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扶桑国戦記 (改訂版)  作者: 長幸 翠
第三章 反攻作戦前
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研究所三日目1

 二人がロビーに到着して間もなく彩華がやってきた。直也の脳裏に一瞬、夢の光景が蘇る。


「おはよう、彩」

「兄様、おはようございます。……今回も顔色が優れないようですが?


 気分はかなり落ち着いていたが、彩華の目は誤魔化せなかった。


「……いつもの事だよ。すぐに収まる」

「そうですか……。鍵をお返ししますね」


 彩華から愛車の鍵を受け取る。


 続いてあけみ、三奈が到着し、全員が揃った。


「全員、体調は問題無いようだな」


 一彰の先導で、研究所の中を歩いて行く。


 今日は体調不良に備えての予備日である。だから、問題が無ければ予定は無い。しかし「せっかく研究所に来たのだから」と、新兵器の開発を見学することになった。


「俺達技術者は、使用する側の事を考えずに突っ走る事がある。だから、使用する側の忌憚無い意見が欲しい」


 これは、一彰の実体験を交えた発言である。今までも「これは絶対に使える!!!」と考えた武器が、運用側からは「全く使えない」とバッサリ言われたことが度々あったのだ。


 初めに向かった先は、≪タロス≫や≪アトラス≫の新兵器を開発している部署だ。


 部屋に続く通路は厳重な警備が敷かれていた。警備員とカメラが監視するゲートでは、一人一人がカードと生体認証をパスしてから通過する。


 部屋の入り口でも、生体認証でドアを開く。


 展示会が開けるような広い室内で、職員達が幾つかのブースに分かれて、それぞれの担当する兵器に群がっている。


 本来は機密の塊のような施設の中を、一彰は気楽に奥へと進んでいく。


 一彰達に気付いた職員達が、軽く会釈をしてくる。中には、あけみ、彩華、三奈といった女性達の来客に見とれて、頬を染める男性職員の姿もある。


「さて、最初に見せたいのはこれだ」


 立ち止まった一彰は、中に入るようにと手振りで示す。それに従い直也達が中に入ると、三人の職員がいた。その中の一人、白衣姿の中年の職員が振り返る。


「おお、来たか」


 直也達の姿を認めるなり、ニッと破顔してみせた中年職員は、研究所の所長である長門彰利大佐だ。一彰、双葉、三奈の父でもある。


 一彰のような、二メートル以上の身長とも、ヒョロッとした体型とも大きく異なる。一メートル七十センチくらいで、中年太りが入っている。髪型も天然パーマの一彰とは違って、白髪が半分以上を占める髪を、オールバックで固めている。しかし眼鏡の奥の瞳は一彰とよく似ていた。何より新兵器を前にキラキラと輝いているところがそっくりである。


 姿勢を正して敬礼しようとした直也達を「構わん」と言いながら押し留め、手振りで「これを見ろ」と示す。


 置いてある兵器は、辛うじて銃であることが分かる形状だ。大型の武器である二十ミリ対物ライフルを更に上回る全長を持ち、ストックの下部から太いケーブルが生えている。


 銃身と先台が一体化し、ゴツくて太い。銃身の下には、これまた太いバイポッドが伸びている。そして銃口は、特徴的な正方形であった。


「もしかして……、レールガンですか?」


 直也が顔を上げると、彰利と一彰は親子揃って唇の端をニッと吊り上げ頷く。まるで自分達の宝物を自慢する子供のようだ。


「その通り! 初速は最高四千メートル毎秒。投射体の直径は、最大三十ミリまで対応。有効射程は五千メートル以上だ!」


 得意げに一彰が説明する。「デデンッ!」と、効果音が聞こえてきそうな勢いだ。


 海戦で活躍したレールガンは最大百五十五ミリまでと、比べるまでもなく小型であるが、≪タロス≫に持たせるにはこれ位の大きさが限界だろう。


 スペック上は、同口径の機関砲に比べて軽く二倍以上の初速と有効射程を誇る。


 彰利と一彰を始めとする開発者達は、今までの常識を覆す長距離からの、超高速弾による狙撃を企図したのだろう。


 直也もそこにロマンを感じ取り、軽く目を見開くと、「すごいですね……」と感嘆の声を上げる。


「反攻作戦に間に合うように生産を進めている。八丁は用意できるはずだ」


 盛り上がる男性陣。採用されることを疑わず、既に増産も進めていた。反攻作戦までの期間を考えると仕方ないが、見切り発車もいい所である。


 一方、あけみと彩華の反応は対照的だった。


「性能はともかく、電源はどうなっているのでしょうか……?」

「初速が違いすぎて、混乱しそうです」


 二人の指摘に、得意満面だった彰利と一彰が得意顔のまま数秒凍り付く。


「初速の違いは、射撃管制プログラムの更新である程度の精度は出せる見込みだが……。慣れてもらうしか無いな」

「電源は、確かに問題はある。……複数の≪バーロウ≫が必要だ」


 歯切れが悪い。


「直径三十ミリの投射体の場合、バッテリー搭載の≪バーロウ≫三機と、キャパシター搭載の≪バーロウ≫二機随伴させて、ケーブルで全てを接続する必要がある」

「連射速度はどの程度でしょうか?」

「電源の構成と初速によって異なる。仮に今言った五機であれば、四千メートル毎秒で一分間に四、五発と言った所か。初速を落とせばもう少し数を撃てる」

「射撃準備に、どれ位時間がかかるのでしょう?」

「≪バーロウ≫の連結に、少々時間がかかる。二、三分程度だろう」

「……射撃後の移動が面倒ですね」


 眉根を寄せ、彩華が呟く。運用する場面を考えているのだろう。確かに、狙撃手が射撃と移動を繰り返すようには行かず、どちらかというと、砲の陣地変換に近い。


 考え込む彩華に代わり、あけみが追撃をかける。


「たった一丁のレールガンに、一機の≪タロス≫と五機“も”≪バーロウ≫が必要なのですか?」

「……まあ、そうだな。車両なら一台で済むが、≪バーロウ≫には分けて搭載する必要がある」

「電源用の≪バーロウ≫は、他の荷物を持てませんよね?」

「ああ。……精々、弾である投射体くらいだな」

「反攻作戦の時点で、≪バーロウ≫の配備数は百二十機の予定です。三分の一もレールガンに使うと、補給が回らなくなるのですが?」

「あ…………」


 彰利と一彰が揃って口をポカーンと開いたまま硬直する。完全に忘れていた。


 あけみは溜め息交じりに「それは一先ず置いておきます」と続ける。置いておける話では無いが。


「必要な≪バーロウ≫を、とりあえず五機としましょう。

 一機の≪タロス≫と五機の≪バーロウ≫があれば、迫撃砲陣地が二つと狙撃チームを一つ作れます。

 ……この編成の方が火力に優れ、装備も信頼できると思いますが?」

「…………」


 あけみの指摘に、彰利と一彰は反論できずに肩を落とす。


 ≪バーロウ≫は、迫撃砲搭載の一機と予備弾薬搭載の一機の計二機で迫撃砲陣地を構成出来る。さらに一機の≪タロス≫に二十ミリ対物ライフルを持たせ、予備の銃と弾薬満載の≪バーロウ≫を組ませれば、強力な狙撃チームにもなる。


 グリフォン中隊は、少数で多数を相手にする事を主眼に置いており、火力を重視する傾向が強い。コントロール出来る(=投入出来る)ロボット兵器の総数が限られる中で、必要数が多い割に、迫撃砲に比べて火力が低く、何より運用実績の無いレールガンを使う事は、大きなリスクでもある。


 反攻作戦という極めて重要な作戦で、実績の無いレールガンを無理に持っていき、使うタイミングになってから「トラブルが起きて使えませんでした」となるのが最悪ケースだ。


 あけみの言葉には、拒絶の意志が込められていた。


 ライフゼロの彰利と一彰に、彩華の質問が追い打ちをかける。


「ところで、バッテリー一台あたり何発撃てるのでしょうか?」

「初速によって異なるが……。二百五十から三百発程度だろうか」

「反攻作戦では、六時間以上の戦闘になると聞いています。バッテリー三台では、心許ないです」

「…………」


 実際に使用する側として、ロマンより実益を取る二人の容赦ない意見に、彰利と一彰は表情を失っていた。初めの高揚感はどこへやら、ブース内は一転してお通夜ムードだ。壁際でパソコンに向かいながら聞き耳を立てていた二人の担当者も、今は項垂れたまま身動き一つ見せない。


 一彰は「忌憚無い意見が欲しい」と言っていたが、初っ端から忌憚ない意見の前に撃沈していた。しかも一番の目玉商品で。


 横で見ていた三奈は、タコ殴りにされていた家族を見て居たたまれなくなったのか、肩を持ちたそうにしていた。しかし運用する側として、あけみと彩華の意見に反論のしようも無い。結果として、オロオロしたまま声をかけられないでいる。


 直也もまた、レールガンの可能性に強く惹かれつつも、看過できない問題との板挟みに悩んでいた。そしてある事に思い至る。


「このレールガン、≪BM-102≫を正面から打ち抜けますよね?」

「大丈夫だ。計算上は二十ミリでも、四千メートル先から正面装甲を貫通出来る」


 二十ミリ対物ライフルでは、より近い千メートルの距離からでも弾かれるのだ。この利点は見逃せない。


「それに、対空用にも使えるようですね?」

「ああ。軽装甲や対空向けの弾もある」


 直也はレールガンの傍らに置いてある数種類の弾のうち、対空用の方を手に取る。空中で炸裂し、周囲に破片を撒き散らすタイプだ。


「弾はどれ位確保出来ますか?」

「最低でも六千発は用意出来る」

「では、バッテリー部分だけ簡単に交換することは出来ますか?」

「ああ、バッテリーが切れたら、後ろに下げて交換するのだな」

「はい」


 一彰は「……ちょっと待ってくれ」と目を瞑り、こめかみを右手の人差し指でトントンと叩きながら考える。扶桑軍のロボット兵器開発の全てに関わっている一彰は、ほぼ全ての情報が頭に入っているのだ。


 一分ほど考えてから一彰は首を縦に振る。


「バッテリーの形状を工夫すれば、五分未満で交換出来るようになるはずだ」

「分かりました。五丁使って三丁は予備にしようと思います。問題無いですか?」


 直也の質問に、一彰は彰利に視線を送り、彰利は首肯を返す。


「ああ、任せておけ。最優先で対応する」

「ではお願いします。戦車以外に≪BM-102≫を射程外から撃破出来る手段があるならば、ぜひ使いたいです。

 それに、対空用としても魅力があります」

「そう言ってもらえると、こちらもありがたい……」


 彰利はそう言うと、心底安堵したように表情を和らげる。


 一彰も、安堵の表情で額の汗を拭っている。恐らく自ら肝いりで開発し、「絶対行ける!」という謎のインスピレーションの元、無理を通して先行で量産させたのだ。それが“無用の長物”と言われかけてさぞかし肝が冷えたに違いない。


「彩、反攻作戦までに使えるようになって欲しいんだけど……。出来そうかな?」

「……わかりました。全力を尽くします!」

「ありがとう。レックス達にも使い方を教えてもらえると助かる。あと、俺もサポートに入る」

「はいっ!」


 手のひらを返したように、彩華は微笑みながら強く頷く。信頼する義兄の頼みに否と言えるはずが無い。口元が思わず緩みそうになるのを堪えている。


 二人のやり取りに、あけみは一瞬羨ましそうな表情を浮かべるも、直也が気付く事は無かった。


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