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扶桑国戦記 (改訂版)  作者: 長幸 翠
第三章 反攻作戦前
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播磨家の再会の儀式

 打ち合わせを終え、解散となった。


 秀嗣は直也と彩華と共に。基成はあけみを連れて。将紀と久子は、それぞれ一人で部屋を出る。


 将紀は部屋から退出すると、事務員に声を掛けて小さな部屋を確保する。その部屋に入ると、携帯電話で子供達を呼び出した。


 五分程で、制服姿のエイミーとレックスが連れ立ってやってきた。何度か見ているとは言え、子供達の制服姿を見ると、成長した姿を誇らしく思う反面、死地に送り込まねばならない不安と申し訳なさで複雑な気持ちになる。


 双子の二人が並んでいると、“兄と妹”に見えてしまうのは仕方のないところか。


 エイミーに至っては体格的に小学生高学年か中学生と変わらないため、基地の一般開放日に、レプリカの制服を着たお子様みたいに見える。知らない者が基地でエイミーを見かけ、制服や迷彩服を着ているにも関わらず、迷い込んだ子供と勘違いされるという“珍事”が度々発生する事も頷ける。


「父ちゃん! お帰り!」


 エイミーは将紀を見るなり、その胸に飛び込んでくる。エイミーが幼稚園の頃から続く“再会の儀式”だ。


 水兵の常として、任務や訓練のために家を数ヶ月空ける事が多い。将紀の乗艦が帰港の際には、妻と子供達が港まで迎えに来てくれる事が恒例であり、抱きしめ合うのが儀式になっていた。


 エトリオ人の妻と、妻から金髪とエメラルド色の瞳を受け継いだ姉弟は、いつも周囲の注目を浴びたものだ。


 未だ幼少の頃と同じ行動をするエイミー。成長しても父に抱きついてくれる事を喜ぶべきか、成長が無いと窘めるべきか、とても悩ましい気持ちになる。


「ただいま、エイミー」


 小柄な愛娘の体をしっかり抱きしめながら、頭を優しくなでると、エイミーから甘い香りが漂ってくる。


(この子は昔から変わらないな。心配ではあるが、変わったら変わったで、寂しさを感じるのだろうが……)


 秀嗣は愛娘との抱擁を済ませると、息子に向き直る。レックスも小学生くらいまでは抱きついて甘えてきたものだが、今となっては遠い記憶だ。


「おかえり、父さん」

「ああ。ただいま、レックス」


 両腕を差し出すと、レックスは恥ずかしそうに体を寄せてくる。今では将紀の背を越え、胸板も厚く逞しくなっている。鍛えた体に贅肉はほとんど無く、腹の弛みが気になる自分とは大違いだ。成長した体を抱き寄せ、背中をトントントンと優しく叩いて、すぐに離れる。


 入り口での挨拶を終え、部屋の奥に備え付けられているテーブルセットに向かう。将紀が腰を下ろすと、テーブルを挟んで向かいの椅子にエイミーとレックスが並んで座る。


「二人とも、活躍していると聞いている。良くやったな。そして無事で良かった」


 まずは子供達に労いの言葉をかける。戦闘の詳細は、報告書やログを確認済みだった。二人とも、問題無く任務をこなしたと言えるだろう。


 親としては当然、子供達を命の危険がある戦場に出したくは無い。本心は軍に入れるつもりも無かったのだ。


 だが直也や彩華という、子供の頃から兄や姉のように接してきた二人が軍に入った影響は大きかった。エイミーとレックスは、後を追うように士官学校に入学してしまった。


 とは言え、悪い事ばかりでは無い。≪タロス≫をコントロールする類い希な能力を持つ事で、こうして同じ部隊に所属し、会う事が出来るのだから。


 ちなみに、かつてエトリオ海軍に所属していた愛妻も、統合機動部隊の事務員として、本拠地の鈴谷基地で勤務している。


「実戦は訓練と違って、ピリピリした感じがして、何か疲れた」

「十分に訓練を積んできたつもりだけど、実戦は緊張して凄く疲れたよ」


 二人はシミュレータを始め、様々な訓練を繰り返し、万全の状態で戦闘に挑んでいる。だが実戦の空気は違うものだ。それは≪タロス≫のカメラ越しでも感じるのだろう。緊張感を持ち続ける事は、精神的に大きな負荷がかかる。


「偵察任務も大変だろう。疲れは溜まっていないか?」

「アタシは大丈夫!」

「僕も、今の所は大丈夫だよ」


 返事の通り、二人とも疲れは無さそうだ。


 朗らかに笑うエイミーは、いつもの通り元気印だ。


 レックスも表情は明るい。以前は少し頼りなさのあった表情に、精悍さが加わったようにも見える。親の贔屓目かもしれないが。


「中隊の居心地はどうだ?」


 将紀は、統合機動部隊に着任してからの環境について尋ねる。


 オペレーターの十人は年齢もほぼ同じで、研究所でも一緒だったメンバーだ。良好な関係を築いている事は知っていた。


 中隊は、直也達オペレーターで構成される戦闘班の他に、車両班と整備班がある。前者はオペレーターが乗り込む多脚指揮車や、トラックなど輸送車両の乗員が、後者はロボット兵器や車両の整備員が在籍している。人員構成で言えば、戦闘班の十名が一番少なく、ほとんどが車両班と整備班だ。


 しかもそのほとんどが、オペレーター達より年上であるが、逆に階級は下となる。その歪な構成は、人間関係に問題を抱えやすい。


 秀嗣を初めとする首脳部も、懸念している所だ。


 首を軽く傾げて考え込んでいたレックスは、将紀に視線を戻す。


「全体的には、良いと思うよ。

 僕達オペレーターは元々仲が良いし、車両班と整備班の人達とも話すようになった。

 直也さんの話では、班長の巻口大尉が僕達の事を気にかけてくれているみたい」

「そうか……。悪く無ければ良いんだ。何かあったら、直也君に言うんだぞ」


 問題無い様子に、心の内で安堵する。


「アタシは、中隊のいろんな人から話しかけられるし、時々お菓子をもらうようになった」


 研究所にいた頃のエイミーは、幼く可愛らしい容姿と元気な性格から、マスコットの様に見られていると聞いていた。それは中隊に来てからも変わらないのだろう。


 親としては少々複雑だが。


「お菓子をもらうのは良いが、悪い人に付いて行くなよ」

「むーっ。父ちゃんも、直兄ちゃんと同じ事言ってるぅ」


 口を尖らせ反論する娘に、将紀は「直也君も言っていたのか」と、声を上げて笑う。


 直也と彩華は、将紀にとって秀嗣という幼馴染みの子供だけに留まらない。子供達の上官であり、戦友でもある。


 エイミーとレックスは、幼い頃から二人の影響を受けて育ってきた。


 特に変わったのはエイミーだろう。直也と出会う前のエイミーは、髪が非常に短く、女の子らしい姿を一切したがらなかった。そして喧嘩っ早くヤンチャぶりが際立っていた。端的に表すと“ガキ大将”であった。


 それが直也と出会ってからは、驚くべき変貌を遂げた。髪を伸ばし、女の子の服も着るようになり、家事も手伝うようになった。喧嘩もほとんどしなくなった。言葉遣いと活発さはあまり変わらなかったが。


 レックスも変わった。こちらは直也だけでは無く彩華の影響もあるだろう。常にエイミーの陰に隠れ、常に自信が無く怯えた様子だった。それが今や、穏やかな性格を残しながらも、逞しく育ってくれた。


 親として望む事は、この戦争を無事に乗り越えてほしい。それが一番である。


「ねえ、父ちゃん」


 目を輝かせたエイミーが、将紀を見上げる。


「ん? どうした?」

「新兵器、見てみたい!」


 新兵器。それは「何か分からないけれど、ワクワクする」言葉だ。将紀と秀嗣も、レールガンとレーザー砲に、年甲斐も無く胸を躍らせたのだ。


「ああ、そうだな……」


 エイミー、そしてレックスも、新兵器に強い興味を示している様子に、将紀は苦笑を浮かべつつ考える。


 レールガンとレーザー砲の存在は、政府が国民に発表した海戦結果を始め、全世界に存在が公表されている。だから既に隠匿する必要は無い。


 当然軍機となるため、射程や威力、その他の正確な性能は出していない。だが、ネット上では大きな話題になっているらしく、“祭り”と言われる状態だと部下達から聞いている。


 ネット上の噂は千差万別だ。例えばレーザー砲は、射程は数キロ~百キロメートルと大きく違いがあるし、威力も数秒間の照射で辛うじてミサイルを打ち落とせる程度というものから、SFのように、一発で艦艇に風穴を開けると紹介しているものもあるらしい。


 子供達に限らず由良基地にいる将兵も、戦局を変えうる新兵器に興味を持っている事は疑いない。士気を高めるために、見せても良いのではないかと考える。


「見せるくらいは出来るかもしれないな。秀嗣さんに相談してみよう」


 二人の子供達の喜ぶ姿に、将紀もまた笑みを浮かべるのだった。


 その後は他愛の無い話に花を咲かせていたが、時間を告げるアラームで我に返る。名残惜しさを感じながらも、話を終わらせる事にする。


「エイミーもレックスも、大丈夫とは思うが、油断するなよ」

「わかった」

「うん。気をつけるよ」


(子供だと思っていた二人も、兵士っぽくなってきたか……)


 顔を引き締めて頷く姉弟を見て、感慨にふける。


 三人は部屋を出ると、それぞれの部屋へと戻っていくのだった。



 夕食時、将紀が秀嗣に相談すると、「俺も見学会を開こうと思っていた」と返事が返ってきた。秀嗣もまた、直也を始め、行く先々で新兵器を見てみたいと要望が多く寄せられたのだと言う。


 翌日、見学会の検討が行われ、その数日後、人数限定で公開する事となった。


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