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扶桑国戦記 (改訂版)  作者: 長幸 翠
第三章 反攻作戦前
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研究所二日目1

 研究所での二日目。直也達のメンテナンスのため、一彰の姿は無い。


「じゃあ、車は任せるよ」

「お預かりします」


 彩華に愛車の鍵を渡し、あけみ、彩華、三奈と別れる。


 メンテナンスと言っている内容は、大まかにナノマシンの補充、そして補充前後の健康診断のような検査だ。


 直也は別室で病衣に着替えると、検査を行う。


 結果に異常は見られず、次はナノマシンの補充だ。


 直也が眠ることになるベッドは、睡眠用よりもMRIのような検査装置に近い形状を持つ。電動でスライドするベッドが円筒の中に入る事で、体内のナノマシンの状態を確認したり、調整が出来るようになっている。


 直也がベッドに横たわると、係員が胴体と両足をベルトで括り付ける。“大事”をとっての処置だ。思わず体が強ばる。


「中尉。始めます」

「……お願いします」


 横にいた男性職員は、直也の右腕にナノマシンと睡眠薬の入った点滴を打ってから立ち去る。


 ベッドが軽い振動と共に移動し、頭部から円筒状の装置の中に入って行く。


 視界が暗闇に覆われた所で、直也の意識は途切れた。


――――


 鳴り響くアラームと警告表示に、直也は夢が始まったことに気付く。


 視界が左右に動き、周囲の様子を窺う。


 道路はアスファルトが至る所で捲れ上がっている。その両側には崩れ落ちたビルが並ぶ。路上には焼け焦げた装甲車や砲塔を失った戦車など、多くの車両が無残な姿を晒している。傍らには胸に大穴の空いた人型の機械。そしてそこら中に点々と転がる、赤黒い染み。


 至る所で炎と煙が立ち上り、空を覆い尽くしている。酷く視界が悪い。


(どこか大きな都市で戦っているのか)


 直也は独りごちる。



 これは“夢”だ。ナノマシンの異常動作による物か、個人差による物かは不明。だがナノマシン補充後の睡眠時にのみ見られる夢であった。


 今までの調査で、この夢を見る者達に共通する事がある。


 一つ目は、アクションカムで撮影した動画を見るかの如く、夢の中の登場人物(大抵は夢を見ている当人)の視点である事。なので夢とは認識しても、自らの意思で行動する事は出来ない。


 そして二つ目は、夢の中でも五感はあり、非常にリアルに感じる事。


 人によって見る夢の内容はバラバラであるが、その中で直也は唯一、毎回“戦争で自分が殺される”夢を見ていた。


 直也が開発中だった≪メーティス・システム≫の被検者となったのは中学生の頃。ナノマシンの投与を始めてすでに十年近く経ち、二十回以上の夢を見てきた。その全てが、自らが戦場で命を落とす場面であった。


 見る内容は、同じ場合もあれば違う場合もあった。同じ内容は多くても三回で、違う内容になった後には、元の内容を見ることは二度と無かった。例えば、最初と二回目に見た夢は同じ内容で、開戦直後に歩兵として戦場にいた直也は、要島西方の都市で≪BM-17≫によって命を落としていた。三回目に違う内容になってからは、この夢を見ていない。


 とにかく、直也の見る夢は心への負担が非常に高い。当時は中学生だったこともあり、最初の頃は精神的に参ってしまう事もあった。


 見かねた秀嗣が、直也を被検者から外そうとしたが、直也は頑として譲らなかった。


 直也の生真面目さもあった。だがそれだけでは無い。あまりに生々しい内容から、予知夢に違いないと確信していた。


 夢の中では度々、義妹を始めとする(当時はまだ出会っていない)仲間達も命を落とす場面に遭遇した。


「たとえ自分が逃げて生き延びたとしても、大切な人達が死んでしまうかもしれない」


 そのような悪夢が現実になるなど、直也には決して許容できなかった。


「逃げ出しても解決しないのならば、立ち向かい、悪夢の結末を回避するべきだ」


 目標が定まると、あとはそれに向かって邁進するのみ。軍人になるべく自らを鍛える事にした。父のツテも使って軍の訓練に参加したり、≪タロス≫の開発にも積極的に関わった。


 最も優先すべきは家族や知人など、直也の周囲の大切な人達の命で、自らの命は二の次だ。夢の中で幾度も命を落としていた事から、自分が生き延びる可能性は低いだろうと思い込むようになっていた。


 それ故、人との繋がりにも一線を引くようになっていた。



 自らの状況を確認する。


 直也は敵の只中にいた。戦闘時間は十四時間を超え、疲労が蓄積していた。


 搭乗している≪アトラス≫には数々の異常が発生していた。特に脚部の人工筋肉は重傷だ。負荷をかけ続けていたようで、全力の七割を出せるかというところ。しかもあまり長時間動かすと断裂する危険がある。


 コントロール下にあった≪タロス≫と≪バーロウ≫は多くを失い、残りは≪タロス≫三機のみ。それも大なり小なり損傷している上に、バッテリー残量も三割を切っている。


 極めつきは、≪アトラス≫と≪タロス≫は共に、弾薬は尽きかけていた。


(……進退窮まる、か)


 訓練でも、ここまで危機的状況を想定した事は無い。こんな状態になる前に、一も二もなく離脱すべき所だ。


 戦域マップに意識を凝らす。今いるのは黒崎島南西の港湾都市、笛崎市の中心部だ。開戦直後、黒崎島に上陸したズレヴィナ軍によって真っ先に占領され、司令部が置かれていた。この地が戦場になっていると言う事は、扶桑軍がここまで押し返した事に他ならない。


 遮蔽物の多い市街地な上、空からの目となる≪カワセミ≫は無く、周囲の状況はわかり辛い。それでも、付近に友軍がまったくいないこと、敵性存在が多数接近していることは確認できる。


 二十キロメートルほど離れた笛崎市の外周部では、グリフォン中隊の仲間達が友軍の殿を務めていた。こちらも敵の大軍に半包囲されているものの兵力は減っておらず、直也よりもかなりマシな状況であった。あと一押しあれば離脱可能であろう。


 状況を把握した直後、久子より通信が入る。その声は珍しく緊張していた。


『グリフォン05より01へ。間もなくヤクルス大隊の射撃準備が完了します。まずはそちらへの支援射撃を――』

「必要無い。友軍の離脱が最優先だ」


 夢の中の直也が、久子の言葉を遮る。


『しかし兄様が……』

「彩、優先順位は理解しているはずだ。……分かるね?」


 通信に割り込んできた彩華に、有無を言わせぬ声で言い返す。数百人の仲間の命を優先するか、それとも直也たった一人の命を優先するか。合理的に考えれば秤にかけるまでも無い問題だ。


『…………はい。

 無事なお帰りを、お待ちしています』


 血を吐く思いで返事をする彩華。心情を考えると、直也を見捨てるなど決してあり得ないことだ。だが状況はその選択をさせてくれない。


 他のオペレーター達も同じ気持ちだ。直也が戻れないと薄々気付いていても、希望を抱かずにいられない。


『直兄、絶対帰ってきて』

『直。戻って来いよ』

『ご武運を』

『直也君……。帰ってきてね』

「ありがとう。……みんなも無事で」


 通信を切り、≪タロス≫を直接操作モードで動かして周囲を探る。敵はロボット兵器を大量に投入して直也を押し潰そうとしていた。


 空には複数の≪R-11≫偵察ドローンが空を飛び交い、直也を血眼で探している。


 今の所見つかっていないものの、包囲網は狭まりつつある。


(このまま待っていてもジリ貧か……。どうしたものか)


 突如、空を裂き砲弾の雨が降り注ぐ。榴弾砲でこちらを炙り出す事にしたようだ。直也の≪アトラス≫は建物の中にいるが、砲弾が建物に落ちると生き埋めになってしまう。落雷のような轟音が頻繁に響き、地面も微かに揺れる。


 夢の中の直也が仲間達の様子も確認する。ヤクルス大隊の支援射撃によって、窮地を脱しつつあった。(これなら大丈夫そうだ)と安堵する。


 覚悟を決めたのか、夢の中の直也は、≪タロス≫を引き連れ包囲の一角へと向かうと物陰に隠れた後、≪タロス≫を敵に突入させる。


 約千メートル先には、≪BM-102≫が二機に≪BM-17≫が四機、≪BM-3≫が二機いた。


 三機の≪タロス≫は三方向から敵に向かう。 ≪タロス≫一番機は斜め左、五番機は正面、十二番機は斜め右から。人工筋肉が爆発的に力を生み出し、時速四十キロまで加速する。


 気付いた敵が弾幕を張るが、≪タロス≫はランダムな動きで敵を翻弄しつつ、瓦礫や残骸を利用して敵へと迫る。


 敵との距離を半分まで縮めると、一番機と十二番機は持っていた十二・七ミリライフルを数発発砲。≪BM-3≫二機を瞬時に黙らせる。


 五番機は戦車の残骸の裏に駆け込むと、手にした二十ミリ対物ライフルを撃ち込む。≪BM-17≫の二機が正面装甲を穿たれ戦闘不能になる。


 敵のロボット兵器は、≪タロス≫五番機を最大の脅威と見なし、≪BM-102≫二機が対戦車ミサイルと三十ミリ機関砲を発射。五番機の隠れる戦車に命中し爆発するが、貫通すること無く無事だった。五番機はそのまま、上空で監視する≪R-11≫を撃ち落としていく。


 その隙に一番機と十二番機はさらに距離を詰め、残る≪BM-17≫に弾丸を放つ。砲塔に命中した弾丸が≪BM-17≫の戦闘力を奪い去る。


 護衛を失い、≪BM-102≫二機が退避しようとしたが既に遅い。肉薄した≪タロス≫一番機と十二番機が腰からナイフ――高周波ブレード――を引き抜き≪BM-102≫に飛び乗ると、ナイフを砲塔上部に突き刺す。


 激しい火花と共に、ナイフが装甲を貫通する。手前に引くと、まるでボール紙を切るように容易く装甲を切断し、内部の武装制御経路を破壊する。続いて車体のカメラも一突きで潰す。これで二機の≪BM-102≫は目と戦闘力を失い、盲目で走り回る事しか出来ない。


 安堵する間もなく周囲を警戒する。敵が襲撃を知って増援を差し向けて来ると予想したからだ。


 ところが予想は外れた。物陰に隠れていた三機のロボット兵器が一斉に機関砲を発砲したのだ。≪BM-3≫のように六脚を持ち、高さは一・五メートル程とより大きい。直也は咄嗟に≪タロス≫を退避させようとしたが間に合わず、一番機と十二番機が弾丸を食らって戦闘不能になる。


(動きが読まれていた!?!?)


 敵の素早い反応に直也は驚く。しかし実はは違っていた。これまでズレヴィナ軍は直也に散々煮え湯を飲まされており、この機会に確実に殺そうと、三個旅団相当の兵力を一人に差し向けていたのだ。鼠一匹すら見逃さんとばかりに厚い層を為して包囲していた。


 最後に残った五番機は、対物ライフルを発砲してロボット兵器を二機仕留める。隠れていた≪アトラス≫は最後の対戦車ミサイルを撃ち込み、残り一機を大破させる。


 周囲に敵がいなくなり、煙幕弾を発射して身を隠す。このまま留まっていても押し潰されるだけだと、夢の中の直也は一縷の望みを賭ける。≪アトラス≫と≪タロス≫五番機は隠れていた場所から踊り出ると、煙幕に紛れてこじ開けた穴から包囲網の突破を図る。


 敵は見えなくなったが、代わりに無数の榴弾が辺り一帯に降り注ぎ、轟音と激しい振動が≪アトラス≫と≪タロス≫五番機を襲う。


 追い立てられるように≪アトラス≫と≪タロス≫五番機は走る。着弾によって巻き上げられたコンクリート片や土塊が装甲を叩き、パチパチと乾いた音を立てる。


 何とか数百メートル走ったところで、≪タロス≫五番機の直上で榴弾が炸裂した。破片が五番機をしたたかに打ち据えて大破させる。


 その数秒後、夢の中の直也に最期が訪れた。≪アトラス≫から僅か三メートルの距離に砲弾が落下。爆風に煽られて転倒した所に、炸裂した別の砲弾の破片が叩きつけられた。


 腹と手足にまるでボクサーの強烈なパンチを食らったような衝撃が走った。榴弾の破片が直也の四肢を傷つけた。頭部に当たらなかったのは、単なる偶然だろう。


 一瞬だけ激しい痛みが襲うも、その後は鈍痛だけになる。ナノマシンが痛覚の伝達を抑えた為だ。


 強制的に≪メーティス・システム≫のリンクが切断される。


 直也は堪えきれずに咳き込み血を吐く。電源を断たれたのか、視界は真っ暗で鳴り響いていた音も急に聞こえなくなる。


(ここで死ぬのか……)


 束の間、暗闇と静寂に満たされた時を過ごす。夢の中の自分と思考の繋がりは無いが、最期に考えた事だけは手に取るように分かった。


「みんな、ごめん……」


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