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扶桑国戦記 (改訂版)  作者: 長幸 翠
第三章 反攻作戦前
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研究所二日目2

「ガハッ!!」


 目覚めた直也は、肺の中の空気を一斉に吐き出す。咄嗟に上体を起こそうとするが、体はベルトで拘束されていて身動きが取れない。


 全身は強ばり、汗が体をビッショリと濡らしている。心臓が早鐘を打ち、まるで全力疾走した直後のように、ゼエゼエと激しく呼吸する。


 直也の目覚めに気付いた職員が、円筒の中からベッドを引き出す。円筒内の暗闇から出た直也は、天井の灯りに目を細める。


「……おはようございます、中尉」


 職員の手で点滴と拘束を外された直也は、ゆっくりと体を起こす。壁に掛けられた時計が午前五時過ぎを指していた。


「……おはようございます」


 手渡されたペットボトルを受け取り、中の水を一息に飲み干す。続いてタオルを手にすると、顔と頭、そして首回りの汗を拭った。


 ヨロヨロと立ち上がり、眠っていた部屋を出て簡単な診察を受ける。特に異常は見られない。


 それが終わると、隣の部屋にあるシートに向かった。双葉達の使用しているタイプのシート――≪玉座≫――だ。このシートを使えば、夢の内容を映像化して残す事が出来る。


 目覚めて時間が経過すると、頭から夢の内容が抜けていく。だからこそ、起きてすぐに記録をしていくのだ。


 研究所では、直也達が見る夢は何かを示唆する可能性があると考え、自己申告で夢の内容を記録させていた。当然プライバシーに関わるものもあるため、残す内容は個人の裁量に任されているが、直也は見た内容をほぼ全て報告していた。


 三十分程で記録を終えた直也は、シャワーを浴び、身支度を調えて食堂へ向かう。


 食堂は七時開店のため、まだ営業時間ではない。ただ奥の厨房には人がおり、何かしらの作業をしている様子だ。誰もいない食堂は薄暗く閑散としている。直也は自販機でパンと飲み物を買い、近くの席に着くと一人で黙々と食べ始めた。


 今回見た夢は、初めて見る内容だった。


 場所は黒崎島の南西に位置する笛崎市だった。戦前の情報によると人口は約百五十万人の大都市で、古くから貿易都市として栄えてきた。上陸してきたズレヴィナ軍によって、半数以上の市民が取り残されていた。


 直也は笛崎市に行った事は無い。今までの夢でも、行った事のない街が舞台だった事もあり、予知夢なのだからこんなものだろうと達観していた。


 直也が初めて夢を見た時から一貫して、心の奥底で「たかが夢と切り捨ててはならない」と訴え続ける何かがあった。


 当時中学生の直也は、初めて悪夢を見て恐怖に震えながら、それを正直に秀嗣に伝えた。それに対し秀嗣は、直也をしっかりと抱きしめたまま「わかった。正夢にならないよう対策するから、安心しろ」と約束してくれた。


 まさか本当に信じてくれると思っていなかった直也は驚き、思わず「どうして信じてくれるの?」と聞き返した。秀嗣は少し困った顔をしながら「直也のように、夢に見た内容が、本当になった事があるんだよ……。だから直也が見た夢も本当になるかもしれない」と教えてくれた。機密に関わると、詳しい事は教えてもらえなかったが。


 以来秀嗣含む周囲の者達は、直也の夢の内容を元に対策を採り続けてきた。今回も何かしらの対策を採る事は、疑う余地は無い。


 食事を終えた直也は、別の部屋に移って待ち合わせの時間まで、前線の報告やメールの確認をする。それでも時間が余ると、本を読んで気分を落ち着かせる。


 八時少し前、一彰が部屋に顔を出す。


「おはよう直也。今回も強烈なやつを見たようだな?」

「おはようございます。そうですね……」


 既に一彰は、直也の見た夢の内容に目を通していた。


「もし良ければ、少し話したい」


 気遣う様子の一彰に、直也は「構いません」と首肯する。


「今回の夢は笛崎市だったそうだな」

「そのようです……」


 反攻作戦が成功してズレヴィナ軍を追い詰めていくと、笛崎市が戦場になる可能性は十分にあり得る。


「追い詰められた敵が、市街地に立て籠もっていた、というパターンかもしれないな」

「あの様子では、街にかなりの被害が出ていましたね……」

「市民を巻き込んでの市街戦……。考えただけでゾッとするな」


 考えを振り払うように、一彰は小さく首を振る。


 市街戦は、一般的に攻撃側が不利なことが多い。敵がどこに潜んでいるか見つけにくく、さらに罠が仕掛けられているかもしれない建物を捜索する必要があるためだ。


 かと言って、砲爆撃で建物を破壊し尽すわけにもいかない。爆弾や砲弾は有限であり、何より自国の都市を破壊するなど以ての外だ。


 復興するための労力も馬鹿にならない。可能な限り市街戦は避けるべきである。


 一彰は話題を変える。


「敵の新型ロボット兵器だが……。恐らく開発が滞っていた≪BM-18≫と思う。原因はバッテリー容量だったと思われるが、我が国への侵攻によってこの問題が解決したために出てきたのだろう」


 ズレヴィナ軍のロボット兵器のうち、バッテリーで動いているのは≪BM-3≫だけで、装軌式の≪BM-102≫と≪BM-17≫はエンジンで発電している。これはイコルニウムの輸出規制によって、大型のロボット兵器に必要な大容量バッテリーが生産出来なかった為と考えられる。


 しかし我が国への侵攻によって、主要なバッテリー工場とイコルニウムを使用したバッテリーの製造技術、さらに大量のイコルニウム鉱石が敵の手に渡っていた。


 この事から、ほとんど完成していた≪BM-18≫が日の目を見たのだろうと一彰は推測する。


「ロボット兵器だけじゃ無くて、パワードスーツも新型が出てきそうですね」

「そうだな。でもパワードスーツは乗る側の訓練も必要だ。この戦争で出てくる事は無いだろう」


 現時点で確認されているパワードスーツやパワーアシストスーツは、前者が≪ジウーク≫、後者が≪スケリェット≫だが、他にも開発していると噂されていた。≪アトラス≫の様に体を完全に包み込むタイプ。さらにSFやロボットアニメに出てくる人型兵器ような、コックピットに乗り込むタイプも開発しているらしい、というものだ。どちらにせよ搭乗者の訓練が必要で、今の戦争に間に合う可能性は低いと考える。


「そういえば直也は、エトリオ連邦が≪アトラス≫とは違うパワードスーツを開発している事は知っているか?」

「いいえ、知りませんね」

「ズレヴィナ軍の≪ジウーク≫と同じレベルのものなんだが、コストは≪アトラス≫の数分の一から一桁くらいは違うらしい

 当然俺達の≪アトラス≫には数段劣るが、あの程度の性能でも、生身の歩兵では手に余るだろう」

「我が国にも欲しいですね」

「……ここだけの話だが、既に五百着ほど格安で購入して、陸軍の空挺師団などで配備が始まっている」

「また、“格安”ですか……?」


 信じられないとばかりに、直也は驚いてみせる。


 兎に角、戦争には金がかかる。既にエトリオ連邦からは、数々の新兵器を含め、膨大な援助を得ているのだ。どうして新兵器をポンポンと無償や格安で与えてくれるのか。気前が良いにもほどがある。


「性能評価がしたいんだよ。メーカーや軍の関係者も五十人近く来ている」

「なるほど……」


 扶桑国とエトリオ連邦が共同――技術の多くは扶桑国、資金はエトリオ連邦だが――で開発した≪タロス≫と≪アトラス≫、そしてレールガンとレーザー砲は、実戦データの開示を条件に、エトリオ連邦で製造し無傷もしくは格安で提供されている。それを一彰と直也は知っている。


 だから、エトリオ連邦が単独で開発した“廉価版の”パワードスーツも、同様の条件で提供されたと聞いて納得したのだ。


 エトリオ連邦やメーカーから見るとこの戦争は、互いに高い技術と技能を持った正規軍同士がぶつかり合う、またとない機会だ。世界各地で起きている、正規軍と武装勢力の非対称戦とは訳が違う。


 兵器を扱うのは、十分な知識と一定レベル以上の訓練を受けた正規軍の兵士だ。新兵器を渡せば見事に使いこなし、貴重な実戦データを提供してくれる。性能評価にこれ程よい環境は、滅多に無いだろう。現に父である秀嗣も、実戦データをエサにエトリオ政府から様々な便宜を引き出していると聞く。


 しかし、もし戦場で不具合が発生した場合は、扶桑国の兵士がその命で支払う事になる。もしもの場合の、兵士の命の代金を含めた“格安提供”であった。


「新兵器配備のバランスを取る為に、統合機動部隊に回す予定は無いぞ」

「まあ、そうでしょうね。個人的には試してみたいですが、≪アトラス≫があれば十分ですね」


 揃って笑みを浮かべる。一彰と話をした事で、直也も幾分気が楽になっていた。


「パワードスーツの話はここまでだ。

 あと、いつも通り、夢の内容は秘密にするべきだろうな」

「もちろんです。夢とは言え、縁起の良い物じゃ無いですし、みんなを不安にさせたくないです」


 直也が、自分が死ぬ夢を見る事は、一部しか知らない。統合機動部隊の上層部や、研究所のごく一部の職員だ。一彰はその中に含まれている。


 だがグリフォン中隊の面々は、“気分の良い夢ではない”と言う事しか知らない。


 仲間達は、ナノマシン補充の度に気分が悪くなる直也を気遣ってくれる。しかし部下であり友人であるに彼らに、本当の内容を伝える事は憚られた。直也の中学生時代を知っている彩華は、気付いている可能性はあるが。


 頼れる仲間達に、必要以上に気を使わせたくはない。それ以上に、伝えてしまうと悲惨な未来が現実となりそうな不安があった。夢のことを教えたせいで周囲が無理をして、結果として仲間を失う事になれば、直也は決して自分を許せないだろう。


 仲間達の話を聞く限り、直也のように毎回気が滅入るような夢では無いらしい。それだけは良かったと心から思っている。


 ちなみに義妹の彩華は、家族と過ごしている物や、義兄と暮らしている物など、本人にとって幸せな内容ばかりだと言う。(直也は知らないが、ときどき義兄を直視出来なくなる内容もあったりするが……)


 腕を組んだ一彰が、直也を見る。


「俺としては、毎度イヤな夢を見ても元気なお前は、本当に凄いと思うよ」

「元気って訳じゃありませんが……、正夢にはしたくありませんからね」


 そもそも根拠の無い夢の話だ。本来なら一笑に付すか無視すべきところ、こうして議論

しているだけでも正気を疑うだろう。


 しかし過去にいくつか、他人の物ながら「夢が現実になった」前例があるため、「起こりうる未来」として十分に検討する事になっていた。


「それじゃお前が生き延びられるように、三個旅団を相手にしたシナリオでもやってみるか?」

「それは……、嫌ですね」


 以前行ったシミュレーターの内容を思い出し、直也は顔を顰める。数ヶ月前、オペレーター毎の限界を調査した事があった。その際、他のオペレーターよりも格段に能力の高い直也は理不尽な物量差で戦わせられた事があったのだ。その設定が、敵の二個旅団を都市で迎撃するものだった。戦闘時間は二十時間を超え、シミュレーション終了後に直也は、疲労で二日ほど寝込んだ。


「嫌ですね、で済むお前がおかしい」


 他のオペレーターでは、こんな多勢を相手にする事は不可能だ。久子と亮輔が、一個旅団を相手に辛うじて勝率三割といったところだ。それでも、三千人以上の戦闘部隊をたった一人で相手にしている時点で異常という他ないのだが。


(直也の能力が知れたら、そりゃあ敵は全力で仕留めに来るよなあ……)


 たった一人の兵士に≪タロス≫を預ければ、二個旅団を翻弄出来る能力があるのだ。敵からするとバランスブレイカーもいい所だろう。夢の中の出来事が、現実になる可能性を考える一彰。


「そろそろ時間です。ロビーに行きましょう」


 直也の言葉に、一彰は思考の海から浮上すると、連れだって入り口へと向かう。


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