表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
扶桑国戦記 (改訂版)  作者: 長幸 翠
第三章 反攻作戦前
62/98

直也の休日一日目2

 次の目的地は、御浦市の繁華街だ。


 地下鉄に乗り込むと、直也の両隣には双葉とあけみが、その外には三奈と彩華が座る。乗り込んだ際、直也は端の席に座ろうとしたのだが、女性陣から座る場所を指定されてこの配置となった。直也は少し釈然としない気分だ。


 二駅ほど過ぎた辺りで、直也の左肩に重みがかかる。見ると、双葉が眠りこんで寄りかかっていた。ほとんど徹夜だった所に、歩き疲れて限界を迎えたのだろう。


 気付いた三奈が姉を起こそうとする。だが直也は「少し寝せておこう」と、押し留める。


「私も少し寝ようかしら?」


 反対側のあけみが、わざとらしく口元を抑える。


「どうぞ。近くなったら起こしますよ」

「ありがとう、それじゃあお願ね」


 微笑を浮かべたあけみは、そう言うと直也の右肩に寄りかかって瞳を閉じる。


 突然の行動に、直也が「あけみさん……?」と戸惑いの声を上げるも、あけみは聞こえないふりでタヌキ寝入りをする。


 押しのけるわけにも行かず、その視線の先にいる彩華に助けを求めようとする。だが視線が合うと、ふくれっ面でプイッと目を逸らされた。


(えー……。どうすれば良いんだ?)


 両肩に心地よい重みを感じながら、直也は途方に暮れる。そして自分が周囲からどのように見えているか考えてみる。


 美女を四人従え、そのうち二人が一人の男性にもたれかかっている。直也としては、勝手に寄りかかられているだけであり、疚しい気持ちなど、まったく、これっぽっちも、たぶん……、無い。だが周りは、そんな事情など知るはずもない。


 他人がそんな事をしている姿を目の当たりにしたら、直也でも良い印象は持たないだろう。


(俺、あと二十分くらいこのままなのかな……?)


 目的の駅に着くまで、まだしばらく時間がかかる。この状態はとても気が落ち着かない。また一方で、せっかく穏やかに眠っている二人を起こすのも気が引ける。


 学校や会社に帰宅時とも重なり、乗客が乗り込んできては、直也達の方をチラチラと見ていく。若いビジネスマンや男子学生からの、刺すような視線がとても痛い。まるで目からレーザー光線が出て、直也を焼いているかのようだ。


 実際は“妬いている”ので、あながち外れてもいなかったりするが。


 そして彩華から、えも言われぬ黒い波動がヒシヒシと伝わってくる。しかも時間が経つにつれて、どんどん強くなる。


 背中に冷や汗が流れる。戦闘時は冷静な直也もこのプレッシャーには耐えられず、十分ほどで二人を起こしたのだった。


 目覚めた双葉は、直也の肩に寄りかかっていたことに慌てふためき、耳まで真っ赤に染めて「ごめんなさい」を連呼していた。それに対しあけみは、満足げな表情で一言「ありがとう」と言うのだった。



 今日のイベントの締めくくりは、夕食会である。


 予約していたのは、繁華街にある小さな店だ。居酒屋のように気軽な所では無く、かと言って高級店のように肩肘張ってもいない。オシャレで女性が好みそうな雰囲気。あけみの選んだ店だ。


 個室に通され、直也は強制的に上座――お誕生日席――へ。テーブルの長手、はす向かいの直也側にはあけみと彩華が、二人の隣には双葉と三奈が座る。


「双葉ちゃんはアルコール無しね」

「……はい。分かっています」


 あけみの言葉に、双葉が神妙な顔で頷く。三月の送別会で発生した、双葉の酔っ払い事件。直也に執拗に絡み、話題と禍根を残した。この時にしでかした行為を、双葉は深く反省していた。反面、直也への好意を強く意識するキッカケでもあった。


 あけみ、直也、彩華が酒を注文する中、双葉、そして未成年の三奈は、ソフトドリンクを注文する。扶桑国では、二十歳以上を成人としており、飲酒が出来るようになるのも二十歳以上である。


 料理に舌鼓を打ち、話に花を咲かせる。双葉を除いて健啖家ばかりであり、量は多めだ。


 個室とはいえ公共の場であるため、≪タロス≫を始めとする兵器や作戦の話は避けている。話題は差し障りの無いものだ。


「……彩華ちゃん。お酒のペース速くない?」


 あけみは、正面に座る彩華に声をかける。彩華は三十分ほどの間に、ビールのピッチャー一つを皮切りに、ワイン一本やら焼酎五合やらを“一人で”飲んでいた。


「少し喉が渇いていたんです」


 米で造った扶桑酒を水のように飲み干した後、事も無げに答える。その表情には酔いの欠片も見られない。


(……少し??)


 頭の中で盛大に〝?〟を浮かべながら、あけみは「そう……」と返す。自身の酒の強さは普通と思っているが、直也の前で酔いすぎて醜態を晒すわけにはいかない。始めにビール一杯飲んだ後は、アルコール度数が弱めなカクテルをチビチビと飲んでいた。今はほろ酔い加減である。


 あけみと彩華の話を聞いていた直也は、「彩は酒に強いんですよ。母譲りみたいです」と笑う。直也も程よくアルコールが回っているようで、顔が少し赤くなり普段より表情も柔らかい。


「私なんて、ビール一杯飲んだだけで記憶が曖昧になるんですよ……」


 双葉も、彩華に羨望と嫉妬の眼差しを向けながら、恨めしそうに呟く。飲んでいる時は夢見心地で、とても楽しい気分になるのだ。と同時に気が大きくなって抑制が利かなくなり、普段では絶対にしない行動に出てしまう。何とかしたいと思っているが、どうにもならないのだ。最後に「不公平です」と口を尖らせる。


 姉の愚痴が続きそうだと思った三奈は、話題を変える。


「今日は本当に楽しかったです。水族館はテレビで見るのとは全然違いますね」


 初めて水族館に行ったという双葉と三奈。特に三奈は子供のように目を輝かせ、ミラーレスカメラを片手に忙しなく歩き回っていた。


「三奈ちゃんは色々撮影していたけれど、見せてもらっても良い?」

「あ、はい……。素人なので、人に見せるのは恥ずかしいですけど……」


 カメラを取りだした三奈は、画面を見せようとする。だが、全員で見るには小さすぎた。直也はタブレット端末を取り出して、三奈に手渡した。


「これを使った方が、見やすいだろう」

「ありがとうございます」


 タブレット端末からカメラにデータを飛ばして、写真の鑑賞会が始まった。


 水族館へと続く海辺の公園の写真から始まり、水族館の外観、熱帯魚の水槽、様々な魚が回遊する大水槽と続く。三奈がカメラを買ったのは戦争が始まる少し前。撮影するようになって日が浅く、勉強中と言うこともあって構図や設定に未熟なものが多い。


「やっぱり下手くそですね……」


 羞恥に顔を染める三奈。本心では今すぐ片付けたいのだろう。「もう見なくても良いんじゃないですか?」と続ける。


「まあ、これも良い経験だよ」


 直也達は笑いながら写真を見ていく。


「亮輔“先生”も、他の人に見てもらうのが良いって言っていただろう?」

「そうですけど……。やはり恥ずかしいです」


 生き物の写真に混じり、直也達を撮ったものもある。予め三奈から「皆さんを撮っても良いですか?」と聞かれて、了承していたものだ。決してストーカーをしていたのでは無い。


 直也達の写っている写真を見つける度に、あけみ、彩華、双葉が「この写真が欲しい」と言って、それぞれの端末に転送していく。


 ペンギンの写真になってからは、ひたすらペンギンが続いた。まるで「一瞬たりとも見逃すまじ」と言わんばかりだ。次に見たイルカのショーを含め、四桁にもなる枚数をざーっと飛ばしながら見ていった。


 水族館の前で、全員が並んで撮った写真もあった。募金騒ぎで集まった職員から、カメラに詳しい人に撮ってもらったものだ。良い笑顔をしていて、この写真も全員の端末に転送した。


 地下鉄の中で撮ったものもあった。双葉が直也の肩でグッスリ眠りこけているものだ。写真の直也は、困った顔をしている。


 双葉は「こんな写真も撮っていたの!?」と耳まで真っ赤にして抗議の声を上げる。しかし写真は、しっかり双葉の端末にコピーしていた。


 その反対側、あけみが直也の肩に寄りかかっているものもあった。あけみはすかさず自分の端末にコピーした。


 タブレット端末をみてきゃあきゃあ言い合う女性陣。その様子に直也は、「俺の写真、いらないと思うんだけど……」と苦笑いしながら酒を飲んでいた。



 楽しい時間が終わり、彩華が明日からの予定を伝える。


「明日は、午前中があけみさんのご親戚の家で剣術の稽古。午後は買い物です。

 そして明後日は、兄様と私の実家で、兄様の誕生日パーティーを予定しています」

「彩……。パーティーはしなくて良いと思うんだ。それに、みんなを無理に参加させなくても……」


 もうすぐ直也は二十三歳になる。成人後に誕生日パーティーをしてもらうだけでも気恥ずかしいのに、何故かあけみ、双葉、三奈も参加すると言うのだ。無駄だとは思いつつも、抵抗してしまう。


「無理に、じゃないわよ。それとも、私がいると邪魔かしら?」

「いえ……、そんな事は無いです」

「ぜひ参加したいです……」

「僕も、折角の機会なので参加させてください」

「…………マジか」

「皆さん参加したいようですが……。それでも中止しますか?」

「…………わかった。みんなが良いなら何も言わない」


 やはりダメだったと肩を落とす直也。普段の直也は、無理矢理我を通すタイプではない。それでも、あけみ達が嫌々参加するのではないと知って、少し安堵する。


(イベントが少ないから、参加したいんだろうな)


 夕食会を終えた一行は、最寄りの地下鉄駅で解散し、帰宅の途についた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ