統合機動部隊の戦略会議2
「次は陸上部隊だな」
基成が口を開く。
階級では、基成は秀嗣と将紀より下となるが、年齢的には上になる。秀嗣はかつて基成――当時はもっと階級が低かった――の部下だった事もあり、仲間内で話す際は、秀嗣は基成に敬語を使っている。
「第十二師団の救援直後、敵は部隊を五回送り込んで来たが、全て撃退してからは鳴りを潜めている。うち二回は、ロボット部隊も出てきた」
スクリーン上の地図に、敵偵察隊の移動ルートと規模が表示される。
由良市より海岸沿い約五十キロメートル南にある波田市、その南東には山岳地帯が広がる。山岳地帯を挟んで西の海岸線沿いには国道八号線、東には国道三〇三号線が南北に通っており、主要な侵攻ルートとなっている。
現在はその辺りを境として扶桑軍とズレヴィナ軍が対峙している。明確な境界線は無く、国道上やその路外には、コンクリートや鉄骨で作られたバリケード、鉄条網、センサー類が設置されている。他に哨戒部隊やドローンが周辺を警戒している。
敵の偵察隊は、西の国道八号線から一回、山岳地帯から二回、そしてその東、国道三〇三号線から二回接触していた。
秀嗣は眉を上げ直也を見る。
「史上初のロボット同士の戦闘だな。どうだった?」
開戦当初より、ズレヴィナ軍でもロボット部隊の存在が確認されていた。当然、統合機動部隊も注目していた。
しかし、今までは投入地域が限定されており、かつ少数であった事から、統合機動部隊との交戦経験は無かった。
「実際に交戦したのはあけみさんとレックス、亮輔と義晴のペアだったので……。あけみさん、説明をお願いします」
直也から話を振られたあけみは「ええ」と頷くと、そして自分の端末から戦闘の履歴をスクリーンに呼び出す。
「敵は、歩兵など有人部隊の露払いとしてロボット部隊を運用していました。
これは、東側の国道……、三〇三号線上で交戦したものです」
地図上に、敵の配置と侵攻ルートが表示される。
「≪R-11≫偵察ドローン六機の他、斥候として≪BM-3≫十六機を先行させ、その後を≪BM-17≫二十四機と≪BM-102≫八機が続いていました。有人部隊はさらに二、三キロメートル後方にいたようですが、詳細は不明です」
≪R-11≫は、空から敵を発見する偵察機に相当する。≪BM-3≫は六脚を備え索敵に特化した機体で、センサー類が充実している反面、装甲と武装は脆弱だ。≪BM-17≫は装軌式、いわゆる無限軌道で走行する車両型のロボット兵器だ。ズレヴィナ軍では歩兵に相当する機体となる。最後に≪BM-102≫も装軌式のロボット兵器で、装甲車に相当する。
感情を持たずライフル弾が通用しないロボット兵器は、対峙する歩兵にとって脅威だ。扶桑軍ではロボット兵器に遭遇した際は安易に交戦しないよう指示が出ていた。
ズレヴィナ軍のロボット部隊に対する、あけみとレックスのペアは≪タロス≫十機、迫撃砲搭載の≪バーロウ≫二機と補給用≪バーロウ≫四機のみ。
「随分と大所帯で来たな。威力偵察か……」
「はい。すぐに救援を要請し、こちらは防戦に努めました」
スクリーン上で繰り広げられていたのは、史上初、ロボット同士の戦闘だった。
空で≪カワセミ≫と≪R-11≫の交戦が始まる。≪カワセミ≫の放った小型対空ミサイルによって、二機の≪R-11≫を瞬く間に撃墜。残りは射程外に退避していった。
秀嗣は首を傾げる。
「敵ドローンの動きが変わったように見えるね?」
「はい。こちらのミサイル攻撃を回避するようになっていました」
「まじかー……」
あけみが答えると、秀嗣は「あちゃー」と言いたげに顔を顰める。
地上でも戦闘が始まる。ズレヴィナ軍のロボット兵器が前進しながら攻撃を開始する。二キロ後方、迫撃砲搭載の≪バーロウ≫二機が、煙幕を展開し≪BM-102≫の視界を奪うと、一旦は機関砲が止む。
再び≪R-11≫二機が現れて≪カワセミ≫が襲いかかる。一機を落とすが、その直後に地上からの攻撃で≪カワセミ≫も一機撃ち落とされる。
「落とされた≪カワセミ≫は、敵に鹵獲されてしまいました。申し訳ありません……」
「報告書にあったのはこれのことだね。気にしなくても良いよ。これは仕方がない」
煙幕を抜けてきた敵ロボット兵器に、≪タロス≫が攻撃する。
あけみとレックスのペアは、≪タロス≫を少しずつ後退させながら、敵ロボット兵器を破壊し前進の勢いを削いでいく。しかしレックスの≪タロス≫が被弾したことで、事態は急激に悪化していく。
それでも何とか踏み止まり、増援が到着したところで映像の再生を止める。
「この戦闘で、≪カワセミ≫一機が撃墜され、≪タロス≫五機が損傷しました。
戦果は、≪R-11≫七機、≪BM-3≫十四機、≪BM-17≫五機です。
先程話しましたとおり、≪カワセミ≫一機が鹵獲されました。その他、損傷した≪カワセミ≫と≪タロス≫の機体とパーツは可能な範囲で回収済みです。
また、撃破した敵ロボットとドローンについても回収済みです」
「わかった。穂高少尉、支倉曹長のペアはどうだった?」
「こちらは、敵がすぐに撤退した事から、双方ともに無傷でした。恐らく、こちらに戦車がいた事から、交戦を避けたものと考えます」
「そうか。ご苦労だった」
続いて秀嗣は、基成に向き直る。
「敵のロボット部隊、数が揃うと≪タロス≫でも厳しいですね」
「そうだな。歩兵では相手にならないから、この地域はグリフォン中隊にリントブルム大隊を付けて巡回してもらっている」
「来月にはなりますが、≪メーティス・システム≫のシステムプログラム更新で、無人化した戦車と機動戦闘車のコントロールが可能になります。
プログラム更新後にすぐ投入出来るよう、車両だけでも早く送ってもらうように伝えましょう」
「それは本当に助かる」
基成の言葉に、直也達も頷く。
≪タロス≫にとって、見通しの良い場所で多数の≪BM-102≫などの装甲車両と殴り合うのは分が悪く、火力に優れた車両が欲しい。
このため、少数ながらグリフォン中隊単体で九一式戦車と九三式機動戦闘車を持つ予定となっている。これらの車両には兵員を乗せず、≪タロス≫や≪バーロウ≫と同様に≪メーティス・システム≫を使い無人でコントロール出来るよう改造中だ。
その対応までの間、暫定的に戦車を擁するリンドブルム大隊と共同して哨戒しているが、歩兵大隊のケルベロス大隊にも戦車を付ける必要がある。このため、現状はリンドブルム大隊の負担が大きくなっている。少しでもその負担と交戦時の人的被害を減らすため、戦車はケルベロス大隊(=生身の歩兵)に優先的に付くようになっている。あけみとレックスの交戦時に戦車が同行していなかったのは、リンドブルム大隊のローテーションの穴に当たった為であった。
「今後の敵の動向だが……。伊吹曹長、何か懸念はあるかな?」
「はい。いくつかあります」
この打ち合わせの場に久子がいる理由。それは久子が個人の戦闘よりも戦術、戦略といった広い視点での判断を得意としており、秀嗣達がその分析力を大いに買っているためである。本来は参謀などに進むタイプの人間だが、≪メーティス・システム≫の扱いを得意とする希少な人材である事から、グリフォン中隊に配属されている。間もなく少尉に昇進することが決定している。
久子は、ゆるくウエーブのかかった長髪と、両サイドには、これまたゆるい縦ロールの髪を持つ。たれ目で普段はおっとりした性格は、グリフォン中隊の女性陣の中では印象が異なる。“動”を体現している三奈とエイミー、“中間”のあけみと彩華、“静”の久子。
しかし、戦闘中や作戦会議中は人が変わったようにシャッキリとなる。
本人の話では、「頭を使うと糖分が必要になるから、普段はあまり使わないようにしている」らしい。
ちなみに今はシャッキリモードだ。
スクリーンに扶桑国の周辺地図を表示し、説明を始める。
「まず始めに、今回の海戦によって、敵の方針が変更される可能性があります。
具体的には、我が国全土の制圧を諦め、黒崎島の全島、または一部の制圧で休戦を申し出てくる可能性が考えられます」
ズレヴィナ共和国は、第二次扶桑海海戦の大敗により、同海域の制海権を失った。これにより扶桑国の防衛ラインの裏を突くことは出来なくなり、短期間かつ損害を抑えて扶桑国全土を制圧する事は不可能となった。
秀嗣も賛同する。
「そうだな。政府や国防省も同様の分析をしている。
みんなは知っていると思うが、ズレヴィナ共和国がこの戦争を起こした理由はいくつかある。
第一に、黒崎島の太平洋側沿岸に存在するイコルニウム鉱床の確保だ。
第二に、太平洋への進出を果たすため。我が国の島々は、ズレヴィナ共和国が太平洋進出に当たって目の上のたん瘤だ。制圧することで、逆にエトリオ連邦に対する防波堤とする目的もある。
最後に、我が国の持つ高い技術力や、工業力も欲していることだろう。
だが、イコルニウム鉱床の確保が最大の理由と言って良い。これさえ奪えれば、最低限の目的は達成した事になるからな」
イコルニウムはレアメタルの一種であり、バッテリーの製造時に添加する事で容量を桁違いに引き上げる効果がある。今の所世界中で扶桑国の領海にのみ存在しており、極めて重要な戦略物資だ。
「この事から、今後は我が国の継戦能力低下を目的とした攻撃もあると考えます」
「今までは、出来るだけ無傷で分捕って使い回す方針だったが……。なりふり構わなくなるって事だな」
「いよいよ、民間施設を標的とした攻撃もあり得るか……」
「民間の輸送船も、攻撃目標に入ってきますね……」
秀嗣、基成、将紀が、揃って眉間に皺を寄せる。
久子は続いて、扶桑国近海に切り替える。
「次の懸念点です。今の話にも関わりますが、東海艦隊を壊滅させても、依然として我々の艦船数が敵に劣っていることです。
敵の水上艦艇は、北海艦隊、南海艦隊合わせて四十隻以上に対し、我々は統合機動部隊の七隻を含めても使えるのは三十隻程度。しかも扶桑海と太平洋の両方に配備する必要がありますので、扶桑海で使えるのはその半分程度です。
私の予測では、敵は要島近海から黒崎島の太平洋側までの広い範囲にわたって進出し、陽動に出てくると考えています。狙いは、我々の艦隊を休みなく引き回して疲弊させることでしょう。レールガンとレーザー砲を持つ七隻は、特に狙われると思います。
……海軍艦艇へのレールガンやレーザー砲搭載はいつ頃になるでしょうか?」
久子の質問を受け、秀嗣は手元の端末で資料を呼び出す。
「現在改装中なのは五隻。
≪ざおう≫と≪ほたか≫の二隻は、エトリオ西海岸の造船所で改装中だ。半月後に引き渡しの予定で、その後回航予定となっている。
≪はまかぜ≫、≪いそかぜ≫、≪うらかぜ≫の三隻は国内で改装中だ。間もなく最終確認が始まるらしい。
≪はまかぜ≫、≪いそかぜ≫、≪うらかぜ≫は早くて三週間、≪ざおう≫と≪ほたか≫は一ヶ月半といった所か……。訓練無しで、と言う注釈付きにはなるが」
≪ざおう≫、≪ほたか≫の二隻は<ざおう>型ミサイル駆逐艦、≪はまかぜ≫、≪いそかぜ≫、≪うらかぜ≫の三隻は<かげろう>型フリゲートである。
これらは統合機動部隊の艦と同型艦ではあるが、改装内容が異なっている。改装に時間をかけないために発電機の搭載を見送り、代わりにバッテリーを多く搭載している。これによって戦闘後は自力での充電は不可能となり、陸上からの給電が必須となっている。
久子は首を僅かに傾げ、頬に手を添えると、宙を見つめたまま思案にふける。そして数秒の後、口を開く。
「早くて三週間ですか……。出来るなら、こちらと海軍のフリゲートを二隻程度入れ替えて見るのはどうでしょうか?
こちらの二隻は太平洋に回し、向こうで改装中の艦の乗員を乗せて指導した方が早く新しい装備に慣れられると考えます。しばらく大規模な海戦は無いと予測していますので、扶桑海側は従来のフリゲートでも用が足りると思います」
久子の提案に、将紀も頷く。
「確かに……。しばらく大規模な戦闘が起きる可能性は低いですから、問題無いでしょうね。
改装中の艦の乗員を受け入れて教育する予定はありますが、あまり大人数を動かすわけには行きません。艦を派遣した方が効率は良いでしょう……」
「分かった。その案で海軍に掛け合ってみよう。将紀は詳細を詰めてくれ」
「分かりました」
秀嗣と将紀は、手元の端末にメモを取る。
「神威中将。人工衛星の件はどうでしょうか?」
「人工衛星が攻撃目標になると言う件だったな?」
「はい」
秀嗣は端末を操作し、スクリーンの表示を変える。
「いざという時は、エトリオから二機の衛星を間借りできる事になった。それに、直近で打ち上げ予定だった三機は、延期が決定している」
開戦直後、人工衛星が攻撃目標になる可能性を久子から示唆され、秀嗣は対策に動いていた。
扶桑国の所有する人工衛星は、軍用、民間用を合わせると数十機にも及ぶ。
軍では、偵察衛星を始め、衛星測位システム用の航法衛星、通信衛星を使用している。具体的には次の通りだ。
偵察衛星を失うことは、敵の動向を探る“目”を失うことであり、敵の動きへの対応が遅れる。先の海戦で弾道ミサイル≪アレクサンドル≫を最初に捕捉したのは偵察衛星の功績だ。
航法衛星を失うと、誘導兵器の精度が低下、または誘導不能に陥る。
通信衛星を失えば、部隊間の連携及び状況把握に多大な問題が発生する。
従って、もしそれらが失われると、少なからず軍事行動に支障が出てしまう。
ズレヴィナ軍では、かつて対衛星ミサイルを開発中との情報があった。しかしその後、完成したという情報は掴んでいない。だから、本当に攻撃があるかは不明だ。
存在しなければそれで良し。もし対衛星ミサイルを実用化しているのであれば憂慮すべき事態だ。その攻撃が扶桑軍の手の届かない、ズレヴィナ国内の内陸部から行われるならば、防ぐ手立ては無い。
「今の所は、最悪の事態が起きないことを祈るしか無いか……」
「こちらから手が出せないのはもどかしいですね」
話が一段落付いた所で、彩華が小さく手を上げる。
「父様、質問宜しいですか?」
「ああ、遠慮無く聞いてくれ」
ニコリと笑いかける秀嗣。娘の世間話に耳を傾ける父親のように、気楽な様子だ。ただし世間話としては、いささか物騒な話題ではあるが。
「レールガンで敵基地を攻撃して、敵を弱らせることは出来ないのでしょうか?」
由良港から、レールガンの“公式上の”射程である半径三百キロメートル圏内には、敵の陸軍基地が二箇所確認されている。彩華の質問は、これらを攻撃しないのかというものだ。
対地ミサイルによる攻撃は、敵の迎撃ミサイルによって阻まれる可能性が高い。だがレールガンの初速であれば迎撃は不可能だ。従って、敵の火砲の届かない距離から一方的に砲撃する事が出来る。
彩華の問いに、秀嗣は首を横に振る。
「残念だけれど、あれは万能な物じゃないし、問題があるんだよ。
まず始めに、榴弾の効果範囲は、百五十五ミリ榴弾砲と大きな違いが無い所だ。だから今ある六門では、大部隊相手には嫌がらせにしかならないんだ。
そして一番の問題は、砲弾が足りない事だ。今の在庫は今回の海戦二回分くらいしか無いうえに、生産数もまだ少ないから、ここぞという場面に取っておきたい。
と言う事で、反攻作戦までは積極的な行動はしないつもりだ」
「そうだったのですね。ありがとうございます」
彩華を始め直也、あけみ、久子も頷く。
レールガンやレーザー砲の存在が公表されてから、マスコミやネットでは「これさえあれば勝てる」や「万能な超兵器」のような説明も散見されていた。
海戦でズレヴィナ軍を一方的に打ちのめした事が、その評価に拍車をかけていた。
国民の戦意向上には良いが、軍人である直也達は、そのような幻想を抱いていない。自らも≪タロス≫という新兵器を扱っているから、尚更だ。
どのような兵器であれ、使い所を見極める事が重要であり、結局は扱い方次第と理解している。
「もちろん、敵が大規模な行動に出る事があれば、躊躇無く使うよ」
いざとなれば出し惜しみしない事を強調する。
「では、そろそろ終わりにしよう。
約二ヶ月後の反攻作戦まで、引き続きよろしく頼む」




