直也の休日一日目2
次の目的地は、御浦市の繁華街だ。
地下鉄に乗り込むと、直也の両隣には双葉とあけみが、その外には三奈と彩華が座る。乗り込んだ際、直也は端の席に座ろうとしたのだが、女性陣から座る場所を指定されてこの配置となった。直也は少し釈然としない気分だ。
二駅ほど過ぎた辺りで、直也の左肩に重みがかかる。見ると、双葉が眠りこんで寄りかかっていた。ほとんど徹夜だった所に、歩き疲れて限界を迎えたのだろう。
気付いた三奈が姉を起こそうとする。だが直也は「少し寝せておこう」と、押し留める。
「私も少し寝ようかしら?」
反対側のあけみが、わざとらしく口元を抑える。
「どうぞ。近くなったら起こしますよ」
「ありがとう、それじゃあお願ね」
微笑を浮かべたあけみは、そう言うと直也の右肩に寄りかかって瞳を閉じる。
突然の行動に、直也が「あけみさん……?」と戸惑いの声を上げるも、あけみは聞こえないふりでタヌキ寝入りをする。
押しのけるわけにも行かず、その視線の先にいる彩華に助けを求めようとする。だが視線が合うと、ふくれっ面でプイッと目を逸らされた。
(えー……。どうすれば良いんだ?)
両肩に心地よい重みを感じながら、直也は途方に暮れる。そして自分が周囲からどのように見えているか考えてみる。
美女を四人従え、そのうち二人が一人の男性にもたれかかっている。直也としては、勝手に寄りかかられているだけであり、疚しい気持ちなど、まったく、これっぽっちも、たぶん……、無い。だが周りは、そんな事情など知るはずもない。
他人がそんな事をしている姿を目の当たりにしたら、直也でも良い印象は持たないだろう。
(俺、あと二十分くらいこのままなのかな……?)
目的の駅に着くまで、まだしばらく時間がかかる。この状態はとても気が落ち着かない。また一方で、せっかく穏やかに眠っている二人を起こすのも気が引ける。
学校や会社に帰宅時とも重なり、乗客が乗り込んできては、直也達の方をチラチラと見ていく。若いビジネスマンや男子学生からの、刺すような視線がとても痛い。まるで目からレーザー光線が出て、直也を焼いているかのようだ。
実際は“妬いている”ので、あながち外れてもいなかったりするが。
そして彩華から、えも言われぬ黒い波動がヒシヒシと伝わってくる。しかも時間が経つにつれて、どんどん強くなる。
背中に冷や汗が流れる。戦闘時は冷静な直也もこのプレッシャーには耐えられず、十分ほどで二人を起こしたのだった。
目覚めた双葉は、直也の肩に寄りかかっていたことに慌てふためき、耳まで真っ赤に染めて「ごめんなさい」を連呼していた。それに対しあけみは、満足げな表情で一言「ありがとう」と言うのだった。
今日のイベントの締めくくりは、夕食会である。
予約していたのは、繁華街にある小さな店だ。居酒屋のように気軽な所では無く、かと言って高級店のように肩肘張ってもいない。オシャレで女性が好みそうな雰囲気。あけみの選んだ店だ。
個室に通され、直也は強制的に上座――お誕生日席――へ。テーブルの長手、はす向かいの直也側にはあけみと彩華が、二人の隣には双葉と三奈が座る。
「双葉ちゃんはアルコール無しね」
「……はい。分かっています」
あけみの言葉に、双葉が神妙な顔で頷く。三月の送別会で発生した、双葉の酔っ払い事件。直也に執拗に絡み、話題と禍根を残した。この時にしでかした行為を、双葉は深く反省していた。反面、直也への好意を強く意識するキッカケでもあった。
あけみ、直也、彩華が酒を注文する中、双葉、そして未成年の三奈は、ソフトドリンクを注文する。扶桑国では、二十歳以上を成人としており、飲酒が出来るようになるのも二十歳以上である。
料理に舌鼓を打ち、話に花を咲かせる。双葉を除いて健啖家ばかりであり、量は多めだ。
個室とはいえ公共の場であるため、≪タロス≫を始めとする兵器や作戦の話は避けている。話題は差し障りの無いものだ。
「……彩華ちゃん。お酒のペース速くない?」
あけみは、正面に座る彩華に声をかける。彩華は三十分ほどの間に、ビールのピッチャー一つを皮切りに、ワイン一本やら焼酎五合やらを“一人で”飲んでいた。
「少し喉が渇いていたんです」
米で造った扶桑酒を水のように飲み干した後、事も無げに答える。その表情には酔いの欠片も見られない。
(……少し??)
頭の中で盛大に〝?〟を浮かべながら、あけみは「そう……」と返す。自身の酒の強さは普通と思っているが、直也の前で酔いすぎて醜態を晒すわけにはいかない。始めにビール一杯飲んだ後は、アルコール度数が弱めなカクテルをチビチビと飲んでいた。今はほろ酔い加減である。
あけみと彩華の話を聞いていた直也は、「彩は酒に強いんですよ。母譲りみたいです」と笑う。直也も程よくアルコールが回っているようで、顔が少し赤くなり普段より表情も柔らかい。
「私なんて、ビール一杯飲んだだけで記憶が曖昧になるんですよ……」
双葉も、彩華に羨望と嫉妬の眼差しを向けながら、恨めしそうに呟く。飲んでいる時は夢見心地で、とても楽しい気分になるのだ。と同時に気が大きくなって抑制が利かなくなり、普段では絶対にしない行動に出てしまう。何とかしたいと思っているが、どうにもならないのだ。最後に「不公平です」と口を尖らせる。
姉の愚痴が続きそうだと思った三奈は、話題を変える。
「今日は本当に楽しかったです。水族館はテレビで見るのとは全然違いますね」
初めて水族館に行ったという双葉と三奈。特に三奈は子供のように目を輝かせ、ミラーレスカメラを片手に忙しなく歩き回っていた。
「三奈ちゃんは色々撮影していたけれど、見せてもらっても良い?」
「あ、はい……。素人なので、人に見せるのは恥ずかしいですけど……」
カメラを取りだした三奈は、画面を見せようとする。だが、全員で見るには小さすぎた。直也はタブレット端末を取り出して、三奈に手渡した。
「これを使った方が、見やすいだろう」
「ありがとうございます」
タブレット端末からカメラにデータを飛ばして、写真の鑑賞会が始まった。
水族館へと続く海辺の公園の写真から始まり、水族館の外観、熱帯魚の水槽、様々な魚が回遊する大水槽と続く。三奈がカメラを買ったのは戦争が始まる少し前。撮影するようになって日が浅く、勉強中と言うこともあって構図や設定に未熟なものが多い。
「やっぱり下手くそですね……」
羞恥に顔を染める三奈。本心では今すぐ片付けたいのだろう。「もう見なくても良いんじゃないですか?」と続ける。
「まあ、これも良い経験だよ」
直也達は笑いながら写真を見ていく。
「亮輔“先生”も、他の人に見てもらうのが良いって言っていただろう?」
「そうですけど……。やはり恥ずかしいです」
生き物の写真に混じり、直也達を撮ったものもある。予め三奈から「皆さんを撮っても良いですか?」と聞かれて、了承していたものだ。決してストーカーをしていたのでは無い。
直也達の写っている写真を見つける度に、あけみ、彩華、双葉が「この写真が欲しい」と言って、それぞれの端末に転送していく。
ペンギンの写真になってからは、ひたすらペンギンが続いた。まるで「一瞬たりとも見逃すまじ」と言わんばかりだ。次に見たイルカのショーを含め、四桁にもなる枚数をざーっと飛ばしながら見ていった。
水族館の前で、全員が並んで撮った写真もあった。募金騒ぎで集まった職員から、カメラに詳しい人に撮ってもらったものだ。良い笑顔をしていて、この写真も全員の端末に転送した。
地下鉄の中で撮ったものもあった。双葉が直也の肩でグッスリ眠りこけているものだ。写真の直也は、困った顔をしている。
双葉は「こんな写真も撮っていたの!?」と耳まで真っ赤にして抗議の声を上げる。しかし写真は、しっかり双葉の端末にコピーしていた。
その反対側、あけみが直也の肩に寄りかかっているものもあった。あけみはすかさず自分の端末にコピーした。
タブレット端末をみてきゃあきゃあ言い合う女性陣。その様子に直也は、「俺の写真、いらないと思うんだけど……」と苦笑いしながら酒を飲んでいた。
楽しい時間が終わり、彩華が明日からの予定を伝える。
「明日は、午前中があけみさんのご親戚の家で剣術の稽古。午後は買い物です。
そして明後日は、兄様と私の実家で、兄様の誕生日パーティーを予定しています」
「彩……。パーティーはしなくて良いと思うんだ。それに、みんなを無理に参加させなくても……」
もうすぐ直也は二十三歳になる。成人後に誕生日パーティーをしてもらうだけでも気恥ずかしいのに、何故かあけみ、双葉、三奈も参加すると言うのだ。無駄だとは思いつつも、抵抗してしまう。
「無理に、じゃないわよ。それとも、私がいると邪魔かしら?」
「いえ……、そんな事は無いです」
「ぜひ参加したいです……」
「僕も、折角の機会なので参加させてください」
「…………マジか」
「皆さん参加したいようですが……。それでも中止しますか?」
「…………わかった。みんなが良いなら何も言わない」
やはりダメだったと肩を落とす直也。普段の直也は、無理矢理我を通すタイプではない。それでも、あけみ達が嫌々参加するのではないと知って、少し安堵する。
(イベントが少ないから、参加したいんだろうな)
夕食会を終えた一行は、最寄りの地下鉄駅で解散し、帰宅の途についた。




