表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
扶桑国戦記 (改訂版)  作者: 長幸 翠
第三章 反攻作戦前
63/73

直也の休日二日目1

 休暇二日目、直也と彩華の兄妹は、直也の車で双葉の家に寄って三奈を拾った後、あけみが宿泊している親戚の家に向かった。立派な門構えと広い敷地を持つ和風の家だ。敷地には道場も隣接している。


 この家は、あけみの祖父母、それに父である出雲基成大佐の兄家族が住んでいる。何代か続く剣術道場を、出雲大佐の兄が継いだ形だ。


 また、ここはあけみが小学生時代を過ごした家でもあった。当時あけみの母は、御浦市の病院で長い闘病生活を送っており、転勤の多い父と二人暮らしするよりも良いとの判断で、この家に預けられていた。


 叔父の子供は二人ともあけみより年上、かつ男であったことから、あけみは実の娘のように大切に育てられた。それでも、甘やかされた訳ではないらしい。


 直也達は道場の更衣室で運動着に着替えると、あけみの従兄の一人、弟の方に連れられて道場に入る。彼は白い上衣と紺色の袴姿だ。見た目も立ち振る舞いも凜然として、直也の持つ“武士”のイメージに近い。


 中には恰幅の良い厳つい顔の男性が、同じく白い上衣と紺色の袴姿で座っていた。彼も従兄の一人で、兄の方だ。


 直也達は「よろしくお願いします」と頭を下げる。直也はその前に向かい合って正座し、彩華と三奈は、直也の両側に腰を下ろす。案内をした弟は、兄の隣に座る。


 直也達とあけみの従兄の兄弟が向かい合う形となる。


 程なく、あけみもやってくる。


「おはよう、みんな」

「おはようございま……」


 直也の動きが固まる。あけみは従兄の兄の隣に座ると、小首を傾げて「どうしたの?」と声をかける。


「あ、すみません……。初めて見る格好だったので……」


 あけみも、従兄達と同様に、白い上衣と紺色の袴を身に纏っている。基地で剣術の稽古を行う際は、運動着か迷彩服姿だった。


「おかしいかしら……?」


 袖をつまみ、不安そうに自らの姿を見下ろす。


「いいえ。凜々しくて、とてもお似合いです」


 微笑を浮かべ本心を伝える直也。ただ、あけみの道着姿に見入っていただけだった。


「そ、そう、かしら? あ、ありがとう……」


 その言葉にあけみは、顔を赤く染め直也から目線を逸らす。口元は真一文字に結ばれているが、少しピクピクしている。思わずニヤけそうになる顔を引き締めようとしていた。


 彩華が(また余計なことを言って!)と、スッと目を細めて義兄を睨み付けるが、直也は気付かない。


 そこに咳払いが二つ。あけみの従兄達であった。二人揃ってギロッと直也を睨めつけている。普通の人間であれば、思わず腰を抜かしそうな程の威圧感を出している。


 本来、この稽古に従兄達が参加する予定は無かった。しかし直也が来ると聞いて、従兄達は揃って参加する事にした。妹同然に可愛がっているあけみの命を預けるに足る人物か。そしてもう一つ、あけみを誑かす“害虫”かを見極めるためだ。


 この家に住んでいた頃のあけみは、剣術の稽古に打ち込む活発な女の子であった。一言で表せば「お転婆」だった。その後も、中学卒業くらいまでは天才剣術少女として、恋愛とは縁遠い暮らしをしてきた。


 それが、士官学校に入った辺りから女性らしさを見せるようになった。それと同時に耳にするようになった、神威直也という名前。あけみは隠しているつもりであったが、直也の事を話す口ぶりから、好意を持っている事は周囲にバレバレだった。


 今回、初めて直也を目にしたわけであるが、印象はあまり良くない。


 真面目で優しそうな雰囲気はある。だが、部下とは言え同年代の美女二人を引き連れ、なおかつあけみに甘い言葉をかけて惑わせる若造。色眼鏡入りまくりであるが、そのように見えてしまった。


(確かにあっちゃんは、とても美しくなった。しかしこんな奴に任せるのは……、気に入らん!)


 なので、兄弟揃って思わず威圧してしまった。


 だが、直也はピクッと反応して従兄達を見ただけで、動じているようには見えない。門下生のみならず、大会でも対戦相手を怯ませると言うのに。


「この道場で指導員をしている、出雲剛たけしだ。あけみ君の従兄に当たる」

「同じく、弟の出雲誠まことです」


 従兄達に続き、直也達も自己紹介をする。


 直也達が剣術の稽古を始めたキッカケは、≪タロス≫用の刀型高周波ブレードだ。当初は刀の扱いに慣れているあけみ専用で、一部から“ロマン武器”と揶揄されていたが正式採用された。


 それならばと、直也達希望者に(文字通り付け焼き刃だが)簡単な剣術の稽古が追加されたのだった。≪タロス≫や≪アトラス≫で斬り合いになる事は無いと考えられているため、刀の扱いや物を斬る方に重点が置かれている。しかし指導者役のあけみは、何故か直也にだけ、対戦形式の稽古を課していた。


 まずは全員で素振りをした後、彩華と三奈は剛と誠が付いて型稽古、直也はあけみと、防具を着けて打ち込み稽古となったのだが……。


「直也君、行くよっ!」


 ホームグラウンドであるせいか、服装のせいか分からないが、いつもより張り切っていて、口調も違う。


 稽古も普段より幾分……ではなく、かなり激しかった。


 あけみは「ハッ!」とか「ヤーッ!」のかけ声と共に打ち込んでくる。面の奥から見える表情は嬉々として、見るものを魅了するだろう。


(なっ!! いつもと違う!)


 だが相対している直也には、そんな余裕などなかった。普段よりも、明らかに身のこなしと振りが速いのだ。ひたすら木刀を受け、いなす事に全神経を注ぐ。時間にして十分にも満たないが、直也には一時間にも二時間にも感じる程の濃密な時間だった。


 稽古が一段落付いて、二人は腰を下ろす。面を脱いだあけみの顔には、軽く汗が浮かんでいる。「ちょうど良い運動が出来てスッキリ」という顔だ。


「今日の稽古は激しかったですね……」


 対して、直也は汗だくであった。体力的な疲労より精神的な疲労の方が強い。出た汗の半分以上は冷や汗か。


「ふふふっ、そうかしら? 久しぶりにこの道場で木刀を振ったから、いつもより頑張ったかも?」

「俺、守るだけで精一杯だったんですけど……」


 確信犯だった。悪戯っぽく笑うあけみに、愚痴がこぼれる。いくら経験が桁違いに違うと言っても、一方的に叩き伏せられるのは直也にとって面白くない。


 普段の稽古では、三割くらい攻撃する事が出来ていた。それが今回は、ただの一、二回しか打ち込めていない。しかも防がれ、カウンターで逆に打ち込まれていた。真剣を持っていたなら、確実に十回は死んでいただろう。


「少し休んだら、もう一回……。いえ、二回やりましょう」

「えっ……」


 あけみの言葉に、顔を引きつらせる直也。その表情に、あけみは口元に手を当て、クスクスと笑う。


「大丈夫。今度は少し加減するから」


 訝しげな直也に、「信じて」と付け足す。直也は不承不承ながらも「……はい」と頷いた。


「でも、なぜ俺だけ対人戦の稽古をしているのでしょうか?」

「直也君は、対人戦にも強くなってもらいたいのよ」

「理由は?」

「……秘密、よ」


 意味深な笑みを浮かべるあけみ。


(高周波ブレードで斬り合いになる事は無いだろうに……。どうして対人戦の強さが必要なのだろう?)


 疑問に思えど、教えてもらえないのであれば仕方ない。直也はそれ以上の追求はしなかった。


 あけみと直也の稽古を見ていた剛と誠は、直也があけみの打ち込みに対応していた事に、内心驚いていた。まあ、素人故に簡単なフェイントにも引っかかっていたのだが。


(あっちゃんを誑かす、口先だけの奴かと思ったが……。意外と筋は良い)



 稽古を終え、シャワーを借りて汗を流した直也達。直也はあけみの言葉通り、十分程度の対戦を二回行った。あけみは初回より手加減していたが、それでもいつもより格段に強かった。結局、直也は一本も取れずに終わり不満顔であった。対照的にあけみは、とても充実した顔をしていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ