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扶桑国戦記 (改訂版)  作者: 長幸 翠
第三章 反攻作戦前
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研究所一日目2

 研究所の食堂で昼食を済ませた直也達は、会議室の一つへと向かう。


 先頭を歩く一彰は、ドアを開けたところで「うおっ!」と驚きの声を上げる。予期せぬ先客がいた為だ。


「……双葉か。ずいぶん早いな」


 打ち合わせの予定時刻まではまだ三十分以上ある。なのに、仕事をしているはずの双葉が既にいるなど、一彰の想定外だった。


「作業が一区切り付いたので、先に来ていました」


 そう答える双葉の声が、少し固い。さらには、背筋をビシッと伸ばし、表情にも緊張が見える。それはまるで、就職面接に挑もうとする、学生のようでもある。


「双葉さん、お久しぶりです」


 一彰の後ろから、直也が小さく頭を下げる。その顔を見た双葉の顔が、一瞬で茹で蛸のように赤くなる。


「なっ、直也君。久しぶりー……」


 自然な挨拶を装うつもりが、思い切り失敗している。声が上ずり、尻すぼみに小さくなる。


「顔が赤いですけど……。熱は無いですか?」

「えっ!? あ、うん。大丈夫、大丈夫……」


 心配そうな直也と、自らに言い聞かせるように答える双葉。二度、三度と深呼吸をするのに合わせて、胸が大きく上下する。


 その動きに、思わず視線を向けそうになった直也は、慌てて顔を背ける。


 直也の後ろにいたあけみ達も、双葉に声をかけて入室する。


 あけみは少し目を細め、直也と双葉を見比べる。


 彩華は眉を寄せ、口元もへの字に結んで双葉を見つめている。「むむむっ」と言い出しそうな表情。


 最後に入ってきた三奈は、姉のテンパり具合に困惑している。


 各々が席に着いて雑談をしていると、候補者達六人とシミュレーション担当の職員達も現れ、出席を予定していた全員が揃った。


「予定よりも早いのだが……。始めるか?」


 一彰の問いに、直也は「俺は構いません」と言って他のメンバーを見回す。全員から異論はないと、頷きが返ってくる。


 双葉が大スクリーン横の講壇に立ち、説明を始める。その姿に、先程までの挙動不審さは感じられない。


「今回のプログラムと自律行動AIの更新内容を説明します。

 一点目は、自律行動の最適化です。皆さんはご存じの通り、≪タロス≫の骨子となる自律行動AIは、皆さんの訓練や実戦での行動から学習しています。

 今回、学習内容の最適化と、ベースの自律行動プログラムに、皆さんに共通する行動パターンを追加しています。これによって、推定では行動修正が二十パーセントほど減少する見込みです。また、自律行動の反応速度も約五パーセント向上する計算です」


 大スクリーンに、ほんの数例ではあるが、新旧のプログラムで動かした場合の比較が映し出される。今まで期待と違う動きをして、必ずと言って良い程に行動修正していた動きが、理想的な動きに変わっている事が分かる。


 映像が終わると、双葉は口を開く。


「二点目は、≪タロス≫の高周波ブレードを含む新兵器への対応です。

 刀型高周波ブレードの行動パターン作成は、出雲あけみ中尉と高阪重久中尉にご協力頂きました」


 あけみと重久は、幼い頃から同じ剣術道場に通っていた間柄で、二人ともかなりの腕前を持つ。動作のモデル役としてうってつけだった。


 道場は御浦市にあり、師範はあけみの叔父で、基成の兄。今回、あけみが宿泊している家に隣接している。なお、剣術の腕だけで言えば、重久の方があけみよりも上である。


「ナイフ型のものは、久滋龍一少尉、播磨エイミー曹長、井手田美乃里少尉、その他多数にご協力頂きました」


 次にナイフ型の高周波ブレードは、一般の(刀の扱いに慣れていない)オペレーター向けの装備だ。形状は、片刃のサバイバルナイフを大型にしたものと言って良い。


 龍一とエイミー、そして候補者の一人である美乃里は格闘が得意で、ナイフの扱いに長けている事から抜擢となった。


「三点目は、≪タロス≫以外の、戦車等の車両への正式対応です」


 今までロボット兵器は≪タロス≫だけであった。しかし戦車などを相手にするには火力が乏しい。このため、無人操作出来るように改造した戦車などの車両にも対応した。今後、他の有人兵器を無人操作化する事も検討されている。


 続いて、シミュレーションルームでの体験会へと移る。プログラムやAIの出来は直也達の期待以上のもので、数点の要望が出た以外、好評のうちに終了した。


「双葉さんのお陰で、予定よりも早く訓練が出来ます。ありがとうございます。

 他の皆さんにも、感謝していると伝えてください」


 笑顔で双葉に話しかける直也。双葉はその顔を少しの間ポーッと見た後、軽く頬を染めて頷く。


「はい……。伝えておきますね」


 既に時刻は定時を回っているが、直也達はそのままシミュレーションルームで新機能を存分に扱うのであった。



 帰宅すると、今日もみゆきの手料理が待っていた。昨日の豪華さとはうって変わり、ご飯と味噌汁、そして煮物や焼き魚というメニューだ。


 直也と彩華は難なく平らげ、食後のお茶でゆったりしていると、みゆきが声をかける。


「明日、直くんは、研究所に泊まるのよね?」

「うん」


 直也達の明日の予定は、メンテナンスと呼ばれているものだ。内容は、健康診断とナノマシンの注入である。


 ≪メーティス・システム≫に使うナノマシン≪アメノサグメ≫の寿命は、約半年となっている。その数が減りすぎると、≪タロス≫のコントロールに支障を来す為、常に一定量以上を体内に入れておく必要があるのだ。


 その中でも直也と亮輔、そして久子の三人は、システムへの適性が高い事から、他のメンバーとは違う種類(高性能)のナノマシンを注入している。


 そしてナノマシンの注入後は、動作確認と調整をするため、数時間眠る事になっている。


 睡眠時間はナノマシンの種類によって違っており、通常の≪アメノサグメ≫であれば四時間程度、高性能な≪アメノサグメS≫は八時間以上となっている。よって、直也、亮輔、久子は、研究所に泊まる必要があるのだ。


「彩ちゃんは明日、どうやって帰ってくるの?」


 直也が泊まりになると、彩華の移動に使う車が問題になる。神威家にある車は、直也用のステーションワゴンと、家族共用の大型ミニバンの二台。彩華は自分の車を持っていない。


 共用の車はみゆきが使う可能性があるため残しておかなければならない。となると直也の車しか無いわけだが……。


 義兄の方を見ると、目が合った。


「俺の車を使っていいよ」

「ありがとうございます」


 満面の笑みを浮かべる彩華。


 直也は愛車を大切にしている。両親に運転させないほどだ。それを信頼して預けてくれる事が、嬉しく、そして誇らしく感じられた。


 明日の予定が決まり、直也は自室に戻ると、持ってきたノートパソコンを開く。報告書を確認するが、前線では大きな動きは無い様子だ。


 これとは別に、携帯にエイミーからのメッセージも来ていた。内容は「哨戒が暇」とか「直兄と一緒に休みたかった」と他愛の無いものだ。頬を緩ませ、返信をしておく。


 第二次扶桑海海戦以降、ズレヴィナ軍の動きは概ね大人しかった。海戦直後こそ、数度の偵察部隊と遭遇し交戦した。だが二週間を過ぎた辺りから、遭遇する頻度は週に一回あるかないかまで減少した。


 直也も一度、ロボット部隊と交戦する機会を得た。合計二十機程度の威力偵察であったが、難なく退ける事に成功している。


 そして、先月末にズレヴィナ軍の“使者”と極秘裏に会って以降は、敵の兵士をただ一人として確認していない。


 しかし、今後はどうなるか分からない。不確定ながら、侵攻軍総司令官が変わったとの情報がある為だ。


 それを裏付けるかのように、侵攻軍の後方では、部隊と輸送船の動きが活発化していると聞いていた。敵の部隊編制が終われば、再び北上を目指して来るだろう。


 決して気を抜ける状況では無い。


 パソコンを閉じたところで、トントントン、とドアをノックする音が聞こえる。


「どうぞ」と答えるとドアが開き、パジャマ姿の詩音が顔を覗かせる。その表情は優れない。


「お兄ちゃん。話があるんだけど……」


 朝に会った時にはいつもと変わりなかったが、夕食の時にはこの調子だった。


 みゆきや彩華が「何かあったの?」と聞いても、「何でもない」と口を閉ざしていた。


「良いよ。おいで」


 詩音を招き入れると、床にクッションを敷き、座るよう促す。


 直也は背中をベッドに預けて座る。詩音はその隣に腰を下ろすと、両膝を抱えたまま俯く。


 三分程無言のまま時が流れる。このままでは何も話さないと考えた直也は、自分から切り出す事にした。


「学校で、何かあったんだね?」

「…………うん」


 力なく頷く。


 詩音は聡い子だ。そして度胸があり、多少の事には動じない。そんな妹が悩む程の出来事とは?


「テストの点数が悪かった?」

「ちがう」

「彼氏と喧嘩した?」

「……彼氏なんていないもん」


 顔を上げ、半眼で見つめてくる。


 妹の反応に、直也は少しホッとする。


「冗談は置いといて……。父さんの部隊の事で、何か言われたんだな?」


 詩音の吊り目がちな瞳が見開かれる。その反応は、図星であることを示していた。


 軍の各部隊の司令官は、一般に公開されている。当然、統合機動部隊の司令官である神威秀嗣中将という名も、調べれば容易に分かる。


 しかも、第二次扶桑海海戦で話題沸騰中のレールガンやレーザー砲を搭載する艦船、そして≪タロス≫や≪バーロウ≫といったロボット兵器、≪MQ-13A≫ドローン。統合機動部隊が、これら新兵器群を擁する部隊である事も、昨今の報道やネットからの情報で国民に知られつつある。


 軍の中で異様な存在感を放つ、統合機動部隊。


 好意的な印象を持つ人々がいれば、対照的な印象を持つ者達も多数存在する。


 特に、戦争開始直後の、ズレヴィナ軍から一方的に押されていた時期に、目立った活躍が無かった事が影響していた。


 故郷から逃げてきた難民達、軍人であった家族を失った者達。彼らの行き場の無い怨嗟の一部が、統合機動部隊に向けられたのだ。


 曰く、開戦当初はわざと作戦参加を拒んだ。


 曰く、国民や友軍を見殺しにした。


 曰く、各部隊に配備されるはずだった新兵器を独占した。


 曰く、戦果を独り占めする為に、敵軍を引き入れた。


 云われなき誹謗中傷。作戦参加が遅れた事も、新兵器が集中している事も、全て理由がある。それを包み隠さず公表しているにも関わらず、罵声を浴びせる者達はそれを見ようともせず、または見ても嘘だと騒ぎ立てる。


 人は、自分の信じたいものしか信じない。


 恐らく詩音も、同様の心ない言葉を投げつけられたのであろうと考える。


「……お父さんが、今までわざと戦いに出なかったって、本当?

 ……他の軍人さんを見殺しにしたって……、本当?」


 声は震え、目尻には涙が浮かんでいる。その姿は、普段の様子からは想像できないほどにか弱く見えた。


 父と同様に、家族への愛情が強い直也にとって、その姿は見るに堪えないものだ。無責任な非難を向ける、顔も知らない相手に対して、沸々と怒りがこみ上げる。だがそれを、努力して抑えこんでいく。


(詩音を悲しませる奴ら……。許せん!)


 直也は妹へと向き直り、瞳をしっかりと見つめる。


「父さんは、絶対にそんな事はしていない」


 それから直也は、国内情勢の変化で兵器開発が遅れた事。それが原因で戦争に間に合わなかった事を説明した。


「父さんが頑張ったからこそ、この国が敵に奪われずに済んでいる。だから、胸を張って良いんだ」


 これは、直也の本心であり事実でもある。父親と周囲の人たちの頑張りがなければ、この戦争に負けていた事を、直也は知っていた。


 直也の誠意が伝わったのだろう。詩音の瞳に少しずつ力が戻っていく。


「ありがとう、お兄ちゃん」


 パジャマの袖で涙を拭うと、笑顔を浮かべる。


「もし辛くなったら、学校休んで良いし、みんなに相談して良いからな。

 それから、智も同じように悩んでいたら、力になって欲しい」

「うん、分かった!」


 それから直也と詩音は、近況を話し合う。詩音からは、学校や家族との話題を。直也からは、父や仲間達の事を。機密も多い為、詳しく伝える事は出来ないが。


 話せる事は、一般に公開している内容プラスアルファと言った所だ。父と同じ部隊である事。陸上部隊である事。彩華と、家族ぐるみで付き合いのある播磨家のエイミー、レックスが同じ部隊にいる事くらいだ。


 ≪タロス≫が統合機動部隊に配備されている事は一般に伝わっている。ただし部隊の詳細は一切公開していない。なので、直也達が話題の≪タロス≫のオペレーターである事は、詩音に言っていない。


「≪タロス≫っていうロボット、見た事ある?」


 だから、妹のなにげない質問に、少し困ってしまう兄である。


(見るだけじゃ無くて、開発にも関わったし、今もバリバリ使っているよ。その部隊の隊長だから)


 などとは言えない。


「見た事はあるよ」

「お兄ちゃんが好きそうだなって思ったんだけど?」

「ハハハッ……。否定できないな」


 思わず笑ってしまう。


「お兄ちゃんとお姉ちゃん、そしてエイミーちゃんとレックス君も、その部隊に入ったら良いのに……」

「どうして?」

「だって……。ロボットに戦わせれば、お兄ちゃん達が自分で戦う必要は無いんでしょ?」


 直也を見上げる詩音の瞳に、不安が見える。自分たちを本気で気遣ってくれていた。


 その思いに、直也は胸が熱くなると共に、改めて妹への愛おしさがこみ上げてくる。


「そうだな……。ありがとう」


 直也は詩音の肩を抱き寄せ、優しく頭を撫でる。風呂上がりの詩音から、シャンプーの香りが漂ってくる。


 詩音もまた頬を僅かに染めながらも、体を預けてくる。


 悩みが解消され、気持ちが落ち着いたのだろう。詩音は体を起こすと「そろそろ戻るね」と声をかける。


「おやすみ、詩音」

「おやすみ。お兄ちゃん」


 詩音は直也の部屋を後にした。


 直也はクッションを片付けると、早速自分の端末で、秀嗣に詩音が悩んでいた事と、話した内容を簡単に報告する。謂れなき中傷から家族を守るために必要な事である。送信すると良い時間になっていたので、ベッドに入った。


 朝起きると、秀嗣からの返信が来ていた。「詩音を泣かせた奴らを、始末すべきじゃないか?」など、少々過激な内容もあった。直也も本心では同意するところではあるが、「自重するように」と返しておいた。


 また、直也達が≪タロス≫を運用している事について、みゆきと詩音に伝えて良いと許可が出た。ただし、他言無用である事が条件だ。智弘は小学生の為、まだ秘密である。


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