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扶桑国戦記 (改訂版)  作者: 長幸 翠
第三章 反攻作戦前
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神威兄妹の帰省1

 第二次扶桑海海戦より一ヶ月余り。五月の初旬にもなると、草木は力強く緑の葉を茂らせる。


 神威直也中尉は、機上の人であった。戦闘技術研究所の所有する輸送機で、首都の御浦市に向かっていた。


 同行するのは、出雲あけみ中尉、神威彩華少尉、長門三奈少尉。そして研究所副所長の長門一彰少佐を始め研究所の職員数名。


 扶桑国制空権下ながら、空軍の≪F-17≫戦闘機が二機護衛に付いている。輸送機の搭乗者が要人である事を誇示していた。


 高度九千メートルの気流は安定しており、揺れはほぼ無い。窓から外を眺めると、眼下に広がる雲海を、残光が燃えるようなオレンジ色に染め上げている。


『本機はこれより降下します。シートベルトをお締めください』


 短いアナウンスの後、機内のアチコチからベルトを締める“カチッ”という音が聞こえてくる。


 輸送機は次第に高度を下げ、雲海に没していく。


 直也は微かな浮遊感を覚えながら、オレンジ色から灰色へと変わり行く窓の外を、考えること無く眺めていた。


 厚い雲海を抜けると、下には海が広がり、無数の雨粒が窓を濡らす。


「雨、ですね」


 直也の隣、通路側の席から、三奈が窓の外を見て声をかける。


 いつもは隣にいるはずの彩華がいないのは、一彰の提案で席順をくじ引きで決めたからだ。直也の隣と言う定位置を引けなかった彩華は口をへの字にして、少し離れた一彰の隣で大人しくしている。


 雨粒は小さい。遠くは煙り、視界は良くない。


「雨は強くないみたいだ。視程は八百メートルくらいか……」

「視程って、職業病っすね。僕も同じ事考えてましたけど」


 何とはなく呟いた言葉に、三奈は苦笑交じりに指摘する。直也も「言われてみると、そうだな」と頬を緩める。


 戦闘において、気象状況は大きな影響を与える要素である。たとえ休暇であっても、意識せず状況判断していることに気付いて、可笑しさがこみ上げてくる。


 直也達は、首都の御浦市に一週間滞在する予定だ。そのうち三日は、研究所で様々な用事がある。残る四日は休暇だ。


 当初、海峡を渡り御浦市まで行く予定は無かった。統合機動部隊の本拠地である鈴谷市で、用事と休暇を済ませるつもりだった。


 ところが由良市に来ていた一彰から、「ちょうど御浦市に戻るところだ。折角だから直也も実家に寄っていけ」と強引に誘われて行き先が変わった。


 ちなみに一彰によって、帰路も研究所の輸送機が手配済みだ。


 まるでタクシーを予約する感覚で研究所の輸送機を使う一彰は、職権を乱用しているとしか思えない。しかし断る理由も無いため、言葉に甘えることにした。


 研究所での用事は大きく二つある。


 一つ目は、グリフォン中隊への配属候補者の見学。来月の反攻作戦に備えて六名増員する予定で、その仕上がりを見るのだ。


 二つ目は、隊員のメンテナンス。≪タロス≫を操作する際は、体内に注入されたナノマシン≪アメノサグメ≫を介して思考による命令を≪タロス≫へと送っている。直接操作モードではさらに、視覚と聴覚、一部の触覚を受け取り、自らの体を動かす感覚で≪タロス≫を動かしている。


 この≪アメノサグメ≫の寿命が約半年で、定期的に補充する必要があるのだ。メンテナンス自体は、統合機動部隊の本拠地である鈴谷基地でも可能である。


 今回の休暇は四人で、当初は御浦市に実家のある直也、彩華、三奈、義晴の予定だった。しかし直前になって、あけみは義晴と交代していた。


 あけみの両親は既に、鈴谷市に移り住んでいる為に御浦市に行く必要は無い。だが中学校入学までは家の都合で御浦市に住む叔父の家で暮らしていたそうだ。


 だから大規模な作戦を控えて、第二の実家とも言える叔父の家に顔を出したいと言っていた。


 ちなみに義晴との交代を告げられた際、あけみは晴れやかな表情で「義晴が快く代わってくれた」と声を弾ませていた。


 一方、義晴にその話をすると、「……そうっすね」と遠い目をしていたのが印象的だった。


 エイミーも同行したそうにしていたが、家族全員が鈴谷市に引っ越している手前、無理を言う事は出来ない。ただただ寂しそうにしていた。


 その姿は飼い主に見放された子犬のようで、ポニーテールも力なく垂れているように見えた。見かねた直也は、お土産を買ってくる事と、基地に戻った後に一緒にいる事を条件に、エイミーの機嫌を直すことに成功していた。


「直也さん、休暇中は何をする予定なんですか?」


 何気ない三奈の質問に、直也の視線が宙を彷徨う。


 直也の休暇の予定は、昔から彩華が決める事が多い。「兄様と一緒に出かけることが多いから、私が予定を決めますね」と、半ば強引に決められたのだ。今回の休暇も、当然のように義妹がプロデュースする事になっている。


「……実は、俺もわからない。あけみさんと彩が予定を決めているらしい」

「あー……。そういえば、相談しているのを見かけました」


 三奈は数日前、あけみと彩華が、隊舎の談話スペースで話し合っていたことを思い出した。それぞれの端末を前に、二人とも、時に楽しそうに、時に見えない火花を散らしながら語り合っていた。


「一日くらいは、ゆっくりしたいと希望は出したんだが……」

「彩華さんは『休みが足りない』と言っていましたよ……」

「……。うん……。そうか……」


 額に手を当てて俯く直也。予定を立てる段階で、予め直也から希望は出している。というか出さないと、下手をすれば休む間もなく彩華に連れ回される可能性もあった。


 今回の希望は、「一日くらいゆっくりしたい」「愛車の運転をしたい」「愛車の洗車をしたい」である。日程と兄妹の予定を加味して決めるため「検討したけれど、無理でした」という場合もままあり、油断は出来ない。


 そんな事情を知っている三奈は、同情の視線を送る。


 プライベートの直也は、基本的に物静かで穏やか。そして仲間内には優しい。特に女性に対して甘いと言っても良いだろう。父から「女性には優しくするように」と言い聞かせられて来た賜物であった。


「出かける時は、うちのお姉ちゃんと僕もご一緒させてもらいます」

「そういえば、双葉さんから休みの予定を聞かれた事があったな……。

 彩が予定を考えているって答えたけれど、みんなで出かける事になったのか。……意外だな」


 研究所にいた頃、あけみと彩華は、双葉と仕事で頻繁に顔を合わせてはいた。だがプライベートで出かけるような間柄ではなかったはずだと考える。


 意外な組み合わせに、(いつの間にそこまで仲良くなったのだろうか?)と、直也は内心で首をひねる。


「折角の休みなのに、三奈も予定に付き合わせて良いのか?」


 あけみと彩華の仕業と思った直也は、無理に参加させない様に言い聞かせなければと考える。


 三奈は直也の考えに気付き、笑いながらパタパタと手を振る。


「あ、お姉ちゃんから付いてきてって頼まれたんです。それに、一人でいてもやる事無いので」

「そうか……。休みの予定、何か聞いている?」


 本人が納得しているなら良いかと、ついでに詳しい予定を聞いているか確認する。


「街に出かけることと、直也さんの誕生会をやることは聞いていますね」

「俺が聞いているのと同じか……」


 敢えて予定を知らせていないか、まだ詳細を詰め切れていないのだろう。彩華が子供の頃は何でもかんでも予定を詰め込む傾向があった。詰め込みすぎて、移動は走ること前提になっていたり、酷い時は瞬間移動しないと不可能な計画もあったりしたのだ。今でこそ“かなりマシ”になったが、今回は張り切っていたので、少し心配になった直也である。


 海峡を抜け、輸送機がさらに高度を落とす。眼下では、田畑や森林といった濃淡に富む緑色が減り、次第に色とりどりの建物の屋根が増えていく。要島の住宅の屋根は、重い瓦ではなく軽いトタン張りが多い。それは冬の積雪で屋根が重くなるからだ。


 機は一旦海上に出た後、再び陸地へ進路を向け、三浦市南部にある基地の滑走路へと降り立った。


 時刻は一八:〇〇を過ぎている。直也達が輸送機を降り立つと、周囲を夜の帳が覆いつつある。


 一彰が、直也達に声をかける。


「明日の九:〇〇に、研究所のロビーに集合して欲しい」

「了解です」


 直也と彩華の二人は、研究所へ向かう一彰達、そして双葉の家に泊まる三奈、親戚の家から来た車に乗り込むあけみと別れる。待たせていたタクシーに乗り込み、実家へと向かった。


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