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扶桑国戦記 (改訂版)  作者: 長幸 翠
第三章 反攻作戦前
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密談

 会議を終えた後、マクシム・アレクセーエフ元帥は、副官のローベルト・リバロフ中佐と共に自身の執務室に向かった。


「今は二人だけだ。座ると良い」


 応接セットへと移動し、マクシムがソファに腰を下ろすと、ローベルトにも座るよう促す。


「……はい、お義父さん」


 右斜め前のソファへと腰を下ろすローベルト。彼はマクシムの娘、ライサの夫でもある。


「ライサと孫達は元気そうか?」

「ええ。先日も話しましたが、とても元気そうでした。

 二週間に一回は、皆でお義母さんの所に顔を出しているそうです」


 頬を緩ませるローベルトに、マクシムも「何よりだ」と口角を上げる。


 マクシムもローベルトも、家族を遠く離れた首都ゼイドラガルに残しており、開戦してから約四ヶ月の間、直接顔を合わせたのは一度きりで、それ以外はオンラインで互いの近況を伝えていた。


 夫婦間に会えない寂しさはあれど、信頼に揺らぎは無い。結婚してから四十年近く連れ添ったマクシムと妻は勿論の事、ローベルトとライサの間にも、である。何せ二人は、物心ついた頃から、姉弟のような付き合いであった。


「それから、ライサは『お父さんはお母さんに顔を見せるように』と言っていましたよ」

「……まいったな」


 マクシムは苦笑する。用事も無く妻に連絡するのは、どうも抵抗があるのだ。格好が付かないと言っても良い。


 その様子を見て取ると、ローベルトは「今度、僕が連絡しますので、一緒に顔を出してください」と笑う。


「それはそうと、“前線視察”の件ですが……」


 雑談を終えると、ローベルトは、顔を引き締め、小さな声で本題を切り出す。


「部屋の“掃除”は済んである。話してくれて構わない」


 マクシムは、先を促す。


「無事に、“使者”と会う事が出来ました」

「向こうは、誰が出てきた?」

「神威中将自ら、です」

「!! 相変わらず大胆だな……」


 ローベルトに与えていた極秘任務、それは扶桑国の使者と会う事であった。



 今より十数年前、前の人民最高会議議長――国家元首――であったクズネツォフの時代、一党独裁体制から民主化へと舵を切ろうとした事があった。


 これまで敵対していた西側諸国と少しずつ交流が始まり、それは軍事にも及んだ。


 そして八年前、クズネツォフ派党員の軍人として辣腕を振るっていたマクシムは、神威中将(当時は少将)と面識を得たのだ。


 だが、この変化を良しとしない勢力の大反発を招き、今から七年前に政変が起きた。


 一党独裁体制への復帰を標榜するリャビンスキーが、人民最高会議議長に就任。党からクズネツォフ派のほとんどを排除した。


 時を巻き戻るかのごとく、再び西側諸国から距離を置くようになった。そればかりか、国内では一党独裁体制が大幅に強化された。


 情報技術の発展と電子マネーの普及により、国民一人一人の行動を監視しやすくなった事も大きい。中でも重要なものは、国民の信用スコア制度が始まった事だ。


 この制度は、政府(=党)への忠誠度を表す仕組みだ。簡単に言えば、党を支持する国民を優遇し、逆に意向に沿わない者達には様々な制約を課す仕組みとなる。


 もう少し具体的な内容としては、品行方正かつ政府の方針に進んで従う者だ。海外製品よりも国内製品を好んで購入し、政府や党の催し物に参加して金銭を落とす事を推奨している。さらに従わない者を密告すればより望ましい。


 リャビンスキー派とは“水と油”の関係であるクズネツォフ派のマクシムは、ともすれば粛正の危険があった。だが軍人として有能であった事、軍内部で大きな信頼を得ていた事から、リャビンスキーは手を出す事が出来なかった。結果として、参謀総長と幾つかの役職から外されたに留まった。


 その後も、マクシムと神威中将の間には、細々とした交流があった。


 開戦後にも、神威中将からの連絡はあった。しかし交戦相手の国であるため、一切の返答は行っていなかった。


 しかし海戦の大敗によって、状況は大きく変わりつつある。政府に極秘で連絡を取り、会う事に決めたのだ。



 マクシム自身は、ズレヴィナ共和国にただ二人いる現職の元帥であり、参謀総長のエフゲニー・リャビンスキー元帥に次ぐ、軍のナンバー・ツーだ。政府の監視の目もあって自由に動く事は出来ない。その代わり、一番信頼の置けるローベルトを、前線視察の名目で派遣したのだった。


「はい。それと、護衛に例のロボット兵器と、パワードスーツを装着した兵士が、一人付いていました」

「ロボット兵器だけではなく、パワードスーツも配備していたとは……。何か情報は?」


 ローベルトは「はい」と真剣な表情で頷くと、カバンからタブレットと手書きのメモをテーブルに置く。


 タブレットには≪タロス≫を様々な角度から撮った写真が表示されている。近距離から撮影されたそれは、偵察部隊のカメラが捉えた物とは比べものにならない鮮明さで目を引く。


 メモはローベルト直筆だ。神威中将から説明された内容を書き留めたものである。その内容に、マクシムは驚く。


「一人で、複数のロボット兵器を操作出来る。だと? しかも、パワードスーツにロボット兵器を操作する機構が組み込まれているというのか?」

「はい。今回は四、五機のロボットがいたようです」


 ズレヴィナ軍のロボット兵器は、前線から数キロメートルから数十キロメートル後方からコントロールする点では、扶桑国と同じと言える。


 しかし、コントロールに必要な人員は、扶桑国とは異なる。


 専用の指揮車両一両あたり三~五人が搭乗し、コントロール出来るロボット兵器は二十機程度。


 それ以上運用する場合は、指揮車両を複数連携させることになるが、数が多くなると効率が低下する問題がある。このため、大規模な作戦で多くのロボット兵器を効率よく運用するためには、コントロールルームを設営する必要がある。そのためには様々な機器を設置する時間と場所の必要があるし、専門のオペレーターが数十人は必要となる。


「全長は約二メートル。動きは人間に近く、武器も人間用を使用していました。また、随行していた二機のうち一機は、近接戦用の刀と思われる刃物を装備していました」

「何と……。扶桑国のロボット兵器は、我々の物より技術レベルは遙かに高いのだな……」

「はい。私も同感です」


 続いてローベルトが「神威中将からの書簡です」と、封筒を差し出す。


(この手紙を見れば、引き返せなくなる)


 そう直感したマクシムは、封筒に伸ばしかけた手を止める。怪訝な面持ちのローベルトを尻目に、数秒間の逡巡を見せた後、意を決して受け取る。


 封筒の封を切り、便箋に目を落としたマクシム。すぐに険しい表情になり、無言で読み進めていく。


 ただならぬ雰囲気に、ローベルトも強く緊張したまま、様子を見守る。


 身じろぎする事すら躊躇う程の、張り詰めた空気。互いに無言のまま、数分が経過する。


 最後まで読み終えたマクシムは、つい先程までとはうって変わり、憔悴した表情を見せる。背もたれに体を預け、深くため息をつく。瞳には、苦悩がありありと浮かんでいる。


「閣下……?」


 そのただならぬ様子に、ローベルトは思わず声をかける。


「あの男、やはり恐ろしい事を考える……」


 マクシムは体を起こし、手紙をローベルトに渡す。


 手紙は、世界の共通語として使用されているエトリオ語で書かれていた。マクシムもローベルトも、エトリオ語は習得しているため、通訳無しに読み書きと会話が出来る。


 読み始めるなり、ローベルトはその内容に戦慄し、全身に鳥肌を立てた。


 内容は、一言で表現するなら“国家への反逆”を唆すものであった。


「……この提案に、乗るのですか?」


 背筋に冷たいものを感じる。微かに震える手で、手紙を元通り折り畳みながら、義父であり、敬愛する上官に問いかける。


 ローベルトの内心は、今すぐ手元の紙束を処分し、見なかった事にしておきたいと訴えている。


 その心を見透かすように、マクシムはじっと義理の息子を見つめる。


「その手紙と一緒に、私をリャビンスキーに突き出せば、憂いは無くなるぞ」

「……ご冗談を」


 慌てて頭を振るローベルト。


「国家に忠実な軍人としては、考慮にも値しない。しかし……、現状を憂う者としては、チャンスである事も間違い無い。

 ……まずは、次の会議の後、セルゲイとアルトゥールの意見を聞きたい」


 マクシムは、友人であり、かつ信頼の置ける二人の名を挙げる。


 表情は硬いまま、「承知しました」とローベルトは頷く。「意見を聞きたい」と言っているが、心の内は定まっている事を感じ取っていた。


「では、引き続き侵攻計画を頼む。党に気取られぬよう、決して手を抜かないように。

 ……物は、こちらで預かる」


 ローベルトは一礼すると、部屋を後にする。


 マクシムは、手紙を執務机の引き出しにしまい鍵をかけると、一緒に受け取っていたタブレット端末を手にした。


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