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扶桑国戦記 (改訂版)  作者: 長幸 翠
第三章 反攻作戦前
45/98

統合機動部隊の戦略会議1

第三章を開始します。

(忘れなければ)更新は1日おきに行います。

この章では、ほぼ戦闘はありません。

 統合機動部隊・水上艦隊は、補給と乗員の休息のため、由良港に寄港していた。昼過ぎにも関わらず、空は厚い雲が垂れ込めて薄暗い。雨の接近を予感させる。


 そのような空模様を吹き飛ばすように、晴れやかな表情を浮かべた乗員達が、それぞれの荷物を手に各艦から降りて来る。休暇を与えられた者達だ。


 ゾロゾロと列を為しながらも、規則正しく二手に分かれていく。その先にはバスが待ち構えていた。


 片方は、港からほど近い由良基地へ向かうバス。もう片方は、百キロメートル北にある小都市、高羽市へ向かうバスだ。高羽市は、市民の多くが疎開しているものの、軍人を目当てにした一部の店は開いている。


 一方は小規模ながら歓楽街のある都市と、もう一方は軍事基地。どちらが乗員達の人気を集めているかは言うまでもない。当然、高羽市に行きのバスに乗り込む者が圧倒的に多かった。


「お前達は高羽市に行かないのか?」

「ああ、遠いからな。それに、基地にもちょっとした酒場や娯楽施設はあるって話だぞ。飯はタダだし」

「女の子いる店は無いだろうに……」


 高羽市に向かう乗員達が、基地に向かう数名に、呆れの混じった声をかける。


 折角命をかけた戦いを、無事に乗り切れたのだ。バカ騒ぎしてストレスやら何やら、色々発散しないと損だろうと笑う。


「うちの陸上部隊に、可愛い子達がいるらしいぞ?」

「マジか!? 俺も基地に行こうかな……?」

「止めとけ止めとけ。周りが男だらけで、補正かかって可愛く見えるだけかも知れんぞ」


 軍隊という環境上、どうしても男性の比率が高くなりがちだ。後方基地であれば、事務員として目にする機会はそれなりにある。しかし兵士になると話は別だ。門戸が開かれているとは言え、体力勝負になると女性の割合はグッと低くなる。


「陸上部隊に、二十歳くらいの可愛い子達がいるらしいぞ」


 二十代の乗員達が、目をギラつかせる。戦争が始まってからと言うもの。女性と話す機会もほとんど無くなり、皆、出会いに飢えていたのだ。


「俺も聞いたことあるが、止めといた方が良い。噂では、うちのお偉方の娘さんがいるって話だぞ」


 情報通の兵士の言葉に、身を乗り出して耳を傾けていた乗員達が、一様に顔を顰める。


「うげっ、それはヤバいな……」

「下手に手を出したら、洒落にならねえ」

「……だが、話すくらいなら構わんのだろ?」

「じゃあ、店の姉ちゃんみたいに口説いてみろよ」

「バレたら、小銃持たされて前線に飛ばされるかも知れないぞ……?」

「俺達は水兵だぞ。いくら何でも無いだろ?」

「いや、うちの“大ボス”ならやりかねん」

「ぐっ……、否定できねえ」


 彼らの部隊指令(通称「大ボス」)である神威中将は、変わり者として有名である。異動してきた者達は、大抵が元いた部隊とのギャップに驚かされるのだ。


 とは言え、その下はそれなりにまともなため、部隊としての風紀に乱れは無い。


「口説き落として、『お父さん、娘さんと結婚させてください』と言えば良いんだろ?」

「お、勇者が来た。口説き落とすか、失敗して前線に送られるか。みんなで賭けてみるか?」

「じゃあ、俺は前線送りで」

「俺も」

「もちろん俺も」

「……みんな失敗する方かよ。賭けになんねえぞ」


 歴史的な完全勝利に、乗員達の表情は明るい。そこかしこで楽しげな話し声や笑いが響き、ゾロゾロとバスに乗り込んでいく。



 桟橋と岸壁には、レールガンを搭載している<ざおう>型と<かげろう>型の計六隻が並ぶ。


 各艦には、給油のためのホースが接続され、さらに陸上の施設から、給電とバッテリー充電のために、太いケーブルの接続作業が進められている。


 少し離れた場所には、平時は大型フェリーの停泊に使われていた桟橋がある。今はフェリーの代わりに≪しなの≫が、その巨体を休めている。艦上からは≪SH-55E≫哨戒ヘリと≪RQ-27≫哨戒ドローンが次々と飛び立ち、それぞれの原隊へと戻っていく。第二次扶桑海海戦のため、各地から哨戒ヘリと哨戒ドローンがかき集められていたのだ。


 ここから見えない場所には、厳重な警備の元、拿捕されたズレヴィナ軍の潜水艦隊も停泊している。だが、多くの乗員達には与り知らぬところであった。


 トラックやバス、そして人々が行き交い、喧噪が絶えない。平時と戦時の違いはあれど、由良港は久しぶりの活気を見せていた。



 秀嗣と将紀は≪しなの≫から下船すると、迎えの車に乗り込み由良基地へと向かう。港湾地区を抜け市街地に入るが、疎開中の都市に人影は皆無で、ゴーストタウンの様相だ。


 一般車両は一台も走っていない。軍用車両の通行のために、一部の道路は信号が灯っており、巡回中の兵士を乗せた車両と時折すれ違うのみだ。


 車内では、後席に並んで座る秀嗣と将紀が、窓から市内の様子を無言で見つめている。数十分かけて市街地を抜けると、目的地の由良基地が見えてくる。


 基地のゲートを潜り司令部のある建物に到着する。陸上部隊連隊長の出雲基成大佐と数人の幕僚達が出迎えに出ていた。


「出迎えありがとう」

「閣下、お疲れ様でした」


 秀嗣と将紀は、基成に連れられ司令部棟内の会議室に入る。中には飛行隊司令の品川佳南子大佐、そしてグリフォン中隊の神威直也中尉、出雲あけみ中尉、神威彩華少尉、そして伊吹久子曹長がおり、敬礼で出迎える。


 敬礼に応えると、秀嗣は形相を崩す。


「部屋には俺たちしかいない。いつも通りで良いだろう」


 直也達の表情もまた、軍人のものからリラックスしたものへと変わる。


「将紀おじさん、父さんがご迷惑をおかけしました」

「うん、気にしなくて良いよ。慣れているから」


 頭を下げる直也に、苦笑を浮かべた将紀が、手をヒラヒラと振る。一方秀嗣は眉をひそめて二人のやり取りを見ている。口を挟まないあたり、迷惑をかけている自覚はあるようだ。


「これじゃあどちらが親か分からないわね」


 佳南子の指摘に、あけみと彩華が揃って吹き出し、秀嗣は苦虫を噛み潰したような表情になる。その様子を、微笑を浮かべた久子が見ている。


「はいはい、俺が悪うござんしたよ……」

「そろそろ本題に入るぞ」


 基成が手をパンパンと叩いて注意を引きつけると、全員が席に着く。大きな長テーブルに席が対面する形で並べられており、片側には秀嗣、将紀、基成、佳南子が座り、反対側には直也、あけみ、彩華、久子と並ぶ。


「まずは、海戦の結果だ」


 秀嗣に促され、将紀が口を開く。


「海戦は、既に報告している通り勝利しました。内容的には完勝と言えます」


 スクリーンに戦闘結果が表示される。


 航空機や艦船から発射された対艦ミサイルは三百五十発あまり。それを全て迎撃してのけた。


 また、レールガンによって出撃してきた東海艦隊二十二隻全てを損傷させた。作戦目標の<ペルヴェネツ>型ミサイル駆逐艦四隻と<カルーガ>型ミサイル巡洋艦≪オリョール≫は、全艦撃沈している。


 敵潜水艦は、捕捉した十二隻全てを拿捕していた。ただし外部には「撃沈または拿捕」と発表し、詳細は伏せている。これはズレヴィナ共和国内で拿捕された(不名誉な)艦の家族が迫害されるのを防ぐためという理由も少しある。


 予期していなかった弾道ミサイル≪アレクサンドル≫三十発の迎撃にも成功していた。


 これだけの戦果を挙げ、尚且つウロボロス艦隊(水上艦隊)と潜水艦隊(セイレーン艦隊)は一発の銃弾も食らっていない。文句なしに完勝だ。


 基成が「この戦果は、驚く他ないな……」と呟く。


 続いて佳南子が説明する。


「海戦に先立ち行われた航空戦では、フェニックス飛行隊とワイバーン飛行隊に損害はなかったわ。でも空宙軍は有人機が十二機、無人機の≪MQ-12B≫が十五機の、計二十七機落とされているわね。パイロットは全員救助されたけれど、死傷者が八名出ているわ」

「≪MQ-12B≫の損害が多いですが、まだ運用に慣れていないのでしょうか?」


 久子の問いに、佳南子は「そうね」と頷く。


「どうしても命中率を上げようとして接近してからミサイルを撃つから、≪MQ-12B≫が振り切れずに落とされるケースがほとんどね」


 この現象は、開戦直後の第一次扶桑海海戦でも報告されていた。≪MQ-12B≫の飛行速度と機動性は高くない。フレアやチャフは搭載しているが、戦闘機に追われたら逃げ切ることは困難だ。戦訓をふまえて距離があるうちにミサイルを撃って即座に離脱させるよう指導していたが、一部には守られていなかったようだ。


「敵機の方が多いし、出来る限り数を減らしたい気持ちは分かるんですけどね……」


 秀嗣が腕を組み渋い顔をする。≪MQ-12B≫がコストを抑えた機体とは言え、そこまで安くはなく、製造も追いついていないので数も不足している。そんな状況でバタバタ落とされると今後が厳しくなるのだ。≪F-33≫一機当たり≪MQ-12B≫二機コントロール出来るため、本来はフェニックス、ワイバーン飛行隊の≪F-33≫二十機で≪MQ-12B≫四十機コントロール可能だ。しかし空宙軍への配備を優先している為に数が足りず、今回の戦闘では十四機しか投入できていない。


「今回の戦闘結果も踏まえて、空宙軍には改めて指導を依頼しておくわ」


 空宙軍と所属が違うため、こちらから命令出来ない。佳南子も仕方ないと言った様子でまとめる。


「ところで≪MQ-13A≫は役に立ちましたか?」


 直也の問いかけに、佳南子は「あれは凄いわよ」と一転して笑みを浮かべる。直也も≪MQ-13A≫のコントロールを訓練しているため、初投入の結果を知りたかったのだ。


 ≪MQ-13A≫もドローンではあるが、≪MQ-12B≫と異なり友軍の発射したミサイルの誘導を目的としている。ゆくゆくは≪MQ-13A≫と≪MQ-12B≫でドローン編隊を組ませ投入する予定だ。


「≪MQ-13A≫で誘導したミサイルの命中率は、通常の倍以上ね。それにフェニックス飛行隊に持たせた新型のECMユニットも有効だったわ」


 そう言うと、手元のタブレットでスクリーンの表示をフェニックス、ワイバーン両飛行隊の戦闘結果に切り替える。


 シミュレーターでも同じような結果は出ていたが、今回の実戦で証明された形だ。


 しかし問題もある。≪MQ-13A≫のコストだ。一機あたり≪F-33≫二機以上。そして製造の難しさもあり、現時点で扶桑国に十二機しか存在せず、補充の予定も無い。


 次にパイロットが≪メーティス・システム≫に適応する必要があることだが、実は一機のコントロールならば訓練次第で難しくはなく、空宙軍にも数人いる。ところが二機以上になると格段に難しくなり、統合機動部隊の他には研究所で訓練中の数名しかいない。


 本題は、メリットがどれ程あるかだ。今の所≪MQ-13A≫の運用には、オペレーターの搭乗する複座の≪F-33≫とそのパイロットが必要だ。しかもその≪F-33≫は戦闘に加われない。空宙軍では、たった一機の≪MQ-13A≫をコントロールするために、別の機体とパイロットが必要となる所にメリットを感じていなかった。


「今回の結果から、空宙軍でも編隊に一機の≪MQ-13A≫を付けて効果を確認するかもしれないですね」

「ええ。一機でも小競り合いなら十分に効果はあるはずよ」


 直也の言葉に佳南子が賛同する。


 再び将紀が口を開く。


「海戦の結果は以上です。

 東海艦隊は壊滅させましたが、向こうは北海艦隊、南海艦隊合わせて四十隻以上いるので、数はこちらが劣勢のままです。

 ただ、こちらの水上艦隊の実力を知ったわけですから、直接攻撃を仕掛ける可能性は非常に低いと思っています。

 敵は上陸作戦を断念せざるを得ないでしょう。無理に出てきても、的にしかならないと理解しているはずです」


 既存の兵器では相手にならないと、身を以て味わったのだ。残りの艦隊を差し向けて、みすみす失うリスクは取らないと判断している。


 そして、そのような艦隊がいる海域に、上陸部隊を満載した鈍重な輸送艦を送り込んでくる事も考えられない。


「艦隊は、本日から一週間の補給と休養を行った後、付近の哨戒任務に就きます」


 報告が終わると、基成が質問する。


「敵は弾道ミサイルも使用してきたが、迎撃に問題は無かったのか?」

「ええ、問題なく対処出来ました。≪避来矢≫が発射直後から捕捉していた事が大きいですね」

「そうか。我々の努力は無駄では無かったか」


 基成は、感慨にふける。


「過ぎたことを嘆いても仕方ないのですが……。本来の計画通りに進んでいれば、上陸を許す事も無かったかもしれませんからね。ままならないものです」


 将紀も瞑目する。



 扶桑国が先の大戦で敗戦してから数十年。軍国主義から民主主義国家エトリオ連邦を核とする西側諸国陣営へと鞍替えした扶桑国は、彼らの良きパートナーとして、経済大国へと上り詰めた。


 その影で、対立する東側諸国の盟主ズレヴィナ共和国は、密かに扶桑国の経済界、マスコミ、市民団体へと勢力を伸ばし、“武力を持たない平和主義”の幻想を国民に植え付けていったのだ。


 ズレヴィナ共和国の密かなる侵食に危機感を抱いていた政治家や軍人、財界人は、互いに連携して対処を試みた。


 軍人である秀嗣達は、武力侵攻に対抗する準備を進めていった。軍の再編成や新兵器の開発を始め、防空システム≪避来矢ひらいし≫の配備、人員と装備の増強、より実戦向きな訓練の導入などである。


 ズレヴィナ共和国の脅威を、国防省や政府に強く訴えかけ続け、少しずつ準備を進めていった。


 するとズレヴィナ共和国の息がかかったマスコミは、軍備の増強に猛反発し、こぞって「軍国主義の再来」と騒ぎ立てた。扇動された世論により国内各地でデモ行動が起きた。


 さらには、軍内の派閥争いも、秀嗣達の前に大きな壁として立ちはだかった。


 その後、秀嗣達に協力的だった与党、扶桑自由党が選挙に大敗し、ズレヴィナ共和国に協力的と噂されていた政党、平和人民党が政権を取ってしまった事により、大きな転機が訪れた。


 扶桑国に駐留していたエトリオ軍の国内退去決議と、扶桑軍の軍備及び軍事費の大幅な削減である。


 この失策は、亜州の軍事バランスを崩壊させたばかりか、扶桑自由党が政権を取り戻すまでの二年に亘り、新兵器開発を大きく停滞させたのだ。


 これが、直接的または間接的に、ズレヴィナ共和国との戦争、そして本土への侵攻を許す結果に繋がっている。


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