は真一文字に結ばれているが、少しピクピクしている。思わずニヤけそうになる顔を引き締めようとしていた。
彩華が(また余計なことを言って!)と、スッと目を細めて義兄を睨み付けるが、直也は気付かない。
そこに咳払いが二つ。あけみの従兄達であった。二人揃ってギロッと直也を睨めつけている。普通の人間であれば、思わず腰を抜かしそうな程の威圧感を出している。
本来、この稽古に従兄達が参加する予定は無かった。しかし直也が来ると聞いて、従兄達は揃って参加する事にした。妹同然に可愛がっているあけみの命を預けるに足る人物か。そしてもう一つ、あけみを誑かす“害虫”かを見極めるためだ。
この家に住んでいた頃のあけみは、剣術の稽古に打ち込む活発な女の子であった。一言で表せば「お転婆」だった。その後も、中学卒業くらいまでは天才剣術少女として、恋愛とは縁遠い暮らしをしてきた。
それが、士官学校に入った辺りから女性らしさを見せるようになった。それと同時に耳にするようになった、神威直也という名前。あけみは隠しているつもりであったが、直也の事を話す口ぶりから、好意を持っている事は周囲にバレバレだった。
今回、初めて直也を目にしたわけであるが、印象はあまり良くない。
真面目で優しそうな雰囲気はある。だが、部下とは言え同年代の美女二人を引き連れ、なおかつあけみに甘い言葉をかけて惑わせる若造。色眼鏡入りまくりであるが、そのように見えてしまった。
(確かにあっちゃんは、とても美しくなった。しかしこんな奴に任せるのは……、気に入らん!)
なので、兄弟揃って思わず威圧してしまった。
だが、直也はピクッと反応して従兄達を見ただけで、動じているようには見えない。門下生のみならず、大会でも対戦相手を怯ませると言うのに。
「この道場で指導員をしている、出雲剛だ。あけみ君の従兄に当たる」
「同じく、弟の出雲誠です」
従兄達に続き、直也達も自己紹介をする。
直也達が剣術の稽古を始めたキッカケは、≪タロス≫用の刀型高周波ブレードだ。当初は刀の扱いに慣れているあけみ専用で、一部から“ロマン武器”と揶揄されていたが正式採用された。
それならばと、直也達希望者に(文字通り付け焼き刃だが)簡単な剣術の稽古が追加されたのだった。≪タロス≫や≪アトラス≫で斬り合いになる事は無いと考えられているため、刀の扱いや物を斬る方に重点が置かれている。しかし指導者役のあけみは、何故か直也にだけ、対戦形式の稽古を課していた。
まずは全員で素振りをした後、彩華と三奈は剛と誠が付いて型稽古、直也はあけみと、防具を着けて打ち込み稽古となったのだが……。
「直也君、行くよっ!」
ホームグラウンドであるせいか、服装のせいか分からないが、いつもより張り切っていて、口調も違う。
稽古も普段より幾分……ではなく、かなり激しかった。
あけみは「ハッ!」とか「ヤーッ!」のかけ声と共に打ち込んでくる。面の奥から見える表情は嬉々として、見るものを魅了するだろう。
(なっ!! いつもと違う!)
だが相対している直也には、そんな余裕などなかった。普段よりも、明らかに身のこなしと振りが速いのだ。ひたすら木刀を受け、いなす事に全神経を注ぐ。時間にして十分にも満たないが、直也には一時間にも二時間にも感じる程の濃密な時間だった。
稽古が一段落付いて、二人は腰を下ろす。面を脱いだあけみの顔には、軽く汗が浮かんでいる。「ちょうど良い運動が出来てスッキリ」という顔だ。
「今日の稽古は激しかったですね……」
対して、直也は汗だくであった。体力的な疲労より精神的な疲労の方が強い。出た汗の半分以上は冷や汗か。
「ふふふっ、そうかしら? 久しぶりにこの道場で木刀を振ったから、いつもより頑張ったかも?」
「俺、守るだけで精一杯だったんですけど……」
確信犯だった。悪戯っぽく笑うあけみに、愚痴がこぼれる。いくら経験が桁違いに違うと言っても、一方的に叩き伏せられるのは直也にとって面白くない。
普段の稽古では、三割くらい攻撃する事が出来ていた。それが今回は、ただの一、二回しか打ち込めていない。しかも防がれ、カウンターで逆に打ち込まれていた。真剣を持っていたなら、確実に十回は死んでいただろう。
「少し休んだら、もう一回……。いえ、二回やりましょう」
「えっ……」
あけみの言葉に、顔を引きつらせる直也。その表情に、あけみは口元に手を当て、クスクスと笑う。
「大丈夫。今度は少し加減するから」
訝しげな直也に、「信じて」と付け足す。直也は不承不承ながらも「……はい」と頷いた。
「でも、なぜ俺だけ対人戦の稽古をしているのでしょうか?」
「直也君は、対人戦にも強くなってもらいたいのよ」
「理由は?」
「……秘密、よ」
意味深な笑みを浮かべるあけみ。
(高周波ブレードで斬り合いになる事は無いだろうに……。どうして対人戦の強さが必要なのだろう?)
疑問に思えど、教えてもらえないのであれば仕方ない。直也はそれ以上の追求はしなかった。
あけみと直也の稽古を見ていた剛と誠は、直也があけみの打ち込みに対応していた事に、内心驚いていた。まあ、素人故に簡単なフェイントにも引っかかっていたのだが。
(あっちゃんを誑かす、口先だけの奴かと思ったが……。意外と筋は良い)
稽古を終え、シャワーを借りて汗を流した直也達。直也はあけみの言葉通り、十分程度の対戦を二回行った。あけみは初回より手加減していたが、それでもいつもより格段に強かった。結局、直也は一本も取れずに終わり不満顔であった。対照的にあけみは、とても充実した顔をしていた。